MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2092 必要なのは、デジタルとリアルをつなぐ人材

2022年02月18日 | 社会・経済


 思えば、DX(Digital Transformation)という言葉が日本で一般化するようになってから、まだ3~4年ほどしかたっていないのではないでしょうか。しかし、現下のビジネスシーンで最もホットなトピックといえば、このDXであることはおそらく間違いありません。

 DXとは、2004年にスウェーデンのウメオ大学教授、エリック・ストルターマンが提唱した「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という仮説を指す言葉とされています。デジタル技術の活用により、既存の社会経済の枠組みや人間の価値観をも根底から覆すような革新的なイノベーションをもたらすのがDX。そうだとすれば、その変革が人々を幸せに導いていかなければ、(本来の意味での)DXではありえないということなのでしょう。

 それでは、現在の日本において行政や企業などの様々な主体によって様々に進められているデジタル化(デジタル技術の導入)は、本当にDXと呼ぶにふさわしいものなのでしょうか。

 政府が1兆円近い税金を投じて開発したマイナンバーカード、その普及が進まないのは何故なのか。銀行の窓口で難十分も待たされたり、10万円の給付が遅れたり、ワクチン接種の予約がなかなか取れなかったりするのは何故なのか。

 スマホひとつで申請ができますとか、予約ができますとか、納税ができますとかいった言葉に魅かれてサイトに登録を試みたものの、「まずはApp streにアクセスして、次に専用アプリをダウンロードして…」から始まり、何かといえばパスワードの設定を求められる作業にうんざりしているのは私だけではないでしょう。

 頼みのスマホも、次々といろいろなプランが出てきてどこのキャリアのどのプランを選べばよいのかわからない。次々と現れる新機種に惑わされ(スマホを)買い換えてはみたものの、データの引継ぎもままならずショップの店員に泣きついた経験のある人も多いかもしれません。

 確かにLINEでつながり連絡を取り合えるのはとても便利です。ZOOMの会議は時と場所を選ばず、時間のロスがなくなったのも有難いと思っています。しかし、現在進められているデジタル化の方向性が、多くの消費者の精神的な負担や経済的な負担のうえに成り立ち、(ついていけない・いくつもりのない)多くの人々を取りこぼしていることを、担当者はもうすこし理解する必要があるようにも思えます。

 そうしたことを考えていた折、東京大学教授の森川博之(もりかわ・ひろゆき)氏が2月2日の日本経済新聞のコラム「経済教室」に、「デジタル化 気づきと共感が価値の源泉」と題する論考を寄せているのが目に留まりました。氏はこの論考の冒頭で、英国のフィンテックベンチャーのタンデムという企業が「銀行の窓口サービスを考えるため」に作成したビデオの内容を紹介しています。

 ビデオが映し出すのは、パブが銀行の窓口のようなサービスをしたとしたらこうなる…という光景です。ビールを注文しようとすると「番号札をお取りください」と言われる。自分の番号がきてカウンターに行くと「担当者を呼んできます」と言われ、待ち時間にアンケートの記入を求められ、支払時にはビール代に加えて手数料まで取られるというものです。

 パブも銀行も同じサービス業であるはずなのに、やり方がまったく違っている。しかし、(当たり前だが)日常生活の中でこの違いに気づく人は決して多くはないだろうと森川氏はこの論考に記しています。

 経営学者のピーター・ドラッカーの言葉に、「イノベーションに対する最高の賛辞は『なぜ思いつかなかったのか』だ」というものがある。もちろん、隠れたニーズに気づくことは容易ではないが、そうした意識を持ったうえで、現場を深く見直しデジタル化すべきプロセスに気づく努力を続けるしかないというのが、この論考における氏の認識です。

 少なくとも、デジタルの技術面の特徴にこだわって「プロダクトアウト(つくり手優先)」となってはいけない。現場が起点となるという認識で、「気づく」現場をつくり上げていく作業が欠かせないということです。

 そうした中、気づく確率を上げる方法の一つに「多様性」があると氏はここで指摘しています。多様性はイノベーションに不可欠の要素だといわれ続けているが、今のような不確実な世の中においてこそ、重要性がさらに高まる。様々なバックグラウンドの人たちが集まることで、必要な「気づき」を容易にするということです。

 氏によれば、グーグルのカスタマーサクセスチームのリーダー、マヤ・カプール氏は、カスタマーサクセス人材として「技術に疎い人」を採用すると話しているということです。本質的なレベルでカスタマーに自然に共感するためには、テクノロジーに疎いことが求められる。現場とテクノロジーの双方に疎いからこそ、現場に深く共感し、現場の隠れたニーズを引き出し、新たな価値を創出することができるというのが氏の指摘するところです。

 確かに身近なところでは、スマホにトラブルなどがあってショップに駆け込んだ際などに、窓口の担当者の「何でそんなことも自分でできないの?」と言わんばかりの物言いに、不快な気分を味わったことのあるシニアも多いかもしれません。使いこなせないのはユーザーの責任ではないはずなのに、(自分が悪いのではないかと勘違いをして)肩身の狭い思いをしているのは私だけではないはずです。

 (それはそれとして)デジタルに抵抗感のある人はまだまだ多く、それが仕事であればなおさらのこと。デジタルを導入することで働き方も変わるため、不安が先に立つこともある。だからこそ、そのような人々に共感し、一緒になって現場での気づきを見いだしていくことのできる人材がDXの肝となると氏はしています。

 折しも、新型コロナウイルスの流行で、テレワーク、オンライン講義、遠隔診療などデジタルを用いたいろいろな試みがなされるようになった。社会のあちこちで未来を先取りしたデジタル社会の壮大な実験が始まり、デジタルシフトが一気に加速していると氏は言います。

 そうした中、今は後戻りすることなくデジタルシフトを加速し、社会や産業や経済の仕組みそのものの再定義を進めていかなければならない。コロナ下で得られた「気づき」をも大切にしながらデジタルの土俵に上がり、将来を深く洞察し、新しい社会や事業の構築につなげていくことが(今こそ)大切だと語るこの論考における森川氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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