今日8日は以前、仕事に携わった東京都葛飾区の中川にかかる「中川橋」の開通式に参加した。 現在は、特に交通の要衝というわけではなく普通の橋であるが、江戸時代には水戸街道で周辺の大幹線道路、ここには新宿(にいじゅく)の渡しがあった。当然、水戸黄門様(水戸光圀)や「桜田門外の変」を起こした水戸浪士も、この渡しを通って行ったに違いない。もちろん、寅さんで有名な柴又帝釈天へもここを通って行った。明治17年には木の橋(橋長115m)が新宿(にいじゅく)の町の有志によって架けられ、通行料を徴収したので、新宿の町は財政的に大いに潤ったという。その後、交通は常磐線が出来、橋も東京府に買い取られる。そのような歴史のある橋であるが、今度の橋は、三代目である。
式典は近くの小学校で行われ、そのあと中川橋の上でテープカット、くす玉割りと渡り初めになった。
くす玉割りを行う4人の小学生は、橋名を揮ごうされた人達。おめでとうございます。少なくとも、50年はこの橋を飾ることになります。
地元の方達の木遣り唄が式典に花を添えていた。下町らしい雰囲気である。声をアップ出来ないのが残念だ。
帰り道の常磐線亀有駅前には、漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の両津勘吉像が南口と北口にそれぞれ一つづつある。
こちらは北口の像。なぜか、いまこの地では「亀有わんぱく雪祭り」が行われており、両さんの隣には雪だるまが置かれていた。この雪だるま近代的ですね。
南口には、オーソドックスな雪だるまが飾られていた。