スーの旅日記

ひとり旅の日本100名城スタンプラリー、神社仏閣めぐり、その他。

京都伏見 寺田屋 その1

2011-05-04 09:57:24 | 日記


以前からず~っと気になっていた寺田屋にやっと来れました。この日は平日とあって「観光客がまだ少ない方。祝日等はもっと観光客が多いよ~」と警備員のおじさんが教えてくれました。それもそうです。2010年の大河ドラマは“龍馬伝”ですから、観光客が多い筈ですよね~。

寺田屋は、薩摩藩御用達の船宿で大変繁盛したそうです。

文久2年(1862年)4月に寺田屋騒動が起こりました。倒幕の為の挙兵を計画し、薩摩藩急進派と他藩志士の尊王派が寺田屋に集まりました。これを知った薩摩藩主の父島津久光は、寺田屋に鎮撫使を差し向けましたが、志士達は久光公の命令を拒み、同士相討つ激しい斬り合いとなりました。その事により9名の志士が命を落としました。



↑寺田屋は中に入る事が出来ます。中から撮った寺田屋の看板。





寺田屋の内部は部屋が六つぐらいあり、女将さんであるお登勢さんや龍馬さん等に関するものが展示されていました。

京都伏見 濠川と寺田屋浜

2011-05-04 09:54:51 | 日記
2010年11月2日(火)、この日は有休を取り、午前中に会社の健康診断を済ませて、その後に京都伏見の中書島に行ってきました。今回はおひとり様ではなく会社の同僚と一緒です。

↑宇治川派流の濠川です。京都市自然100選に指定、伏見濠川の柳並木になります。屋形船が浮かび、趣きある風景を眺めていると、妄想族な私は一気に頭の中が幕末の世になってしまいました…。



↑十石舟のりば。料金は大人1000円、小学生以下500円です。十石舟は米や酒などを運ぶのに使われていました。現在は遊覧船として運航されています。後で乗るつもりでしたが、結局は時間がなくて断念しました(泣)。





↑寺田屋浜です。寺田屋の前にあります。寺田屋は船着場を持つ大きな船宿でした。伏見は京都と大阪を船で結ぶ港町として栄ました。景色を眺めていると、龍馬が舟から降り寺田屋に向かう所を妄想してしまいました…。

西大寺

2011-05-01 18:49:20 | 日記
平城宮跡では雨の中をかなり歩いたので、スニーカーの中に雨水が染みてきて濡れてきました…。スニーカーの中が気持ち悪いです(苦笑)。雨なので仕方ありませんが、心地は良くないですね~。そんな中、西大寺に行ってきました。目的はもちろん御朱印を頂きに~。(o^∀^o)

西大寺の創建は奈良時代の天平宝字8年(764年)になります。当時の境域は広大なもので、東の東大寺に対する“西の大寺”にふさわしい官大寺でした。

↑本堂です。本尊は釈迦如来立像が祀られています。その他には文殊菩薩騎獅像、弥勒菩薩坐像が祀られています。その中で文殊菩薩様に強く惹かれました。優しいお顔をした文殊菩薩様をず~っと観ていると何故か涙がポロポロと出てきてしまい…。感動しました。観ているだけで心が癒されました。ありがとうございます。



↑本堂で頂いた御朱印です。



↑愛染堂です。江戸時代の宝暦12年(1762年)に京都の近衛政所御殿を移築した建物になります。本尊は愛染明王坐像で、秘仏本尊として大切に祀られています。この日(2010年10月31日)は特別開扉の期間中で、愛染明王様を拝見出来ました。鎌倉時代のもので、愛染堂の関係者が「真紅の色彩が鮮やかに残っているのは、ここ愛染堂のものだけです」と言っていました。お顔は忿怒相ですが、元々は愛を表現した仏様で「恋愛成就、家庭円満、縁結び」にご利益が有るそうです。



↑愛染堂で頂いた御朱印です。

余談に、武将の直江兼続は軍神でもある愛染明王や愛宕権現の“愛”の字を兜の前立にあしらったと考えられています。


今回も心癒され愛を頂けました。感謝感謝でございます。(o^∀^o)

■西大寺
奈良市西大寺芝町1丁目