寺澤始論
生活に根差した俳句
永田満徳
一日三句を作ることをみずからに課したこの一年間の成果が「未来図」新人賞受賞に繋がったことはまことに慶賀すべきことである。
春泥や墓の数だけ恋ありし
菊祭果てて菊みな頸切らる
どちらも共感できる句である。「墓の数だけ」の恋のうちで秘めし「恋」であればなおさら心打つものがある。「春泥」という季語は墓の周囲の風景であるとともに、「春」の季感が「恋」のときめきと響き合っている。絢爛豪華ぶりを競っていた武者人形が「菊祭」が終わるやいなや、斬首のように「頸切らる」様を詠んで、観察の行き届いた句になっている。
ゼリー食ふ皿ことことと春の地震
犬の尾のうろうろバレンタインの日
数へ日の具のごろごろとカレーかな
俳句は多くのことは述べられない。そこで、効果的に用いられるのが擬音語・擬態語である。「ことこと」が「春の地震」、「うろうろ」が「バレンタインの日」、「ごろごろ」が「数へ日」というように、擬音語・擬態語が季語と見事に配合されている。
寺澤始さんは長距離通勤者である。片道二時間余り、往復約四時間半。朝は五時に起き、十五分後には家を出て、家に着くのは午後十時から十一時の間である。時には通勤時間の長さから逃れたい気持ちが湧き起こったであろう。「旅立ち」は心の叫びなのである。
旅立ちは山眠るころ夜汽車かな
しかしながら、この間は不自由であっても、俳句に関する本を読んだり、俳句を作ったりするのに適した環境であったと思われる。
停車位置直す建国記念の日
魚釣りは月に一、二回。湖や渓流の鱒や山女、岩魚釣りを最も好み、箱根の芦ノ湖、日光の湯ノ湖、関東の河川に足を伸ばすことがその余暇の楽しみであり、句作の材料となるものである。
箱根関乗込鮒の群れゐたる
豆鯵の群れさながらに揚がりけり
魚への愛着が如実に表現されているのは、
佃煮の鯊に顔あり終戦日
であり、終戦の貧しき食卓の様子を思い起こす句となっている。日頃の興味関心がそのまま俳句になっているところに始俳句の良さがある。
食通であるのか、多くの食材が句に詠み込まれていて、実に微笑ましい。それは釣ってきた鱒を自分で捌き、刺身、塩焼、干物、鱒丼などを作るからに他ならない。
ケーキ焼く妻も母なり母の日に
ワッフルの香り運びて若葉風
コロッケのよく揚がりたる阿蘇の秋
数へ日の具のごろごろとカレーかな
ケーキ、ワッフル、コロッケ、カレー、いずれをとっても、片仮名表記であるのが現代の食文化の一端を表現していて、現代の風景を切り取って見せたと言ってよい。
立ち読みで覚えしレシピ秋隣
フライパン磨き上げたる晩夏かな
台所に立つ男子の日常生活が活写されている。カレーや焼きそばを作るということを聞くと、男子厨房に入らずは過去のことである。
そもそも、始さんが熊本の高校に奉職していた関係で親しくなって、文学にあくなき興味を抱いていることが彼の風貌から伺い知れたので、俳句に誘ったところ、一も二もなく応じてくれた。
大学時代に俳句に出会い、本格的になったのは熊本時代に私と出会ってからであるという。「雪代を食むほどに澄む山女かな」という句を初めて熊本で作り、私がやっていた「幹の会」、さらには「未来図」熊本支部に参加し、離熊した後も「幹の会」に欠席投句して、始さんとの縁は続いている。
青胡瓜噛めば中也の闇夜かな
文学青年の延長線上にある句で、大学院を出て、その文学遍歴の影響を受けていることがはっきり見て取れる。
学び舎に続く坂道糸瓜咲く
学生時代は日本文学よりも日本宗教思想史に魅かれて、日本思想史、日本仏教史、日本民俗学、仏教学演習、キリスト教概説なども学んでいる。熊本時代には九州セミナリオというキリスト教の講座を二年かけて修了したほど、宗教との対話を怠らない。現在、仏教とキリスト教、神道にも興味を持ち、アニミズム的な俳句の世界にも興味の範囲を広げている。
花辛夷司祭箒を持て来たり
キリスト教入信は二十二歳の時で、両親がクリスチャンだったからである。
今日のみは羊となりて入学す
遠藤周作の小説に描かれている日本人のキリスト教に対するアンビバレンツな感情は始さんも例外ではない。ルター派(ルーテル)のプロテスタントとして、日本の宗教文学と異国の宗教との融合に苦心することがあるとはいえ、そこから豊穣な俳句の世界が立ち現れることを祈念して、お祝いの言葉とする。
生活に根差した俳句
永田満徳
一日三句を作ることをみずからに課したこの一年間の成果が「未来図」新人賞受賞に繋がったことはまことに慶賀すべきことである。
春泥や墓の数だけ恋ありし
菊祭果てて菊みな頸切らる
どちらも共感できる句である。「墓の数だけ」の恋のうちで秘めし「恋」であればなおさら心打つものがある。「春泥」という季語は墓の周囲の風景であるとともに、「春」の季感が「恋」のときめきと響き合っている。絢爛豪華ぶりを競っていた武者人形が「菊祭」が終わるやいなや、斬首のように「頸切らる」様を詠んで、観察の行き届いた句になっている。
ゼリー食ふ皿ことことと春の地震
犬の尾のうろうろバレンタインの日
数へ日の具のごろごろとカレーかな
俳句は多くのことは述べられない。そこで、効果的に用いられるのが擬音語・擬態語である。「ことこと」が「春の地震」、「うろうろ」が「バレンタインの日」、「ごろごろ」が「数へ日」というように、擬音語・擬態語が季語と見事に配合されている。
寺澤始さんは長距離通勤者である。片道二時間余り、往復約四時間半。朝は五時に起き、十五分後には家を出て、家に着くのは午後十時から十一時の間である。時には通勤時間の長さから逃れたい気持ちが湧き起こったであろう。「旅立ち」は心の叫びなのである。
旅立ちは山眠るころ夜汽車かな
しかしながら、この間は不自由であっても、俳句に関する本を読んだり、俳句を作ったりするのに適した環境であったと思われる。
停車位置直す建国記念の日
魚釣りは月に一、二回。湖や渓流の鱒や山女、岩魚釣りを最も好み、箱根の芦ノ湖、日光の湯ノ湖、関東の河川に足を伸ばすことがその余暇の楽しみであり、句作の材料となるものである。
箱根関乗込鮒の群れゐたる
豆鯵の群れさながらに揚がりけり
魚への愛着が如実に表現されているのは、
佃煮の鯊に顔あり終戦日
であり、終戦の貧しき食卓の様子を思い起こす句となっている。日頃の興味関心がそのまま俳句になっているところに始俳句の良さがある。
食通であるのか、多くの食材が句に詠み込まれていて、実に微笑ましい。それは釣ってきた鱒を自分で捌き、刺身、塩焼、干物、鱒丼などを作るからに他ならない。
ケーキ焼く妻も母なり母の日に
ワッフルの香り運びて若葉風
コロッケのよく揚がりたる阿蘇の秋
数へ日の具のごろごろとカレーかな
ケーキ、ワッフル、コロッケ、カレー、いずれをとっても、片仮名表記であるのが現代の食文化の一端を表現していて、現代の風景を切り取って見せたと言ってよい。
立ち読みで覚えしレシピ秋隣
フライパン磨き上げたる晩夏かな
台所に立つ男子の日常生活が活写されている。カレーや焼きそばを作るということを聞くと、男子厨房に入らずは過去のことである。
そもそも、始さんが熊本の高校に奉職していた関係で親しくなって、文学にあくなき興味を抱いていることが彼の風貌から伺い知れたので、俳句に誘ったところ、一も二もなく応じてくれた。
大学時代に俳句に出会い、本格的になったのは熊本時代に私と出会ってからであるという。「雪代を食むほどに澄む山女かな」という句を初めて熊本で作り、私がやっていた「幹の会」、さらには「未来図」熊本支部に参加し、離熊した後も「幹の会」に欠席投句して、始さんとの縁は続いている。
青胡瓜噛めば中也の闇夜かな
文学青年の延長線上にある句で、大学院を出て、その文学遍歴の影響を受けていることがはっきり見て取れる。
学び舎に続く坂道糸瓜咲く
学生時代は日本文学よりも日本宗教思想史に魅かれて、日本思想史、日本仏教史、日本民俗学、仏教学演習、キリスト教概説なども学んでいる。熊本時代には九州セミナリオというキリスト教の講座を二年かけて修了したほど、宗教との対話を怠らない。現在、仏教とキリスト教、神道にも興味を持ち、アニミズム的な俳句の世界にも興味の範囲を広げている。
花辛夷司祭箒を持て来たり
キリスト教入信は二十二歳の時で、両親がクリスチャンだったからである。
今日のみは羊となりて入学す
遠藤周作の小説に描かれている日本人のキリスト教に対するアンビバレンツな感情は始さんも例外ではない。ルター派(ルーテル)のプロテスタントとして、日本の宗教文学と異国の宗教との融合に苦心することがあるとはいえ、そこから豊穣な俳句の世界が立ち現れることを祈念して、お祝いの言葉とする。
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