My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

最もリベラルな州が、医療保険改革を遅らせた理由

2010-01-21 14:53:42 | 7. その他ビジネス・社会

昨日は私が住んでるマサチューセッツ州では、上院の補欠選挙があった。
地元のニューステレビなど一日中そればっかり。
週末くらいから懸念されていたが、皆さんご存知の通り共和党のスコット・ブラウン氏が勝ってしまった。
日本でも報じられてる通り、オバマ政権最大の焦点・医療保険改革が大きな壁にぶつかった。

今回の補欠選挙は、昨年無くなったEdward (Ted) Kennedy氏の議席を埋めるものだ。
Ted Kennedyは、ケネディ大統領の末弟で、民主党の重鎮で米国のリベラル派の代表格だった。
元大統領の弟だから、という理由ではなく、47年の上院議員の間、公民権からイラク戦争反対に至るまで常に大義を貫く人だったため、人々に尊敬されていた。
そんな彼はオバマ大統領の就任の日に倒れて、以来ボストンの上空に何度もヘリコプターが飛んだ。
あれは入院しているTed Kennedyをオバマ大統領が尋ねるためのものだ、と皆が言っていた。

最もリベラルだと言われる州で、リベラルの守護神だったTed Kennedyを継いだのが、名も無い共和党員だったわけだ。
これはかなりの衝撃だった。

何より、オバマ政権の改革の焦点である、医療保険改革法案実現が遠のいてしまったのだ。

一体何がそうさせたのだろう?

マサチューセッツの過半数を占める浮動票が、今度は共和党支持に動いた

まず、リベラルのイメージがあるマサチューセッツは、実は浮動票の非常に多い州だということだ。
今朝のWall Street Journalの分析によると、白人労働者を中心としたIndependents(浮動票)が、今回は共和党支持に動いたのだそうだ。
NYTimesには、浮動票が票全体の半分以上とも書かれている。
これだけの浮動票が共和党支持に動けば、簡単にひっくり返ってしまう、というわけだ。

では、浮動票の白人労働者たちは、今の民主党に一体何が不満だったのか?

マサチューセッツは、もともと貧しい白人労働者の街
彼らが「Change」に望んでいたのは、まず景気回復と、閉塞感の脱却だった

ひとつの大きな理由は、工場労働者レベルでは、景気が全く回復していないこと。
もうひとつは、医療改革が遅々として全く進んでいないことだろう。
その結果、オバマが「変化」を謳っていたのに、裏切られた思いがあるんじゃないか。

民主党っていうと、「知性派」「リベラル」のイメージが先行するが、それはカリフォルニアやニューヨークなどの都市部の一部の人の話だ。

マサチューセッツは、もともとは工業労働者・技術者の住む港町。
日本なら川崎のイメージが一番近いだろうか。
海に近い、重化学工業が盛んな工業都市。
そこで働く労働者の多くは、20世紀初頭にアイルランドやイタリアから渡ってきた白人移民の子孫だ。
こういう人たちが、ボストンの北の港町やサウス・ボストンとかにたくさん住んでる。
同じ白人でも南部のテキサスなんかの白人とは全く違う。

彼らがまず望んでいたのは、景気が回復して、暮らし向きが楽になることだっただろう。
現在マサチューセッツの失業者率は10%弱だが、有効失業率は15%を越えるといわれている。
オバマ政権になっても、良くなるどころか、悪化の一途をたどっている。

(マサチューセッツの白人の残りは、清教徒時代から移民して、今は金持ちの白人たちだ。
 こういう人たちは、民主党と共和党支持が半々。
 ボストン交響楽団など聴きに行くとたくさんみられる)

医療保険改革が進まず骨抜きになりつつあることが問題だった

もうひとつの焦点は医療保険改革。
WSJなどの経済紙が、一見、医療保険改革にマサチューセッツ州民が、改革に反対しているかのように読める記事を載せている。
これは違うと私は思っている。
まあWSJはウォールストリートの代弁者、今回の改革で一番割を食う保険会社などを代弁してる部分もあるから、こんなこと書くのかもしれないが。

私には、基本的には労働者層である彼らが、改革自体に反対していたとは思えない。
むしろ、改革法案がいつになっても通らないことへ不満。
そして、法案が不透明のまま骨抜きになっており、
「国民皆保険が成立しないなら意味無いじゃないか」
「結局、医者と保険会社が儲かる仕組みは変わらないんじゃないか」
「結局高齢者のために、自分たちに税金が重く課されて終わりなのでは」という不安が噴出したのだと思う。

そこに、共和党のスコット・ブラウン氏の
「今度の医療改革は庶民の税金が重くなるだけだ。医療制度は何も変わりゃしない。
私が代わりに変える!」
というスローガンが、見事にはまってしまったんじゃないかと思う。

また、医療改革法案は、10月に通過した下院案と12月末に通過した上院案で内容が異なり、
下院案の方がよりリベラルだ。
ところが、上院の通過がぎりぎりだったので、法案全体の成立には、下院が上院に譲歩しないと成立しない、という状況だった。
今回の選挙で共和党に投じた人たちは、この上院案の成立を阻止する目的で、上院が下院に譲歩するような状況を作り出したい、と考えていた人たちも多かっただろう。
(参考記事:ロイター東洋経済

でも、実際には共和党が増えても、法案成立自体が遠のくだけで、上院案が下院案に近づくわけではないのに!

医療保険改革延期で本当に困るのは国民なのに・・・

改革法案は確かに骨抜きになっている部分は多々ある。
例えば医療費上昇の大きな原因と言われる医者のサービス単位課金などは変わってない。
また保険料が増大してる原因である、保険手数料の禁止も入ってない。
何より、公的保険の創設、つまりオバマ最大の公約「国民皆保険」が実施されない。

これじゃ何も変わらないではないか!と怒るのは当然だ。
これでもし国民の負担が増える(実際には保険会社または年間100万ドル以上の収入がある人だけふえるのだが)なら、改革なんてやらない方がいい!
医療保険改革はこんな風に受け取られている。

しかし、通らないよりは、通った方が確実に良いのだ。

これでも、今まで保険が認められていなかったところに保険が降りるようになるし、
保険会社の問題も少しは解決されている。
それから、一度法案が通ると、民主党にモメンタムが出来上がって、もっと改革がやりやすくなる、という効果もある。

ところが、今回の共和党の勝利で、上院の民主党+支持者の議席は59席となり、法案通過に必要な定数を割ってしまった。
上院・下院のReconcilation(一本化)だけが唯一の砦。
でも上院には「上院案を少しでも変えたら自分は法案成立を阻止する」と言っている議員があと二人もいて、どうひっくり返るか分からなくなってしまった。
改革実現はかなり遠のいてしまったと思える。

ひとつの州の補欠選挙の結果が、全米の政策に影響するすごさ

全く余談になるけれど、私がもうひとつ驚いたのは、マサチューセッツというたった一つの州の補欠選挙が、国の法案の行く末を決める、ということだ。
上院議員の候補が、どの法案に賛成し、どの法案に反対するか、が事前に分かってる。
だから、自分の投じる一票が、政策とどのようにリンクするか、はっきりわかるのだ。

これは参政してるって感じがする。
日本なんか、法案が知らないうちにいつの間にか通ってたりするもんな・・・
国会議員が何に票を投じてるかなんて、事前に明らかにされないしね。

アメリカの制度も色々問題はあるのだが、それでも、透明性って意味では日本より圧倒的に上だ。
こういうことが、アメリカに住んでると身近に感じられて、参政権も無いのに自然に政治の仕組みに興味がもてるようになるってのも面白い。

←役に立ったら、クリックして、応援してください!



最新の画像もっと見る

4 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
米国政治の怪 (freedom)
2010-01-22 03:29:15
>リベラルのイメージがあるマサチューセッツは、実は浮動票の非常に多い州だということだ。
選挙登録した人が選挙に行くという選挙制度の問題で、民主党で登録した人が37.1%、共和党で登録した人が11.4%、どちらでもなく登録した人(その他の党及びどちらでもない)が51.2%ということで、このことで浮動票が半分以上とは日本の感覚では浮動票ではなく民主党か共和党で登録しなかったというだけであり、またリベラルかそうでないかはこれだけではわかりません。しかも今年は大統領選挙の年ではないので、民主党、共和党の何れでもない人も多いという事情もあります(多くの州では民主党で登録したら民主党の予備選挙を共和党で登録したら共和党の予備選挙をして本選挙にということになる。オープンの州もある)。

>彼らがまず望んでいたのは、景気が回復して、暮らし向きが楽になることだっただろう。
各種世論調査結果も投票理由の50%以上が景気と雇用の問題で投票したということなのでそういうことなのでしょう(次に20~30%が医療問題です)。

>基本的には労働者層である彼らが、改革自体に反対していたとは思えない。むしろ、改革法案がいつになっても通らないことへ不満。
保険業界・自由経済派、無保険者・規制経済派、低所得者、何れにとっても中途半端で容認できないものとして双方が反対しているというのが正しいのでは。そして多数派もメディケア・メディケイドへの悪影響を主張した共和党ブラウン氏に共鳴したのでしょう。だから改革自体に反対しているのです。メディケイドで無料で医療を受けている人が全体で14%、子供は20%、妊婦は40%もいて、有料で保険に入るのを義務付けられる人が不利益になるので反対するのもわかるところですよね。

>医療改革法案は、10月に通過した下院案と12月末に通過した上院案で内容が異なり、下院案の方がよりリベラルだ。
妊娠中絶について上院案では制限するのみであるが下院案では明確に禁止しているので必ずしも下院案がよりリベラルというわけではありません。だから
>共和党に投じた人たちは、この上院案の成立を阻止する目的で、上院が下院に譲歩するような状況を作り出したい、と考えていた人たちも多かっただろう。
なんてことは考えないし、そもそもアメリカ人は自分の明確な考えに基づいて投票する人が多いので一部の法案のテクニカルな部分で投票行動を変える人は少ないでしょう。(先の衆議院選挙では私はもっと普通には考えられないテクニカルは投票行動をとり、私の地域の人はそういう人も多かったのでそれが成功しましたが)
>法案全体の成立には、下院が上院に譲歩しないと成立しない、という状況だった。
今年秋の中間選挙で下院は全員が改選され、上院は3分の1しか改選されないので、オバマ大統領の不人気の中で与党民主党の苦戦が予想されるという状況で、上院民主党よりも下院民主党の方が切迫しているということでの結果でしょう。

>上院議員の候補が、どの法案に賛成し、どの法案に反対するか、が事前に分かってる。だから、自分の投じる一票が、政策とどのようにリンクするか、はっきりわかるのだ。
日本の方がほとんどの法案に党議拘束がかかっているのではっきりわかりやすいし、アメリカのように個々の議員が法案に独自にぶらさがり条項をつけてどんな法律なのか素人にはどんな利害関係になるのかわかりにくく何に賛成しているのか反対しているのかわからないなんてことはないですよね。
>日本なんか、法案が知らないうちにいつの間にか通ってたりするもんな・・・
マスコミの問題と無関心でその人が気がつかなかったということがあるだけで、注視していればわかることです。多くの利害関係者が陳情を行うことからも明らかです。そういうことでは日本もアメリカも似たりよったりです。
>国会議員が何に票を投じてるかなんて、事前に明らかにされないしね。
明らかです。党議拘束に反して投票することはほとんどありません。郵政民営化法案でそれをやった人たちがその後どのような末路をたどったかは周知のことですね。

>透明性って意味では日本より圧倒的に上だ。
制度の違いであって透明性の問題ではないですね。
オバマ大統領は密室で増税を決めていると批判されていますよね。超党派と言っていたのにもかかわらず医療改革法案も共和党を排除して民主党だけで上院案、下院案の調整に入っていますよね。

でも実際のところは政策よりも、ケネディ氏の地盤に驕り当初は選挙運動をほとんど行わずちぐはぐな発言を繰り返したお堅い州司法長官のコークリー氏よりもケネディ氏を少し面長にした感じの容姿でケネディ氏を思い起こさせフレンドリーでそして30年も州兵として地域を守ったブラウン氏に投票したというだけかもね。
返信する
アメリカの保守回帰の流れ (ysJournal)
2010-01-22 04:53:52
政治の話は、際限がないので手短にします。
反ブッシュとして発現した両院での民主党絶対的過半数と、その帰結として誕生したオバマ政権は、歴史的にも非常にリベラル色の強いものでした。その事で、アメリカ市民がリベラルにシフトしたと誤解して驀進した反動だと思います。アメリカ政治の核は中道やや右寄りにあると考えられており、リベラルに触れたより戻しが昨年暮れより起こっております。
健康保険改革法案の行き詰まりも保守回帰の流れの中で考えると分かり易いと思います。(健康保険改革は必要ですが、今の法案の内容は酷すぎます)
返信する
真の理由を探るのはなかなかむずかしい (Lilac)
2010-01-22 18:21:27
コメント有難うございます。
新聞やネット上では「民主党が絶対いけると馬鹿にして、直前まで真面目に選挙活動やってなかったからだ。
1月中旬になって、やばい!と思ってオバマもクリントンも来たけど、もうやばかった」
とも言われてますね。

表面的にはそういえるのかもしれません。
奥深い理由まで推察すると中々難しいですね-まあ選挙参謀ですら正確には分からないんだから、一般人である我々が分からないのは当然か。

>Freedomさま
一問一答の反論と検証お疲れ様です。
いつも思うのですが、一問一答で細かく書かれてることと、全体としてFreedomさんがイイタイコトが違うことが多いので、何に反論したらいいのかわからないのですが、とりあえずかいつまんでみます。

>このことで浮動票が半分以上とは日本の感覚では浮動票ではなく民主党か共和党で登録しなかったというだけであり、またリベラルかそうでないかはこれだけではわかりません

これについては、選挙制度が違うので何ともいえませんが、「Independents」を「浮動票」と訳すことで誤解されたかな。

ただ、感覚的には「Independents」は「どっちに転ぶかわからないひと」という感覚ですよ、アメリカでは。
登録してなきゃ、どっちに転ぶかわからない。
実際の効果は似てるんじゃないかと思いますがね。

>そもそもアメリカ人は自分の明確な考えに基づいて投票する人が多いので一部の法案のテクニカルな部分で投票行動を変える人は少ないでしょう

実際そういう分析があるので紹介したのですが、私は正直、そんな簡単に「アメリカ人はそういう人は少ないでしょう」と言い切るほどこの国の国民性がまだ分かっていないです。

>マスコミの問題と無関心でその人が気がつかなかったということがあるだけで、注視していればわかることです。多くの利害関係者が陳情を行うことからも明らかです。そういうことでは日本もアメリカも似たりよったりです。

どうでしょうか。
アメリカでは殆ど全ての重要法案について、それぞれ民主党・共和党の誰が反対し、誰が賛成してるのか、ということまで事細かに新聞の普通の記事に書いてありますよ。
それこそWSJにもNYTimesにも、そういうことは書いてあるわけで。
一方で日本では、NHKの国会答弁をいつも見てるとか、よほど注意しないとそういう情報は入ってこない。
これは大分違うんじゃないでしょうか?

ご指摘のように「密室だ」と一部に批判されてるところはありますが、これは普段が殆ど密室ではないことの反動ともいえます。
逆に日本なんか殆ど密室で決まっていて、理解のしようが無い、という感じだと思いますがいかがでしょう。

>YsJournalさま

保守回帰については、確かに米国の論調(新聞のEditorial)ではよく言われてますね。
私は最初のころ、これが何を言ってるのか良く分からなかったのですが、確かにこの感覚が米国にあるかもしれません。
日本の保守回帰が、日本にいないとなかなか見えにくく、日本にいると肌で感じられるのと似ているかもしれません。

>健康保険改革は必要ですが、今の法案の内容は酷すぎます

全くその通りと思います。
今から何が出来るか、と考えるととりあえずこれを通すしかないのか、という気もするのですが、
もうひっくり返してもう一度最初からやってもらうほうがいいんじゃないか、という論調があるのも良く分かります。
返信する
Unknown (kentosho)
2010-01-24 03:24:57
次に日本に帰ってきた時にでも、今の日本の20~30代を見てやって下さいな。彼らはメディアを根本的に信用していないで、メディアが手を加える前の1次ソースを見るようになってきています。衆議院.TVあたりはアクセスが増えて大変なんじゃないですか?

日本のメディアの特殊性の反動で逆に政治のリテラシーが高くなっているのかもしれません。

ネットが発達して1次ソースへのアクセス手法が多様になるにつれ、保守的傾向が強くなるのかもしれませんね。
返信する

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。