仏学者の経済専門書、異例の人気
格差拡大に警鐘
(06/20 16:11)
【ロンドン共同】
フランスの経済学者が格差問題を論じた学術書
「21世紀の資本論」(邦訳未刊行)が
欧米で異例のベストセラーになった。
700ページ近い大作ながら、
今年3月発売の英語版は早くも40万部以上を売り上げた。
分析への賛否も相次いでいる。
一躍時の人となった著者のトマ・ピケティ・パリ経済学院教授(43)は
今月16日、ロンドン大経済政治学院(LSE)で講演。
満員の聴衆に「競争は必要だが、
格差が広がり過ぎれば階層が固定され、
経済の活力を奪う」と力説した。
講演後のサイン会では学生らが長蛇の列をつくった。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/economic/546536.html
話題の「21世紀の資本論」、重大な欠陥も
2014/5/23 7:00
The Economist
仏経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本論』が
世界的ベストセラーとして話題を集めている。
同氏は、富の集中、格差拡大の解決策として、
資産に対する課税強化が必要だと説く。
だが、英エコノミスト誌は、
ピケティ氏の解決策は重大な欠陥があると見る。
カール・マルクスの『資本論』が
最初に出版されたのはドイツ語で1867年。
1,000部売れるまでに5年かかった。
英語に翻訳されたのは20年後で、
本誌(英エコノミスト)が
その著作に初めて言及したのは、
1907年のことだった。
画像の拡大:自著を手にするピケティ氏(43)。パリ経済学校教授。フランス国立社会科学高等研究院でも研究を行う=ロイター
自著を手にするピケティ氏(43)。
パリ経済学校教授。
フランス国立社会科学高等研究院でも
研究を行う=ロイター
これに対し、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏の新著
『21世紀の資本論※』(未邦訳)は、
一夜にして世界の話題をさらった。
所得と富の分配について膨大な分析を行ったこの大研究は、
もともとフランス語で出版されたが、
今年3月に英訳が出版されるやベストセラーとなった(エコノミスト誌は、
原書が出版された時に最初の書評を掲載した)。
米アマゾン・ドット・コムでは、フィクションも含めた
ベストセラーの第1位に躍り出た。
※=仏語の原書名は『Le Capital au XXIe siecle』。
英語の題名は『Capital in the Twenty-First Century』
■盛り上がる格差の議論
本書が大ヒットした要因は、最高のタイミングで、
最も話題となっているテーマを取り上げたことにある。
格差の問題は特に米国で、
少し前からホットな話題として
急浮上していたからだ。
米国人はこれまで何年も、
「持てる者と持たざる者の格差問題」など、
欧州的な強迫観念にすぎないと軽視してきた。
だが、その米国人もここへきて突然、
ウォール街が過剰に富を得ていることに怒りが爆発、
富裕層と富の再分配の在り方を問題にし始めたところだった。
故に本書が注目を浴びたというわけだ。
ピケティ氏は、富の集中は資本主義の本質であり、
先進的解決策として、
全世界で富に課税すべきだと説く。
その内容は当然、左派を狂喜させ、右派を激怒させる一方で、
退屈な学問とされてきた経済学を一般の人にとっても
関心のあるテーマに変えつつある。
だが、ピケティ氏の主張をべースに世界が
格差の議論をするようになれば、
それはあまりよいことではない。
なぜなら、本書は19世紀の『資本論』と同じく、
素晴らしい学問的考察を一部含みながらも、
実際の施策の指針としては
重大な欠陥を抱えているからだ。
■300年間のデータに基づく分析
577ページに及ぶ本書の内容が
経済学に大きく寄与する点は3つある。
第1は、過去300年にわたる所得と富を巡る進展を、
欧米を中心に、大変な労力をかけて記述していることだ。
ピケティ氏は、税の統計を用いて格差を数値化する手法の先駆者でもある。
この記述を通じて著者は、所得の格差と富の蓄積(の国民所得比)が
共に劇的に縮小した1914年ころから
70年代までの時代というのは、
歴史的に見ると例外に属することを示した。
70年代以降は、富と所得の両方で格差が再び拡大し、
今や20世紀より前の水準に戻りつつある。
これらの統計数値にはいくつか間違いがあるが、
この研究は富の歴史についての理解を一変させ、
驚くべき結論を明らかにした。
例えば、フランスで年間に相続される資産の価値が、
50年代には国内総生産(GDP)の5%以下だったが、
現在では約15%へと3倍に膨れ上がり、
25%という19世紀の最高水準に近づいている
ことなど誰が知っていただろう。
本書が、実証的な謎解きの読み物として優れていることに、
議論の余地はない。ピケティ氏の第2の貢献は、
これらの事実を説明する資本を巡る論を組み上げ、
将来、富がどのように分配されるようになるかを予測したことだ。
彼の主張で重要な点は、「資産と投資の収益率は
常に経済成長率より高いため、自由市場システムは、
おのずと富の集中を進めるという傾向を備えている」と指摘したことだ。
20世紀においては、2度の世界大戦と大恐慌と
高い税率が富の収益率を押し下げた一方で、
生産性と人口の急激な拡大が成長率を押し上げた。
しかし、これらの相殺要因がなくなれば、
資本の収益率が上がり、富の集中を促すことになる
とピケティ氏は論じる。そして、
特に現在のように高齢化で成長率が減速している場合は、
その傾向が強まる、と。
■「資産課税」に偏る政策案
富の集中が進むというピケティ氏の予測は、
特に変わったものではない。しかしこれは、
過去のデータからの推定に基づく予測であり、
資本主義の本質的なモデルというわけではない。
ピケティ氏は、富の蓄積が進んでも、
資本収益率は大きくは低下しないと仮定している。
その通りなのかもしれない。が、
ピケティ氏の予測はあくまで仮説であり、
確実な法則ではない。
ここに問題の根がある。というのも、
ピケティ氏の3番目の貢献は、
政策提案をしていることだが、その提案は、
富の集中は避けられないだけでなく、
それこそが最も重要だという前提の上に立っているからだ。
ピケティ氏は、全世界で資産に累進的に課税するという対処法を
提案している(税率は最低年0.1%で、
大富豪の資産には最大で恐らく10%に達する)。
また、約50万ドル(約5,100万円)以上の所得に対しては、
80%という懲罰的な税率も示唆している。
本書の主張も、ここまでくると左に流れすぎ、
信頼を失う。ピケティ氏は、
富の集中を抑えることをなぜ優先させなければならないか
(例えば成長を促すのではなく)について、
説明するというよりも、強い主張を展開しているのだ。
彼の主張する再分配を行った場合生じるトレードオフや
コストについては、ほとんど目を向けていない。
大半の経済学者も、一般の常識人も、
フランスの多くの実業家も、
所得税と資産課税を上げれば起業家はやる気を失い、
人々はリスクを取らなくなると指摘するはずだ。
だが、ピケティ氏はこの点を全く気にかけていない。
また、ピケティ氏の提案する取るべき施策リストは
富裕層への課税に偏っている。「ベビーボンド※」や
個人貯蓄口座への追加給付金など、
資本所有層を拡大する方法には全く触れていない。
※=2005年に英国に導入された子供のための貯蓄制度
資産課税の中には、21世紀の政策として
合理的に機能するものもあるだろうが(特に相続税)、
それは社会全体の繁栄をもたらす唯一の解決策ではないし、
主要な解決策ですらない。
ピケティ氏は富裕層に重税を課すことばかりに目を向けている。
その姿勢は、学問的ではなく、
社会主義的なイデオロギーのにおいがする。
だからこそ本書はベストセラーになったのだろう。
しかし、政策の設計図としてはお粗末と言わざるを得ない。
(2014年5月2日付 英エコノミスト誌)
(c)2014 The Economist Newspaper Limited
May 2, 2014 All rights reserved.
英エコノミスト誌の記事は、
日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2200A_S4A520C1000000/より
格差拡大に警鐘
(06/20 16:11)
【ロンドン共同】
フランスの経済学者が格差問題を論じた学術書
「21世紀の資本論」(邦訳未刊行)が
欧米で異例のベストセラーになった。
700ページ近い大作ながら、
今年3月発売の英語版は早くも40万部以上を売り上げた。
分析への賛否も相次いでいる。
一躍時の人となった著者のトマ・ピケティ・パリ経済学院教授(43)は
今月16日、ロンドン大経済政治学院(LSE)で講演。
満員の聴衆に「競争は必要だが、
格差が広がり過ぎれば階層が固定され、
経済の活力を奪う」と力説した。
講演後のサイン会では学生らが長蛇の列をつくった。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/economic/546536.html
話題の「21世紀の資本論」、重大な欠陥も
2014/5/23 7:00
The Economist
仏経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本論』が
世界的ベストセラーとして話題を集めている。
同氏は、富の集中、格差拡大の解決策として、
資産に対する課税強化が必要だと説く。
だが、英エコノミスト誌は、
ピケティ氏の解決策は重大な欠陥があると見る。
カール・マルクスの『資本論』が
最初に出版されたのはドイツ語で1867年。
1,000部売れるまでに5年かかった。
英語に翻訳されたのは20年後で、
本誌(英エコノミスト)が
その著作に初めて言及したのは、
1907年のことだった。
画像の拡大:自著を手にするピケティ氏(43)。パリ経済学校教授。フランス国立社会科学高等研究院でも研究を行う=ロイター
自著を手にするピケティ氏(43)。
パリ経済学校教授。
フランス国立社会科学高等研究院でも
研究を行う=ロイター
これに対し、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏の新著
『21世紀の資本論※』(未邦訳)は、
一夜にして世界の話題をさらった。
所得と富の分配について膨大な分析を行ったこの大研究は、
もともとフランス語で出版されたが、
今年3月に英訳が出版されるやベストセラーとなった(エコノミスト誌は、
原書が出版された時に最初の書評を掲載した)。
米アマゾン・ドット・コムでは、フィクションも含めた
ベストセラーの第1位に躍り出た。
※=仏語の原書名は『Le Capital au XXIe siecle』。
英語の題名は『Capital in the Twenty-First Century』
■盛り上がる格差の議論
本書が大ヒットした要因は、最高のタイミングで、
最も話題となっているテーマを取り上げたことにある。
格差の問題は特に米国で、
少し前からホットな話題として
急浮上していたからだ。
米国人はこれまで何年も、
「持てる者と持たざる者の格差問題」など、
欧州的な強迫観念にすぎないと軽視してきた。
だが、その米国人もここへきて突然、
ウォール街が過剰に富を得ていることに怒りが爆発、
富裕層と富の再分配の在り方を問題にし始めたところだった。
故に本書が注目を浴びたというわけだ。
ピケティ氏は、富の集中は資本主義の本質であり、
先進的解決策として、
全世界で富に課税すべきだと説く。
その内容は当然、左派を狂喜させ、右派を激怒させる一方で、
退屈な学問とされてきた経済学を一般の人にとっても
関心のあるテーマに変えつつある。
だが、ピケティ氏の主張をべースに世界が
格差の議論をするようになれば、
それはあまりよいことではない。
なぜなら、本書は19世紀の『資本論』と同じく、
素晴らしい学問的考察を一部含みながらも、
実際の施策の指針としては
重大な欠陥を抱えているからだ。
■300年間のデータに基づく分析
577ページに及ぶ本書の内容が
経済学に大きく寄与する点は3つある。
第1は、過去300年にわたる所得と富を巡る進展を、
欧米を中心に、大変な労力をかけて記述していることだ。
ピケティ氏は、税の統計を用いて格差を数値化する手法の先駆者でもある。
この記述を通じて著者は、所得の格差と富の蓄積(の国民所得比)が
共に劇的に縮小した1914年ころから
70年代までの時代というのは、
歴史的に見ると例外に属することを示した。
70年代以降は、富と所得の両方で格差が再び拡大し、
今や20世紀より前の水準に戻りつつある。
これらの統計数値にはいくつか間違いがあるが、
この研究は富の歴史についての理解を一変させ、
驚くべき結論を明らかにした。
例えば、フランスで年間に相続される資産の価値が、
50年代には国内総生産(GDP)の5%以下だったが、
現在では約15%へと3倍に膨れ上がり、
25%という19世紀の最高水準に近づいている
ことなど誰が知っていただろう。
本書が、実証的な謎解きの読み物として優れていることに、
議論の余地はない。ピケティ氏の第2の貢献は、
これらの事実を説明する資本を巡る論を組み上げ、
将来、富がどのように分配されるようになるかを予測したことだ。
彼の主張で重要な点は、「資産と投資の収益率は
常に経済成長率より高いため、自由市場システムは、
おのずと富の集中を進めるという傾向を備えている」と指摘したことだ。
20世紀においては、2度の世界大戦と大恐慌と
高い税率が富の収益率を押し下げた一方で、
生産性と人口の急激な拡大が成長率を押し上げた。
しかし、これらの相殺要因がなくなれば、
資本の収益率が上がり、富の集中を促すことになる
とピケティ氏は論じる。そして、
特に現在のように高齢化で成長率が減速している場合は、
その傾向が強まる、と。
■「資産課税」に偏る政策案
富の集中が進むというピケティ氏の予測は、
特に変わったものではない。しかしこれは、
過去のデータからの推定に基づく予測であり、
資本主義の本質的なモデルというわけではない。
ピケティ氏は、富の蓄積が進んでも、
資本収益率は大きくは低下しないと仮定している。
その通りなのかもしれない。が、
ピケティ氏の予測はあくまで仮説であり、
確実な法則ではない。
ここに問題の根がある。というのも、
ピケティ氏の3番目の貢献は、
政策提案をしていることだが、その提案は、
富の集中は避けられないだけでなく、
それこそが最も重要だという前提の上に立っているからだ。
ピケティ氏は、全世界で資産に累進的に課税するという対処法を
提案している(税率は最低年0.1%で、
大富豪の資産には最大で恐らく10%に達する)。
また、約50万ドル(約5,100万円)以上の所得に対しては、
80%という懲罰的な税率も示唆している。
本書の主張も、ここまでくると左に流れすぎ、
信頼を失う。ピケティ氏は、
富の集中を抑えることをなぜ優先させなければならないか
(例えば成長を促すのではなく)について、
説明するというよりも、強い主張を展開しているのだ。
彼の主張する再分配を行った場合生じるトレードオフや
コストについては、ほとんど目を向けていない。
大半の経済学者も、一般の常識人も、
フランスの多くの実業家も、
所得税と資産課税を上げれば起業家はやる気を失い、
人々はリスクを取らなくなると指摘するはずだ。
だが、ピケティ氏はこの点を全く気にかけていない。
また、ピケティ氏の提案する取るべき施策リストは
富裕層への課税に偏っている。「ベビーボンド※」や
個人貯蓄口座への追加給付金など、
資本所有層を拡大する方法には全く触れていない。
※=2005年に英国に導入された子供のための貯蓄制度
資産課税の中には、21世紀の政策として
合理的に機能するものもあるだろうが(特に相続税)、
それは社会全体の繁栄をもたらす唯一の解決策ではないし、
主要な解決策ですらない。
ピケティ氏は富裕層に重税を課すことばかりに目を向けている。
その姿勢は、学問的ではなく、
社会主義的なイデオロギーのにおいがする。
だからこそ本書はベストセラーになったのだろう。
しかし、政策の設計図としてはお粗末と言わざるを得ない。
(2014年5月2日付 英エコノミスト誌)
(c)2014 The Economist Newspaper Limited
May 2, 2014 All rights reserved.
英エコノミスト誌の記事は、
日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2200A_S4A520C1000000/より