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CACAO通信パート2

食べ物、思い出、その他、不定期に更新しています。
また、母校の県立生田高校3期生の連絡も。

美食のテクノロジー/辻芳樹

2008年10月25日 | 本と雑誌

著者は、かつて「わが師」として紹介した故辻静雄の息子で、現在辻調グループ校校長であります。7歳頃からフランス料理史にその名が残る名店へ大人と一緒に連れていかれ、3~5時間フランス料理を食べるという日々を何日もくり返したとか、13歳で渡英、米国で文学士号を取得とか、とにかく料理でもそれ以外でも、エリートコースを歩いた人なのです。その後、父が早くに亡くなり、調理師学校の校長としての直接の修行はする間も無く辻調グループのトップに立つことになりました。この本は、フランスのトップシェフを中心に世界の6人の調理人について取材した内容が書かれています。はっきり言ってすごいと思うのですが、それ程感動というか驚きはありませんでした。というのも、もちろん細かく見れば新たな内容や、専門家ならではの解説や分析はあると思うのですが、シェフやレストランの名前、料理、ポリシィなどの情報ということからいうと、今やそれらの店については十分過ぎるほど流布しているからです。本はもとより、グーグルなどインターネットで調べれば、そこへいった人の生の感想さえ入手することが出来ます(もちろん玉石混交、いやほとんど石ころだらけというべきでしょうが・・・)。で思うのは、静雄が今の時代に生きていたら、どんな人生を送ったのだろうか?!彼のしたことをそのまま持ってきても全く意味がないとは言いませんが、情報ということだけからいえばかなり意味が違ってきただろうと思わざるをえません。そこで気になるのが、この芳樹のすることなのです。静雄が今を生きていたらするであろうことを、芳樹がするのではないか?仮定としてはおそまつというか無茶は承知ですが、いわゆるプロではない私たちの前にどんな情報をどんな形で提示してくれるのか、興味深々です。また、以前出版されていた木村結子との共著(?)「美食進化論」を平行して読み直したのですが、その差異が興味深かったです。さて、この本で一番印象に残った部分は、「瓢亭」主人の高橋英一の項で、和食離れを救い、家庭料理の崩壊を食い止める方法は、ちゃんと出し汁を引いてそれで味噌汁を作ることだと言っているところでした。私も退職して自分で日常の食事を作ることが増えたら、何をさておき実践してみたいものだと思いました。

話は変わりますが、時々コメントを寄せてくれる、大学時代のゼミ仲間、mitoneさんが、(習字の)日展に初入選されました。私はまったくの門外漢でもって、どれだけすごいのか分からないのですが、父上も習字をされていたご家庭に育ち、ずっとその道を歩いてこられた方の初入選ということで、うまい言葉がないのですが、せめてこのブログで一人でも多くの方にお知らせ出来ればと思います。あらためて、おめでとうございます。また機会を作って、お祝い出来ればと思っています。


母にむつきをあてるとき/舛添要一

2008年09月13日 | 本と雑誌

タイトルの「むつき」とは、おむつのことで、痴呆症を病んだ母の介護と崩壊とも言える家族間の葛藤の日々の記録をまさに赤裸々に描いたノンフィクションです。私の両親達も80歳を迎えようとしており、幸い現在のところ介護とは無縁の日々を送っていますが、いつそうなってもおかしくない年齢ではあります。舛添要一は、以前「6ヶ国語勉強法」という本を読んでおもしろかった印象があり、また評論家・国会議員として、そう多くはありませんが言動を見聞きして、気になる存在ではありました。ですので読んでみたいと思ってはいたのですが、もしこの本を読んでいることを両親が知ったらどう思うかと考え、手を出しかねていました。

一番興味深かったのは、痴呆症にかかった母親の様子と、周囲の対応によって変わる症状です。要するに、的確に対応すればおだやかに過ごせ、しかも病状の進行も遅れということで、その大切さを感じました。逆に長姉の罵詈雑言を浴びた後などは症状が悪くなるというありさまです。トイレをどうするか、おむつをどうするかといったことも、人間が生きている上の精神的な最後の尊厳という意味で、非常に大きいということを、改めて感じさせられました。以前、親戚の入院する老人向けの病棟へ行った時、糞尿を思わせる臭いがそこはかとなく感じられ、そこで毎日暮らす老人のことを思ってなんともいえない気持ちになったことを思い出しました。また、早めに気づいて適切な対応していれば、進行をおさえることが可能であったのにと、再三に渡って悔やんでいることも忘れられません。

もうひとつは、これは舛添要一が国会議員になろうと思った理由のひとつだと思うのですが、介護をとりまく行政やそのシステムなどのひどさ・至らなさについての憤りです。もっとも本の内容は今から10年位前の話で、現在は制度等かなり変わっていると思うので、その辺りはそのままと言う訳では無いでしょうが・・・。とにかく不十分で、手続きは煩雑、ものによってはあまりのことに笑えてしまうというありさまです。

あと、別の意味でこの本の要というか読ませどころとなっているのが、長姉と他の家族との確執、愛憎による悲劇、家庭崩壊です。正直、ここまでするのか、なるのかというのが正直な感想です。母親に罵詈雑言を浴びせる、お金を横取りする、実の妹や弟にヤクザまがいの脅しをかける等々。事実は小説より云々という感じです。

今さらですが、皆、まずは孫として、ついで子として、最後には本人として老年期や介護を経験する訳で、制度については最新ではありませんが、是非一度読まれるとよいと思います。痴呆症もウツ病も、本人の気持ちや努力の有無では無く、病気であるという認識が少しずつは広がりつつあるとは言っても、まだまだでしょう。個人の問題、家族の恥ではなく、社会としてこれに取り組む必要性を改めて感じさせられました。そのためには、家族だけの問題として全てを解決しようとるすのでなく、勇気を持って社会の問題としての面は社会の中で解決していこうという姿勢も大切なのだろうと思いました。


私の外国語習得法/阿部謹也

2008年09月07日 | 本と雑誌

これもブック オフで見つけた一冊です。この手の本を安く見つけると、つい買ってしまいます。(でも具体的なハウ ツー本は基本的に買いません。)これは、大学教授を主とした、外国語を読み書き(話す)学者・文学者等17名が、自らの外国語との関わり方・学習経験について書いた本です。割と共通しているのが、読み書きは得意だけれど話す方はいまひとつという点でしょうか。(もちろん、いまひとつと言っても、読み書きのレベルが相当に高いので、その点加味して置かなくてはいけませんが。) 必要とされるレベルが、読む>書く>話すということなのかもしれません。他には、言葉を手段として捉えている点も上げられます。必要な本を読む、論文を書く、現地を訪れて会話をする等のための道具ということです。ですので、用は足せなくてはいけないけれど、完璧とか上手とかいうことを目指していません。極端に言えば、辞書片手に単語並べて用が足りるならそれでいいみたいな。何人かの方は、読んだり話したりする場合、技術も大事だがその国・分野についての知識も重要としています。これは指摘としては今更という感がありますが、変わらない事実であるということでありましょう。それはとにかく、今のように教材や外国語学校がたくさんある時代の話ではないので、その悪戦苦闘振りは(こういう表現は適切ではないとは思いますが)興味深くかおもしろいです。皆さんだいたい1920年代から30年代の生まれですので、戦中戦後位の外国語学習事情みたいなものを、垣間見ることが出来ます。

その中で異質なのは、スイス生まれのペーテル・アッケルマンがドイツ語圏の学習者として日本語の学習について書いたものと、植民地時代の朝鮮で生まれた詩人・作家の森崎和江のものです。前者は、それこそこ専門的な内容なので説明のしようがないのですが、後者は1960年代後半のいかにも複雑で不安定な日本と韓国・朝鮮との関係を背景に、いつか朝鮮半島へ行きたいという思いを持ってハングルを学ぶ一人の朝鮮生まれの著者のヒリヒリとした痛みを伴った姿を垣間見ることが出来、とても印象的でした。

さて締めくくりは、矢島翠というエッセイスト・翻訳家の文章からの印象的な一節を、少し長くなりますが引用したいと思います。この一節に出会えただけでも、この本を買った価値があるという気がします。(もっとも105円でしたけどね!?)

外国語の勉強は底知れぬ、しかも甘美な感触さえ味わわせる泥沼のようなものだ。身を沈めればはてしなく、それでいて当人はいつか、泥沼のなかでの自分の遅々とした動きをたのしみさえしているのだから、しまつがわるい。泥沼におぼれたままで終わらないためには、しつこいようだが、手段と目的を混同しないこと。〈語学〉というもっともらしいよび名で、手段にすぎない外国語の勉強があたかも学問であるかのような幻想をもたないことが必要だ。わが体験をふり返れば、精神的になまけていたいときに限って外国語に精を出し、それを当座の目的にしていたことに、思い当たる。


スヌーピーたちのアメリカ/廣淵升彦

2008年08月19日 | 本と雑誌

A journalist's View of America Through PEANUTS という英語の題名が示すように、日本ではキャラクターとしてのスヌーピーばかりが有名になってしまった、チャールズ シュルツ描くところの漫画「ピーナツ」を通して、普通のアメリカ人を紹介しようと試みた本です。内容はまず、スヌーピーのキャラクターグッズは持っていてもこの漫画を読んだことがないほとんどの日本人に向けて、この漫画が人生についての大人の漫画であること、登場人物(子供)のキャラクター紹介がなされます。例えば、勉強も運動も得意ではないごく普通のさえない丸顔のチャーリー ブラウンについてはこんな風に書いています。

人生はそんなに格好いいものじゃない。挫折もあれば思うようにいかないこともある。アメリカの大人たちはチャーリー・ブラウンの中に自分の人生の影を見ているのである。

さてここで、がみがみ屋で自己中心的なルーシーの項で紹介されているお話しを紹介してみましょう。ルーシーとチャーリー ブラウンとの会話です。

「私たち、なぜこの世の中に生まれてきたのだと思う?」「ほかの人たちを幸せにするためさ」「私、誰かを幸せにしているおぼえはないわ。またとくに幸せと感じてないわ。(大声で)誰かが自分のすべき仕事をしていないのよ!」

チャーリー ブラウンの回答はなかなか気が効いていますが、自分が幸せでないのは誰かがさぼっているからだと叫ぶルーシーは、そのはるか上を行っています!ちなみに著者の解説では、この「誰か」はチャーリー ブラウンを指しているとのことです。もうひとつ、この本の始めの方から、チャーリー ブラウンからライナスへの会話。

「人生はボクにはちょっと重過ぎるよ。/ボクは生まれたその日からずっと頭が混乱してきたんだ。/すべての悩みの大もとはね、ボクらが人生にあまりにも早く放り出されるってことだよ。ボクらはちゃんと十分に準備ができていないんだよ。」「君はいったい何がほしかったの?まず最初に(人生に対して)ウォーミングアップするチャンスがほしいってことなの?」

著者は、何ごとも上手くいかないチャーリー ブラウンは自分が十分に準備をしないで生まれてきてしまったのではないかという思いを持っているのだろうといい、またこの大げさな誇張と味わいが、「ピーナツ」全編に漂っているといいます。

そして後半は、子供と犬と鳥しか登場しないこのお話しが、いかに普通のアメリカ人の暮らしぶりを反映しているか、またいかにこの漫画がアメリカの子供から大人、一般人から大統領までに愛されているかということについて、いくつもの例をあげて紹介しています。分かりやすい例としては、アポロ10号の月面着陸船がスヌーピー、その母船がチャーリー ブラウンという愛称が付けられたという話があります。

ちなみに私について言えば、父が英語の勉強の足しにと思ったのか、中高校の頃に、ペーパーバックのようなザラ紙に印刷された、谷川俊太郎訳のついたこのシリーズを何冊か読みました。英語の勉強にはさっぱり役に立ちませんでしたが、漫画としてはおもしろく読んだ記憶があります。ハローウィンやイースターを知るきっかけともなりました。

子供が読む漫画ではなく、大人がそれぞれの読み方で、人生について、はたまたアメリカについて考える、知るために読む絶好のテキストのひとつであることとこの本は説いています。しかし、この本を読み終えたら、そんな小難しいことはひとまず忘れて、「ピーナツ」(チャーリー ブラウン)を手にしてみてください。あるいは、漫画を読んでみて、おもしろいけど背景などについてもう少し深く知りたいと思ったら、この本を探してみてください。きっと相乗効果で、より深く味わうことが出来ると思います。さて、私も「ピーナツ」を手に入れる方法を考えなくては・・・。


英語のできない私をせめないで!/小栗左多里

2008年08月19日 | 本と雑誌

著者は、「ダーリンは外国人」という作品も書いています。つまり、英語がネイティヴな旦那さんを持つ漫画家のなのですが、彼が日本語がペラペラなため、英語は初級の上(~中級)レベルらしいのです。ところが、外国に住むことを検討しようということになり、日常会話が出来るようにならなくては!ということになりました。旦那さんがネイティヴなら彼に習えば一番いいじゃないと考えるのは浅はかなようで、言葉を教えるようになって関係が悪くなる国際カップルが多いのだそうです(そう言われれば、なんとなく想像出来るような気もしますが・・・)。さてそんなところへ、英会話学校へ体験入学してルポ漫画を描いてみないかという依頼が舞い込んだわけです。「ユニークスクール」と名づけられた企画の性格、変わった学校を選んで行ったようですが・・・、「米軍ハウスでのレッスン」「演劇を通して」「料理をしながら」「映画を使って」。ルポが終わってからさらに・・・英語の本を読んで。ネットで勉強。自費で英会話スクールへ。ネットで先生探し。・・・という風に、様々なスクールや方法を試す様子が、所々漫画を交えておもしろおかしく描かれています。ユニークスクールは、はっきり言って単に目先を変えているだけで、同じようなものじゃん!という感じですね。ネットの様々な便利なサイトやメルマガは、語呂合わせで単語の意味を覚えるというのが、古典的な感じですが笑えて、話としてはおもしろかったです。 例:significant=重要な→重要な 書類が濡れた すぐに拭かんと  なかなかすごいですよね。どこが英語か忘れそう?!毎日メールで単語が送られてきて、それを覚えていくというのもあって、ついつい溜まってしまうが削除できない、という体験も載ってました。これは私も似たような経験があります(苦笑)。他に印象に残ったのは、5万円なりを払って、12日間で英語耳になるという通販の教材を買う話です。1日1時間、12日間聞くというのだそうですが、聞いているうちに寝てしまうので立って聞いたという話は笑えました。まだまだおもしろい話はあるのですが、へ~と思ったのは、ネットで先生をさがすというサイト。手数料を取って、教えたい人と教わりたい人の仲介をするのだそうです。まぁまぁ良かったようです。

漫画が混ざっていることもあるのですが、とにかくおもしろいです。自分の経験から言ってズバリこれがおすすめ!というような内容ではないので、そういうストレートな意味ではあまり参考にはなりません(反面教師にはなる?)。ただ、英語に限らず、外国語を身に付けたい、でも上手く行かなかった、続かなかったという経験を多少なりともお持ちの方には、身につまされつつも、楽しく読めると思います。