徒然なるままに。

徒然に小話を載せたり載せなかったり。

keep one's fingers crossed (~の幸運を祈る)

2006年08月28日 | その他
 コルデア王国が王都、カルリシャに金管楽器の音が高らかに鳴り響いている。
 見送る人々の歓声までが、オルフィーナの私室にまで届く。

 オルフィーナは私室のベッドの上で、抱えた一角狼(クルフィア)のメイフィをぎゅっと強く抱きしめた。
 ぎゅっと目を閉じて、必死で呼吸を整える。
 今にも泣きわめきたい気持ちを、必死で押し込んで、代わりの笑顔をつくりだせるように。
 行ってしまう―――愛しい彼が、遠い東の地へ、行ってしまう。
「姫様」
 傍に控えていた侍女が、躊躇いがちに声をかける。
「そろそろ………お時間です」
 ああ。
 オルフィーナは深く息をつく。くうん、と哀しげに鳴いたメイフィに顔をすり寄せた。
「……姫様」
 抱えたメイフィをベッドの上におろし、立ち上がる。
「ええ、ルシェーラ。……今行きます」

 東の蛮族の討伐。
 もう何十回目かになる遠征の将は、オルフィーナの恋人、親衛隊隊長シェタッフガルトだった。
 二人の仲自体は、オルフィーナの父親、ヨグフ王も認めてはいた。
 だがオルフィーナはシェタッフガルトに恋する一人の娘であると同時に、大国コルデアのたった一人の王女だった。
 オルフィーナの伴侶となるということは、それは取りも直さずコルデアの未来の国王になる、ということ。
 一軍をまとめ上げる力もなくば、王にはなれない―――王になる素質を、証明しなくてはならない。
 だからシェタッフガルトは、東の地に赴くのだ。

 ――すべてはただ、オルフィーナのために。

 わかっている。
 わかっている……けれど。


 遠征軍は既に隊列を組み、整然と並んでいた。
 その一番前、頂点に、馬に跨ったシェタッフガルトの姿があった。腰には、昨日オルフィーナが彼に贈った一振りの剣。
 オルフィーナは、父と母、王と王妃の二人の間に立って、彼の姿を見つめた。

(大きな目的を持ちここを発つ貴方を引き留めることなど、私(わたくし)にはできません―――)

 昨日、確かに彼に言った言葉を胸の内で反芻する。
 その言葉に偽りはない。
 辛いけれど―――それでも。

 シェタッフガルトが三人に近づく。
 まず父ヨグフ王が声をかけ、次に母ユメネア王妃が声をかけて、促すようにオルフィーナの肩に手を回す。
 視線が、合った。

「ご武運を…………シェール」

 シェタッフガルトの手がオルフィーナの頬に触れる。優しく撫でて、彼は力強く肯いた。

 金管楽器がいっそう高らかに鳴り響く。
 出発だ。

「………行ってくる」

 無骨なやさしい手が、離れた。




 ―――それが、オルフィーナの見た、最後の彼の姿だった。








 グランザの兵士から奪い取った剣を、手錠に繋がれた不自由な手でそれでも無我夢中で振るう。
 視界の片隅には、いつの間にか来ていたサルエリと彼に庇われたエルネラの姿。
 オルフィーナはザクリ、と長い三つ編みを斬る。
「エルネラ」
 呼ばれた彼女がオルフィーナを振り仰ぐ。オルフィーナは斬った三つ編みを放り投げた。
「それを……、シェールに……!」
 金色が宙を舞う。エルネラが手を伸ばして、



 衝撃が、オルフィーナを襲った。



(シェール……)

 いとしいあなた、シェタッフガルト―――シェール。

(シェール……!)

 ごめんなさい、けれどもこのコルデアにオルフィーナはただ一人、一人居ればいいの。
 ごめんなさいファーナ、どうか逃げて、生き延びて―――オルフィーナの名を懐(いだ)いて、どうか、この国を。

(もう一度……あなたに―――)

 ズブリ、と腹に生えた槍が引き抜かれ、オルフィーナは崩れ落ちる。
 処刑台の周りに集まっていたコルデアの民の怒号が、悲鳴がいっそう湧き上がる。

「いやああああ! 姫様!」

 エルネラ。エルネラの悲痛な叫びが聞こえる。
 どうかエルネラ、あの人が傷つかないよう私のことを伝えて―――…

 ああ、シェール。遠い東の地の、あなた。


 周囲の喚声が遠くなる。エルネラの泣き声も、サルエリの宥める声も。
 オルフィーナは静かに、目蓋を閉じた。



シェタッフガルト×オルフィーナ(本物)@オルフィーナ/天王寺きつね