おぉきに。

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『駐在日記』

2017-11-24 20:27:56 | 本の話・読書感想





『駐在日記』 小路幸也 著(中央公論新社)
 久しぶりですかね、小路さんの新刊書き下ろしって。楽しいですよね、書き下ろしって。
 地方都市を自虐する「イナカ」じゃなくて、ほんまもんの田舎(架空)が舞台です。そしして時代は昭和五十年。いやー、黒電話だけしかない時代ってあったんですよね、もうそんな時代には戻れそうにないですけど。
 駐在さんとその妻が主人公なので、確かに帯にあるように警察小説なんですけど、なにしろド田舎、駐在さんと村の人達みんなが共同体なので、やっぱりどこか家族のような感じもします。とにかくノスタルジックであったかい。
 先祖代々大都会在住、という生粋の都会人って、たぶんそんなにいないと思います。逆に生粋の大都会出身の人がこれを読んだら、いったいどんなふうに感じるのか、ちょっと聞いてみたい気もします。



携帯やスマホ、パソコンはもちろん、FAXさえもたぶん無かった時代。昭和五十年。
でも確かに、昔の日本はどこもこんな感じだったんですよね。

読んでてとにかく懐かしいというか一周回って逆に新鮮だったのが、村のどこかで変事が起きたとき、村人の誰かが駐在所に知らせるのに、もちろん電話も使うけどまず全力疾走して駆けつけること。息を切らせてお水をもらって呼吸を整えて、どこそこでどんなことが起きたのかを知らせるその姿。

今では、何かあればもうその場から携帯で警察に電話するし、誰かと待ち合わせにしても多少遅れるにしてもぜんぶSNSで連絡できるので行き違いになったりする心配もないし、事件や事故もSNSで瞬く間に拡散するし、遠く離れた地域の事件なんかもネットですぐに知ることができる。
それはそれで大変便利なんですけど、昔のそんな不便な時代の方が、ホームドラマや因習めいた怪奇事件に立ち向かう名探偵ものとかにぴったりフィットできたようで、もちろん現在のスピーディな展開のドラマもドキドキハラハラサスペンスを愉しめるけど、ちょっと質が違うものだったなあ、と。

時間が今よりゆったり流れ、すべてを白日の下に引きずり出そうとする世情ではなくて、生きやすいように生きていこう、としていたような、そんな気がします。

刑事だったけど、奥さんのために田舎の駐在所勤務を希望した周平さんと、元外科医で駐在所暮らしに傷を癒していく妻の花さん。

言葉が悪いというか適切な言い方じゃないかもですが、ズルイですようw

ミステリだと、交番や駐在所のお巡りさん(巡査)はたいていは自転車でキキッと駆けつけ、捜査本部の偉い人が来るまでまぁよくて現場保存のために見張り役をするくらいです。
が。周平さんはこれはもう刑事さんじゃないですかw
ていうか、村の人にとっては名探偵です。現場検証する姿とか。お話の序盤の伏線を繋ぎ合わせる思考とか。
で、奥さんの花さんはワトソン的役回りなのはもちろんですが、元外科医としての視点・意見を周平さんに述べて、周平さんも花さんの意見を尊重して、二人で解決させていくので、いわゆる「愚鈍なワトソン」では決してないです。むしろものすごく頭のいい女性。

元々敏腕刑事だった旦那さんと、大病院で外科医としてバリバリ働いてた女医さんのカップルなんて、平穏な山間の村には宝の持ち腐れ(?)というかどうしたって切れ味スルドイ仕事人夫婦(??)じゃないですかーw
刑事でも元々ぼんくらな人だったり、なまくらなヤブ医者だったりなら、それはそれで村に埋もれるのも早いでしょうけど、村の人達に信頼されることもない。
村のローカルルールに悩む前に、大都会で人間の暗い部分を嫌と言うほど見てきた二人だったから、村の人達の善良な部分はもとよりちょっと影のある部分についても、あんまり問題ではなかったんですよね。だから馴染むのも早かった。

村の人達も、子供たちも含めて善良で、狭くて鄙びたコミュニティとしてやっぱり噂話が広まるのも早くて、隠し事するのは難しそうなんですが。
人間、生きてりゃ何かしら隠し事はあります。
小路先生が上手いのは、そういう誰かの秘密を無理に暴こうとか悪意で広めようとかいうキャラはいないこと。その代わり、好意として、または善意として聞きたいとアピールしたり話を広めたりする性質のものであること。

人間、善良ばかりではないし、悪意100%で出来てる人もいない、その善と悪のバランス、ブレンド具合が個性になります。
小路作品は、そのブレンド具合が実に気持ちの良い感じで、だから読んでて嫌な気分にならない。
読み心地に嫌な感じや暗くて重いものがどかんと来る方がインパクトは強いし記憶にも残りやすいかもしれませんけど、インパクトって、極端に言えば暴力的なものだと思うんです。

現実の人生でいろいろややこしいことや窮地に立たされることなんかは俯瞰で見ればアクシデント、ですが、インパクトとは思えないでしょう。そしてそのアクシデントって、頑張って生きてる証拠みたいなものですが、インパクトをそうは思わないと思う。
非日常的で、順番すっ飛ばすこともアリで、もしかしたらあざとくて狡くて、とにかく感情の振れ幅の大きい出来事。わたしが考える小説のインパクト。
誠実に、丁寧に、こつこつと一歩ずつ順番に生きている人生って、割と何も起こらないまま終わることの方が多いと思う。それでいいんですよね。それが幸せなこと。
わたしが小路作品を素晴らしいと思うのは、誠実に丁寧にこつこつと普通に生きている人々の暮らしを描いた小説だから。
インパクトという安易で暴力的なものに頼らないで、ひたむきに幸せに生きる人々のこと。

思うようには生きられない現実の毎日で、小説という世界の中ではせめて、丁寧に誠実に思うように幸せに生きる人生を疑似体験してみたい。気持ちよくハッピーな人生であるといいな。

あれ。駐在さんはどこ行った(苦笑)

この本、装幀がまた素敵で、表紙カバーを外したら、そこからもうこの物語が始まってた!
で、最後にある「この作品は書き下ろしです」というところのイラストで花さんの日記が終わります。
小路幸也という作家さんが書いた小説であり、
簑島 花さんが書いた日記でもあり。
重ね合わせの二人の手になる物語。

現代の文明の利器が何も出てこない、大らかな時間と優しい距離感で出来たこの小説。
楽しゅうございました。

周平さんと花さんに子供が生まれたとして、その子が大きくなって少し現在に近づいたこの雉子宮の様子をいつか読めたらいいなと思います小路さん☆



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