ギリシャ神話の神々は残酷だ。たとえば、女神アテナは嫉妬と怒りから美女メドゥーサを蛇頭の怪物に変えてしまう。怪物は「その目で見た者を石にしてしまう」魔力で恐れられた。
フランスの哲学者・作家のサルトル(1905~80年)が「メドゥーサのまなざし」にたとえたのは他者の目だ。他人の評価を交えずに自分の姿を見ることのできない人間の宿命を戯曲「出口なし」で「地獄とは他人である」と表現した。
個人も国家も、他人や外国の目から無縁で生きることはできない。だが、他者の視線は両刃の剣だ。好意的な評価は「生きがい」につながるが、白眼視や非難は自信喪失を招く。
「もうろう会見」で中川昭一・前財務相が引責辞任した後、麻生内閣の支持率が急落した。中露の一部メディアが2月24日の日米首脳会談で首相が「冷遇された」と報じたのは、日本国内での政権への風当たりの強さを感じ取ってのことだろう。
だが、米国にとっての日本の戦略的な重要性が減じるわけではない。フランスのテレビは「日本の首相が外国首脳としてオバマ米大統領と初会談」と主要ニュースの扱いだった。
欧州では、クリントン米国務長官が初外遊先にアジアを選んだことに「米外交のアジア重視への変化」をかぎ取る傾向もある。欧米には、金融・経済危機への対応でも「日本頼り」の空気が流れている。
周囲の目を気にするあまり、自己を矮小(わいしょう)化し過ぎると、国際社会における等身大の日本の姿を見誤る。他者のまなざしに萎縮(いしゅく)する必要はない。石のようにこり固まらず、世界に向けてしなやかに飛翔(ひしょう)しよう。(ブリュッセル支局)
毎日新聞 2009年3月2日 東京朝刊