《 空想から科学へ 》 奧菜主義革命~ 革命的奥菜主義者同盟非公然ブログ

奥菜恵さんは、精神と肉体の両方から無駄なものをすべて削ぎ落とし、必死に舞台に立っていた

1997年

2010年03月29日 20時36分44秒 | Weblog
今夜も舞台『象』についての書き込みです。

スモークの使用にも、演出というか、メタファーの存在を感じるのですが、
皆さんのご意見はどうでしょ。


私の気のせいでなければ、第一部ではスモークは焚かれていないと思うんです。
第二部になって、ステッキ男の対決以降、所々の場面で焚かれるようになる。

ステッキ男の対決場面は、ご承知の通り、まったくかみ合わないセリフ、
1人の男がしゃべるとおり
「すべてを分かることなんて不可能なんだ」
ということを観客に問題提起することにだけ意味がある場面。

あそこまで、難解な場面はあったが、難しいだけであって、分からなくはない。
あれ以降、難解というより、訳が分からん、という場面が増えていく。

そこを境界にスモークの使用も始まる。
芝居がどんどんイリュージョンの世界に入っていくことの象徴
とも取れなくはないという気がするのだが。


(まぁ、ここからは私の独り言のようなものです。気にしないでください)
1993年産のワインがあれば良かったのだが、東武デパートのワイン売り場にはなかった。
1993年は奥菜さんが「なずな」ちゃんを演じた年だから。
無い物ねだりは非生産的である。
次善の選択として、1997年産を購入。
奥菜さんが「北尾実加」ちゃんを演じた年だから。
そして私が革命的な奥菜主義者になった年だから。
(独り言終わり!)


明日はとうとう千秋楽ですね。
奥菜恵さん、最後まで舞台を楽しんでください!