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めご の ひとりごと

ほぼ ひとりごと と おぼえがき

ブラタモリ 会津磐梯山

2016-07-17 | ぶらたもり
#44 会津磐梯山
~会津磐梯山は“宝の山”?~
放送日:2016年7月16日(土)

◆猪苗代湖・天鏡閣・五色沼・裏磐梯高原ホテル・・・行ったことがあるところばかりで楽しい(笑)

磐梯山ジオパークよりわかりやすいのはなぜだ?








会津藩の山塩作り400トン/年


◆山塩を作っている大塩裏磐梯温泉(北塩原村大塩)には行ったことがないが、熱塩温泉(喜多方市熱塩加納町熱塩北平田)はある・・・なんか「塩」ばかり(笑)

★★★★★
NHK公式ホームページより

「今まで見た景色のなかで、一番のごちそうです」 初めて磐梯山に登ったタモリさんが、思わず口にした一言です。その驚愕の“絶景”とは、一体??? 今回の舞台は、福島県の名峰・磐梯山。まさに「♪会津磐梯山は~宝の山よ~」の歌でもおなじみ、さまざまな色が楽しめる「五色沼」や猪苗代湖からのぞむ雄大な風景に年間500万人が訪れる、東北を代表する観光地です。タモリさんも長年訪れたいと願ってやまなかった磐梯山が生み出す「宝」の秘密を解き明かします。磐梯山がいまの形になったのは、実は明治の中頃のこと。噴火によって山の形は大きく変わり、五色沼をはじめとした湖や沼が誕生しました。では、どうして隣りあう沼がさまざまな色を見せるのか?その謎を解くために、タモリさんが磐梯山に挑みます。スキー場の斜面を延々と登ってたどりついた絶景に、タモリさん茫然・・・ さらに、磐梯山の恵み・温泉から作られる超意外な「宝」や、噴火によって荒れた大地を観光地に変えようと奮闘した人たちの痕跡など、数々の宝を生み出す磐梯山の知られざる姿が明らかに!


オープニング

01:遊覧船乗場
ブラタモリ「会津磐梯山」。猪苗代湖畔からスタート。
02:“会津磐梯山は「宝の山」?”
年間500万人以上が訪れる磐梯山が生む「宝」を探します。まずは観光船「かめ丸」へ。
03:磐梯山をのぞむ
晴れていれば、湖の上から磐梯山を見ることができます。

天鏡閣

01:猪苗代湖近くの高台へ
02:天鏡閣
明治41年に建てられた皇族・有栖川宮威仁親王の別荘だった建物です。
03:皇族の愛した景色
天鏡閣の最上階からは磐梯山と猪苗代湖の絶景をのぞめます。
<最上階は一般には公開していません>

五色沼と山体崩壊

01:五色沼へ
02:毘沙門沼
それぞれ色の異なる大小20以上の沼からなる五色沼湖沼群の沼の1つです。
03:岸にある岩
明治の中頃に起きた磐梯山の山体崩壊のときに流れ下ってきたものです。
04:磐梯山の崖をのぞむ
かつてあった峰・小磐梯が崩れて崖ができました。
05:スキー場の斜面を登る
06:山体崩壊がつくった斜面
スキー場の斜面は磐梯山の山体崩壊で土砂が流れた痕跡です。
07:銅沼(あかぬま)
五色沼湖沼群の水源です。

山塩 

01:温泉神社
02:源泉
1000年以上前から湧くと言われる温泉には塩分が含まれています。
03:山塩
温泉を煮詰めてとる「山塩」は、江戸時代、会津藩の重要な産業でした。

裏磐梯の森

緑は10万本にも及ぶ植林によって生み出されました。

★★★★★
福島県裏磐梯観光協会ホームページより

裏磐梯の成り立ち

明治21年(1888年)7月15日、会津磐梯山の噴火によって裏磐梯が生まれました。 山頂部分での噴火は10数回に及び、最後の噴火では山体が崩壊し、大量の岩石、土砂などが時速80kmを越す爆風に乗って流れくだり、北麓の谷を埋め、8キロ離れた山麓(甚九郎山や簗部山)まで達しました。その結果、磐梯山の北側は流れ山(岩屑物の推積丘)が巨大な高原大地が出現しました。一方、この崩壊によって長瀬川とそれに注いでいた中津川、小野川、雄子沢側などが堰き止められ、桧原湖、秋元湖、小野川湖、雄子沢湖(のちに桧原湖と一体になる)などの湖が、また流れ山の間のくぼ地に水がたまり多くの湿地や沼が形作され現在に至っています。









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