めご の ひとりごと

ほぼ ひとりごと と おぼえがき

エリザベート稽古場

2015-05-31 | えりざ
ザ・インタビュー
~トップランナーの肖像~
BS朝日
5月31日(日)18:00~
ゲスト:井上芳雄 (舞台俳優)

『エリザベート』映像や稽古場映像が映るかなと思って視聴。
初演の一路真輝エリザベートとの場面と、山口祐一郎トートとの場面が映ったけど・・・山口祐一郎トートは見たくなかった・・・。
稽古場映像は井上芳雄トートと、エリザベートの蘭乃はながチラッと。

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デビュー以来15年、〝ミュージカル界のプリンス〟と称される、井上芳雄。
井上は、ミュージカル専門誌が発表するミュージカル・ベストテンの中で、男優部門で6年連続1位に選ばれた、今、日本のミュージカルを牽引するトップスターだ。
舞台映えする長い手足に、端整な顔立ち。
しかも、東京藝術大学声楽科卒業と、まさに、ミュージカルの申し子のような存在。
そのデビューは、まさに衝撃的だった。
東京藝大在学中の二十歳の時、帝国劇場で行われたミュージカル「エリザベート」で皇太子・ルドルフ役で鮮烈デビュー。
当時、帝劇で行われる舞台で役がもらえるのは、元宝塚のトップスターや劇団四季出身者の実力者ばかり。
無名の新人が舞台に上がることなど、異例中の異例だった。
そのわずか2年後には、「モーツァルト!」で主演に大抜擢。
以来、数多くの作品で帝劇のセンターに立ち続けている。

2006年、読売演劇大賞の杉村春子賞を受賞したのを皮切りに、菊田一夫演劇賞、日本映画批評家大賞舞台ミュージカル大賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞するなど、数々の演劇賞を受賞。

しかし、そんな順風満帆に見える演劇人生の裏には、大きな挫折も…。2003年、蜷川幸雄演出の舞台「ハムレット」にレアティーズ役で出演すると、その演技を全否定され、稽古恐怖症に…。
「自分には芝居をする資格がない」
人知れず悩み続けた井上は、作家・井上ひさしとの出会いによって、その思いが変わっていったという。

今回のインタビュー場所は、舞台俳優・井上芳雄が生まれ、育った帝国劇場。帝劇を代表するトップスターの素顔、その魅力に、小島慶子が迫る。
コメント

マグニチュード8.5(後日8.1訂正)

2015-05-30 | しんさい
なんかぐ~らぐ~らと微妙に揺れているな~遠く海の向こうで大きな地震か?(震源地がなんとなくわかるw)とテレビをつけたら、すでに地震報道に。
震源地が遠かったし、揺れが長かったから。
マグニチュード8.5
(後日8.1に訂正)とのことで、『津波の心配はありません』の表示がでるまでドキドキ。

↓日本全国揺れてる

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気象庁ホームページより



地図をクリックすると拡大できます。 説明へ

平成27年05月30日20時30分 気象庁発表
30日20時24分頃地震がありました。
震源地は小笠原諸島西方沖(北緯27.9度、東経140.8度)で、
震源の深さは約590km、地震の規模(マグニチュード)は8.5と推定されます。

小笠原村母島 震度5強

(追加)神奈川県二宮町 震度5強
コメント

口永良部島新岳噴火

2015-05-29 | きしょう
全島民無事で良かった。
新しい避難場所も設置されていたというし、町営フェリーをすぐに向かわせたこと、避難時フェリーの定員増員が申請されていたこと・・・備えは大事だね。
火山活動が早くおさまって、島に戻れますように。

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口永良部島で爆発的噴火 関連情報まとめ

Yahoo!ニュース | 編集部
2015年5月29日 10時33分



キーポイント
29日午前、鹿児島県の口永良部島の新岳で爆発的な噴火が発生。火砕流が海岸まで到達したのが確認された。
気象庁は、噴火警戒レベルをレベル5に引き上げて厳重な警戒を呼びかけ。
口永良部島の82世帯137人に島外への避難指示。島民全員の生存が確認された。
県などによると、70代の男性が火山灰でやけどをしたほか、病気の高齢者がおり、計3人をヘリコプターで屋久島に運んだ。
口永良部島の住民およそ120人を乗せたフェリーが午後5時半ごろ、屋久島の宮之浦港に到着。
気象庁は30日、爆発的噴火から連続していた噴火が午前10時50分に停止したもようと発表。ただしレベル5を維持し、大規模な噴火に警戒を呼び掛け。
(最終更新:5月30日15:00)

口永良部島は、薩南火山群島最大の火山島で、気象庁による『常時観測火山』に指定されている。複数の安山岩質の火山からなり特に東側の火山は新鮮な火山で仁田尾山(526m)・三角点山(600m)・古岳(657m)・新岳(626m)があり、古岳火山南西から南東山麓には複数の安山岩質溶岩流が発達する。新岳の火口は直径200m。

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Wikipedia2015年の口永良部島噴火より

フェリー
口永良部島と外部への唯一の交通には本村港と屋久島の宮之浦港、種子島の島間港とを結んでいる屋久島町営の「フェリー太陽」が就航している。5月29日の噴火時に島間港から宮之浦港へ向かっていたフェリー太陽は通常の運航を取り止め、島民搬送の救援のため口永良部島の本村港へ急遽向かった。フェリー太陽は本村港への接岸の安全を確認した後14時40分頃に入港、15時40分頃には避難する島民を乗せて宮之浦港へ向けて出発し、17時32分に屋久島宮之浦港に到着した。またこの際に国土交通省九州運輸局は、屋久島町から出された島民避難時のフェリー太陽の定員を通常の100人から150人とする増員申請を許可した[7][8]。
島の東側にある湯向地区へは海上保安庁の巡視船「さつま」が救援へ向かい、取り残された島民7名を救援した[9][10]。

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Wikipediaの口永良部島より

噴火史
活動開始時期は不明で、50万年前頃までには海面上まで成長していたと考えられている。高堂森火山は約10万年前頃までに、野池火山の主部は約1万年前ごろまでに形成され、15,000年前から11,000年前にかけて2回の大規模な火砕噴火を生じた。最近1万年間の活動は、「古岳」「新岳」「鉢窪火山」で発生している。昭和以降、2015年までに10回近くの噴火記録がある[3]。

有史以降の活動
目撃記録は無いが、古岳火口でも江戸時代末まで噴火が発生していた。

1841年(天保12年)
5月23日(旧暦4月3日) - 新岳で噴火。
8月1日(旧暦6月15日) - 集落が焼失。死者多数。
1914年(大正3年) - 溶融硫黄噴出、鳴動。
1931年(昭和6年)[4]
3月 鳴動。
4月2日 - 新岳の西側山腹(新岳火口西縁)で噴火。土砂崩壊、負傷者2名、馬、山林田畑被害。
5月15日 - 爆発、降灰。硫黄流出、土地隆起。
1933年(昭和8年)から1934年(昭和9年) - 七釜集落は噴石により全滅、死者8名、負傷者26名。
1945年(昭和20年)11月3日 - 新岳火口東外壁で割れ目噴火(水蒸気噴火?)。
1966年(昭和41年)11月22日 - 新岳で噴火し小規模火砕流。空振は、鹿児島市や種子島でも体感。負傷者3名。
1968年(昭和43年)から1970年代 - 新岳で噴火(1968年、1969年、1972年、1973年、1974年、1976年)。
1980年(昭和55年)9月28日 - 新岳東側斜面で水蒸気噴火。爆裂火口多数形成。マグマ噴出量は0.0001DREkm3。火山爆発指数:VEI1。
1990年(平成2年) - 地震計による観測が開始される。噴気、地震、火山性微動が活発化[5]。
2014年(平成26年)8月3日 - 新岳で噴火(34年ぶり)。噴煙高度 800m以上。噴火警戒レベル3[6]。
2015年(平成27年)5月29日 - 新岳で爆発的噴火。噴煙高さ9,000m以上。火砕流が海岸まで到達、噴火警戒レベル5[7]。
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花總まり@週刊文春

2015-05-28 | たからづか お~じ~
週刊文春 6月4日号
原色美女図鑑が花總まりだったので。

花總まりが花總まりらしく写っていた。
なんかこの写真のテイスト知ってるようなと撮影者名を見たら・・・渞 忠之・・・宝塚GRAPHのカメラマンだった(笑)。

「1万2千人が出待ちする宝塚の星 柚希礼音 争奪戦の勝者」という記事も掲載されていた。

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満開

2015-05-27 | はな

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