『いいかよく聞け、五郎左よ!』 -もう一つの信長公記-

『信長公記』と『源平盛衰記』の関連は?信長の忠臣“丹羽五郎左衛門長秀”と京童代表“細川藤孝”の働きは?

木の下(このした)

2007-10-09 13:09:03 | 源平盛衰記の蔵:馬篇
木の下(このした)

源伊豆守仲綱の愛馬。初名「星鹿毛」。平右大将

宗盛の請いに対し仲綱は始め拒んだが、父頼政の

忠言もあり「木の下」を宗盛に送った。仲綱の

再三の返却要請に対し、宗盛は「木の下」を返さず

「南鐐」(なんれう)を下した。さらに仲綱がこの

馬を惜しんでいたのを憎み、「伊豆」「仲綱」と

呼んで引きずりまわした。これが遺恨となり、頼政

謀反の一因となる

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