時給850円のアルバイトから気がつけば取締役になった僕が伝えたいこと

アルバイトから出発し正社員、管理職、取締役と昇ってしまい、ついには代表取締役まで。そんな僕の思考、想いを綴る

横浜の妹家族と夕食

2010-10-31 | 日記(~2013年)
 今朝は7時に起きて、簡単な朝食後、自宅で9時半まで仕事。
仕事が片付いた後、10時に家を出て横浜の妹の家へ。きょうは3歳半の姪をアニメ映画に連れて行く約束をしてあった。妹夫婦はその間、子育てから解放されてつかの間の自由時間を楽しむのだ。
さて映画だが、上映が始まって30分くらい経ったら、姪が「眠たくなった」と言って眠ってしまった。しばらくして僕の方も眠った姪を抱いたまま寝入ってしまった。
夕方、僕の奥さんも横浜まで来て妹家族と一緒に5人で夕食を食べた。きょうだい、家族で食事が出来るのはありがたいことだと思う。家族とは限らないが日常生活の中で会話のできる環境が存在することは重要だ。

友人とクッキングパーティー

2010-10-30 | 日記(~2013年)
 きょうは僕の奥さんのドイツ人の友達Evaとその友達Sabinaが我が家にやって来て、クッキングパーティーとなった。
 Evaが居酒屋に行ったときに食べて気に入ったという、「鳥肉の梅じそ巻き」を作った。もう1品として、奥さんのアイデアで「蓮根の変わり揚げ」。蓮根をすりおろして塩と青海苔を加えて団子状にして油で揚げたもの。
 食事の後は、ゲームのジェンガやトランプをして盛り上がった。
次回は、Evaがお好み焼きが好き、Sabinaが納豆が好きだということで、オクラ、山芋などの日本のネバネバ食材を使った料理を作ってたべることになった。
 きょうは日本語をなるべく使わないでドイツ語だけでしゃべったけれど、文法めちゃくちゃで少し落ち込んだ。
 
 

昼は馬かつ定食

2010-10-29 | 日記(~2013年)
熊本市内での仕事が終わってから空港に向かう前に、近くの大衆食堂に入った。黒板の手書きメニューの最初にあったのが、馬かつ定食680円。さすが熊本でも、馬かつは珍しい。肉は硬く、値段が安いので、まあこんなものかあ、という感想。また食べようとは思わなかった。いい肉使っていたら美味しかっただろうけど680円では無理に違いない。
今、熊本空港。これから東京に戻る。来週も木曜日金曜日は出張だ。今度は愛媛へ。

締めは熊本ラーメン

2010-10-29 | 日記(~2013年)
昨夜は居酒屋で前菜を味わった後は、近くのラーメン屋「麺食堂 大金豚」へ。醤油豚骨味スープのとんこつラーメン580円。この店、来月3周年とのこと。ひっきりなしに客が入っていて繁盛していた。 但し、熊本でラーメン食べに入った僕が悪いのだが、九州だから僕好みの澄んだ醤油味スープのラーメンである可能性は低いに決まっているのだ。店に入って食券の自動販売機画面のメニュー見て、こりゃ駄目かもしれない、店を出ようかと思った。でも、客が大勢いるので美味しいかも知れない、と考えて衝動的に入ってしまったのだ。
濃厚なスープはしつこさがなく確かに美味しい。麺も上質だ。でも、やっぱり僕の好みではなかった。

熊本、郷土料理がきょうの夕食

2010-10-28 | 日記(~2013年)
今朝8時羽田空港を発って熊本へ。先週新しく使用が始まったD滑走路から離陸。離陸後はほとんど寝ていた。
 今夜は8時に市内で仕事が終わり、三井ガーデンホテルにチェックイン。夕食は、ホテルのフロントで教えてもらった、徒歩数分の銀杏南通りにある「写楽」という居酒屋へ。
「郷土の前菜5種盛り合せ」1500円と生ビール(小)を選んだ。特選馬刺、揚げたて辛子れんこん(銀杏添え)、豆腐味噌漬け、田楽、一文字ぐるぐる(葱ぬた)の前菜はどれも美味しかった。前菜の後は、「子ガラガブ姿揚げ」(カサゴ)を注文。

急遽、熊本に明日は出張

2010-10-27 | 日記(~2013年)
部下が行くことになっていた明日から1泊2日の出張。急な事情で僕が代わりに出張することになった。 明日夜は地方から上京するお客様の接待が入っていたがキャンセル。お客様には申し訳ないが仕方がない。 土曜日はプライベートでホームパーティーが入っている。明日は仕事の終わるのが夜9時頃の予定。それから何か美味しいものが食べらればいいのだが。

自分の奥さんを殴ってしまった

2010-10-26 | 日記(~2013年)
つい最近、夜中に悪い夢を見て、その結果僕の奥さんにとんでもないことをしてしまった。夢の中でライフル銃を持った見知らぬ男に追いかけられた。そして夢の中でその男に顔面パンチを浴びせた。そうしたら、実際に僕の拳が動いて、隣に寝ていた僕の奥さんにパンチを浴びせてしまった。2人とも飛び起きて、奥さんは唖然とし、僕自身も血の気がひいた。幸い、奥さんの鼻や眼には当たらなかったが頬っぺたを殴ってしまった。もちろん、奥さんには事情を説明して許してもらったが、申し訳ないことをした。
かなり、僕の精神状態は参っているのかも知れない。円形脱毛症にもなってしまったし。

友人T

2010-10-25 | 日記(~2013年)
 正直に告白する。情けないことに、僕の人間としてのエネルギー値がドンドン下降線をたどっている。元気がないのだ。僕の最大の悩み。もともと僕は肉食系ではなかったが、雑食系から草食系へとまっしぐらのような気がする。

 こんな僕と対照的な存在が、親友のTだ。Tは会うたびにエネルギッシュに、ワイルドになってきている。 彼は、いい意味でお金、仕事、クルマ、オンナに貪欲だ。
わがままで短気な点が弱点だが、そのことを自覚しているので許せる。

 彼は数年間サラリーマンと自営会社経営者の二足のわらじを履いていたが、今年の春に片方を脱ぎ捨てて、今は会社経営1本で生きている。不動産家賃収入で生活しているので時間は自由。向学心も旺盛だ。英会話のプライベートレッスンを受け、来年はニューヨークに短期留学するらしい。そして最近はBMWのスポーツタイプ車であるZ4がどうしても欲しようだが、次に会うときは実際に乗っているような気がする。
 

エッグベネディクトもどきを作る

2010-10-24 | 日記(~2013年)
今朝は温泉旅館の朝食バイキングの料理を自分でアレンジして、エッグベネディクトもどきを作った。イングリッシュマフィンの代用として、ロールパンを真ん中で割いて土台に。ポーチドエッグの代わりはもちろん温泉卵。上にかけるオランデーズソースの代わりにサラダ用のサザンアイランドドレッシング。ベーコンはなし。リーフサラダがあったのでこれも利用してみた。
今、午前9時過ぎ。12時のチェックアウトまでにもう1回お風呂に入ってこようと思う。

熱海で1泊。温泉と読書

2010-10-23 | 日記(~2013年)
熱海、金城館本館8階客室からの眺め。僕の奥さんが数ヶ月前に予約をしてくれていた。最近、精神的にかなりハードな日々が続いているので良い気分転換になるといいのだが。
熱海へは、新幹線ではなく、新宿から在来線で来た。ただし750円を払ってグリーン車に乗車。快適な読書時間を確保するため。
熱海に着いて昼御飯。焼き魚定食、ソイの塩焼き。宿にチェックインして直ぐに大浴場で温泉に浸かった。夕食時間を挟んで部屋でひたすら読書。
寝る前にこれから、ひと風呂浴びてこようかと思う。

豚肉のソテー

2010-10-21 | 日記(~2013年)
きょうは高崎での仕事が夕方4時過ぎに終わった。新幹線で東京に戻り夕食は7時に自宅で食べることができた。奥さんが用意してくれたのは、豚肉のソテーと付け合わせにジャガイモとルコラ。やっぱり食事は家でゆっくり取るのが一番だ。
きょうのお昼は、朝、高崎駅を通った時に駅構内の駅弁販売店で買った、「岩魚寿司」。
平日夜8時に、自宅で夕食終わってのんびりした時間を持てるなんてめったにないことだ。
でも眠たくなってしまった。

高崎で鶏めし

2010-10-20 | 日記(~2013年)
きょうから1泊2日で群馬県高崎市に出張。昼ご飯を食べる時間がなかった。夕方7時前に仕事が終わり、高崎駅ビルレストラン階の「登利平」という鳥料理屋で1人夕食。鳥めし重880円を食べた。胸肉とモモ肉の照り焼きが、たれのかかったご飯の上に載っている。
美味しい。上州は美味しい鶏や豚を産するらしい。僕は鶏肉が苦手だけれど、美味しい鶏肉だったら大歓迎だ。
今夜の宿は高崎駅ビルの上、つまり夕食を食べた場所の上の、ホテルメトロポリタン高崎。

バリ島に知人ができた

2010-10-19 | 日記(~2013年)
バリ島に知人が1人できた。9月の後半に、現地5泊で僕の奥さんと2人で、バリのウブドで遅い夏休みを過ごした。彼女は僕らが滞在した田園風景の広がるホテルでレストランとカフェのサービス担当として働いていた。
毎日、朝食やアフタヌーンティーの際、あるいはホテルの中でばったり出会った時に会話を楽しんだ。最終日の朝食の時にメールアドレスを教えあい、メールを交換するようになった。 たったこれだけのことだか、とてもうれしい。インドネシア語の「おはよう」、「スラマ、パギ」と一緒に彼女の笑顔を思い出す。

小さな国際親善

2010-10-18 | 日記(~2013年)
きのう新宿で、道に迷って、困っていそうな外国人に声をかけ助けてあげることができた。伊勢丹の裏からヤマダ電機までの行き方を英語で説明できた。
急いでいたり、疲れている時以外は、最近は、すんなりと躊躇することなく英語で一言、助けが必要かどうかを尋ねる習慣が身に付いてきた。レベルはまだまだだが英語勉強し直して良かった。

僕は恩返しだと思っている。海外の街中で逆の立場で数多く僕は助けられた。だから、僕も助けるのだ。以前は英語がしゃべれないコンプレックスのために気軽に声をかけることができなかった。