marigold songの地下水路

marigold songの数少ないライブのお知らせを目的として、ちょっとやってみましたが。

駄目じゃんそんな簡単に当てちゃあ

2012-09-30 23:22:14 | Weblog
駄目じゃん正解すぐに出しちゃあぐんまちゃん。



カレーうどんですとも勿論。 カレーうどんは出来れば玉葱より長葱のほうがいい 肉は豚三枚肉のほうがいい お酒はぬるめの燗がいい 肴はあぶった烏賊でいい あかりはぼんやり灯りゃいい

あああ今すぐ白いブラウスを着て熱い熱いそれをちゅるちゅるちゅるとすすりあげて台無しな気持ちに震えたい おろしたての真っ白いブラウスには無数の茶色い斑点。。。


ミートソースはあまり好みませんがしかし安いサ店の、ピーマンと玉葱と缶詰のおいしくないぐにゃりとしたマッシュルームと添加物まみれの安いハムとで、ぜんぜんアルデンテ ではなくて 焼きうどんふうにぐんにゃりと赤く赤くケチャップで炒めてあるナポリタンは時折発作的に食べたくなります。

いくら普段、玄米や野菜中心の、まるでロハスなライフを送っていそうな手弁当を携えてすましていたとて、ほんとうに好きなのは、カレーうどんと、ぎょうざと、豚のあぶらみのところと、安いサ店の(インベーダーゲームがまだ置いてあるような)ソフトめんみたいなナポリタンと、あと、どんぶりのふたの部分に真ッ黄色いたくあんが安置してある、雑なかんじの、ことによるとどんぶりの一部が欠けていても平気で出前をするような店(ああ。出前。 むかしは出前というものがあった。)の
色褪せたような缶詰のグリンピース(グリーンピース、ではない。この場合はグリンピースだ。)が
申し訳程度に3粒くらいのっているカツ丼。

ああ。バブル時代にさまざまなぜいたくな食べものを試食し、それからまた20年くらい経ち、不況不況どん底といわれながらもどこがじゃ?食べものはありとあらゆるかたちで溢れておろう?そんな
飽食の2012年においても。
















ヨーグルトスカッチ

2012-09-29 00:09:03 | Weblog
スカッチ、て、なんだろな。いや、もしかしたらスコッチかもな。ヨーグルトすかんち、てことはたぶんないと思うが。ローリー。



いえね、きょう、ひとが、「ヨーグルトスカッチ味が最高峰。あんなおいしいものはないね。食べもののなかでいちばんおいしいね。 チェルシーのヨーグルトスカッチ。」

と、いったので、割にびっくりした。 でもあまりにきっぱりしていたので(なにしろいちばんおいしいらしい。 卵よりもだ。)その気迫にたじろぎ、

「あ~。 いちばんおいしいよねチェルシーのヨーグルトスカッチは。」と、思わず嘘をついてしまった。 嘘だ。 いちばんおいしいのならつい最近食べていてほんとうだが実は最後にチェルシー
ヨーグルト酸かっチ味を食べたのは、30年ぐらい前だ。


だのに思い出せる。  あの、黒地に浮き出るみどりいろを基調としたサイケデリックなパッケージデザイン。

バタースカッチ味は、ピンク。コーヒースカッチ味は、茶色だったろうか。


はじめてヨーグルトスカッチ味を舐めたときは、衝撃的だったなあ。 予想をはるかにこえた酸味にうろたえたものだった。 (こんなにすっぱくていいのか)


で、はじめて食べたときからだいたい30年経ってみて、 おどろくのは、 その味を、思い出せるということだ。 みどりいろのサイケデリックなヨーロピアンなパッケージデザインとともに。


で、それと、あと、   「あんなにおいしいものはないね。」と言ったひとは、じゃあ、それをおかずにしてごはんたべれるか、   それもちらりと思った。




さて。



みなさんは知りたいはずだが、 わたくしが 「あんなおいしいものはないね。」と思うものはなにか。


子らが (うらない)とかのデータでひつようなので度々、「いちばんすきなたべものは」「いちばんすきな色は」などと聞いてくるのでそのたびに「ギョーザ」とか「豚肉のあぶらのところ」とか
「青」とかてきとうに答えてきたが、 よくよく考えてみたら、「あんなおいしいものはないね」と
いえる食べものが、わたくしにもあった。

 どんなに他人に「舌がばか」といわれても、いやいやどうして舌の記憶はあなどれない。

ヨーグルトスカッチを最後に食べてからきょうまでのながい年月には負けるが、その、「あんなおいしいものはない」ものを最後に食べてからきょうまでも、けっこう経つ。


いちばんおいしいのならつい最近も食べていてほんとうなのだが10ねんくらい食べていないな。
あれを。


あれ、がなんなのかほんとうに知りたいのなら、また明日以降チェキラウ。




ヒントは、「お気に入りの白いブラウスを棒にふってまでも」。






 



茶渋

2012-09-24 23:48:45 | Weblog
ふだんづかいのうつわはきたない



ああ。 あしたはもっときたなくなっているのだろう。わたくしの顔。


きょう、泣きに泣いた。まぶたはふだんにも増して腫れ、毛穴は開き、しわもしみも増大しているのだろう。 もう、知ったことか。




かつお節のパックのことをコアなファンと共有したシンクロニシティにむせび泣き、(ドライヤーをかけながらたまたまつけたテレビジョンの番組をコアコアなファンもちゃんと視聴しており 数日前から(かつお節の袋っつったらアレだな。)とむずむずしながらもわたくしが語るまでレミのレの字も出さずお行儀よく待っていた律儀さにまず涙。

好んで視聴しているテレビ番組「プロフェッショナル仕事の流儀」のきょうの回を見て、
(何だ。宣伝か。)と思ったり、(まったくいけすかないやろうだ。)と思いながらも随所随所で
はからずも涙。

そして、きょう、 

「なかにしさん。  顔が、  きたないです。」

と、

なにもそんな、 思っていることをそのまま口に出さなくてもいいじゃんか、あたしだったら泣いちゃうわよ、と、思うような非道いことを指摘され、 号泣しながら百万回も顔をこすり洗いし
(どうやったらきれいになるか。。。)と無駄な努力をしつつまた涙。

涙は乾くひまがない。 涙の乾くひまはない。

ふだんづかいしながら45年。  押し入れに大切に仕舞われているならよごれもしないが、
こちとら、あいにく、まいんちふだんづかいさ!!


いけねえ。 ことばづかいがふだんづかいの江戸っ子口調になってきた てやんでえ べらぼうめ



きたなくて なにがわりい!? つるっつるの、オブラートにくるまれて生きてきたんじゃねえやっ!べらぼうめ  おとといおいでっ!!





なんて。  開き直りきれないわたくしのきたない顔は百万回スクラブ洗顔したせいでとてもヒリヒリしている。









ダースベイダーと、かつお節の袋

2012-09-19 23:58:41 | Weblog
世界じゅうのみなさんに、きょうこのわたくしがおもしろかったことを是非申し述べてから眠りにつきたいと思ったのだが 残念ながらソフトコンタクトレンズを眼に入れていていい時間のカラータイマーがぴこんぴこんしている。

眼を大切にしてください、と、ニセ香川照之に言われたので犬のように尻尾を振って言う事を聞く。

あ~あ。 たぶん今日書きたい勢いに任せて書いたほうがすっきりしただろうに。

妙なところで気のちいさい自分が嫌になる。




たとえるなら、 カスタードクリームをつくろうとして
牛乳が無いことに気がついても  「いま、つくりたいのだから!!」という 衝き動かされるおもいひとつで 牛乳のかわりのなにかを使ってでも勇猛果敢に挑む、そんなような気迫がもうひとつ足りない気がする。 


ソフトコンタクトレンズをおっかなびっくり装着しているせいか、 いつの間にか「守り」の体勢になっているのか。



今、ここまで書いて来てきづいちゃった。


なんだか、じぶんは、 ちいさくまとまったり、気迫が足りなかったリ、と、
そういった風向きのほうが、 無事で 周囲も平和!?

まあいい。 

まあいいは、魔法の言葉。



ラララララララララ~ミ~ンズアイラ~ビュウ~♪


明日又カラータイマーがぴこんぴこんしていなかったら、ダースベイダーとかつお節の袋のことを書くのでコアなファンはチェキラウ!!












「馬鹿に見える。」

2012-09-19 00:04:10 | Weblog
出勤時刻ぎりぎりまで ちょっと曲がった(ちょっと、というのはちょっと言い過ぎで、ほんとうはけっこう曲がっている)眼鏡をかけて過ごした。 ソフトコンタクトを装着して良い時間は限られている。あんまり長い間装着しているとたいへんなことになると注意書きに書かれてある


ちょっと曲がった眼鏡のまま 朝ごはんをつくり子らとともにテレビの天気予報を見ていると、子らが

「おか~さん、 馬鹿に見える。」

と言って、笑った。

どんなにえいようのことをかんがえた朝ごはんを出したとて、 眼鏡が、曲がっている。

「傘、持って行きなさいよ!台風だからね。」と、真顔で言ったとて、所詮曲がり眼鏡だ。


曲がっためがねをかけているだけで 説得力ゼロだ。 おまけに曲がっているせいで 焦点がブレまくりだ。

  (余談だが、世間では『ブレない』という言いかたが流行っているようだが果たしてそれはほんとうにかっこいいのか。わたくしは『死ぬまでブレまくり』のほうが素敵だと思っているのだがたぶんそれは間違っているのであろう。)


で、 焦点がブレまくるので、めがねのつるのとこを手で微調整しながらやり過ごす。


ゴミ出しのときは帽子を目深に被り、マスクをし、曲がり眼鏡のことが、通行人やご近所のかたがたや通りすがりの車のひとたちに気づかれぬ様 細心の注意を払った。
なにしろ、「馬鹿に」見えてはかなわない。 見えては、っつうか、気づかれてはかなわない、っつうか。

ゴミ出しのついでに父母の家に用事があったので訪ねると、父母の飼っている犬と猫が、あからさまにわたくしを二度見した。犬や猫は、  (ばかにみえる) と思っていたらしかった。テレパシーでわかった。

で、 母は、いつもと何ら変わらぬ調子で わたくしと接した。

たぶん、いつだって馬鹿に見えるので、曲がり眼鏡をかけていたとて たいした問題では無いのであろう。


「あっこんがくっきりです。」

2012-09-17 23:46:18 | Weblog
世界の何もかもが急激に見えなくなり おそろしくなった

コンタクト屋に行き 「老眼だと思うのではやくなんとかしてください」と訴えたが、よく見ると担当のひとが香川照之にそっくりだったので(老眼、などと言わなければ良かった。。。)と
ほぞを噛んだ。

香川に (ドカベン、ではない。 照之のほうだ。  なんて、 香川=ドカベンがわかるひとなどいったいどれくらいいるというのか。。。)いちいち顔を近づけられわたくしの眼を調べられどきどきする。(するな。)

そして香川は、  「ろうがんとかそうゆう問題以前に、大変なことになっているのです。あっこんが、くっきりです。」

何!?

あっこんが。

くっきり。



   あっこん。。。

何やら禍々しい響きだ。 わたくしの脳内で素早く変換が行われた。
一瞬、 「悪痕」だと思ったが、 たぶん「圧痕」で正解であろう。

大好きな香川が、しばらくハードコンタクトレンズは装着するな、目薬をさし、めがねで生活をしろ、というので いうとおりにしたいが、出来ない。。。照之の言う事はなんでもききたいのはやまやまだが。。。

 「あの。。。めがねが。。。度も合っていないし、踏んづけちゃって曲がっていて。。。眼鏡では暮らせないですどうしたらよいですか。。。」と小さい声で勇気を振り絞って言った。

照之は、「めがね、踏んづけちゃいましたか。」と言って笑った。

ア~  はずかしい。


そして照之が、「じゃあ、治るまで、使い捨てソフトコンタクトとおくすりと、おうちにかえってからはちょっと曲がっためがねでがんばりましょう。」

と、励ましてくれたので、そうすることにした。


というわけで、

齢45にしてまたも初体験。 


ソフトコンタクトレンズ。


なんだこのやわらかさは。  ラップか。


「水道水で洗うと変型します」と注意書きに書かれてある。
だからお風呂や洗顔の際、ちっとでも眼に水が入らぬ様、渾身のちからをこめて眼をかたく瞑っている。



わたくしの強度の乱視はソフトコンタクトレンズではうまいこと矯正されないのですこし世界は歪んだままだ。

しかし圧痕くっきりのままの今までよりは、余程世界はクリアに見える。
どれだけ歪んで世界を見ていたのか、 おそろしくなる。



で、きっと、「圧痕」が治って、  眼球の角度にぴったり合い、度数もぴったり矯正されたちゃんとしたコンタクトレンズを装着できる日が来ても

あたしは世界がまだ歪んでいることを、香川に申し述べなくてはならぬのだろう。


そして香川は言うのだ、 「それは、  もう、レンズのもんだいではないもんで。」






「職人男子」

2012-09-12 23:19:58 | Weblog
朝刊の折り込みチラシに、百貨店のものがあると、すぐ分かる。 紙が、上質だからだ。
 あと、「通販生活」とかのも、なんか、すぐ分かるな。


今朝、百貨店のものとすぐ分かる折り込みチラシを一目見て、 むむ と思った。

大催事場の催し物のおしらせだ。 日本全国、選りすぐりの、反物やら刃物やら人形やら箪笥やら染め物やらもっこうひんやらべっこうひんやらお香やらおばちゃんぽいアクセサリーやらストールやら     
     古布を使った手づくりバッグ やら
そういった、ザッツ百貨店 というような催し物のおしらせかな、と思うや否や、アズスーンアズ、
   銘うたれたうたい文句に むむう と感じいった。


「職人男子展」だったか、もしかすると、「職人男子まつり」だったか?今手許にそのチラシがないので確認できないが、でも、「職人男子」の、やけに、「男子」のところを強調したつくりのチラシだったので、 ほほう、と思った。

なにしろ、刃物やら陶器やら人形やら扇子やらの紹介と共に、それらをつくっているおのおのの職人の男性の顔写真がいちいち載せられているのだ。  
  
 う~む。 なんというあざとい、もとい、 斬新な、売りこみかただろう。感動した。

で、 わたしだっていちいち「男子」たちの顔写真を眺めた。 そりゃ、見るさ。

で、 (おかねがたくさんあったら細工した箪笥のような引き出しのような木工家具と、てづくりの
    くつを  『これあるだけ頂戴な。』と言ってみようかなどともすこし妄想した。顔写真だ          
    けでのチョイスだが。)

ちょっとおもしろかったのは、申し訳ていどに、ちょこっと欄外扱いで「職人女子」のコーナーもあったという粋な計らいだ。

おばさまがた、そこのコーナー、ちゃんと見たかな。。。

わたしは、ちゃんと公平にそこも見たよ。 (女子とか男子とか、言って良いの、高校3年生までだよなあ。。。)なんて思いながら。



もうひとりが気にかかる

2012-09-10 23:23:42 | Weblog
プーチンと、あともうひとりの「ソ連人」(誰だろう。スターリンかレーニンかゴルビーだな。それか、イワンのばか、か。)は、お昼はこうば(萩原工業)の2階の食堂で弁当屋の給食を食べ、母が萩原工業時代毎日欠かさず出していた手作りの味噌汁を味わい、(夏の終わりである。汁の実は茄子と名残りの青紫蘇か。)大振りのきゅうすの茶を啜り、

萩原工業の、廃業の、その日のお手伝いを頑張った。


夕御飯は、がんばったら、近所の店「天はま」で、鰻重が待っている。

プーチンと、 もうひとりの人は、母のお味噌汁が美味しかったし、3時に出してもらったスイカと   かき氷(60えんくらいのカップのやつだが、母にたぶん牛乳を垂らしてもらって感激したと思う。)も
嬉しかっただろうし、なにより、打ち上げの「天はま」の鰻重がたのしみで、ずいぶんがんばったらしい。

こうばの機械の解体や、運搬や、こうばのおそうじや、事務仕事(そろばんで、やる。)など、結構がんばったらしい。こうばにときどきバイトで来ていた「定時制の子」たちより、「案外がんばってやってくれた」らしい。 プーチンとそろばんは、似合うと思わないか。                        

 
                                                     我が母が、長い間身を粉にして働きに働いて、(父もだけど。)わたくしたちを大きくしてくれた
(ちいさいけど)こうば、  ゆめのなかのお話ではなくじっさいに廃業したのはたしか数年前の、
確かあれも9月じゃなかったか、と、母の見たおもしろい夢のはなしを笑いながら聞きつつ、実ははっとしつつ思い出したのであった。

母のこころのなかには、さぞ、澱のように溜まる廃業だったのだなあと、
そんな思いもしみじみ味わいながらも、


もうひとりの人が、 いったい誰なんだか、すこし気にかかるのであった。

それよりなにより、なぜプ~チンか。  まあいい。 「定時制の子より、」  案外がんばってくれたそうなので、我が母にかわって一応お礼を言う。 ありがとうプ~ちん。

「プーチンに手伝わせた。」

2012-09-06 23:55:13 | Weblog
どなたにもしょぼくれたり投げやりになったり胃が痛くなったりフテ寝したくなったりする思いはござろう。 このわたくしとて一丁前にそのような気分になることもある。

しかし今日我が母が語ってくれた、「きのう見た夢」のはなしは、そのような気分から
いっときわたくしを救い上げてくれたのだった。


  「プーチン大統領が出て来た」のだと言う。

 それを聞いて、身を乗り出さずにいられようか。

 え!?それでそれで!?

  
母が語ってくれたプーチン大統領、と、
 
  「あともうひとり、ソ連のえらい人」  (ソ連。 物凄く久しぶりに聞いた。 だいたいプーチンだって、こまかいことを言えばソ連のひとではないが。 こまかいことは言うまい。)

が出て来たという、母の見たきのうの夢のはなし、 とてもおもしろかった。


   元気をもらった、 という物言いがどういうわけかあまり好きではないわたくしだが、プーチン ミーツ 母、の夢には  なんだか元気をもらったのでありがたかった。 感動をありがとう。


あまりにおもしろかったのでさっき皆様にもひとつ語ってしんぜようと思い、途中まで書いたのだったが、心身ともにちょっとカラータイマーが点滅しかけているせいか思うように書けず(作家気取りか!?)投げ出して消してしまった。



あしたまた、カラータイマーがピコンピコン言わなかったら書いてみるから、他人の見た夢のはなし
に興味がある人が居たらまたあしたね。

おやすみプーチン。



ちいうる

2012-09-02 23:56:58 | Weblog
珈琲のサイズの呼び名など、ちいさなことだった。

言葉などに無闇に振り回されているのは人間だけだ。

人間に無闇にへんな名前をつけられても他の生き物は右往左往しない。



ここのところ、いや、ここのところというのは嘘でじつのところ毎夏かなぶんさんとはご縁がある。

帰宅後2日続けて台所へ足を踏み入れたところで   ぐしゃっ  と足裏に  ぐしゃっ と、

何故判るのかがじぶんでもわからぬが瞑目して (ああ いまかなぶん踏んだ ごめんなさい)。

   洋菓子の、「ドラジェ」(知らない人は調べてください。)を踏んだならなんだか素敵だが
生憎我が家には「ドラジェ」はない。ドラジェでなければ他にかなぶんしか思い当たらない感触。

しめしめ、子らが寝たぞとホクホクしかけた時分にギャーという悲鳴、何事かと駆け付けると子が
敷布を指差して怯えている、

この頃めっきり何もかも見えなくなって来てしまったわたしも怯えて敷布に目を凝らす、すると、


敷布のもようが、うねうね動いておる、あらま、これは?  不思議、もようが動いてる、やっぱりもう老眼鏡買ったほうがいいかしら。。。え?何?
 
むし?  (むし?と分かった時点でむしょうに可笑しくて声をあげて笑ってしまうが子らはギャーギャー言ってる)

敷布をめくりあげると、やはりかなぶんだ。

(のちに、いもうとのほうの証言で、『ごぜんちゅうからいた』らしいことが判明。知ってたんなら教えて。 物凄い長い間かなぶん敷布と布団の間に挟まってた。可哀想に。)

テレビの上にかなぶん。 洗面所にかなぶん。 教科書の上にかなぶん。 もうかなぶん祭りだ。


   (あ~あ。。。 かなぶんかあ~、)
と、呟いてみたら、大変な事に気づいた。


   かなぶんて、  プリミティヴな あだ名だよなあ。。。

金属っぽいからだで、ぶんぶんしてるから、つまり、かなっ気のあるからだでぶんぶんしてるから、

だから、かなぶんなんでしょう?

小学生のバカ男子がてきとうにつけた名前だよなあ。。。

でも、かなぶんは、 文句ひとつ言わずに。。。  健気だ。


かなぶんは、 (ことばなんて、どうでもいいの。)と言っているのかいないのか。(いない。)

かなぶんは、 (お前、珈琲のサイズの呼び名とかでいちいちむずむずしないでくれる?だって俺、
        かなぶん、っつって言われてっけど、どうでもいいもの。)と、言っているのか。
                                      (いない。)
 


あたしが虫だったら、なんて呼ばれるかな?


ちいさくてうるさいから、  「ちいうる」てとこかしら。


すごく嫌だな。