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NO MAGIC

2007年06月07日 | 移籍・トレード

前回のブログの最後に、来シーズンの注目チームとして、「フロリダ大を連覇に導いた新進気鋭の若手HC、ビリー・ドノバンがやってきたマジックも注目です」と書きました。
一発勝負で何が起こるかわからないトーナメント形式のカレッジバスケで、2年連続優勝を遂げることは至難の業です。
実力はもちろん、運も必要とされるこの連覇という偉業を達成したHCが、このビリー・ドノバンという人なんですね。
まだ40代そこそことHCとしては若く、頭もキレ、カリスマ性も抜群です。
サッカーで言えば、チェルシーのモウリーニョ監督みたいな存在でしょう。(え?わかりにくい?)

ベテランの指揮官が名声を集めるカレッジバスケ界にあって、これだけの若さで頂点を極めるのは稀なことです。
しかもフロリダ大に就任してからわずか10年ほどで、今回の連覇を含めて3度もNCAAファイナルに進出し、キャリア通算勝率も7割を超えています。
これはまさに驚異的な成績です。
フロリダ大で頂点を極め、満を持して同じフロリダ州のプロチーム、オーランド・マジックのHCへと就任する。
それはまさに王道、アメリカンドリームそのものと言っていい流れでしょう。
地元フロリダでのドノバン人気は、そらもうすごいものです。
その勢いでマジックの人気と実力もうなぎ上りになるという、完璧なシナリオが出来上がっていました。

ところが・・・・です。

一旦契約を結び、就任記者会見まで行ったにもかかわらず、ドノバンは一転考えを翻し、フロリダ大に戻りたいと言い出してしまったのです。
5年2750万ドル(年平均約6億円)という破格の長期契約も、若いタレントの宝庫で既にプレーオフ出場も果たしている将来性抜群のチームも捨てて、です。
その理由は、当初オファーを受けるかどうか相当迷っていたのだが、マジック側から結論を急かされたために受諾することにした。
ただその後、よくよく自分の心を確かめてみたときに、やはりフロリダ大を深く愛していることに気付いてしまった、のだそうだ。

うーん・・・・でも個人的にはやっぱり、フロリダ大~オーランド・マジックのフロリダラインで、しかも若手有望チームを若手有望コーチが率いるという、絵に描いたような理想的な展開を見てみたかった。。
まあそんな感想はどうでもいいんですが、今回の件で一番煽りを食ったのは、もちろんマジックです。
せっかく完成したはずの理想的なプランが、ガラガラと崩れ去ってしまったわけですから。
それにしてもこのマジックというチームは、かつてのシャック&ペニーの栄光の時代以降、ずーっと足踏みを続けています。

92、93年と2年連続でドラフトNo.1ピックを引き当てるという強運に恵まれたマジックは、シャックとペニー・ハーダウェイという若手スーパーデュオを手に入れ、わずか2年後の94-95シーズンには早くもファイナル進出を果たすほどの勢いを見せました。
しかし、当時あのジョーダンと肩を並べるほどに高い評価を受けたペニーの人気と実力にシャックが嫉妬し、徐々にチーム内に亀裂が生じ始めます。
そしてシャック入団からわずか4年後の96年、FAの権利を得たシャックは、あっさりとレイカーズ移籍を決めてしまいました。
マジックの迷走はここから始まります。
その後チームのエースを任されたペニーでしたが、ヒザの故障に悩まされ、かつての輝きを取り戻せないままチームを追われていきました。

マジックは再びチームを作り直すべく、00年オフにサラリーキャップにMAX契約2人分という大きな空きを作り、大物獲りに挑みました。
本命は、当時ピストンズのエースとして活躍していたグラント・ヒルと、わずか2年目でスパーズを優勝に導いたティム・ダンカンの2人でした。
プライベートでも仲の良い2人を、セットで両方獲ってしまおうという壮大な野望に燃え、マジックは熱烈な誘致合戦を繰り広げました。(ディズニーワールドを貸し切るなどの大接待をしたと言われています)
ヒルは予定通り契約までこぎつけたものの、ダンカンの方はデビッド・ロビンソンの必死の説得によりスパーズに戻ってしまいました。(ハワイで休暇中だったデビロビが、バカンスを返上して慌ててトンボ返りし説得にあたったそうです)
ダンカン獲りに失敗したマジックは、その穴を当時まだ駆け出しだったT-MACで埋めました。

その後の展開はご承知の通りですが、ヒルは足首の故障が癒えずに手術を繰り返し、7年契約のほとんどをケガしたまま過ごすという最悪の結果に終わりました。
T-MACは2年連続で得点王になるなど大化けしましたが、チームリーダーにはなりきれず、プレーオフで結果を残せないままロケッツへと移籍していきました。
さらに、ヒルを獲得した見返りとしてピストンズへ譲り渡したベン・ウォーレスは、その後ピストンズを優勝に導くプレイヤーへと変身しました。。
また同じ00年にはベンだけでなく、コーリー・マゲッティ(しかも見返りはドラフト権のみ!)やチャウンシー・ビラップスも放出しています。

「もしあの時ダンカンを獲れていたら・・・・」
「もしヒルのケガが治っていたら・・・・」
「もしベンやマゲッティやビラップスを出していなければ・・・・」
スポーツの世界にタラレバはなしですが、いろいろな要素がマイナスの方向へと転んでいったのは明らかです。

FAやトレードのみならず、ドラフトでも失敗続きでした。
ジェリル・ササー、リース・ゲインズ、カーティス・ボーチャート、スティーブン・ハンター、ジョニー・テイラー、コートニー・アレクサンダー、キーオン・クラーク・・・・
これは、マジックがここ10年の間に1巡目指名した選手たちです。
名前を知っている選手がいれば、あなたは相当なNBA通です。

つい2年前も、マジックは1巡目11位でフラン・バスケスというスペイン人を指名しました。
バスケスは、派手さはないものの、即戦力として評価されていた選手でした。
これまで大型PGや運動能力の高いビッグマンなど、実力よりもポテンシャルの高さにばかり目を向けた指名を続けて失敗してきた反省を踏まえ、確実に戦力となる堅実な指名をしたつもりでした。
しかしそのバスケスは、なぜかドラフト後に態度を一転させ、アメリカ行きを拒否してスペインのチームと新契約を結んでしまいました。
それから2年が経ちますが、未だにいつ来るのかわからない状態が続いています。
もしすぐにアメリカに来るつもりがなかったのであれば、マジックもわざわざこの高順位で指名する必要はなかったわけです。
どうせ来ないなら、従来の将来性を優先したチョイスの方がまだマシでした。
せっかく堅実路線にしたはずだったのに、これまた失敗に終わりました。。

そんなマジックですが、3年前にNo.1ピックを引き当て、ドワイト・ハワードを獲得したことで、久々に運が向き始めました。
今夏はヒルのMAX契約からようやく解放されることで、サラリーキャップにも大きな空きが生まれます。
噂では、フロリダ育ちのビンス・カーターか、シューターのラシャード・ルイスあたりを狙っていくのではないかと言われています。
今のメンバーでも既にプレーオフ圏内にいるチームに、さらにオールスター級の選手を加えることができれば、来シーズンはディビジョン優勝も狙える戦力が整うはずです。
この上昇気流に乗って、HCも今一番旬なドノバンで再出発!と意気込んでいた矢先に・・・・またつまづいてしまったわけです、ハイ。
マジックにディズニーの魔法のような幸運が訪れるのは、果たしていつなのでしょうか。。


<参考資料>

ちなみにドノバンHCは、優秀なリクルーターとしても有名で、数々のタレントをNBAにも輩出しています。

00年に初めてファイナルに駒を進めた時には、マイク・ミラー(グリズリーズ)、ユドニス・ハスリム(ヒート)、ドネル・ハービー(元マブズなど)といった将来のNBA選手を擁していました。
その他にも、ジェイソン・ウィリアムズ(ヒート)、デビッド・リー(ニックス)、マット・ボナー(スパーズ)、ジェームズ・ホワイト(スパーズ)、アンソニー・ロバーソン(元グリズリーズなど)といった面々をリクルートしました。

特にJ-WILLとは、フロリダ大のHCに就任する前に初めてHCとして指揮を執ったマーシャル大時代に、ドノバンがその才能を見抜いてリクルートした仲でした。
しかしその後、ドノバンがフロリダ大に引き抜かれたということを知ったジェイソンは、ドノバンHCの下じゃなければプレーしたくないと、自らもドノバンを追ってフロリダ大にトランスファー(転入)したというエピソードを持っています。

またドワイト・ハワードも、もしカレッジに進んでいたとしたら、フロリダ大を選んでいたと言われています。(なので今回は再びドノバンのチームでプレーするチャンスを逸したわけですね)
そして今年のドラフトは、アル・ホーフォード、ジョアキム・ノア、コーリー・ブリューワーの3人がトップ10圏内、トーリーン・グリーンも1巡目下位での指名が予想されています。



一度はマジック入りを決めたものの・・・・


「やっぱ、やめちゃおっかなあ・・・・」


「コーチ、どうして来てくれなかったんだ・・・・」
(撮り下ろしドワイト)


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