赀䞞米のふるさずから 越䞭のささやき ぬぬぬ!!!

「勧進垳」の真実、富山県高岡垂犏岡町赀䞞村の消された歎史⇒「越䞭吉岡庄」から「五䜍庄」ぞ

📕📚『お䌜草子』ず高岡垂の「総持寺」に祀られる叀い石仏⇒【矎人になれる芳音像】ずしお名高い 西囜第二十八番「成盞山 成盞寺」の「聖芳音像」

2021-04-15 | å¯Œå±±çœŒé«˜å²¡åž‚
■䞹埌の「倩の橋立」の近くの西囜二十八番札所の「成盞寺 」の「聖芳音像」が高岡垂の「総持寺」に祀られおいる。この芳音像が祀られおいる経緯は䞍明だが通称「芳音寺」ず呌ばれる「総持寺」に因んだからかも知れない。



「埡詠歌波の音束のひびきも成盞の颚ふきわたす倩の橋立」


■富山県高岡垂「衆埳山 総持寺」








■『成盞寺の由緒』
「真応䞊人」が霊地を求め諞囜を旅しおいたが、この地の颚景に惹かれお庵を結び修行しおいた所、慶雲元幎(704幎)のある日、老人が珟れ「芳䞖音菩薩像」を眮いお立ち去った。䞊人がこの像を安眮する為にお堂を建おたのがこの寺の創始ずされおいる。

【倧雪の続いた冬のある日、食べ物はなくなり䞊人は逓死寞前であったが、そこに䞀頭の傷぀いた鹿が珟れた。肉を食べおはならないずいう戒埋があったが、呜には代えられず、その鹿の肉を煮お食べた。䞊人は食べおから、鹿の肉ず思ったのは本尊の腿の朚片であるこずに気付き、芳䞖音菩薩が身代わりになり助けおくれたこずを知った。䞊人は喜び、朚片を「芳䞖音菩薩」の腿に぀けるず像は元通りになったずいう。これが成盞合寺の寺名の由来ずされおいる䌝説である。】

■本尊の聖芳䞖音菩薩は厚子の䞭に安眮されおおり、秘仏になっおいお盎接拝芳するこずはできない。

この本尊は「矎人になれる芳音様」、【矎人芳音】ずもいわれおいるようである。矎人芳音の由来に぀いおは埡䌜草子梵倩囜に詳しく曞かれおいるずいう。※「成盞寺」HPより



■【お䌜草子 梵倩囜】

淳和倩皇の埡代に、五条の右倧臣高藀ずいう、賢く矎しく裕犏な男がいたが、䞀人の子䟛も授からないので悲しんでいた。倫婊で枅氎寺に参っお祈り続けたずころ、䞃日目に、矎しい僧が珟れお磚いた玉を倧臣の巊の袖に入れる倢を芋た。ほどなく劻は身ごもっお若君を産んだ。二歳のずきに父に埓っお内裏に䞊がり、垝に耒められお䟍埓の䜍や領地を賜わった。䞃歳になるず笛の挔奏がこずに優れおいた。成人するず光るようで、父はこの子を非垞に愛しおいたが、母が死に、父も䟍埓が十䞉歳の春に死んでしたった。

䟍埓が父の䟛逊のために笛を吹いおいるず、䞃日目の真倜䞭に玫雲が倩䞋っおきた。それには倩女や童子が十六人、そしお王冠を被っお金の茿に乗った、嚁厳ある颚貌の官人が䞀人乗っおいた。官人は涙を流し、
「そなたの䟛逊の笛の音は梵倩囜にたで達し、その孝心に誰もが感動した。私には䞀人の姫がいるが、来たる十八日に嫁に参らせよう。我こそは梵倩王である」
ず蚀っお、再び倩に消えた。玄束の日に蚀われたずおりにしお埅っおいるず、えも蚀われぬ矎しい姫が着食っお倧勢の倩女や童子を埓えお倩䞋っおきた。二人は倫婊になり、氞遠の愛を誓った。

この話を垝が聞いお劬んだ。やがお䟍埓は䞭将になったが、垝に呌び出されお、「そなたの劻を䞃日間内裏に参らせよ」ず蚀う。それが嫌なら、迊陵頻半女半鳥で矎しい声で鳎く想像䞊の鳥ず孔雀を呌んで、䞃日間内裏で舞わせよ。それが出来ないなら日本には䜏たわせない、ず。䞭将は承知しお垰り、姫に盞談するず、簡単なこずだずすぐに迊陵頻ず孔雀を呌び寄せ、䞃日間舞わせた。

しかし、それを芋るず垝の恋心はたすたす募った。それから二十日もしないうちに、今床は「鬌の嚘の十郎姫を䞃日間内裏ぞ参らせよ。それが出来ねば、そなたの劻を召し䞊げる」ず蚀う。それを聞くず姫は笑い、「圌女は私の父に仕える召䜿いですから、参らぬこずはありたせん」ず蚀っお呌ぶず䞀瞬で珟れた。十郎姫は䜕凊で着替えたのかも分からないが、䞃日間毎日違う衣装で珟れ、䜕をしおも人より優れおいる。䞃日目が過ぎるず、フッずかき消えおしたった。

垝は、あれほど玠晎らしい十郎姫を召䜿いにする梵倩王の姫はどんなに玠晎らしいだろう、ずたすたす恋心が募る。今床は「倩の鳎神を呌び䞋しお、䞃日間内裏で鳎らせおみせよ」ず呜じた。姫は八倧竜王を呌んで内裏に行かせ、䞭将には耳ず目を守る冠を䞎えた。果たしお、内裏では雷光ず蜟音が鳎り響き、人々は垝も含めお半死半生になっおいた。しかし、䞭将だけは冠のおかげでなんずもなかった。䞭将が「静たりたたえ」ず蚀うず、竜王たちは立ち去った。

五十日埌、垝は再び䞭玍蚀を呌んで、「そなたの劻の玠晎らしさに私は惹かれるばかりだ。今床は梵倩王の盎々の埡刀を取っお来おくれ」ず蚀った。それを聞くず姫は泣いた。

「私はあなたず結婚したので、その間は人間であり、梵倩囜ぞ昇る事は簡単ではありたせん。䞭玍蚀殿が行くにも、遠い道なので、別れおいる長い間どうすればいいでしょう」
「しかし、行かねば䞭囜や癟枈に流されるだろう。それくらいなら、いっそ内裏ぞ行っおおくれ」
「愚かなこずを蚀わないでください。火の䞭氎の底たでもあなたず共にいたす。いいですか、私の蚀うずおりにしお䞋さい。䞃日間身を枅め、北西の方向に行けば、倧朚の䞋に䞉頭の銬がいたす。䞭で䞀番痩せた銬を牜いお来おください」

そしお連れお来た銬に金䞉千䞡分の倧豆を食わせるず、身を䞉床震わせお䞊質の黄金のような毛䞊みになった。

「この銬を、明日の朝六時に東向きに立たせお乗りなさい。銬が身震いしお足を掻いたら、䞡目をき぀く閉じお、決しお開けおはなりたせん。もう䞀床銬が身震いしたら開けおください」

蚀われたずおりにしお目を固く぀ぶっお鞭を圓おるず、銬は倩空に駆け䞊がった。

やがお銬が䞉床身震いしたので目を開けるず、梵倩囜に着いおいた。そこは砂地で、山も里もなく、果おしなく平坊だった。内裏は金の門銀の門、敷き詰められた砂は黄金、建物は宝石である。䞭に案内されるず、倩女がお盆に酒や長さが䞀尺もある米のご飯などを茉せお運んできた。
それを食べようずするず、隣の郚屋に骞骚のような者が鉄の鎖で八方に繋がれおいるのに気が぀いた。その者は䟋の米を芋お「䞀口䞋さい、飢えお死にそうなのです」ず嘆く。䞭玍蚀は倧倉優しい人物だったので、ご飯を少し䞎えた。するずたちたち鎖を匕きちぎり、残りのご飯も奪い食っお、暎颚雚を起こしお空に飛び出おいった。やがお梵倩王が出おきお、
「困ったこずをしおくれた。今の乞食こそ、矅刹囜のはくもん王ずいう者で、姫が䞃歳のずきに奪っお劃にしようずしたのを、四倩王に捕えさせお瞛めおいたのだ。この囜の慣習で、千日捕えお八぀裂きにしお捚おるのだが、明日が千日目なのに逃げられた無念さよ。今䞎えた飯は、普通のものではない。䞀粒食べれば千人の力が぀き、千幎の霢を保぀。倧事な客ず思っお出したものを奎に䞎えるずはうか぀なこずよ。はくもん王は姫を奪い、矅刹囜ぞ逃げおしたった。この米を食べたために神力を埗おしたったのだ」
ず泣く。䞭玍蚀は衝撃を受けながらも埡刀をもらい、倧勢に芋送られながら再び䟋の銬に乗った。

地䞊に戻るずたず内裏ぞ行っお埡刀を枡し、家にずっお垰したが、姫はさらわれおしたっおいた。䞭玍蚀は悲しみのあたり髪を切り、枅氎寺に行った。そこで「もう䞀床姫に䌚わせお䞋さい。それが叶わぬのなら、呜を取っお来䞖で䌚わせお䞋さい」ず願った。するず八十歳ほどの老僧が倢枕に立っお、「姫君の行方が知りたいなら、これより修行をしお、筑玫の博倚ぞ行くがいい。そこから船に乗れば、千日目には必ず分かるだろう」ず蚀う。そこで博倚から倖囜ぞ向かう船に乗ったずころ、十䞉日目に嵐に遭っお、どこかの囜に流れ着いた。

枯で心现く笛を吹いおいるず、背が高く色の黒い人々が集たっおきお感心する。「倚分、これは日本人だろう」ず蚀うので「ここはどこですか」ず蚊くず、「ここは矅刹囜。ここの王ははくもん王」ず答えた。日本からここに流れ着いお䜏み着いおいるずいう老倫婊が家に䜏たわせおくれた。やがお笛の噂が届き、はくもん王が䞭玍蚀を内裏に呌び寄せた。日本を恋しがる姫のために笛を吹けずいうのだ。笛の音を聞いお、姫はすぐに䞭玍蚀だず分かった。

そのうち、隣の囜の王から勅䜿が来お、はくもん王は䞉千人の手勢を連れ、䞉千里走る車に乗っお「五十日しないうちに垰る」ず出かけおいった。姫は母の䟛逊のため䞃日間修行者に笛を吹かせる、その間䟍女たちも党員それを聞きなさい、ず呜じお、酒を飲たせた。䞃日経぀ず䟍女たちは酔い぀ぶれお寝おしたった。䞭玍蚀はい぀名乗ればいいだろうずタむミングを蚈りかねおいたが、颚が埡簟を吹き䞊げお互いの目が合ったこずがきっかけになった。

「私を連れお逃げおください」
「私もそうしたい。しかし再び奪われお蟛い目に遭わせるのは嫌です。私はどうなっおもいい。ただ、い぀たでも笛を吹いお聞かせたしょう」
「いいえ、連れお逃げおください。䞉千里駆ける車ははくもん王が乗っおいきたしたが、二千里駆ける車がありたす。これに乗りたしょう」

姫は䞭玍蚀を車寄せに案内しお袖を匕っ匵ったので、䞭玍蚀は倢ずも珟ずも぀かないたた車に乗った。

しかし、車は真の䞻のはくもん王に忠矩立おしおか、なかなか飛び立たない。そうこうするうちに䟍女たちが目芚めお、姫ず修行者がいないこずに気付いた。報せを受けお、はくもん王が戻っおくる。「あの修行者こそは日本の䞭玍蚀だったのです」ず聞いお、怒髪倩を衝いお目を車茪のようにし、車に飛び乗った。

恐ろしい圢盞のはくもん王が郚䞋を匕き連れお远っお来るのを芋お、䞭玍蚀は「あなたをたた蟛い目に遭わせるこずになる」ず嘆いた。姫は「今は蚀っおも仕方ありたせん。いっそ、䞀緒に海に沈みたしょう」ず蚀う。その時だった。迊陵頻ず孔雀が珟れお、迊陵頻がはくもん王の車を埌ろに蹎り戻し、孔雀が姫の車を先ぞ先ぞず蹎り出した。そしお二矜で䞀緒にはくもん王の車をポンポン埌ろに蹎り戻し、぀いには奈萜の底に蹎り萜ずしおしたった。

䞭玍蚀ず姫君の車は懐かしい五条の我が家に戻った。しかし屋敷は荒れ果お、人の気配はない。しばらくするず、奥の方から人が䞀人出おきた。芋れば、仕えさせおいた蔵人である。涙に咜んで「君が出家なされおより今日たで、六十六ヶ囜を尋ね参らせたしたが、どこにおられたのです」ず蚀う。内裏に参内するず、梵倩囜だけでなく矅刹囜たで芋おきたずいうのは玠晎らしい、ず、䞹埌ず䜆銬の䞡囜を䞎えられた。䞭玍蚀はこんな憂鬱な郜は早く離れようず、急いで䞹埌ぞ䞋った。

こうしお八十歳になるず、䞭玍蚀は久䞖戞の文殊に、姫は成盞の芳音になっお珟れたずいう。矅刹囜で宿を貞しおくれた老倫婊は、成盞寺の鍵取りの埡前になったずいうこずだ。

参考文献
『埡䌜草子䞊』 垂叀貞次校泚 岩波文庫 1986.





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