205頁
第一場
クラリス、シャルボノー
(クラリス) 友だちは外出しています、ムッシュー、彼女が何時に戻るかは正確には申せません。私から彼女に伝言をすることで、よくはないでしょうか?
(シャルボノー) まったく個人的な用件なのですが、残念なことに私は、晩は列車に再び乗るのです。ところで、せっかくですから、マダム・クラリス・ボーリュー、あなたにお話をして宜しいでしょうか?
(クラリス) どうぞ、ムッシュー…
(シャルボノー) それでは、マダム。私の訪問の目的をご説明するのは容易なことです。私は、あなたがご存じと思われるジルベール・ドゥプレーヌ氏と親交がありまして、(つづく)
206頁
(つづき)もし私の間違いでなければ、あなたが彼に打ち明けたマダム・ルプリユールの本のことを、彼が私に知らせてくれたのです。
(クラリス) それにしても、ムッシュー、ドゥプレーヌ氏が、あなたにその作品の一部のことを知らせる資格が自分にあると思ったなんて、驚きですわ…
(シャルボノー) その作品部分は、内密にすべき内容のものでは全然ありません、マダム。あなたのお友だちは、自分の本を出版する決心でいらっしゃるのですし。
(クラリス) ずっと後に、ずっとずっと後にです。アリアーヌの心の中では、その日記は、自分の死後にしか出版されてはならないことになっているのです。ほんとうは、私、彼女に、生前に出版することを決心させたいと思っているのですが…
(シャルボノー) よく分かっておいでですね。
(クラリス) でも、それが実現できるかは確信が持てません。
(シャルボノー) いずれにしても、私はここでの、重病人たちの精神状態についての調査を終了します。彼らの日常生活での苦しみについて、そして、彼らの気晴らしや喜びについても、彼らに可能な精神的な慰めの諸要素についても、調査しました。ええ、最もよく知られている週刊誌の一つのために。つまり、病気は、今や、現代の秩序に組み込まれているのです。ほんとうの病気は、何年もつづく病気です。私は、あの作品をぜひとも世に出したい、かくも琴線に触れ、かくも独自なアクセントを有している、あの作品を。(つづく)
207頁
(つづき)あの作品は — 私は申しますが — カトリーヌ・マンスフィールドの『日記』に迫るものだと評価できないものではありません。よいですか、私は、せめてもの承諾を得ようとしなければ、私の調査書に、あの作品部分を立派に挿入することが出来ていたのです…
(クラリス) それでも、私の思うに…
(シャルボノー) しかし、この手続きは、私の大多数の同僚たちには手慣れたものですが、私の職務について私が抱いている観念には合わないのです。そういう訳でということなのです。マダム、どうか、マダム・ルプリユールと私との間の仲介者になっていただけないでしょうか。彼女が私に応答の電報を打ってくだされば、感謝の至りです。と申しますのは、私がパリに着いたら即座に印刷所に原文を渡さなくてはならないからです。
(クラリス) 何も申し上げられません。ですが、私の殆ど確信していることは、私の友人は拒否するだろうということです。
(シャルボノー) 理解し難いですな、そんなにも筋の通らない態度を彼女がとるということは。
(クラリス) もう一度繰りかえしますが、ムッシュー、これは遺作となる本なのです。
(シャルボノー) 文字通りに遺作となる前に出版することは、これが初めてのことではないでしょう。マダム、私はこれで失礼させていただきます。
(クラリス、呼び鈴を鳴らすと、すぐに現れた召使に。) (つづく)
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(つづき)この方をお送りしてちょうだい。(シャルボノー、召使に先導されて出てゆく。)
第二場
クラリス、それから ジェローム
(クラリス、怖じ気づいた様子で。) ちょっと押しが強いわね…
(ジェローム) さっきあなたと居たのは誰ですか? ぼくの知らない名前が聞こえました。
(クラリス、テーブルの上の一枚の名刺を見せて。) ご覧になって…
(ジェローム、名刺を手に取ってから。) この人物はここに何をしに来たのですか?
(クラリス) ジャーナリストが、いたるところを嗅ぎまわりに来るのは、いつものことに違いないわ。
(ジェローム) しかも口実が必要だ。(沈黙。クラリス、気詰り気に見える。)
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