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(ジェローム) 医者! 彼ら、まるで互いに申し合わせているみたいだ! まるで、彼らに言わせたいことをいつも言わせていないみたいじゃないか!… それに、パリで生きることは問題じゃなかった。リラダンに近いあの所有地、あそこは申し分ないものだった。パリから四十キロ。好きなときにパリに来れた。家は明るくて、広々としていた。飽きさせない景観。(ヴィオレット、くすっと笑う。) 飽きなかっただろう、誓って言うよ。からっとしていて。夢だ、もう、夢だ。彼女はぼくが話すのを聞こうとしなかった。手紙の度に、その前よりもいっそう脆弱な口実だ。一種の、無意識的な悪い信念だね…
(ヴィオレット) まるで奥さんがボワシャボーを買ったみたいに考えるのはおかしいわ…
(ジェローム) え?
(ヴィオレット) べつに。生は、時々、おかしな、平衡を保たせるもの、相殺させるもので、ごきげんをとるのね ― というより、期待もしていない最後の手段で。
(ジェローム) なんだって?
(ヴィオレット) 覚えてないの?
(ジェローム) 言ってはもらえないのかい?…
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(ヴィオレット) わたしたちが初めてジャンヌ・フランカステルの処で出会ったとき、あなたは、その晩ずっと、そのボワシャボーのことを話してたわ。あなたは、奥さんがそこを買うのを明確に拒否した手紙を受け取ったばかりだった。あなたは他のことを考えられなくて、私たちにどんな細々としたことや特別扱いや心地よさも許してくれなかった。まるで子供だったわ。会話の新しい主題を出そうとする度に、あなたは自分のボワシャボーのことに戻った。みんなはあくびをして、あなたを嘲笑し始めた…
(ジェローム) きみは誇張してるよ。
(ヴィオレット) わたしは逆で、わたし、どうしてか分からないわ、なぜ、わたし、あのとき… そして、思い出せる? あなたが、わたしに注意を向け始めたのよ。まるで、わたしたち、他国の人々のなかで、一緒に二人ぽっちでいるみたいだった。ボワシャボーのことがなければ、わたしたち、たぶん、ほんとうに出会うということは無かったでしょうね。
(ジェローム) いつか、きみをあそこに連れてゆこう。
(ヴィオレット) いいえ、ジェローム、たぶん、わたし、おおきな悲しみ無しには、その家を見れないわ。あなたが過ごすのを夢みていたそこでの生活のなかには、わたしの居場所は無かったんですもの。そこでの生活は、きっと、仕合わせだったのでしょうね。
(ジェローム) そうは思わないよ。ぼくはアリアーヌとは、もう、けっして仕合わせにはなれないよ。
(ヴィオレット) どうして?
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(ジェローム) 解るだろう、ぼくはあのことで彼女をあまりにも恨んだ。そして彼女が居るときは、ぼくが彼女に向けた非難のことで、ぼくは自分自身を恨むんだ。彼女がぼくから奪ったもの、そして、きみがぼくに取り戻させてくれたもの、それは、たぶん、すごく簡潔に言えば、魂の平和なんだ。
(ヴィオレット) わたしが、あなたに、魂の平和を戻した、というのね? ほとんど気づかなかったわ。でも、いいこと、あなたたちの間にある問題が、そういうことだけだったとしたら、問題はそんなにたいしたことではないでしょう。ほかのことがあるのよ。あなたが彼女を許せないのは、わたしたちが、わたしたち自身についている嘘のためなのよ。
(ジェローム) ごまかし、嘘 ― ぼくたちがもう発してはいけない語だろう。きみは、そういう語に酔って、ますます苦しむところがある、と、時々言われるのではないかな。
(ヴィオレット) それはちがうわ。わたし、苦しむのは大嫌い。悩みはわたしをぜったいに改善させたことはないし、陰険にもさせたことはない。そうじゃないと思うわ。悩みは、墓のようにわたしを窒息させる、と言ったほうがいいでしょうね… ジェローム、彼女にほんとうのことを言ったらどうかしら、どんな結果になろうとも…
(ジェローム、激しく。) ぜったいだめだ。(沈黙。)
(ヴィオレット、甘く。) どうして?
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