225頁
(つづき)あなたにしたい相談があります… ご覧の通りのぼくの妻のことです… ぼくは幸福ではありません。
(アリアーヌ) いいえ、いいえ… 私はもう打明け事は受けたくありません… 終了です。(アリアーヌ、庭に通じる側面のドアの方へセルジュを導く。)
第六場
ジェローム、そして アリアーヌ
ジェロームは、新聞を手にして部屋に入っている。彼は座って新聞に読み耽っている。
(アリアーヌ) 新しいことがあった?
(ジェローム) イタリアとアビシニアの紛争がますます思わしくない展開になっている。
(アリアーヌ) 紛争が局地化されたまま食止められていさえすれば!
(ジェローム) そうではないらしい。
(アリアーヌ) 信じていたのに…
(ジェローム) 政治に関心があるような振りをするなよ。きみの麗しい魂を耕し究めるのに甘んじたまえ。
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(アリアーヌ) ジェローム!
(ジェローム) あの哀愁の離婚女性と一緒にさ。ところで、彼女のここでの滞在は長引くのかい?
(アリアーヌ) そうは思わないわ。
(ジェローム) ぼくは先週、フィリップと晩餐をした。彼はきみにたいしてとても憤っていたよ。きみが彼の奥さんを招いたら、彼が不愉快になる結果にしかならなかった、と彼は思っている。
(アリアーヌ) でも、だいいち、どうやって彼はクラリスがここに居ると知ったの?
(ジェローム) まったく単純なことで、ぼくがそのことを彼に言ったのさ。ぼくが隠し立てをひどく嫌うことは、きみも充分知っているだろ。
(アリアーヌ) 聞いて、ジェローム、あなたはどうして、自分は不幸だと、ごく率直に認めないの?
(ジェローム) ぼくは苛々屋で、激怒屋で、気難し屋、その他お望みのいろいろ屋だが、不幸ではないよ。何でぼくが不幸なんだい?… きみが、自分の慰めてあげたいという欲求を満たすには、ぼくを当てにしちゃいけない。
(アリアーヌ) そんなふうに言うなんて、何て意地悪なの!… けっきょく、ただ私を傷つけるためだけだったら、あなた、どうして来たの?
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(ジェローム) きみは、屈しないひとだ…
(アリアーヌ) そう思うの?
(ジェローム) ぼくが来たのは、だいいちに、パリで暑さに参っていたからだ。演奏会の季節は終わっていた。パリの雰囲気は窒息しそうだ。強権発動と市民戦争のことしか話されない…
(アリアーヌ) あなたは旅行できたわ。
(ジェローム) ここでも、ほかでも、ぼくは結構さ。
(アリアーヌ) あるいは、どこでも不機嫌。
(ジェローム) 望みとあらば。
(アリアーヌ、沈黙の後。) マドモアゼル・マザルグについての知らせを受けたところなの。
(ジェローム) えっ!… それをぼくに知らせて、どうしようっていうんだい?
(アリアーヌ) 彼女は、娘さんと一緒にこの地に居て、娘さんは容態が良くないのよ。
(ジェローム) 彼女を来させたのは、きみかい?
(アリアーヌ) ジェローム、私、あなたに言ったでしょう、この六週間、私は彼女については何も知らなかったって。
(ジェローム) きみは彼女と会ったのかい? 彼女、きみに電話した?
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(アリアーヌ) いいえ、私が、彼女がロニーに現在居ると知ったのは、直接にじゃないわ。
(ジェローム) ピアニストを介して、じゃないか… ん?
(アリアーヌ) どうでもいいじゃないの。
(ジェローム) たしかに… それで、きみは彼女と一緒に音楽をやるつもりかい? 彼女を招いてお茶を飲むつもりかい?
(アリアーヌ) いいえ。
(ジェローム) なぜだい? きみは、彼女がきみにたいして感謝の気持ちを充分に表明しないので、彼女を恨んでいるのかい?
(アリアーヌ) あなた、そういう両義的な表明の問題は、もうお終いにするべきよ… それに、あなたは、よく気づかなくちゃ… ヴィオレット・マザルグがあなたにとって何なのか、私は知らないのではないわ。
(ジェローム) 彼女はぼくにとって何でもない、はっきり言って。
(アリアーヌ、深い重々しさで。) 彼女が何であったのか、と言ったほうがあなたには良いのかしら。
(ジェローム) それで?
(アリアーヌ、優しく。) あなたは、彼女があなたの恋人であったと、認めるのね?
(ジェローム) もしそういう言い方がきみを喜ばせるのなら。
(アリアーヌ) ジェローム、私はただ、あなたに、そうだったのか、そうでなかったのかを、答えてほしいだけ。
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(ジェローム) きみは、証拠を持っているか、持っていると信じているように、ぼくは推測してしまうよ。
(アリアーヌ) そこに問題があるのではないわ。私はただ、あなたから… 告白と言うのはやめましょう、真摯で直接な応答を得たいだけ。私には時々、あなたが、私が求めたようには、勇敢ではないと思えるのよ。
(ジェローム) ぼくが、事の結果にたいして少しでも怖れを抱いていると、きみが想像しているなら、それは間違いだ。そう、ぼくは、そのひとの愛人だった。ぼくはこのことを、きみが望む誰の前でも繰り返して言うだろう。もしきみが望むものが離婚であるなら、手続きは、これによって大いに簡単になるだろう、とぼくは想像する。
(アリアーヌ) 私個人は、もしあなたがそれを望むのでないかぎり、離婚など思ってもいないわ。
(ジェローム) 少しも思わないんだね。
(アリアーヌ) あなたは離婚のことを一度も考えたことはないの?
(ジェローム) ぼくの頭のなかを横切ったあらゆる考えの中には、離婚の考えもあったにちがいない。実現には至らなかったが。
(アリアーヌ) それで、彼女は?
(ジェローム) 彼女に訊けよ。興味があるなら。
(アリアーヌ) あなたは、彼女と再会したい気持ちは無いの?
(ジェローム) 少しも無い。
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