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京都生活手帖

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ふきんとゴム手袋

2009-02-24 09:50:33 | おとなの家庭科


日東紡のふきん。
これまでふきんの愛用は決まっていて、お皿拭きは和太布(ガラ紡のふきんで、びわこふきんの姉妹品)、台拭きは白雪ふきんだったのですが・・・和太布が手に入りにくいため、もっと身近にあるものがいいなぁと探していました。そこで思い出したのが、日東紡と暮らしの手帖社が協同開発したふきん。暮らしの手帖の「商品テスト」で紹介されており、吸水性、耐久性ともにすぐれたふきんとのことで、ずっと気になっていたのでした。しかし近所のスーパーマーケットなどでは全く見かけることが出来ず、暮らしの手帖社のグリーンショップ(インターネットショップ)で購入するしかないのかなぁ、送料がばかばかしいなぁと思っていたところ、「ひょっとして」と思いのぞいた近所の荒物屋さんにありました、ありました!まぁいわゆる「おしゃれ感」ゼロの日用雑貨店なのですが、ふきん自体もおしゃれ感ゼロの実用品なので、もしかしたら置いてあるかもしれないと思ったのです。でもこういう「昔からあるよね~」という実用品って、ちょっと心惹かれませんか。惹かれませんね。私だけです。



同じお店で、これまたずっと探していた「マリーゴールド」の赤い(天然ゴムの)手袋を見つけました!
ゴム手袋ってあるととっても便利なんですけれども、スーパーマーケットに置いてあるようなものって、変なピンク色とかうす黄緑色とか、「意味がわからない・・・」という色合いのものしかありませんよねぇ。それがどうしても嫌で、一度無印の白いゴム手袋を買ったことがあるのですが、これまた「不良品?」と思うくらい耐久性がなくてですねぇ・・・ずいぶんとゴム手袋に関しては不満を持っていたのですが、マリーゴールドの手袋は色もかわいいですし、かなりしっかりとした作りになっており、まんぞく、満足。
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うどんセットを作りました

2009-02-02 08:09:28 | おとなの家庭科


「うどんセット」なるものを作ってみました。

とにかくいまだに小食&限られたものしか食べないこ初々さん・・・お昼のメニューはたいてい「うどん」か「炒飯」。せめてこの貧メニューでも色々なものを食べてもらいたいものだと思って具だくさんにするのですが、忙しいお昼時間に野菜を切りまくるのは結構手間なんですよね。そして「お腹がすいたら待てないひと」ですから、不機嫌にもなってくる・・・そういう時に、「ええい、これでも食べとり!」と違うものを渡すとメイン料理(ってほどのものではないですけれども)を全然食べなくなったりもして。ですから「包丁いらずで抱っこしてても出来ちゃう」をテーマに!?、うどん(冷凍)セットを作ってみました。ゆがいた菜っ葉、人参と、石突きをとったままのきのこ、小さくカットしたささみ肉を小分けにして冷凍しておけば、チン!するだけで具だくさんうどんの完成です。ラップを使いすぎる、とエコ方面からは批判がくるかもしれませんが、うーんどうしたらいいんでしょうね?

これと同様に「炒飯セット」も作りたいなぁと思うのですが、さすがに「みじん切りのたまねぎ」なんて冷凍できないですよねぇ・・・何かいいアイディアがあったら教えてくださいませ。
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出汁さまさまの生活

2009-01-26 13:24:41 | おとなの家庭科


タッパーウェア社の2リットル液体保存容器。
調味料入れと一緒に購入したものですが、これがとってもとっても具合がよいのです。色々なところで手抜きをする私ですが、(かつお)出汁だけはきちんとひいています。しかし毎回使うぶんだけ出汁をひくような余裕はないので、だいたい2リットルのお鍋いっぱいに出汁をひいて2~3日で使い切るようにしているのです。これまで麦茶などを入れる液体ポットにうつしかえ、冷蔵庫のドアポケットに置いていたのですが、ドアポケットはほかにも色々と置いておきたいものがあります。うーむ何とかならんかなぁと思っていた矢先にこの容器と出会い、「横にしてももれない」構造なので冷蔵庫の中のどこにでもしまうことができるようになりました。しかも容器の長さ(つまり高さ)が冷蔵庫の奥行きとぴったりで、本当に使い勝手がよいのだなぁ・・・なんて、ここのところタッパーウェア社の回し者みたいでスミマセン。

いやぁしかし出汁というのは本当に便利なものですね。我が家はこ初々さんが「和の味が好き」な人なので、毎日出汁さまさまの食卓になります。「子どもってグラタンとか好きなんじゃないの~?」と思うのですが、こ初々さんの好みは渋く、「出汁と醤油とポン酢」いのちです。おまけにマヨネーズやらソースも全然受け付けてくれないので、本当にいつも同じ味のものばかり食べているんですよねぇ。よく飽きないものだと呆れてしまうくらいなのですが、作るほうとしては(張り合いがないものの)「出汁で何でもたいておけばいいや」となるので楽といえば楽。例えばキャベツと豚ばら肉を出汁でたいただけのものなんていうのがこ初々さんの大好物だったりするわけで、手間はキャベツと豚肉を切るのみ・・・長新太の「キャベツくんとブタヤマさん」シリーズが大好きなこ初々さんに、「はい、キャベツくんだよー」「ほれ、これはブタヤマさん」などと言いながら「のせて」食べさせることができるというのもこのメニューがラクチンな理由になるのですが。でもそんなことをすると、絵本そのもののシュールさを現実のものにさせているような気が・・・

さいごに話がそれてしまいましたが、出汁の活用術がありましたら教えてください。


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手帳に向かうということ、そしてブレークスルー

2009-01-25 14:24:31 | おとなの家庭科


愛用している「ほぼ日手帳」。
今年のカバーは明るい黄色を選びました。「金運がよくなりますように」なんて、取ってつけたような理由を考えてみましたが、別にこれ以上お金が欲しいわけでも必要なわけでもありません。何しろ私は風水で「一生お金に困らない」と言われたひと。それは以前にもお話したと思うのですが、「お金持ちになる」と理解して安心したわけではなくて、「お金があってもなくても困らないってことか!それは何より幸せなことだなぁ!」と解釈してニコニコしたのでした。そしてお金もそうだけれども、「病気になっても困らない」「障害を持っても困らない」・・・そういう社会になったらいいなぁとつくづく思います。

・・・って、話がずいぶん脱線です。

年が明けてから心機一転色々なことを初めている(単純な)私ですが、「一日の中で、手帳に向かう時間を作る」というのもその一つです。書き方にルールは定めておらず、「これからの予定をたてる」「することリストをつける」以外はただただ頭に浮かんだことをひたすら文字にして書き付けておくということをしています。きっと今までも頭の中で漠然と予定をたてていたでしょうし、考え事もたくさんしていたのでしょうが、とにかく「書いて考える」というだけで、これほど頭の中が整理されるものなのか!と非常に驚いています。何がどう違うのか、ということを言語化することが難しいのですが、もやもや~っとした「考えごと」をぼん!と頭の中から取り出して、手帳の中にぐいぐい、むぎゅう!と押し込んでしまうような感じ。おそらく「書く」という行為によって、様々な懸案事項を自分からいったん切り離して客体化することができるのでしょうね。

しかし明日の予定をいちいち手帳に書きつけるなどという「まめな」ことを自分がするとは、ちっとも思っていませんでした。でもね、実はこの行為、大して「まめな」ことでもないんですよ。ただぼんやりと頭の中で考えていたってそれなりに時間を要するわけですし、考えていると同時に手帳に書きつけてしまえばタイムロスはほとんどない。そしてむしろ「こうして、ああして」と何度も考えたり、「どうしよう」と迷わずにすむだけ、案外効率的でもあります。ですから手帳に向かう時間というのは必要以上にまめなことではないのだということに、私はこの年になって初めて気づいたのでした。

そう、考えてみたら忙しい病棟勤務の時だって、受け持ちの患者さんごとに「することリスト」を作り、タイムテーブルをひっぱって「必ずすること」をメモしてから仕事を始めていたのでした。それは「し忘れ」を防ぐことが最大の目的でしたが、それと同時に時間の制約がある中で「いかに効率的に動くか、仕事をまわしていくか」を具体的にイメージして計画をたてるということも私にとっては大切な作業だったのです。もちろん機転のきく人や、ベテランの先輩たちはそれらがもうすでに身体化しているというか、わざわざ計画をたてなくともするすると動けているようでしたが、基本的に要領のよくない私はそれが出来ませんでしたし、計画をたてるという行為にも人より時間を要しました。なので申し送りが始まる30分以上も前に勤務について、だーれもいないナースステーションでひとりメモ板に向かうというのが日常でした。それを人は「真面目だ」と称していてくださっていたように思いますが、それは真面目なのではなくて要領が悪かっただけ。私には一日のスタートラインに立つための準備体操時間が人より多く必要だったのです。

そんな私は退職と同時にメモ板もどこかにやってしまい、「家事だって基本的に同じことだ」と気づくまで4年もの歳月を要してしまいました。(やれやれ)効率よく、そして気持ちよく行動するためには、それなりのルール(原則)とタイムマネジメントが必要だったんですね。比較的気ままなタイプの私は、そういったものを「不自由で嫌だな」とこれまで思っていた節がありますが、いざそれらを導入してみるとそれは全く逆なのだということに気づきました。そう、「全く逆」、すなわち「自由でいるためには、それらルール(原則)とタイムマネジメントが必要」なのです。それはどういうことなのか?

あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ。でもその時の自分の気分に合わせて、出来るようにしよう。そのような状態でいられることを、普通人は「自由」と言うのだと思います。つまり「しなければならない」というルールに縛られない、という意味において。一方「こうするのだ」というルールを設定してしまうと、自分の行動に制限が加わるという意味で人はそれを「不自由」と言うのでしょう。しかし、一旦「こうする」というルール、つまり枠を設定すると、常に「それはもうあるものとして」行動するようになります。ここがとても不思議なことのように思われるかもしれませんが、「制約」のように思われるようなことがいつの段階かで「当たり前」のことになり、それを制約だとも思わなくなる時が来るのです。しかしルールや枠がなく暮らしていると、「あれもしなくちゃ」「これもしなくちゃ」という全てのことが、常に自分の制約として目の前にぶら下がっていることになります。その状態を「不自由」と言わなくて、何と言ったらいいのでしょうか?

この「不自由と思われるものを取り入れることで、むしろ自由になる」というブレークスルーは、実は私一度経験したことがあります。それが、結婚。様々な事情で結婚というものにポジティブな印象を全く持っていなかった私は、結婚とは自分の行動を制約する不自由なものだという考え方をどこかに持っていたように思います。ところがいざ結婚してみると、とても自由な気持ちになったのです。もちろん結婚することで、いわゆる「自分のしたいように、思いのままに生きる」ことは出来なくなったかもしれません。それは例えば、今までだったら何の相談もなく好きなときに好きなように自分のやりたいことを追いかけることができたかもしれませんが、結婚すればそういうわけにもいかない。しかしそういった「制約」らしきものを取り入れて暮らしてみると、つまり常に「自分と相手の暮らし」単位でものを考えていると、それが当たり前になりすぎて、「その制約がない状態」というものがどういうものなのかだんだん分からなくなってきますし、大体相手のことを考えずに純粋に「自分のしたいこと」なんていうものさえ存在しなくなってくるんですよね。そうやって、「制約と思われていたものが制約でなくなる」瞬間、人は自由になれるのだということに加えて、「もう自分単位で、自分のことばっかり考えてなくていいんだ!」という気づきも、私にとっては自由ですがすがしいことでした。

とはいえ、家事においてはまだまだその「ブレークスルー」がやってきません。もうちょっと続けて、それらが身体化してこないとダメなんですよね。時間はかかりますが、のんびりペースでぼちぼちやっていきたいと思います。
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在庫管理の工夫

2009-01-15 13:48:36 | おとなの家庭科


食品の在庫管理、工夫その1。「冷蔵庫本体をホワイトボードがわりにして、直接記入」。これ、無印の冷蔵庫だから出来るんですけどね。

さて私はこれまであまりストックを持たない方針でやってきたため、冷凍庫はいつもほぼ空っぽでした。いつだったか、買いすぎてしまって使い切れずに食糧をダメにしてしまうことが多くあり、「スーパーマーケットが巨大な冷蔵庫になってくれているんだから、わざわざ自宅でストックする必要なし」というご意見を「そうだ、そうだ」と無批判で受け入れて、その通りにしてきました。雨の日以外は大体気分転換をかねてスーパーマーケットへ行っていましたし、これまではストックなしでも不自由なく暮らしてきたと思っていたのですが・・・しかしストックを持たないでいると、あまりに食事作りに(毎日)追われるような感じがしてきましたし、ちょこっと空いた隙間の時間に作りかけよう、ということも出来ない。やはりこれでは日々にゆとりが生まれない・・・そう考えて、3日ぶんくらいの食材と予備の食材を少しストックすることにしました。だいたい「使い切れずにダメにしてしまう」というのは「買い過ぎ」だけが原因ではなく、「在庫管理ができていない」というのが問題でもあります。ですから可能な限り計画的に買い物をして、それをきっちり在庫管理することが出来れば問題解決できるのですよね。というわけで、買い物へ行く前に大体3日ぶんくらいの主菜を考えておいて、買ったものはすぐに使えるように処理、冷凍庫へうつすものは書き出しておくというやり方を採用してみました。こうなってくるとやっぱりタッパーウェア社の保存容器が欲しくなりますが、いやいやもう少しこの方法を運用してからじっくり検討しようと思っています。

おそらくこうしたやり方は、「婦人の友」の影響を受けてのこと。今はおしゃれな生活雑誌がたくさん刊行されていて私もだいぶ読んできたのですが、どこがどうと説明するのは難しいものの、そのどれもにちょっとした違和感というかなじめなさを拭えずにいました。しかし婦人の友を手に取ってみて、「あ、これかもしれない」とその理由に思い当たることができました。そのキーワードは「公共性」。おしゃれな生活雑誌には、なんとなく公共性がないように感じるんですよね。ひとりひとり、その家族その家族の生活は実に豊かで素晴らしいものなのでしょうが、それが社会と結びついておらず、どちらかというと消費に結びついているような気がするのです。一方婦人の友は、生活のその先にしっかりと社会を見据えているのがどこからともなく伺えますし、そもそも家計簿に「公共費」という項目があるのがその姿勢を反映していますよね。こどものおこづかい帳にも「ひとのため」という項目があるのを発見して、思わず笑ってしまいました。そういうところが「好きだなぁ」と思うのですが、もちろん全てが全て納得しているというわけではなく、「ちょっとそこまではようせんなぁ」ということもあるのですが・・・(あまりにきっちりしすぎていて、隙間がないところとかね・・・)

いやしかし、頭を使って計画的に効率よく家事をまわしていかないと、これから私は自分の(勉強する)時間を捻出できません。いろんなことを参考にさせてもらいながら、工夫を重ねていきたいと思いますので、これまたアドバイスがありましたらよろしくお願いいたします。
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