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僕とマクベスのいちゃいちゃ日記っ

愛機――マクベスで綴る、日常系プログ。
小説、アニメ、遊戯王 他

国会議事堂 ネコ 気球

2012年06月11日 | 小説
文字数:8000文字
ジャンル:短編小説




三題小説 【国会議事堂】【猫】【気球】


 【徹虎宰相(さいしょう)、ネコ派の議員を拘置。国家反逆罪で立件の予定】
 二〇十七年に初めて誕生した女性総理・間徹虎(はざま てつこ)宰相が、ネコ派に属する議員二十五名を国家反逆罪で拘束した。以前より、徹虎宰相の強引とも取れる政策は同党の議員からも反発の声が上がるほどで、国民党では離党が相次いでいる状態だ。
 今日逮捕された議員は、徹虎宰相有するトラ派と対立する形で存在するネコ派の議員であり、トラ派の力尽くの政策を「国民無視」と批判を続けてきた。同日に公布された国守法は憲法違反とも取れる内容であり、一時、国会は暴徒と化したネコ派で騒然となったが間もなく鎮圧された。負傷者は二十人を超えており、徹虎宰相は毅然とした態度で……。


 男はダンボールに新聞をしっかりと敷き詰める。新聞は連日連夜この国守法についての事を書いているが、彼にとって、そんな世界の変移は果てしなく興味のない話題だった。
 男――美間坂は千代田区で駐車場管理を営む青年である。二代目の管理者であり、この場所を父から引き継いでいる。彼の仕事といえば、電話ボックスくらいの大きさしかない管理人室で、車の出入りを監視することだけだった。
 彼には夢もないし大志もない。学業も好きではなかったし、かと言って運動で優れているわけでもなかった。だから、家業である管理人の仕事を父から引き継ぎ、毎日七時間、朝からここに座っている。
 パイプ椅子の下には、小さなダンボールがひとつ置かれている。中には真新しい新聞が入っており、その上に、子猫が一匹ペタンと座っていた。時々箱から顔を出し、純真無垢な瞳で美間坂の事を見上げる。そのたびに彼はニッコリと微笑んで、ポケットに入っているビスケットを砕いて彼女の目の前に落とした。彼女の名はマリ。美間坂が一週間前に拾った猫だ。
 雨の中、ダンボールの中で死にそうになっている猫を見つけて、美間坂は咄嗟にこの管理人室の中へ連れ込んだ。その時感じた胸の高鳴りを、彼は今でもよく憶えている。
 俺が助けなければ、マリは絶対に死んでいただろう。
 そのことを思うと、彼の鼻はふっくらと膨らんだ。今まで何一つ自慢出来ることがなかった彼にとって、子猫の救出というのは人生観を変えるような大事だったのである。言わば、彼にとってマリとは勇気の象徴だったのだ。
 一台のトヨタ・センチュリーが駐車場に入ってくる。銀色フレームのシャープなボディが陽の光を浴びてきらきらと光っている。眩しさから眼を細めると、車から降りてきた男性が美間坂に近づいて来て、茶封筒を管理人室のディスクに叩きつけた。
「ここを借用させてもらう」
 男はかなりガタイが良かった。身長は二メートル以上ありそうだ。サングラスを掛けており、黒の背広を着ている。片耳にはイヤホンがはめられており、美間坂は人と話すときくらいイヤホンを取るべきだとのんきに考えた。
「構いませんが、そこは月極の方の場所なので、二個横にズレていただけませんか?」
「今は緊急を要しているんだ。そんな些事に付き合っている暇は――」
「――車の移動を頼む」
 センチュリーから降りてきた女性は、憤慨する男性に対してそうお願いした。男性は「しかし宰相、今は」と尚も愚図るが、女性が「私たちの都合で国民に迷惑を掛けるわけにはいかんよ」と一点張り。これ以上の言い合いは逆に時間を食うだけだと判断したのか、男性は車の中へ戻っていた。
 宰相と呼ばれた女性は管理人室の窓口までやってくると、「彼も仕事なんだ。悪く思わないでやってくれ」とフォローした。
 美間坂は、さいしょう? 変な名前だなぁと思いながらも、「ええ」と返事する。その時、宰相の顔を猫が見上げた。パイプ椅子の陰から恐る恐る顔を出す猫。その姿を見つけて、宰相は「キャ」と黄色い声を上げる。たった今車のエンジンを付けた男性が、破竹の勢いで車から飛び出してくると「どうかなさいましたか!?」と叫ぶ。
「猫だ。猫がいる」
「その管理人ですか!?」
 男の手がスーツの裾に触れる。すると宰相は慌てて「そういう猫じゃない! 普通の、動物としての猫だ!」と、早とちりした男性をたしなめた。
「彼は君の猫か? 名前はなんて言うんだ? 何歳くらいなんだ?」
 質問攻めにあった美間坂は、一個一個丁寧に答えた。本来、彼はこんな風に質問されることが好きではなかったのだが、話題がマリだと全く嫌な気はしない。むしろ、とても嬉しかった。応答の最後に、「彼ではなく彼女です」と付け足した。
 宰相は窓口から身を乗り出して――それこそ、彼女の長髪が美間坂の太ももに触れるくらい――猫のことをじっくりと見て、ふぅと短く息を吐く。
「そんなに猫が好きでしたら、飼ってみたらどうですか?」
 美間坂の提案に、彼女は消沈した様子で「……私が猫好きと言うのは……ある種のスキャンダルだろう?」と言う。美間坂にはどうしてそれがスキャンダルと成り得るのか全く分からなかった。ぽかんとする美間坂に、宰相はやや顔を引きつらせながら「こんな事は言いたくないが、君は新聞を読むか?」と尋ね、さらに「今の首相が誰だか分かるか?」とも付け足した。美間坂は正直に「分からない」と答える。
 宰相は穏やかに笑い、「それならそれでいいんだ」と言う。美間坂には何が何だか分からなかった。
「良かったら抱きます?」
 美間坂はパイプ椅子の下からダンボールを取り出すと、それをディスクの上に置く。ダンボールの中の子猫は、急に広がった世界に当惑し、ニャーニャーと泣いていた。その鳴き声がますます宰相の羨望を強くしたらしい。「いいのか!?」と、ぱぁっと明るくなる。美間坂がどうぞと勧めると、宰相は正に恐る恐ると言った感じで、子猫を抱き上げる。
 腕の中で丸くなる猫を見て、宰相は本当に嬉しそうに、愛おしそうに子猫をなでて「かわゆいなぁ」と二三度繰り返す。マリが目を細め、小さく鳴いた時、――乾いた音が遠方から聞こえた。その音がなんなのか、美間坂にはさっぱり分からなかった。管理人室からでは窓口がある方向しか見えないからだ。一方、宰相はその音の原因に瞬時に気づいたようだった。顔から血がさーっと引いていくのが、傍から見てもよく分かった。
 車の移動を今終えたばかりの男性が、すぐさま宰相に駆け寄ると、彼女を庇いながら車の中へ押し込んだ。美間坂は宰相に抱かれたままになっている子猫を案じて窓から身を乗り出す。その時、彼にも何が起こったのか理解できた。駐車場の入口を堰き止めるように停められた一台のバンから、武装した男達が数人降りてきていたのだ。美間坂は慌てて頭を引っ込めた。その直後、彼らの持つマシンガンが火を吹いたのである。
 宰相を乗せた警護車両が弾幕を突き破りながら発進し、ものすごい勢いでバンに突進する。センチュリーは窓ガラスに白い模様を描きはするものの、銃弾にはびくともせず、バンを弾き飛ばしながら一般道路へもどっていった。男達は機敏な動作でバンに乗り込むと、センチュリーを追うために発進する。
 辺りには硝煙の匂いが漂っていた。

 マリと離れ離れになった次の日、美間坂はあの女性が現総理大臣であることを知った。だからと言って徹虎宰相への印象が変わることはなかったし、我が国の政治が彼にとってどうでもいい物であることは変りなかった。
 久しぶりに新聞へ眼を通したが、どうやら徹虎宰相は国会議事堂に設けられている総務室で一時、生活をしているらしい。そこは二十四時間厳重警備が敷かれ、鼠一匹立ち入れない状態だそうだ。果たしてマリは無事なのだろうか?
 彼は空虚になってしまったパイプ椅子の下に視線を向ける。今はダンボールのみが置かれていて、敷かれる新聞は全く汚れていない。ポケットに入ったままのビスケットをぽりぽりと食べている内に、彼は少しでも徹虎宰相の様子――本当はマリの様子だが――を知りたくなって、今日の朝刊を買いに行った。そこには信じられない見出しが書かれていた。
【徹虎宰相『ネコは根絶やしにする』と強い姿勢。本日の緊急国会にて立件を決定】
 マリ! 彼は管理人室からとび出すと、国会議事堂へ急いだ。
 国会の周りは百人規模の警官によって厳重に警備されていた。初めてパンダが来日したときと同じくらいの厳しさだ。美間坂が我が物顔で正門を通ろうとしたので、すぐさま警官に呼び止められた。
「今日は見学はできないよ」
 緊急国会――こと、今回のような場合――は、一般人の閲覧は出来ないことになっている。だが、美間坂は見学する気なんてなかった。いい年した大人が罵り合うのを見たって、何も面白くはない。彼は警官に徹虎宰相に個人的な用事があると告げた。
 警官は訝しげな表情をしながら「どのようなご用事ですか?」と尋ねる。美間坂は真顔で「猫を返してもらいに来ました」。
 美間坂はすぐさま警察に拘束されると、爆発物を所持していないことを入念に調べられ、かなり荒っぽく追い返された。彼はどうして自分がこんな扱いをされなければならないのか理解できなかった。自分はただ、マリを返してもらいたいだけなのに。
 とぼとぼと帰路につく彼を、白衣の男が呼び止めた。美間坂が億劫そうに顔を上げると、彼は「貴方はネコを返して欲しいんですよね?」と美間坂に尋ねる。美間坂が頷くと男は美間坂の手をつかんだ。
「さっきの、見ていました。貴方は素晴らしい勇気をお持ちの方だ。どうです? 英雄になりたくはありませんか?」
 美間坂は「なりたくないです」と即答する。しかし男は引き下がらない。
「世の英雄は皆、英雄になりたくて勇敢な行動をした訳ではありません。結果としてその行為が古人を英雄たらしめるのです。僕の手伝いをしてくれたら、きっとネコを開放することが出来ますよ」
 解き放たれても困るのだが……、とにかく、彼に協力すれば猫には会えるということらしい。他に頼りの無い美間坂は、分かったと返事した。その後連れてこられたのは、国会から程遠くない所にあるビルの屋上だった。男は双眼鏡を使って熱心に警備状態を確認している。美間坂が彼の隣に立つと、「離れてて! 風の状態が分からなくなる!」と叱られた。
 屋上には樹の皮を編んで作られた大きなゴンドラと、電球型に作られた巨大な布が敷かれている。美間坂はそれがなんなのかすぐに分かった。気球だ。この気球を使って国会の中へ入るのだろう。
「よし! 風が止んだぞ!」
 白衣の男が双眼鏡を首からたらすと、球皮の入り口を持ち上げて、そこにインフレーターを向ける。男は美間坂に「早く! バーナーに火をつけて!」と命令した。美間坂は慌ててバーナーに駆け寄ると、男の指示通りに火をつける。
 白衣の男は豪快に哄笑すると「助手には逃げられたが、ギリギリ代役が決まって良かった!」と叫ぶ。球皮が完全に空を向いたとき、男がゴンドラの中へ飛び込んだ。そして、戸惑う美間坂の腕を掴むと、彼を無理やり中へ引きずり込む。それから間もなく、気球は宙へ浮かび上がった。
 美間坂は気球がビルの屋上から離れたことを知ると、白衣の男に向き直る。彼はゴンドラの中に積まれた数十個の紙袋を見てくすくす笑っている。その様が余りにも怪しげだったので、紙袋を一個つまみ上げると、中身を改めた。
 中からは、千歳飴よりも二回りほど太いダイナマイトが何本も出てきた。
「これは?」
 白衣の男はZIPPOのライターをいじくりながら「希望だよ。この国を変えるための」と返事する。
「我が国はすっかり腐敗している。全てはあの女のせいだ。私は女が首相をやることには最初っから反対だったんだ。このままでは独裁になる。虎狩り、そう、これは虎狩りだ」
 気球が国会議事堂の上空を通ろうとする。白衣の男は紙袋の中から一本のダイナマイトを取り出すと、導火線をライターに近づける。
美間坂は自然な動作で男からライターを奪い取ると、それをどこか遠くへ向かって投げた。ライターは一般家屋の屋根にぶつかり、カランカランと音を立てる。白衣の男は血相抱えてゴンドラから身を乗り出すと「何をするんだ!? 気でも狂ったのか!?」と騒いだ。
「これじゃあ猫が死ぬ」
「ネコを助けるためにやってるんだぞ!? そのためには国会の爆破は必要不可欠――」
 地上が騒がしくなっていることに二人は気づいた。警備の人間がとうとう気球の存在に気づいたのだ。発砲音が聞こえてくるが、二人には反撃の手段はなく、まさに生板の上の鯉。男は恨めしそうに「君は国家の敵だ!」と美間坂の事を罵った。やがて、一発の銃弾が気球の球皮に当たり、空気が漏れ出した。気球はぐんぐん高度を下げ、国会の役員専用駐車場に不時着した。
 ゴンドラの中からそっと顔を出す白衣の男。彼はまだ警備の人間が着ていない事を確認すると、紙袋を名残惜しそうに見ると、すぐさま外へ向かってかけ出した。一方美間坂は、ダイナマイトの事なんて思考の隅にも置かず、国会の中へ向かって走りだす。背後では、警察官の怒号が聞こえていた。

 総務室での生活は窮屈極まりないものだった。食べる物は全て政府直属の店から卸された物でなければならず、三軒茶屋の抹茶クリームたい焼きも、クルス製菓の黄金カステラも食べることはままならなかった。風呂が無いのが気にならないのは女としてどうかと思うが、とにかく、この部屋には楽しみと呼べるものが全くない。唯一心を癒してくれるのは、この子猫の存在だった。
 襲撃の時に立ち会ったボディーガードが「猫を返してきましょうか?」と何度か訊いてきた。トラ派の議員に猫の存在を知られたら、笑い話ではすまないからだ。今や、トラとネコはただの動物ではない。政争の御旗となっている。それを知りつつも、つい「もうちょっと預かっていてもいいんじゃないか?」と返すことを先延ばしにしてしまう。
 猫に対して気がない訳ではないが、それよりも、自分の手で返したい。という思いがあった。あの美間坂と言う男は、徹虎の人生に初めて登場したタイプであり、現総理を前にしても物怖じしない姿勢には感服させられる。自分は、ちょっと野次を飛ばされただけでも震えてしまうのに。
 総務室のドアが開き、徹虎宰相は肩をはねさせた。まだ、襲撃の苦い記憶から開放されていないせいだ。彼女は寝ている時でさえ、鳥の羽ばたく音でも目を覚ます。警備の人間は、皆歩く音さえ気を配っていると言うのに、その男は普通の人でも思わず振り返ってしまうくらいの大音を立てて、部屋に入ってきたのだ。宰相は慌てて猫をソファーの裏に隠す。
 沼本議員。国民党の重鎮であり、彼女を国民党に引き入れた張本人でもある。彼は右頬にある大きなほくろを人差し指で撫でながら徹虎の元までやってくると、「今日の緊急国会での台本は配られているかね?」と徹虎に尋ねた。徹虎は頷くと、続けて「しかし、これは読まないつもりです」と言った。
 台本には、ネコ派の議員を国家反逆罪で立件する内容が書かれていたのだ。下手をすれば二度と牢屋から出てこられなくなるかも知れない。徹虎は例え敵対関係にあろうとも相手の議員を尊敬していたし、「国をより良くすため」と言う目標は同じだと考えていた。だから、考えが違うという理由だけで排除しようとするこの台本に従う気にはなれなかったのだ。
「私はもっと周りの意見を取り入れ、国をより良く――」
「ここは選挙カーの上じゃないんだよ?」
 徹虎の熱弁を、沼本はあっさりと遮った。
「彼らを野に放しておけば、必ず国民党に害となる。そうだろう?」
「確かにそうかも知れませんが、国にとって益となるなら……」
「そんな事は我党にとって関係ない」
 沼本はぴしゃりとそう言い放ち踵を返す。その時、彼はソファーの裏から顔を出す、一匹の猫を見つけた。沼本は明らかに怪訝な顔をすると、その子猫を引っつかむ。猫は目を細めて身体を縮こませていた。
「これは君のか?」
 まさか頷くわけにも行かず、宰相は「おそらく、誤って紛れ込んだのでしょう。私の警護が連れていきます」と、背後に立つ男性に目配せする。沼本は「君の手を煩わせるには及ばない」と、窓を開けると外へ向かって投げ捨てた。愕然とする宰相。沼本は「もう一度しっかり読み込んでくれよ」と念を押してから部屋を出て行った。
 沼本が部屋を出ていった瞬間、宰相が振り返るとそこには既に警護の姿はなかった。彼は窓を乗り越えると、外を確認する。そして、そこにあの子猫がいないことを確認すると短く息を吐いた。
「駄目です、宰相。見当たりません」
 徹虎は溜息をつくと「私はつくづく猫に嫌われるな……」と、無理に微笑んだ。これから緊急国会が始まるというのに、まさか泣くわけには行かない。そんな彼女のことを気の毒に思ったのか、警備の男が「探してきます」と残して出て行った。その後すぐに召集が掛かった。
 本会議場へ向かう途中、徹虎は子供の頃のことを思い出していた。彼女は自分の名前が嫌いだった。虎は縁起の良い獣だからこの字を使ったと言うが、これならまだ『子』の方がマシだった。虎は獰猛だし、怖いし、人を食べるし、いいところは一つもなかった。
 だがある日、彼女はインターネットで虎が『猫科』であることを知った。思えば、虎と猫はよく似ている。大きさは五倍くらい差があるけど、走り方とかはまさにソレだ。そうか、虎も猫も一緒なのか。それは彼女にとって正しく救いだった。
 総理大臣席に座ると、本会議室の中は水を打ったように静まり返った。多くの議員は徹虎の事を血も涙もない鬼総理だと思っているし、ほとんどの国民もそう思っているだろう。そして今日、その「ほとんど」を「全て」に変えなければならないことが、心の底から悔やまれる。
 彼女は大きく息を吸ってから立ち上がる。そして台本のセリフを口にする。
「五月十四日に拘束された25名の議員を、国家反逆罪として――」
 本当にこれでいいのか?
 自分と違う意見の人間を追いだして、その先に良い国が待っているのだろうか?
 彼女の言葉がピタリと止まる。会議室の中に不穏な空気が流れ始めたとき、テラスのように作られている傍聴席から扉の開く音が聞こえた。四百名あまりの国会議員が、首を曲げて二階を確認する。そこには、一人の男が身を乗り出していた。テロか? 暗殺か? 様々な言葉が錯綜する中、徹虎だけは驚きから眼を瞬いていた。美間坂がそこにいたからだ。
 美間坂は徹虎に向かって叫んだ。
「猫は殺さないよな!?」
 徹虎はマイクを使ってすぐに返事する。
「ああ、もちろんだ!」
 そう言ってから、しまったと言うように、彼女は口に手を当てる。トラ派の議員たちは困惑し「ネコ派を立件しないということか?」と、口々に言い合っている。テレビカメラが徹虎の事をアップで写す中、彼女は長い息を吐き、穏やかに笑う。もう、自分に嘘を吐くことは止めよう。そう、心に決めたのだ。
 ――その時、全国民が、徹虎が普通に笑うことができると言う点に驚いた。
「私たちはトラ派ネコ派と勝手に別けられ、まるで戦争のようにお互いを傷つけあったが、ネコもトラも、同じ科ではないか。25名の議員は立件しない。今すぐ解放する」
 徹虎はそれだけ言うと、持っていた台本を机の上に置いたまま、大会議室を去っていった。

 その後すぐに警備から猫を保護したという報告が入った。美間坂は無事猫と再会し、低迷していた支持率も何故か急上昇した。そして徹虎は、国会へ行くときは国会の駐車場は使わず、少し歩くようにした。雑誌には運動不足解消のためと言っているが、彼女のポケットには常にカロリーの高いビスケットが入っている。

-後書き-
もう1ヶ月も前の作品です。本当はその日のうちにできていたのですが、印刷室が使えなかったり
テスト期間に入ってしまったりとタイミングを何度も逃してしまいました。
しびれを切らした管理人は、こうしてブログに挙げる事を決断。
結構長い作品なので、読んでいただけたら幸いです。

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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (奏日亜)
2012-06-11 22:51:22
とっても面白かったです!

私も同じお題で挑戦してみたのですが、上手くいかなかったです(笑)
返信する
Unknown (カラス)
2012-06-11 23:21:35
>>奏日亜氏

楽しんでいただけたようで幸いです^^
ずいぶん時間が経ってしまい(さらに紙で渡すことができなくて)、心から申し訳ないと思っています。
これから文芸部では「三題小説」が重要な練習課題になっていくかもしれませんので、その時も宜しくお願いします。

結構難しいお題でしたよ。「ネコ」「気球」までは普通なのですが、「国会議事堂」がね(笑)
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