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僕とマクベスのいちゃいちゃ日記っ

愛機――マクベスで綴る、日常系プログ。
小説、アニメ、遊戯王 他

文化祭広告用 超短編

2011年09月11日 | 小説
屋上で君を待つ幽霊
 ウォッカ・オン・ザ・ロックを片手に、アパートの屋上に上がる。周りには天を衝くほど高いビルが乱立しているので、眺めはよくない。高層ビルに縁どられた小さな空には、作り物のような月が浮かんでいる。まるで神様が垂らした疑似餌だ。
 屋上には家庭菜園の名残である植木鉢が何個か放置されており、洗濯竿は、それらと一緒に端に置かれていた。ペンキの剥げた鉄柵に、背中を預ける一人の女。彼女は今にもここから落ちてしまいそうだ。もっとも、ここから落ちたって骨を何本か折る程度。
「よう。幽霊」
 僕も彼女と同じように鉄柵にもたれかかり、ガラスの中で乱反射する氷の塊に視線を送る。氷は彼女と同じように、透き通っている。
彼女は触ろうとすると消えてしまう。ここから落ちても骨が折れない不思議な存在。儚い存在。不確かな存在。
 幽霊をおどろおどろしい物だと思っていた僕は、初めて彼女を目の当たりにしたとき、そのギャップに心惹かれ、思わず喋りかけてしまった。祟られるとか、そういう考えは全く頭に浮かばなかった。彼女はその残酷なまでの孤独を伴って、ただそこに存在し続ける。完成された一体の彫刻のように。それは僕を強く惹きつける。
 友人はその幽霊についてこう言っていた。幽霊は必ずしも恨みから出来上がるものじゃない、強い思いがその人の心を土地に縛り付けるのだと。僕は、ははぁ、そういう事があるのかと納得した。
 明くる日も明くる日も、僕は仕事を終えるとこの屋上に上り、彼女の横で酒を飲み続ける。十年、二十年と時を越え、結婚もせず、変化したのは自分の年齢と、持ってくるアルコール度数くらい。
 そしてある日、水のような日本酒を飲みながら、僕はこの屋上で息絶える。自分の亡骸の上に立った僕は、初めて彼女と視線を交わすのだ。ウォッカ・オン・ザ・ロックのように刺激的な火花を散らせて。

 なんてね。

不思議な三行広告
「記憶を売ってください。お金上げます」と言う不思議な三行広告が掲載されていたので、私はどういう心の変化あってか、その広告主の元を尋ねることになった。金に窮していたのか、はたまた、そんな奇天烈な広告に望みをかけてしまうほど、売りたい記憶があったのか、それは今となっては分からないが、私は記憶と引換に莫大な金を得た。
 記憶を失っても、喪失感だとかそういう物はなかった。記憶を持っていたことすら忘れているからだ。ただ、金を持っているという余裕だけは余るほどあり、――もっとも、余るほどあると言ったって、金は十分だから売る気はない。
 私は出来る限りの贅沢をしてやろうと思った。高い酒と高級な肉を喰らい、知る限り最高の車を集めた。いい女とも寝たし、あらゆるところに旅行へ行った。旅先では金をばら蒔くように使い、クローゼット代わりにアパートを一室借りるほど、服も買った。
 最初こそ楽しかった。皆が私を歓迎してくれた。でも、段々と、彼らは私を迎えているのではなく、私の金を目当てに群がってきているだけと言う事に気付き始めた。
 記憶を売って間もなく、私は何をするのも嫌になってしまい、ひきこもりがちになった。買った別荘の奥でほそぼそと暮らした。缶詰のカリフラワーをフォークの先に刺して、ミネラルウォーターを舐めるように飲んだ。
 どうして私は満たされないのだろう。その明確な答えは出なかったが、記憶を失って以来、私は「金を使う」ために生きていた気がする。
 別段、高級な外国車だって欲しくはなかったのだ。高い酒も、高級な肉も、金がある者は、こう生きなければいけないという使命感のもと食べてきた。この別荘だって、独り身の癖にこんな大きくする必要はなかったのだ。これじゃあ、ただ、寂しいだけじゃないか。頭の中のみならず、家の中まで空虚な空間を作ってしまうなんて、私は全くどうかしていた。
 あらゆる探偵社を使い、私がもともと住んでいたという家を探しだした。するとどうだろう。そこは、今の私が住んでいる家となんら変りない豪邸だったのだ。そして、そこは、とても寂しい空間だった。
 私は、もう一度記憶を売りに行くことにした。


喋れる猫(1)
 猫を飼っている人ならば、きっと皆経験があると思う。大切に育てられた猫は、ある日突然喋り出すのだ。私の膝の中で丸まった猫は、パソコンをまぶしそうな目で見つめると、その小さな前足を持ち上げて「ここ、レイアウトが妙だよ」。
これが猫の第一声だった。私はさして驚かず
「どこが変かな?」
「周りを黒で囲うのは縁起が悪いと思われるよ。緑のほうが目に優しいし、好印象を与えられると思う。それにフォントも少し小さくした方がいいよ」
 なるほど、彼女は私よりも人間の心が分かっている。
 以来、猫はお構いなしに様々な事を話し始めた。きっと、私が、『猫が喋る』と言う事に対して一切混乱せず、すっと受け入れたからだと思う。大切に育てた猫が喋るというのは、驚きよりも喜びが優っていた。
「君、仕事は辛い? 恋をすると良いよ。心が楽になるよ」
「そういう君は恋をするのかい?」
「動物は恋をしないよ。発情期に生殖活動をするだけだよ」
 なるほど、正論である。
 猫に言われたとおり、私は以前から少し気になっていた会社の同僚に喋りかけるよう努めた。彼女とはすぐに打ち解けることができ、今では二人で夕食を食べるくらいには仲良くなっていた。お互い告白をしたわけではないのだけど、いつの間にか付き合っていると言う事になっていた。
 確かに、恋と言うのはなかなか良いものである。
 しかし、ある日から、私はぴしゃりと彼女に会うことをやめてしまった。それに対して猫は「どうして会わないの。いい人だよ」と首を傾げる。
「彼女、猫が嫌いなんだってさ。同棲の話が出たんだけど、猫と一緒にはいられないって」
「恋は猫よりも大切なモノだよ。私は直ぐ死んでしまうけど、彼女は永く生きられるよ。それは孤独を遠ざけるよ」
「今は孤独じゃないから大丈夫さ」
 猫は今日もよくしゃべる。


喋れた猫(2)
 猫を飼っている人ならば、きっと皆経験があると思う。大切に育てられた猫は、ある日突然喋り出すのだ。
「君、私がいなくなったら寂しい?」
「寂しいね。孤独に思うだろうね」
 猫は、そうだよね、そうだよね、とつぶやいた。
 彼女は大分年を取っている。近頃は抜け毛も酷くなり、目ヤニがよく溜まるようになった。一日に一回は、その目ヤニを取ってあげないと、彼女はつらそうだった。
 だけど、そのような事は一切喋らなかった。だから、私は敏感に彼女の気持ちを察してあげなければいけなかった。
 ある日、彼女はにゃーと鳴いた。彼女が本来の鳴き声を上げるときは、他の猫に向かって威嚇する時だけだった。だから、彼女が私に向かってそう鳴いた時は、私は自分が猫になってしまったかのような錯覚を覚えた。
「猫?」
 彼女はまるで私の言葉を分かっていないように、長い尾を優雅にたなびかせる。私の右足にまとわりつき、首で袋はぎをこする。そうして気ままに遊ぶと、彼女は半分開いていた窓から飛び出した。
 彼女は自分の抜け毛が酷くなってから、私の体には触れないよう心がけているようだった。それに、体が汚れるからという理由で、外にはめったに出なかった。今日の猫は変だな、と私は思った。
 猫は帰ってきてもにゃーと鳴くだけだった。私は泥だらけで帰ってきた彼女を見て、言いようのない寂しさを覚え、彼女を抱き抱えるとシャワーで体を洗った。
「猫。どうして喋らないんだい?」
 私にはどうして猫が普通に戻ってしまったのかわからなかった。彼女はついさっきまで人間の言葉をしっかりと解していたじゃないか。だが、これこそが本来の猫の姿であり、彼女は普通の猫に戻ったに過ぎない。
 今まで、私の喋る相手と言えば猫ばっかりだったから、私はこの寂しさを誰にも伝えることが出来なかった。


喋らない猫(3)
 曇った空から、埃のような雪が落ちてくる。猫が普通の猫になって、三ヶ月が経過していた。季節はもう冬だった。会社帰り、私は街灯の下でうずくまる猫を発見した。待っていてくれたのだろうか、いや、そんなことはないだろう。私はその天使のように白くて柔らかい君を抱き抱えると、在りし日の調子で「猫、今日は一段と寒いね」とつぶやいた。
 猫は私の手からぴょんと飛び降りると「君、服が汚れるよ」と言った。猫はまるで当然のように話し始めたのだ。私が絶句していると、彼女は
「長い間喋れなくてごめんね、君。規則で喋れなかったんだ」
「規則?」
「うん。……どうだろう、少し喋らないかい?」
 猫に導かれるまま、私たちは直ぐ近くの公園に入った。私がベンチに腰を下ろすと、彼女はしばらく私の前で右往左往していたので、「膝、乗りなよ」と進めた。猫は頷くと、私の膝で丸まった。彼女はとても暖かかった。項から背中にかけて撫でてやると、しっぽが上下した。
「猫は自由な生き物の象徴だけど、その実、たくさんの規則があるんだ。亡骸を主に見せないとか、年をとったら喋らないとか、それらは全部、君のためにあるんだよ」
「私のため?」
「猫が死んでしまうと、人間はとても悲しむだろ? 恩人を悲しませるのは、猫の望むところではないからね。本当は、こうして別れを言いに来るのもご法度なんだ」
 彼女は前足を舐める。その細い目を大きく見開き、琥珀色の瞳で私を仰いだ。私の反応を伺っているようだった。私は努めて平静を装う。が、どんなに頑張っても手の震えは収まらず、仕方ないので寒いふりをした。両手で口を多い、息を吹きかける。しかし、やがて両手の震えは全身に伝播して、私は嗚咽を抑えきれなかった。
「こうなることは分かっていたんだ。でも、それでも、私は君にお別れを言いたかった。泣いてくれて申し訳ないんだけど、でも、ごめんね。すごい嬉しい」
 猫は私の膝から飛び降りると、公園の真ん中まで歩いて行った。いつの間にか、公園の周りには何匹もの猫が集まっており、彼らは別れを惜しむように鳴き声を上げていた。公園には、何十もの猫の鳴き声が反響していた。
 彼女は振り返ることもなく、私に背を向けたまま、空を見上げた。いくつもの光の球が彼女の身体から立ち上ると、それは空に吸い込まれるように登っていき、最後には、猫の姿はどこにもなくなってしまった。私は両手で顔を覆ったまま、膝に残る彼女の温もりを抱きしめていた。

 街中で猫を見つけると、私はついつい喋りかけてしまう。「よう。調子はどうだい?」
 猫はもちろん返事をしてこない。目を細めてにゃーと鳴く。仕方ないので、最近は私も「にゃー」と返事することにしている。

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