SHAンパンでもいかが?

「最終楽章 気分はAdagio」
76歳の一人暮らし。

あらっ!消えた。

2022-07-31 23:00:00 | 日記
今朝は早起きして
ミサのオルガンを
弾かせて頂きました。


  💦💦💦💦💦

な・な・なんと
更新しようと思ったら
消えている。

えっ?

ガ〜〜ン!



今夜は眠くてダウン。
又、後日です。💦

    🌺🌺🌺

今日で7月も終わり。
何と早く過ぎたこと。

いよいよ8月です。




おやすみなさいませ。


ウェストミンスタ―寺院の鐘

2022-07-30 22:06:00 | 日記
今日も暑い日でしたが、
明日の天気予報図、
阪神間は真っ赤を
通り越して紫色に
なっています。




くれぐれも熱中症に
お気をつけてお過ごし
下さいませ。


  ✨✨✨✨✨

ピアノを初めた小さな方が
すぐに弾けるのは
ウエストミンスターの
鐘の音。

このシンプルな音も
パイプオルガンで弾くと
壮大な音になります。


ルイ・ヴィエルヌ。
(1870―1937)
フランスの盲目の
オルガニスト、
作曲家、音楽教師。

フランスのオルガニストに
とって一番名誉ある
ノ―トルダム大聖堂の
オルガニストを長年務め、
即興演奏の名手でした。

演奏中に倒れて
演奏台で最後を迎えたいて
いう長年の思いを叶えたの
です。
アシスタントとして横に
付いていた
モ―リス・デュルフルに
見守られて、、、。



ヴィエルヌ作曲の
「ウエストミンスターの鐘」の一部。

インスタグラムから
お借りしました。




猫さん大集合

2022-07-29 21:43:00 | 日記
今日は午後から
ピアノの調律をお願い
しました。



  ✨✨✨✨✨✨





ショパンのワルツ集、
「小犬のワルツ」が
有名ですが、
猫さんのワルツも
あるのです。

Op.34―3「華麗なる大円舞曲」の表題がついていますが
通称「猫のワルツ」
(Cat Waltz)と
呼ばれています。

子供の頃に「小犬のワルツ」
とセットで習いましたので
「小猫のワルツ」と
思い込んでいましたが、
「猫のワルツ」が正解の
ようです。





無窮動のパッセ―ジ、
前打音をともなった
軽やかな跳躍は、
猫さんが鍵盤を走り回って
いるところから着想を
得たようで、
実に楽しいのです。

  🎶🎶🎶🎶🎶   





5匹の「猫のワルツ」を
ご用意しました。
お時間がおありでしたら
お好きな猫さんの演奏を
どうぞ。



反田恭平氏






小林愛美氏




チョ・ソン・ジン氏





ディヌ・リパッティ氏





クリスチャン・ツィメルマン氏





ルービンシュタインとアルゲリッチ

2022-07-28 22:23:00 | 日記
今日も暑い一日。

冷たく冷やしたKanonの
8種の果物ゼリーを頂きました。
阪神百貨店のお店です。
  





   🥀🥀🥀🥀🥀


「ワァ〜〜,わたし、
もうピアノやめるわ」
「おれも音楽なんか、
やめたい」と大声で叫んで
抱きあったのは
マルタ・アルゲリッチ氏と
指揮者の岩城宏之氏。

アムステルダム・コンセルトヘボウでの
あまりにも素晴らしい
ルービンシュタインの
ピアノリサイタルが
終わった直後のロビーでの
出来事だったようです。

   ✨✨✨✨✨

その日の午後、突然、
岩城氏の楽屋にあらわれた
ルービンシュタイン氏。

「練習を聴かせてもらっても
いいかい。
マルタ・アルゲリッチという
評判の女の子をみてみたいのでね。」

その日がアルゲリッチ氏
岩城氏の初顔合わせだった
ようです。

コンセルトヘボウ大ホ―ル、
自分の真下の第1列目に、
品の良い老人が
ニコニコとお行儀よく
座っているのを見た
アルゲリッチは大仰天。

思いもかけぬピアニスト、
ルービンシュタインが座っているのです。

岩城氏とのショパンの協奏曲のオケ合わせ。
アルゲリッチの演奏は
メチャクチャだったそうです。

『あがりきって、
目もくらんだのだろう。
だが、才能あふれる
美人ピアニストが、
心そこにあらずみたいに
あがって弾く
メチャクチャさも
実に魅力あるものである。
人を人とも思わない
強心臓のピアニストだという
うわさもきいていたが
全然そんなことはない。
いいとこあるじゃないかと
思った』と岩城氏。

  ✨✨✨✨✨✨


そしてその夜、
ルービンシュタインの
リサイタルの終演後に出会い
ロビーでのシ―ンとなった
ようです。


ルービンシュタインは
お二人にとっての
共通の神のような
存在だったと書いて
おられました。


岩城宏之氏の著書
「棒振りのカフェテラス」
より。
   

   ✨✨✨✨✨

20世紀のピアノの巨匠、
アルトゥール・ルービンシュタイン。

部屋で練習するのは大嫌い。
今日の演奏会で弾くのが
次の演奏会のための
最も良い練習。
お客さまの前で弾くと
真剣になるからと言っていた
天才ピアニストです。(゚∀゚)

  



若き日のマルタ・アルゲリッチとルービンシュタイン。



ショパン ピアノ協奏曲2番
2楽章









睡眠時間

2022-07-27 21:45:00 | 日記
昨夜は日付が変わって
休みましたのに
3時半に目が覚めて
しまいました。
早起きすると
片付けものは
はかどりましたが、
睡眠時間3時間は
ナポレオン並。

サッチャ―女史、
ビル・ゲイツ氏や
トランプ氏も数時間の
ようですが、
もっとも短いのが
レオナルド・ダ・ヴィンチ。
睡眠時間は90分。
4時間毎に15分休むだけ
だとか、、、。

「寝るよりラクはなかりけり」の私には想像も
つきません。(笑)

  ✨✨✨✨✨✨



不眠症だった音楽家は
沢山いますが、
ピアニストの
グレン・グ―ルドも
その一人だったようです。

バッハの
「ゴ―ルドベルク変奏曲」
演奏時間は85分。
不眠症の伯爵ヘルマン・カ―ル・フォン・カイザリンクを
眠りにお誘いするための曲
でした。

冒頭だけの演奏ですが、
インスタグラムから
拝借致しました。




今夜はゆっくり休みたいので
やさしい歌声を聴くことに
致します。


ブラ―ムスの子守唄
歌   エリ―・アメリンク
ピアノ ダルトン・ボ―ルドウィン。



中世と現代

2022-07-26 21:49:00 | 日記
中学3年生が3人とも
秋に合唱の伴奏を
することになりました。

ピアノソロだけではなく
出来る限り伴奏や
アンサンブルを経験して
欲しいと思っていますが
ひょっとして、
断崖君とお嬢さんの
一騎打ちになるかも
しれません。
2人とも頑張って。

  ✨✨✨✨✨

クラシック音楽のル―ツは
グレゴリオ聖歌だと
いえるのですが、
読み書きのできた
唯一の階級である
僧侶たちによって
書き残されていました。



グレゴリオ聖歌は
ネウマ譜と呼ばれる
4本線の楽譜に
記録されています。


  🥀🥀🥀🥀🥀


悪魔の道具と
みなされていた
楽器は用いず、
中世までは単旋律で
歌われていたのです。

  ✨✨✨✨✨

上記のネウマ譜
フランス和声と
対位法を用いて
混声四部合唱に
編曲したのが
モ―リス・デュリュフレ
(1902―1986)です。

18歳でパリ音楽院に入学し
作曲とオルガンを学びます。
1927年にパリの
ノ―トルダム大聖堂の
オルガニスト、
ルイ・ヴィエルヌの
助手となりました。

  🥀🥀🥀🥀🥀

もしお時間がありましたら
聴き比べて下さいませ。❣️

「Ubi Caritas」

こちらは単旋律の
グレゴリオ聖歌。(2‘55’’)



デュリュフレの
混声四部合唱 (1‘57’’)




パワーの秘密。

2022-07-25 21:39:00 | 日記
シャンパンを届けて 
頂きました。❣️
ありがとうございます。



エリザベス女王の
健康の秘密は
毎日、欠かさず召し上がる
シャンパンのようです。










   🥂🥂🥂🥂🥂

又、昨日は白ワインは
血糖値を下げると
教えて頂きました。
適量であれば
やはりお酒は
百薬の長なのでしょうか。

   🍾🍾🍾🍾🍾

シャンパンにまつわる音楽は
色々ありますが
先ずはデンマーク生まれの
ハンス・クリスチャン・
ロンビ(1810―1874)の
シャンパン ギャロップです。
彼は軽音楽の作曲家
として有名で、
北国のヨハン・シュトラウスと呼ばれていました。

シャンパンの
コルクを抜いた時の
はじけた音から始まる
楽しいギャロップです。

ジョルジュ・プレ―トル指揮
ウィーン・フィルの
ニューイヤ―コンサートでの
演奏。








音楽三昧

2022-07-24 22:42:00 | 日記

朝から仕事で大阪に
向かいましたが
JRは不発弾処理のために
午後から運転休止に
なってしまいました。

  ✨✨✨✨✨✨

ランチタイムは
美しく繊細な和食を
ごちそうになりました。

シャンパーニュ。





長芋素麺、順才、生雲丹、
トマト、オクラ他。


紫蘇のジュ―ス。



鱧湯引き、小千冬瓜、蓮根
茄子、酢橘



お造り2種



甘鯛と無花果抹茶揚げ、
海老、鼈甲餡、柚子



組肴

鱧木の芽焼き、鯛と柴漬けの
お寿司、合鴨蒸し煮
烏賊と三つ葉の真砂和え他



  焼皿
黒毛和牛サ―ロイン山椒焼き



    止鉢
玉蜀黍のご飯、鰻と胡瓜の
生姜和え他、





 デザート
フロマージュム―ス、
ミントゼリー
赤肉メロン、パイナップル。



そして美味しいコ―ヒ―を。



   ✨✨✨✨✨





夜は「クラシック音楽館」を
途中からですが聴きはじめ
たところです。
ウィーン・フィルの演奏会。
パルセロナの
サグラダ・ファミリアで
演奏された
ブルックナーの交響曲
第4番「ロマンチック」です。

アントン・ブルックナー
(1824―1896)

オーストリアの片田舎の
田舎教師の家庭に
11人兄弟の長男として
成長するのですが、
13歳の時に父親が亡くなり
一家離散になるのです。
しかし彼は近くの
聖フロリアン修道院の
聖歌隊に入る事を
許されました。
朝な夕なにパイプオルガン
の響きを
耳にして育った少年は
聖歌隊を巣立ったあと
教員として働きますが、
間もなく修道院の
オルガニストとして
戻ってきます。
更にオルガンの研鑽を
積んだ彼はリンツの大聖堂の
オルガニストの椅子を
手に入れました。

   ✨✨✨✨✨


オルガン演奏のかたわら
ミサのための作品を
人目につくこともなく
書き続けて
いました。
粗野な田舎ものと思われ
生きている間は宮廷や
社交界と全く縁がなく
演奏される機会がなかった
のです。
どうにか演奏されても
手ひどい批評を受けるか
全く無視されるかでした。

理由は彼の音楽は色褪せて
みえるほど単彩で地味で
しかも長大。短いもので
1時間。
長いものは1時間半以上
かかるのです。

  ✨✨✨✨✨

彼は生涯、敬虔な
カトリック信者としての
信仰を持ち続けました。
オルガンの響きを好み
オルガン演奏に明け暮れた
名手でした。
彼の交響曲はカトリック
特有の精神と
オルガン的な広大さや
重厚さというものを
兼ね備えているので
教会で演奏されるのが
相応しいようです。

「ロマンチック」の終楽章は迫力満点でした。

  ✨✨✨✨✨✨

今から後半の
ムジ―クフェライン大ホ―ルでの「第3番」第1楽章を
聴かせて頂きます。


おやすみなさい。

芦屋浜花火大会

2022-07-23 21:56:00 | 日記
あら、残念!
花火の音に途中で
気がつきました。

デパートがガラガラで
不思議でしたが、
花火大会のためだった
のですね。
しかも竹葉亭の鰻が
沢山売れ残っていて
なんと3割引き。
(@_@;)






   ✨✨✨✨✨




今夜はドビュッシーの
ピアノ曲「花火」
前奏曲集第2巻の終曲で
1913年、50歳の時に
完成しました。

7月14日の革命記念日、
パリ祭の花火が
セ―ヌ川に映る情景を
描いたようです。





冒頭は線香花火のように
かすかにはじまりますが
グリッサンドで落下したあと
細かい火花が飛び散って
暗い夜空に百花繚乱。
大輪の花を咲かせますが
一瞬で闇の中に消えていく
はかなげな様子が描写
されています。
人の歓声も聞こえてくる
ようです。

遠くにお祭りの余韻のように
フランス国歌の
「ラ・マルセイエ―ズ」が
かすかに聞こえて
曲が締めくくられます。

日本の花火とは少し趣きが
違う、ドビュッシーの
絵画のような世界が
展開されます。

ツィメルマンの演奏。







朝の楽しみ。

2022-07-22 22:15:00 | 日記


朝は紅茶を淹れての
朝食ですが、
用事を済ませて
ピアノに向かう前に
お煎茶を頂くのが
何よりの楽しみ。

一保堂の煎茶ですが
最後の一杯になり、
午後から買物に出かけようと
思っていましたら宅急便。
な・なんと玉露を
頂戴しました。✨✨✨

明日からは更にテンションが
上がりそうです。

ありがとうございます。

   🥀🥀🥀🥀🥀




今夜は1864年にミュンヘンで生まれた
リヒャルト・シュトラウス。
彼の生まれた頃、日本では
明治維新の幕が
あがろうとしていました。
彼が世を去った1949年は
日本では昭和24年。
彼の生涯を日本に当てはめて
みると明治・大正・昭和に
渡って活躍したということに
なるのです。

19世紀ロマン主義音楽と
20世紀の現代音楽との
橋渡しをし、音楽史上に
残した足跡は大変に
大きいのです。


  🥀🥀🥀🥀🥀🥀


又、彼はマ―ラ―と同じく
指揮者としても活躍し、
32歳でミュンヘン宮廷歌劇場の第一指揮者に就任。
お弟子さんには
カ―ル・べ―ムや
ジョ―ジ・セルなどがいて
何だかとても親しみを
覚えます。


作曲ではオペラ「薔薇の騎士」「サロメ」などが
ありますが、何より
近代最大の交響詩の作曲家として広く親しまれています。

22歳から32歳までの間に
8曲の交響詩を書き
彼の名を不動にした
「ドン・ファン」は24歳で
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
31歳。
「ツァラトゥストラはかく
語りき」は32歳。
「ドン・キホ―テ」は33歳で
いずれも大きな反響を
呼びました。

   🎶🎶🎶🎶🎶

「出る杭は打たれる」
というのが世間の相場で、
彼が頭角をあらわせば
あらわすほど敵も増えて
いきます。

交響詩「英雄の生涯」は
周囲の雑音に頭にきた
シュトラウスが腹いせに
書いたものであるのは
明らかで、
彼は自分を英雄に仕立て
その「英雄」が「敵」と
対立し、打ち破り、
美しい女性の愛情を得て
輝かしい生涯を
送ったのちに
静かに引退するとの
筋書きをシンフォ二ックに
描きました。


① 英雄
②  英雄の敵
③  英雄の伴侶
④  戦場における英雄
⑤  英雄の平和の業績
⑥  英雄の引退


2番目の英雄の敵の一つは
批評家のことです。

3番目の英雄の伴侶は
彼のオペラ「グントラム」の
主役をうたった歌手の
パウリ―ネ・デ・ア―ナで
しあわせな結婚生活を
送りますが、
賢夫人のお尻に
敷かれっぱなしだった
ようです。(*^^*)


こちらは一番最後を
少しだけ。




ベルリン・フィル
小澤征爾氏。3分弱です。



4回目の副反応

2022-07-21 22:40:00 | 日記
今日は前々回の失敗を
繰り返さないように
静かに引き籠もって
過ごしました。(笑)

倦怠感と腕の腫れが少し
ありますが大丈夫。

   💫💫💫💫💫

今夜は再びホルストの惑星。
第6曲の天王星です。
副題は魔術の神。
(Uranus. the Magician)

なんとなくデュカスの交響詩
「魔法使いの弟子」を
思い起こさせる曲ですが
ホルストの巧妙な
オーケストレーションが
最高に発揮されたようです。
  


冒頭の4つの音は
Gustav Holstの名前から
とられ、この4音は
何度もあらわれます。

G. Es. A. H
ソ ミ♭ ラ シ 




第6曲 天王星





インスタグラムから
拝借致しました。




ホルストの一番のお気入りは
第5曲の土星―老年の神
(Saturn. the bringer of
old age)
だったようです。
人生の秋を描いていて
コントラバスの第1主題から
始まり、金管による第2主題て大きな盛り上がりを
みせたあと、オルガンの
壮麗な響きが加わり、
最後は鐘の音とともに
静かに消えていきます。


第5曲 土星。



4回目ワクチン終了。

2022-07-20 22:04:00 | 日記
ワクチン接種、4回目を
終えました。

2回目の帯状疱疹の事を
伝えると「疲れていません
でしたか?」と。
確かに。💦💦
張り切って珍しく
働きました。

  🥀🥀🥀🥀🥀

今、断崖君から
「オ―ディション、
合格しました」と連絡が
ありました。

断崖君=本番前日まで
片手だけしか出来ていない。😱
ある時は本番直前に
車のドアで手を挟んだりと
毎回ハラハラ・ドキドキの
連続なのです。
そこで密かに断崖君と
名付けているのです。(笑)

   🥀🥀🥀🥀🥀

今夜は手抜き。
なだ万のお弁当と
サ―モンのカルパッチョ。


  

  🥀🥀🥀🥀


パリ、ヴァンドーム広場の
ショパンの最後の家。




『死の床のショパンが
友人たちに言った。
「みんなで何か演奏して
くれないか。
君たちはその間、私のことを
考え、私は君たちの演奏を
きくことにしよう」と。
チェリストのオーギュスト・フランショームが
「じゃ、君のソナタを弾こう」というと
ショパンが「そりゃ、いけない。ほんとうの音楽を弾いて
くれたまえ。
モーツァルトの音楽を。」と。』(吉田秀和訳)



シスターにすがって泣いて
いるのはJ・サンドの娘の
ソランジュだと言われて
いるようですが、、、。
彼女がショパンにすり寄る
ような態度を取るので、
サンドとの関係がギクシャク
していったと言われて
いるのです。

J・サンドは結局、葬儀にも姿を見せませんでした。

葬儀はマドレ―ヌ寺院で
行われ、ミサでは
モ―ツァルトのレクィエム
が演奏されました。



モ―ツアルト絶筆
「レクィエム」ラクリモサ。


  
パイプオルガンでの
演奏だったそうですが
ショパンのプレリュード2曲も演奏されました。

プレリュードNo.4





プレリュード No6







頑張りました!

2022-07-19 22:14:00 | 日記
雨の朝。

少し早めに
朝食を済ませ、
お茶を飲んでいると、
登校前に断崖君が
ピアノを弾きにやって
きました。

なんとか弾きこなしたいと
昨夜から頑張っています。
登校時間ギリギリまで
弾いていました。





  🎵🎵🎵🎵🎵🎵


話は変わって

『あんな大天才が死んだなんて本当に残念だ。
しかし、こっちは大助かりだ。
あんな男に長生きされた日
には、われわれの作曲に
びた一文払うものはなくなってしまうだろう』
    (吉田秀和訳)

、、、と言ったのは
アントニオ・サリエリです。

サリエリ
(1750ー1825)

モーツァルトと同時代に
ウィーンで有名であった
イタリア出身の作曲家です。

モーツァルトの早逝は
サリエリが嫉妬して
毒殺したからだ、という
噂が広がりましたが、
現代の学問はそれを
否定しています。

 

   🍀🍀🍀


サリエリは1774年以来
ウィーンの宮廷作曲家
並びに歌劇場の
学長をつとめました。

・べートーヴェン
・シューベルト
・リスト
・ツェルニー
・フンメル
・マイアベーア
・ジュスマイヤー
 (モーツァルトの弟子
  未完のレクィエムを
  仕上げた
・クサヴァ・モーツァルト
  (モーツァルトの息子)

などを育て上げた
教育家でもあったのです。



プーシキンが「モーツァルトとサリエリ」という
劇作品を書いたり、
映画「アマデウス」の中では
モ―ツァルトのライバルと
して登場し、
スキャンダラスな面が
取り上げられましたが、
錚々たるお弟子さんの
顔ぶれをみていると
名教師であったことは
間違いないようです。


  🥀🥀🥀🥀🥀

映画「アマデウス」より。



海の日

2022-07-18 23:00:00 | 日記
今日は海の日。
昨年はオリンピックで
祝日が移動して
慌てたことなどを
思い出しました。

   🌳🌳🌳🌳🌳

息子達はキャンプです。

メニュ―は焼きとりと
焼きそば。
ライン電話がかかってきて
少し電波の状況は
悪いですが、
楽しい雰囲気
をおすそ分けして
もらいました。❣️




   ✨✨✨✨✨

我が家のレッスン室は
断崖君が練習しています。
納得がいくようにしたい
そう!




   🥀🥀🥀🥀🥀

1769年、
レオポルド・モーツァルトと
14歳のヴォルフガングは
イタリアに入ります。






ロ―マの聖ペトロ大聖堂。
父子はロ―マに着くと
早速、カトリックの総本山を
訪れました。
ミサで歌われるアレグリ作曲の「ミゼレーレ」を
聴くためです。

これはシスティーナ礼拝堂
だけで歌われ、
100年以上も持ち出しも
写譜も禁じられた
門外不出の秘曲で、
4声と5声の2つの合唱団に
よって歌われ、
最後は9声の合唱で
終わるのですが、
モ―ツァルトは、 
一度聴いただけで
全部覚えて、
宿に帰って書き取って
しまったのです。

大変に尊いとされていた曲で
破門されたくなかったら
パ―ト譜ですら持ち出し禁止。

ところが禁をおかしたにも
かかわらず
ローマ法王から芸術家に
対する最高勲章を賜るのです。
音楽でこれを受けたのは
オルランド・ディ・ラッソ
(1532ー1594)最初で
14歳のモーツァルトが
2人目でした。
そして法王庁への出入りが
自由で、どんな裁判からも
免除されるという特典が
ついていたのです。



    🍀🍀🍀


アレグリの「ミゼレーレ」


  




手応え充分。

2022-07-17 23:08:00 | 日記


朝10時から夜8時まで
コンクール直前の方、
オ―ディションの生徒で
一日がレッスンで
過ぎましたが
気迫に満ちた時間でした。


オ―ディションのお嬢さんは
ほぼ完璧に弾いています。

譜面を貰って1週間の
断崖君。夜には塾があり
昨日は試合があった中で
良くがんばりましたので
明日の朝には仕上げが
出来そうです。

  🥀🥀🥀🥀🥀

秋田からメロンが沢山
届きました。❣️

イタリアのスパークリング、
GODIVAのゼリーや
サブレなどを
頂きましたので
皆さまと楽しませて
頂きます。❣️❣️








   🍀🍀🍀🍀🍀

今日はリストとショパンを
引っ張り出しました。
彼らは同じ頃、
パリのサロンの寵児でした。
正確の異なる二人ですが
2台のピアノなどを一緒に
演奏していたようです。

ショパンがワルシャワにいた
1829年から1832年に
「練習曲集」Op10 の12曲を
完成させましたが、
どんな曲でも初見で弾ける
リストですが、
どうしても弾く事が出来ず、
暫く引き籠もって
練習を重ねた演奏に
感動したショパンは
このエチュ―ドをリストに
献呈しています。


又、「練習曲集」Op25は
リストの愛人である
マリー・ダグ―伯爵夫人に
献呈されました。

どちらも難曲揃いで
演奏するのは大変ですが
ショパンのパワーの源は
ひょっとすると
ホット・チョコレ―ト
だったかもしれません。(笑)

当時、チョコレートは
貴重品だったので
ショパンの愛用のカップは
一口サイズのものですが、
ポリフェノール効果で
「革命」「木枯らし」
「大洋」などの力強い作品が
生まれたのかも知れないと
勝手に想像を巡らせて
います。(*^^*)


ノアンのサンドの家には
当時のカップなどが
残されているようですが
これは今の時代の写真です。
スミレの砂糖漬けを添えて
楽しんでいたようです。