昨年の3.11震災時、やはり東海原発でもあわやという状況だった。
今年4月、東海第二原発を見学した時、事故の詳細について説明を受けた。
3月11日に原子炉が自動停止した。
常用の外部電源も停止したことから、非常用ディーゼル発電機3台を起動して、運転に必要な電源を確保したが、津波によってディーゼル発電機用海水ポンプが故障したため、残るディーゼル発電機2台で原子炉冷却に必要な電源を確保した。
その後、外部予備電源が回復し、3月15日0時40分に原子炉水温度が100℃未満の温冷停止状態となったことを確認。
その間は注水と、水蒸気を逃すための弁操作の綱渡り的な繰り返しで、冷温停止までにかかった時間も通常の2倍以上かかった。
しかし高さ6.1m(想定津波5.7m)の防波壁に到達した津波の高さは5.4mで、工事中のため防波壁には穴が開いていた。
その穴から入った海水によって全3台の海水ポンプが水没(内2台は水深が浅かったため稼働)。
非常用ディーゼル発電機1台も停止した。
あと少し波が高かったら、すべての電源が壊滅し、福島第一原発と同じ状態になっていたという。
日本原電は「冷却機能がすべて失われた福島第一原発の事態になった可能性は否定できない」と言っている。
これにはも一つ、綱渡りの事実が隠れていた。
別の壁面も工事用の穴が開いてあったが、地震の2日前にふさいでいたという。
この工事が遅れていたら、と考えるとぞっとする。
しかし2系統の電源のうち1系統を失ったため、冷温停止まで4日間もかかった。
その間高まる圧力の調整のため蒸気野逃し安全弁の間欠操作が始まり、逃し弁を開いて、原子炉で発生する蒸気をサブプレッションプールに送り、圧力を下げる操作をした。
原子炉が安定するまでに170回もの間欠操作が3月11日に集中して行われた。
この弁が壊れていたらどうなったか。
実際に点検で18台の弁のうち一台は内部部品に損傷があったことが分かっている。

海側から

火事も多いという事で、「火の用心」の旗が構内にあった。

えー!「ダストサンプラーに穴が開いていたって」

というわけで、成田で学習会があります。
「東海第二原発」大事故に備えて
11月11日(日) 14時~16時30分
成田国際文化会館小ホールにて
主催:東海第二原発を考える市民学習会
説明をしていただいた東海村村議 相沢一正さん
東海第二原発差し止め訴訟団世話人 大石光伸さん(常総生協副理事長)
今年4月、東海第二原発を見学した時、事故の詳細について説明を受けた。
3月11日に原子炉が自動停止した。
常用の外部電源も停止したことから、非常用ディーゼル発電機3台を起動して、運転に必要な電源を確保したが、津波によってディーゼル発電機用海水ポンプが故障したため、残るディーゼル発電機2台で原子炉冷却に必要な電源を確保した。
その後、外部予備電源が回復し、3月15日0時40分に原子炉水温度が100℃未満の温冷停止状態となったことを確認。
その間は注水と、水蒸気を逃すための弁操作の綱渡り的な繰り返しで、冷温停止までにかかった時間も通常の2倍以上かかった。
しかし高さ6.1m(想定津波5.7m)の防波壁に到達した津波の高さは5.4mで、工事中のため防波壁には穴が開いていた。
その穴から入った海水によって全3台の海水ポンプが水没(内2台は水深が浅かったため稼働)。
非常用ディーゼル発電機1台も停止した。
あと少し波が高かったら、すべての電源が壊滅し、福島第一原発と同じ状態になっていたという。
日本原電は「冷却機能がすべて失われた福島第一原発の事態になった可能性は否定できない」と言っている。
これにはも一つ、綱渡りの事実が隠れていた。
別の壁面も工事用の穴が開いてあったが、地震の2日前にふさいでいたという。
この工事が遅れていたら、と考えるとぞっとする。
しかし2系統の電源のうち1系統を失ったため、冷温停止まで4日間もかかった。
その間高まる圧力の調整のため蒸気野逃し安全弁の間欠操作が始まり、逃し弁を開いて、原子炉で発生する蒸気をサブプレッションプールに送り、圧力を下げる操作をした。
原子炉が安定するまでに170回もの間欠操作が3月11日に集中して行われた。
この弁が壊れていたらどうなったか。
実際に点検で18台の弁のうち一台は内部部品に損傷があったことが分かっている。

海側から

火事も多いという事で、「火の用心」の旗が構内にあった。

えー!「ダストサンプラーに穴が開いていたって」

というわけで、成田で学習会があります。
「東海第二原発」大事故に備えて
11月11日(日) 14時~16時30分
成田国際文化会館小ホールにて
主催:東海第二原発を考える市民学習会
説明をしていただいた東海村村議 相沢一正さん
東海第二原発差し止め訴訟団世話人 大石光伸さん(常総生協副理事長)
