今でもはっきり覚えていることがある。
もう10年も前になるのだろうか。
まだ日本に住んでいた頃のこと。
友人から暑中見舞いがきた。
私はそれを読んで、頭をハンマーで殴られたようにショックを受けたのだった。
そこには、
「毎日毎日暑いのに、うるさく鳴くセミの声を聞くと、うんざりしてしまいます。」
と書かれていたのだった。
ショックだったのは、ほぼ同時に私は彼女への暑中見舞いに、
「セミが一生懸命鳴いているのを聞いていると、はかない命の大切さを思い知らされます」
と書いていたからだった。
おんなじモノを見ても、こんなに受け取り方が違うのか…
なんかエラそーに聞こえるかもしれないが、本当の話。
もうずいぶん前から土地もほとんどがほじくり帰されて、セミもあまり鳴かなくなってきているが、その夏はとても暑く、セミもよく鳴いていた。
だからたまたまお互いセミのことを書いたのだろうが…。
でも、感じることは、人それぞれ。
彼女も正しい、私も正しい。
誰も間違ってはいないのだ。
先日、夕食の席で、こどもがうっかり口をすべらせた。
「わたし、日本のおばあちゃん大好き。マーマー(広東語のお祖母ちゃん。父親の母、の意味)はあまり好きじゃない。だって、私は痩せ過ぎだって言うんだもん。牛乳飲めって言うんだもん」
こどもは、最近は私の影響か、牛乳も飲まなくなっている。
(アイスクリームは大好きだけど)
先日、私も一緒にいたが大好きなマーマーからこれを言われて、こどもなりに相当ショックだったらしい。
私はそれは香港人の普通の感覚(子供は丸々太っているのが健康的!)だと思っていたから、何も思わずその場では逆にこどもをたしなめたのだが。
このこどもの一言で、普段温厚な夫が、珍しく声を荒げた。
こどもは大泣きで何度も「ごめんなさい。ごめんなさい。マーマー好きです。嫌いなんかじゃない」と謝った。
なにかいつもの夫と違うぞ、と詳しく聞いてみたら、なんと彼は数日前に「菜食であること、菜食でこどもを育てること」で義母と意見が食い違い、相当つらい思いをしたらしい。
夫にとって、義母はかけがえのない存在だ。
新婚当時、夫に「母は自分にとって一番大切な人だ」と言わしめた義母。
私は心の中で、
「新婚時代にそんな事言うか?このマザコン男!」
と思ったが、その後彼の子供時代の話を聞いたり、実際義母と接しているうちに、本当に女神様のような心の広い彼女に、「それは当たり前だ」と思うようになった。
今や私も義母のことを実の母親のように尊敬し、大切に思っている。
そんな彼女が言うことだから、夫も相当つらかったに違いない。
そしてこどもの「マーマー嫌い」の一言が、夫の琴線に触れてしまったのだ。
彼女もいつも私達に合わせて、義父母宅での食事の時はいつも菜食のメニューを出してくれるし、心底理解はしてくれていたと思っていたのだが。
でもあからさまに肉を拒否するこどもをいつも見ていて、心の中では寂しいと思っていたに違いない。それで一番心を許せる息子と話をしている時に、彼女も気持ちが爆発してしまったのかもしれない。
なんたって香港は子供のおやつメニューにソーセージだの鶏腿の照り焼きなんぞが当たり前のところだから。
義母は彼女なりに孫の健康を思って、肉食や牛乳を飲むことが健康にいいと心から思って言ってくれていることだというのは痛いほどわかる。
でも、私達はそれにはどうしても従えないのだ。すでにこどもでさえ。
私達夫婦も、菜食をすることがいいことだと心から信じているから。じぶんの信念を曲げることはできない。
また、彼らの信念も、曲げることはできないし、するべきではないと思う。
私の実母のように、影響されてかそうでないかは解らないが、自然に肉や海老が食べられなくなってきてくれればそれは嬉しいけど…。
自分の子供(孫)のことを思う気持ちは同じ。
でもその方向が違う。
どちらかが変わらない限り、どうやっても交わることはできないのだ。