八戸で生まれ育って18年、
しかし、
すでに仙台の暮らしのほうがはるかに長くなりました。
自分は八戸の番町で生まれ、すぐに湊町赤坂に引越し、したらしい…
さらに小4の頃、たしか十勝沖地震の時に同じ赤坂に引越し。
そこを訪ねるのが今回の一人旅のもう一つの目的。
番町の家はもう今は存在しない。
そこにいた記憶すら全くない。
小4まで過ごした家を訪ねてみた。
この道の先に、家があるはずだった…
しかし、今はそこには見覚えがない家が。
もう40年も前の話、仕方ないか…
そこから歩いて5分の新しい家へ。
実はそこは三陸はるか沖地震の影響ですでに取り壊した。
跡地に行ってみた。
この坂を登るとそこに家があった。
今は空き地に…
何もない、と思いきや、そこで発見した名残。
看板だけが虚しく横たわっていた。
あまりにも悲しい…
その後、家は小中野に引越し。
実質そこには住んだことはないので、
自分にとって、今や、
実家は、ない…
赤坂の毎日、通った道。
昔は馬車が通っていた。
中学生の時、毎日渡った橋。
雨の日も風の日も、この橋を越え、通った中学校。
さらに懐かしいエリアへ。
そこは陸奥湊駅前。
イサバのカッチャが迎えてくれた!
市場に入ると懐かしい言葉が飛び交う。
いつでも瞬時に八戸弁に戻れる(笑)
市場は時が止まったよう。
看板に何気なくおかれた”せんべい”が最高!
市場を出て、あることを思いついた!
友達を訪ねてみよう。
この道路際に小学校の同級生が二人いる。
恐る恐る行ってみると、いた!!!!!
たぶん30~40年ぶりの再会!
ふたりとも一瞬、”えっ~!?”て顔だったけどすぐに話に花が咲く。
今回の旅での一番の収穫。
今度、あいつらと飲みにまた帰ってこよう!
家はなくなってしまったけど、
思い出は消えていない、たくさん残っていた!
八戸、最高!
故郷、最高!
しかし、
すでに仙台の暮らしのほうがはるかに長くなりました。
自分は八戸の番町で生まれ、すぐに湊町赤坂に引越し、したらしい…
さらに小4の頃、たしか十勝沖地震の時に同じ赤坂に引越し。
そこを訪ねるのが今回の一人旅のもう一つの目的。
番町の家はもう今は存在しない。
そこにいた記憶すら全くない。
小4まで過ごした家を訪ねてみた。
この道の先に、家があるはずだった…
しかし、今はそこには見覚えがない家が。
もう40年も前の話、仕方ないか…
そこから歩いて5分の新しい家へ。
実はそこは三陸はるか沖地震の影響ですでに取り壊した。
跡地に行ってみた。
この坂を登るとそこに家があった。
今は空き地に…
何もない、と思いきや、そこで発見した名残。
看板だけが虚しく横たわっていた。
あまりにも悲しい…
その後、家は小中野に引越し。
実質そこには住んだことはないので、
自分にとって、今や、
実家は、ない…
赤坂の毎日、通った道。
昔は馬車が通っていた。
中学生の時、毎日渡った橋。
雨の日も風の日も、この橋を越え、通った中学校。
さらに懐かしいエリアへ。
そこは陸奥湊駅前。
イサバのカッチャが迎えてくれた!
市場に入ると懐かしい言葉が飛び交う。
いつでも瞬時に八戸弁に戻れる(笑)
市場は時が止まったよう。
看板に何気なくおかれた”せんべい”が最高!
市場を出て、あることを思いついた!
友達を訪ねてみよう。
この道路際に小学校の同級生が二人いる。
恐る恐る行ってみると、いた!!!!!
たぶん30~40年ぶりの再会!
ふたりとも一瞬、”えっ~!?”て顔だったけどすぐに話に花が咲く。
今回の旅での一番の収穫。
今度、あいつらと飲みにまた帰ってこよう!
家はなくなってしまったけど、
思い出は消えていない、たくさん残っていた!
八戸、最高!
故郷、最高!