何度も同じイメージの世界を行ったり来たりしています。ちっとも新しい世界に行けてなくて、ものすごくマンネリです。
そんなことだから、冬用タイヤも換えてなくて、夏日になる時だってあるのに、黄砂だって飛ぶのに、ずっと家に閉じこもり、何もできてないんだ。
ただ、電話したり、書類の手続きしたり、片づけしたり、苦手なことをするだけなのに、やってないことがいっぱいあるぞ。
だから、お休みの日だって、穏やかにのんびり目覚めるということがなくて、何やらいろいろ気になることがあってモヤモヤしている。でも、もう一人の人格がそれらをもみ消そうとしているらしく、不安はあるが何をするべきなのか、それが見えてこない。明日は日曜だけど、できれば、近所のクルマ屋さんに電話してみよう。もうどんどんタイヤがすり減っているイメージがあります。
まあ、6年も使った冬用タイヤだから、たぶん役に立たないかもしれないけれど。
世の中は、春の終わりらしく、いろいろな花たちが爆発している。本当なら、藤の花を見たいけれど、どこに行くというあてはないから、見たいという気持ちのままモタモタしていくことでしょう。
このモタモタが私らしい。
上野駅って、広いコンコースというのか、大きな天井の高い改札前の空間がありました。今となっては、こんな拾い空間のある駅って、京都駅とか、他にどこかあるだろうかなあ。
天井から降りてきた壁面に、猪熊弦一郎さんの「自由」1951という作品が描かれていたそうです。残念ながら、ちゃんと見たことないですね。
そして、上野駅といえば、1979年の年末、彼女を見送った特急・はつかりだった。ボクたちは、上野駅まで一緒に移動し、そこで別れて、自分は大阪へ、彼女は岩手へそれぞれ別れていきました。
別れ際に、握手をしました。どういう意味があったんだろうね。そんなことしたかったんだよな。
たしか、そのあとトイレに行きました。それで気持ちを切り替えて、東京駅まで出て、新幹線で帰ろうか、なんて思ってたんだろう。
たぶん、母に何と言い訳するか、こんな年末まで何をしてたか、バイトを頑張ったよとか、他の人たちと毎日寒い思いをして、痛いような寒さの中でガラス磨きとかしたよなんて話してあげたんだろう。
彼女のことは話さなかったと思う。まだ秘密だったんだな。そういう時もあるよな。