http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54323
世界一の教育国・オランダが実践する「まったく新しい小学校担任制」
これなら「担任ハズレ」が生まれない
倉田 直子オランダ在住ライター
プロフィール
小学校でまず驚いたこと
「娘さんが転入するクラスは、月曜日と火曜日がA先生、水曜日から金曜日がB先生の受け持ちになります。どちらも素晴らしい先生なので、きっとすぐ慣れますよ」
筆者の娘が移民のためのオランダ語補習校から一般の小学校に転入するとき、校長先生は娘のクラスに複数の担任の教師がいるのだと教えてくれた。オランダはワークシェアリング(またはジョブシェアリングやワーキングシェア)という、仕事を雇用者同士で分け合うことで各々の労働時間を短くするシステムを積極的に推進してきた国。そのシステムは学校の先生たちの仕事にまで浸透してきているのだ。
当時の筆者は「これが噂に聞くワークシェアリングか」というくらいに受け止めていたが、娘の転入から数週間後に、あることに気が付いた。B先生が担当するはずの週の後半の水曜日でも、前半担当のA先生が学校に来ていたのだ。しかし奇妙なことに、娘のクラスではなく別のクラスの生徒たちとあいさつを交わしている。
疑問に感じた筆者が娘にそのことをつぶやくと、彼女は意外な言葉を口にした。
「A先生は、水曜日から金曜日も学校に来てるよ。でもその日は、うちのクラスじゃなくて隣の2組を教えているんだよ」
この言葉に筆者は、頭を殴られたほどの衝撃を受けた。
月曜日から金曜日まで同じクラスを受け持つこともできるのに、あえて複数のクラスを受け持つ。つまり、あえて生徒たちに複数の教師をあてがっているということだ。
そしてその複数担任制の恩恵を、筆者自身も後に受けることになる。
そんな奥深い、オランダの「小学校教師」という職業について詳しく見ていきたい。
ユニセフで「世界一の教育」と公表されたオランダに住むライターの倉田直子さん。なにをもって「世界一」といえるのか? という短期集中連載記事の第一回は、オランダの教育費無償の事実と仕組みを、第二回の記事では飛び級と留年が当たり前で「落ちこぼれ」のないシステムをお伝えした。今回は日本でよく問題になる「担任制」について、驚きの違いをお伝えする。
日本で起こった「ひとり担任」の悲劇
日本の小学校は、「副担任がつく」場合はあるにせよ、基本は「ひとり担任制」。「当たり」であれば子どもは楽しく学ぶことができるが、「外れ」で相性が合わないと切ないことになる。そして、副担任がいるとしても、成績表は担任教師ひとりでつけるため、その担任教師と相性が合わずに嫌われた場合、悲しいことも起こりうる。
筆者が耳にした、実際に日本で都内にある公立小学校であった話を紹介したい。
ある男の子は有名進学中学に合格する頭脳の持ち主。偏差値65ある中学入試の算数のテストで満点だったこともある。学校の算数テストもほぼ100点ばかりで、算数は4年生までずっと一番良かった。
しかし5年生のときに新しく赴任した教師と折合いが悪くなり、成績が全体的に下がった。算数ひとつとっても成績表では「理解力」「計算力」など複数に分かれて評価される。その数項目が「まあまあできる」となっていた。テストで毎回100点なのになぜか? 驚いた親が問い合わせたところ、担任教師から返されたのは「授業態度なども関係しますから」というあいまいな答えだった。ちなみに別のクラスメイトに話を聞いても、その男の子の授業態度は4年生のときから変わっていない。
ほぼテストが100点なのに「論理的に考えている」が「よくできる」とならないのは不思議に思って当然だ。Photo by iStock
1学期で成績が全体的に下降し、2学期には生活態度までも下がった。それまでもすべてが「良い」ではなかったにせよ、「良い」と「だいたいよい」だったものが、すべてにおいて「だいたいよい」と「もう少し」になっていたのだ。生活態度は前と変わっていなかったのに、である。テストもできず、授業を妨害するなどして成績が下がるのなら理解もできるが、理解しがたいことだった。
そこで改めて「生活態度が悪いのなら具体的にどう悪いのかを教えてほしい」と問い合わせたところ、その教師は男の子がやったと思われる「悪さ」を羅列したリストまで作ってきた。しかし書かれていた具体例のほとんどは、男の子は担任教師から注意されたことがないし、事実無根のものも含まれていた。身に覚えのある事柄についても、「被害者」の子にとっては取るに足らない日常の出来事だったのだ。
しかも担任教師は、男の子のクラブ活動記録も確認せず、成績表に男の子が入ったことのないクラブ活動の名前を書いていた。
この教師はこの生徒以外にも二人の男の子もターゲットにしていて、些細なことでも彼らに怒鳴り、その男の子たちもさらに反発する悪循環になった。怒鳴り声が怖くて、そのクラスの別の子が不登校になってしまったほどだ。しかもこの教師は、保護者たちの猛反発にもかかわらず6年生も担任継続となったのだという。
ちなみに、成績を下げられた子とターゲットになった子のひとりは公立中学受験を諦めた。小学校の内申点は、多くの中学受験に関係する。いわば、担任教師が一人の場合、そしてその人に嫌われてしまって「事実とはずれた成績」をつけられた場合は、目も当てられない。「当たり」「外れ」だけでは済まされなくなる。先生に気に入られなくなっては困ると、意見があったとしても言えなくなる親は少なくない。
逆に言えば、担任教師にとっても一人ですべてを見なければならない責任がかかるということでもある。経済協力開発機構(OECD)が2017年に発表したデータによると、日本の公立の小学校から高校までの教員の労働時間は加盟国中で最も長いレベルだったという。
2015年の日本の公立学校教員の法定労働時間は、年間1891時間で、これは加盟国の平均より200時間以上も多い。しかも中学校教員で見ると4番目に長いのだ。担任教師ひとりにそれだけの負担のすべてがかかるというのは、健全ではないのではないだろうか。
オランダの教師の約4割はパートタイム勤務
オランダの場合も、決して「複数担任制」の採用が規則という訳ではない。前述のようにワークシェアリングが推進されはじめた1980年代からパートタイムの教師が導入されたことが直接のきっかけだった。
自分の都合の良い曜日に働けるという柔軟性のある勤務形態のため、現在ではパートタイムも含めて13万人の小学校(初等教育)教師が存在するという。
けれど教育関係シンクタンク「Stamos」の2016年データによると、フルタイムの教師は58%にとどまり、残りの42%はパートタイム教師なのだという。
政府の予測では2020年までに4000人の教師が不足すると考えられているので、年齢制限などの条件を満たせば学生は教員養成のための奨学金も得られる。
「週5日フルで働けない教師が多いので複数担任になる」という側面があるが、かつての筆者の娘のクラスの教師のように「週5日出勤するが2つのクラスを担任する」という例もある。そして改めて娘の学校の担任表を調べると、8学年全16クラスのうち、「1クラス1担任」だったのは4クラスだけだった。
ちなみに、教育文化科学省の調査によると、オランダの初等教育の1クラス平均人数は23.3人だという。一方の日本は、OECDのデータによると2015年は小学校1クラス当たりの平均人数は27.3人となっている。単純計算でも、日本の小学校教師はオランダより生徒4人分の負担がより多くのしかかっているということになる。
複数担任制のいいことあれこれ
勤務日などに関して教師にもメリットのある複数担任制であるが、肝心の生徒や保護者のほうにはどんな影響があるのだろう。ここで、筆者が実際に見聞きした複数担任制のメリットを書いていきたい。
まず筆者自身の体験としては、最初に編入した初等教育4年生(7歳頃の子供が在籍する)のA先生、B先生との面談にインパクトを覚えた。通常オランダの小学校では学年のはじめ、前期末、学年末の3回保護者との面談を行う。途中編入だったこともあり4年生の面談は学年末の1回のみであったが、A先生とB先生の両名が同時に立ち会う面談は、両先生が共同でつけてくれた成績表をもとに行われた。
筆者としては初の成績表・面談ということで緊張したが、外国人である娘の評価がひとりの教師の意見のみでなされなかったということに強く安どした。(ただし面談日が勤務日にあたらない場合、面談に立ち会うのは片方の担任教師のみということもある)
学年初めの保護者会の様子。前に立つ教師以外に、もう一人の担任も右に控えている。写真/倉田直子
そしてこれは後に知ったことなのだが、当人である娘はこの4年生の時のA先生が少し苦手だったのだという。保護者である筆者から見ると両名とも親身な素晴らしい先生だったが、これもやはり相性なのかもしれない。けれどA先生は週の前半のみの担任であったので、娘は学校が嫌いにならずに済んだ。
クラスメイトのオランダ人保護者に複数担任制に関する意見を聞いてみると、「いいと思う。実は私は、5年生の時の担任のC先生の指導力に少し疑問を持っていた。けれど他の日にベテランのD先生が担任でいたからバランスが取れていたと思う」と述べた。(ちなみにこの保護者は、前回の記事で登場した飛び級した生徒の母親である)
そして指導力とは関係ないが、この5年生のC先生は学年の途中から産休に入った。そんな時も元からいるD先生は変わらず担任のままなので、生徒たちにとって「がらっと環境が変わる」「先生との関係を一から築きなおす」という負担は最小限で済んだ。
オランダで担任教師とのトラブルが起こったら
前述のようにオランダにも「1クラス1担任」は存在するが、そういったクラスで何らかのトラブルが起こったとしても、生徒や保護者のセーフティーネットは存在する。オランダ政府がすべての小学校に対して「苦情委員会」(Klachtencommissie)の内部設置や苦情を受け付けるシステムの設置を義務付けているので、生徒や保護者はそこに陳情することができる。
そして4週間以内に何らかの対応をすることも義務づけられている。残念ながらオランダにも問題のある教師は存在するが、こういったシステムで子供を守ることができるのだ。
ここで、オランダのとある小学校で起こった事件をご紹介したい。状況は、先ほどの日本の小学校で起こったことと酷似している。初等教育5年生(8歳程度の子供が在籍する学年)の男子生徒が、その学年の受け持ちになった女性の担任教師に目をつけられるようになったのだ。
男子生徒が、授業中に与えられたプリントの解き方が分からず質問するも、教師は真面目に取り合わないという。彼は無力感を覚えながら授業をやり過ごす羽目に何度も陥った。男子生徒の訴えを聞き両親が教師に面談を申し込むも、何度も約束を反故にされた。そして前期の成績表にもネガティブなコメントばかり書いてきたことで、ついに両親は校長先生に相談をしたのだという。
校長から担任教師への聞き取りの際も、男子生徒の素行の悪さをでっちあげ、なかなか両親の思うようには進まなかったという。けれどその学年の後期は、男子生徒は同じ学年の別のクラスに移動できることになった。
そして両親の訴えは地元の教育委員会まで届き、教師に対する調査が行われ、その教師は別の小学校へ異動させられることになったという。
教師によるいじめをうけた少年の傷は決して浅くはないだろうが、当の教師が自分の通う小学校からいなくなることで、少なくとも傷口に塩を塗り込むような事態は避けられるのではないだろうか。彼の残りの小学校生活がより良いものになるよう、願ってやまない。
教師との相性で傷ついた子どものケアをするために、オランダの学校では4週間以内に対応しなくてはならない。photo by iStock
そしてオランダは学区の制限がないため、学校のトラブル対応に不満を抱いた場合は早々と見切りをつけて別の小学校に転校してしまうこともあるという。引っ越さなくても新しい小学校に通うことができるのも、オランダのシステムの強みだ。
日本の小学校での実例でもオランダのこの例でも教師が成績表に悪いコメントを書いたので、少し成績表のことにも触れてみたいと思う。
実はオランダには2種類の「成績表」がある。学校の担任(および体育などの専科教師)がつける成績表と、年2回実施される全国共通テストの結果による成績表だ。中学進学にはそのどちらも必要となってくるのだ。ただ非常に複雑なシステムなので、成績表や中学進学に関してはまた改めて別の機会にじっくり書いていきたい。
手厚いサポートと、給与への不満
オランダの教師が日本の小学校教師と比べて柔軟な働き方ができるのは、パートタイムが認められているからというだけではない。
実は、オランダの小学校の教師には年500ユーロ(2018年1月現在約6万7千600円)の研修予算が政府から支給される。どんな研修を受けるかは、教師自身の判断に任されているという。そして小学校単位で年7日まで「教師の研修のための休日」(Studiedag)を設けても良いと政府が承認しているのだ。
教師へのサポートは手厚く見えるが、その一方で長時間労働と低賃金に対する教師自身の不満は根強い。政府の規定では、週5日フルタイムの教師は1,659時間(週41.5時間)働く計算になる。けれど実質は平均46.9時間/週だけ働いているのだという。ただしオランダの学校には日本のクラブ活動顧問にあたるような業務が存在しないので、業務はあくまでも授業やクラスの雑務に限られている。
OECDの調査を参照すると、オランダの初等教育の教師は中等教育の教師の給与の約79%しかもらっていないという計算ができる。そういう不均衡にも不満があり、2017年は初等教育の教師たちのストライキが計3回決行された。そのうちの1回は始業を1時間を遅らせただけだったが、残りの2回はほぼオランダ全土の小学校が休校になり、教師たちは官庁街のデンハーグでデモを行った。
けれどストライキでの休校は決して教師たちのわがままでも怠慢でもなく、教師という職業に誇りをもって当たっているからこそ生じるアクションなのだ。そして、不満を堂々とストライキという形で表明できるオランダの教師の自由度も、公務員のストライキが禁止される日本で生まれ育った筆者の目にはまぶしく映る。
筆者の娘の小学校では、登校時も下校時も先生との握手やハイタッチで挨拶する。写真/倉田直子
国の未来を担う子供たちを導く教師は大事な仕事。ぜひオランダの初等教育教師には望む待遇になっていってほしいし、日本でも教師の長時間労働やマルチタスクなどはぜひ見直されていってほしい。子供たちの学ぶ時代を素晴らしい時間にするためには、個人の頑張りに負うのではなく、国や制度で教師を支えていく必要があるからだ。その際は、ぜひとも日本にも複数担任制を検討してもらいたいと感じる。教師の過度な負担減や幸せは、子供たちの幸せにもつながるだろう。
そして次回は、オランダの小学校の生徒たちはどのような「学習指導要領」によって導かれているのか書いていきたい。そこには、まさに「教育の自由」を憲法で保障された国ならではの「学びの姿」を垣間見ることができる。
倉田さんがリポートする「オランダが世界一の教育と呼ばれる理由」シリーズ第一回「教育費無償」についてのリポートはこちら→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53895
第二回「飛び級や留年が当たり前の教育」についてはこちら→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54163