おいでやす京都

京都を自転車で駆け巡る新京都紀行

戦国時代の京都 豊国神社

2006-02-07 17:04:33 | 戦国時代の京都
豊臣秀吉を祭り、一般に「ホウコク」さんの呼称で人々に親しまれている。慶長三年(1598)に六十三歳で亡くなった秀吉は、後陽成天皇より正一位の神階と豊国明神の神号を賜り、遺骸は遺命により阿弥陀ヶ峰の中腹(豊国廟)に葬られた。 しかし豊臣家の滅亡後、その廟社は徳川幕府により取り壊され、秀吉の御霊は新日吉神宮に移された。その後、明治13年(1880)当地に社殿が再建された。 又、廟についても阿弥陀ヶ峰の頂上に再建された。

境内自由

JR京都駅から市バス1100、206、208番で博物館三十三間堂下車、国立博物館の北隣です

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戦国時代の京都 方広寺

2006-02-07 06:39:00 | 戦国時代の京都
境内鐘楼に架かる銅鐘は慶長19年(1614)大仏開眼供養の時に造られたもの。この鐘の銘文「国家安康・君臣豊楽」の句が家康を呪うものだとこじつけ、遂に大阪の陣の因となすに至ったのは有名である。鐘の内部には淀君の幽霊姿があり、大仏七不思議の一つになっている。残念ながら見ることができません。

境内自由

JR京都駅から市バス1100、206、208番で博物館三十三間堂下車、豊国神社の北隣です。

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