ロッキーが失踪した。でも当初はそれほど焦りはなかった。
これまでも何度か脱走した事があったからだ。
いつものように近所をひとしきり散策し、飽きたところで腹を空かして
戻ってくると高を括っていたのだ。
しかし、ロッキーはその日、夜になっても戻って来なかった。
万が一のためにロッキーの写真と特徴を記した尋ね犬のビラを2枚作成し、
自宅からそれぞれ南北に1キロ離れているセブンイレブンと
ローソンの店内に掲出してもらった。その足で町内を回り、
俄に捜索活動を開始したのだが、それでもまだ明日の朝には帰って来ると
信じて疑わなかった。
次の日の朝・・・ロッキーは小屋に戻っていなかった。
夜に降った新雪にロッキーの足跡は標されていなかったのだ。
さすがに事の重大さに気がつき、町役場、江別、そして、札幌北区役所に電話をし、
保護された場合に連絡が来るよう手配をした。
ようやくその日からロッキーの捜索活動は本格化した。町内の知り合いに声をかけ、
会社から帰ってからは毎日車で1時間ほど町内を探し回った。
寝るときも小屋に入らず外で寝るとはいえ、食事は殆ど摂れていないはず。
連日の雪で道路も狭くなっており、車に撥ねられてはいないか・・・
残酷な黒い予感が日に日に膨らんでくる。そして1週間が過ぎた。
ロッキーと思しき犬の目撃情報は数件入ってきたものの
発見に結びつくものではなかった。ロッキーはすでに死んでいるのでは・・
希望は潰えたかに思えた。
ところが、行方不明から9日目、事態が急転した。
待望の知らせが妻から届く。ロッキーらしき犬が見つかったと言うのだ。
町役場からの連絡で農家の納屋で弱って動けなくなっている犬の特徴が
ロッキーと合致するという。
すぐに妻はタクシーで家から5キロ離れたその農家に向かった。
その犬は、確かにロッキーだった。顔の肉が落ち、顔つきが変わり、
肋骨がはっきり分かるほど痩せ細ってしまっていたが。
ロッキーは妻の姿を確認すると、ワオンと弱々しく吠え、よろよろと立ち上がり、
駆け寄った妻の顔を舐めたという。
犬は親愛の表現として人間の顔を舐める習性があるが、
ロッキーは子犬の頃から一度も顔を舐めた事が無かった。
それほど窮乏し、追い込まれていたのだろう。
ロッキーは、前日に納屋で横たわっているのを農家の方に発見してもらい、
餌も頂いたそうだ。あと1、2日発見が遅れていたら、
恐らく最悪の事態になっていただろう。
家に帰ってからも、これまでの分までも取り返すかのように
大量のドックフードを食べたそうだ。
その日の夜、一刻も早くロッキーに会いたいと勇んで会社から帰宅した。
自分と会って、きっとロッキーは大喜びするだろう、この上ない感動の再会になるに
違いない。
南極物語で置き去りにしたタロ・ジロと再会する高倉健さんの姿を
自分とダブらしていた。なのに、自分の思いを見透かしたように
ロッキーの反応は意外にさっぱりしたものだった。
スケルトンの体に薄い毛皮を纏ったような、脂肪を燃焼し尽くした体を抱きしめても、
顔も舐めてはくれなかった。儀式は、妻との間で済ませてしまったと言うのか。
すっかり拍子抜けをしたが、まあ、いいだろう。ロッキーは無事に還って来た。
それに、元はと言えば自分のせいでもあるし・・・
失踪から9日目、奇跡の生還だった。
vagabond=放浪する事、放浪者
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