WESTERN WINDS 

我が家に生息する「いきものがたり」と自然観察、時々「釣り自慢」

昼飯ついでに。紅葉狩り&アート探訪

2008-10-27 | アート

北海道近代美術館


先週、知事公館の庭園で雪虫が飛んでいた。
雪虫はトドノオオワタムシというアブラムシ科の昆虫だが、
夏の間にトドマツの根にいたものが晩秋にヤチダモに
いっせいに移動するという事だ。
確かに知事公館にはヤチダモの木がたくさんある。
雪虫は冬の使者というイメージがあるが、28日
には札幌に初雪が降る予報が出ている。

今日は、お昼休みを利用して知事公館、近代美術館へ
紅葉狩りに・・・


知事公館の庭園の木々はすっかり紅葉していた。
全体的に茶系が目立ち、赤系が足りない。


安田侃「意心気」バックの紅葉で作品の
表情も変わる。屋外の彫刻は周りの風景も
作品の一部だ。


新宮 晋「風の対話」


流政之「雲の砦Jr.」


伊藤隆道「回転螺旋」


本郷新「風の中の母子像」

2週間ほど前に見た中山峠の紅葉が今ひとつと
前にブログで書いたが、街中の紅葉も昨年と比べると
やはり赤が不足していて物足りない。
美しく紅葉する条件は、日中に十分な日光に当たる事、
大気が乾燥している事、そして夜間に冷え込む事だそうだが
今年はダラダラとした残暑があり、夜もそれほど
冷え込むことが無かったような気がする。
先週金曜の北海道新聞夕刊に、キノコも今年の道内は
9月の高温、少雨で不作だという記事が載っていた。


友人のK君から送られて来た見事な落葉キノコの画像。
9月の末に月浦で収穫したもの。
この時は二袋ほど穫れたそうだ。本人は食べないので、
いつもご近所にあげるとの事。うーん、羨ましい。
今年は一度も食べる事ができなかった。


あと数日で11月、これからは街路樹のイチョウが
黄色く染まる。街が白い世界になる前の紅葉をもう少し
楽しみたいものだ。


チカくて遠い?コタンの海

2008-10-26 | 釣り

今にも雨が落ちてきそうな古譚漁港


今日はベルツノガエルのコロッピにチカをご馳走しようと
厚田の古譚(こたん)漁港へ。
天気予報は雨のち曇りだったが、朝はときおり陽も差していたので
決行することに。古譚へは自宅から車で30分もかからないが
山道が続くので実際の距離以上に遠く感じる。

途中、スウェーデンヒルズを抜けた高岡地区に景観緑肥の
ひまわり畑が広がっていた。景観緑肥は花が終わった後、
トラクターで踏み潰し、土と混ぜ肥料とする。
北海道はひまわり、キガラシ、クリムソン、クローバー等を
植えているそうだ。晩秋の時期にこんな風景に出会うと
とても得した気分になる。




望来の風力発電機。グレーの空に
美しく浮き立つオブジェのようだ。

古譚漁港に到着。すでに10組以上の先客が来ていた。
何組かの釣果をリサーチしてみると7,8センチほどの
豆チカに17,8センチの大チカも混ざっている。
さっそく竿を下げると豆チカが釣れて来た。
このサイズではコロッピにとって物足りないが
2匹いっぺんに食べさせる分にはちょうどいい。


雨雲が迫ってきた。

釣り始めて30分も経たないうちに雨雲がどんどん迫り、
ついに雨が落ちてきた。風も強くなり、オキアミを入れた
ケースのスタンドが風で倒れてしまうので釣りは
やむを得ず終了。チカは7匹ほどしか釣っていなかったが
コロッピの食事には2匹で十分。残りは愛犬のリンちゃんと
チュラ達におすそ分け。


さあ、初公開。コロッピの食事シーンです。

ベルツノ「コロッピ」の食事


にほんブログ村 釣りブログ 北海道釣行記へ
にほんブログ村

コロッピ、ギネスに挑戦!?

2008-10-16 | ペット


おやおや、ベルツノガエルが4匹重なっています。
さて、わが家のペット「コロッッピ」は誰でしょう?
すぐ分かりますよね、下から2番目が『コロッピ」です。
他の3匹はおもちゃのカエルです。
全部本物だったら怖いですね・・・

この日は久々に日光浴をさせました。
ついでにちょっとイタズラを。
すぐ動いてしまうのでなかなか大変な撮影でした。
先週は小樽で釣って来たイキのよい小サバを
食べさせました。2ヶ月ぶりの食事です。
ベルツノを10年以上飼っているのは
非常に珍しいらしいのですが、コロッピはすでに18歳。
ハゼ、ウグイ、チカ、ワカサギなど、魚中心の
ヘルシーな食事なので長生きをしてるのかも知れません。
もしかすると日本国内で最も長寿かも。
ここまできたらギネスに挑戦してみよう。
なんてね。



ベルツノガエル 本物は誰だ?youtube動画


にほんブログ村 その他ペットブログへ
にほんブログ村







































わが家の20世紀アーカイブス File -4「任天堂ウルトラマシン」他

2008-10-15 | 20世紀アーカイブ


スーパーファミコン、DS、Wiiで子供から大人までを
虜にしている任天堂が1968(昭和43年)に発売した
家庭用バッティングマシーン「ウルトラマシン」の初代機である。
1,480円と当時としては高価なものだったが3年で
200万台も売れた大ヒット商品だ。

当時の小・中学生はほとんどが遊んだ経験があると思う。
ちょうど少年マガジンに連載していた人気漫画「巨人星」の
TVアニメが発売同年にスタートした影響も大きかったはずだ。
何といってもバッッティングマシンは重さ2g程の
ピンポン玉のようなプラスチックボールなので狭い家の中でも
安心して遊べる手軽さが受けた.(というか、風があると
球が風で飛ばされてしまう)

我が家でも息子と娘が小さい頃に良く遊び、親子2代で
楽しむことができた。ウルトラマシンのTV-CMは父と子供が
遊んでいて、打ったボールが台所で料理を作っているお母さんの
ところに飛び、卵と間違って割ろうとして、あらまあ、という
ほのぼのタッチのものだったが、昔、子供と遊んでいて
自分の打ったボールが偶然に再びボールガーターの所に戻り、
同じ球を打ったという漫画のような事があった(ホントです)



このマシーンの原理はいたって単純で、単一乾電池一本で
駆動するモーターを内臓しており、バネで支えているアームを
回転させボールガーターにセットされたボールを5~7m先まで
弾き飛ばす。付属のバットは伸縮式のプ-ラステック製で
コンパクトに箱に収まる。自動投球してくれるので友達、
兄弟がいなくても一人で遊ぶこともできる。
誰も数えた事はないと思うが、「乾電池一個で3,200球」
というキャッチフレーズが付いている。
このマシンで巨人の星を目指した少年がたくさんいたはずだ。


ガチャガチャでゲットした巨人の星のフィギア

「巨人の星」は1966年より少年マガジンに連載。
以来、同誌の発行部数はそれまでの3倍の120万部に急増、
テレビアニメも当初から平均26%の高視聴率だった。
笑い中心の漫画からスポーツを通じて主人公の情熱的な
生き方を描く「スポ根」漫画のさきがけとなったのが「
巨人の星」だった。以降、「あしたのジョー」
「柔道一直線」が相次いで登場、大ヒットとなる。




 

上の写真は野村トーイの「ビックボーリング」
1971(昭和46年)発売、価格は不明。
この年、プロボウラー中山律子、須田開代子、石井利枝の
「花のトリオ」が誕生。爆発的なブームとなった。
ボーリング場も急増、ボウリング人口は1000万を
超えたという。
このゲームは全長95cm、ピンセットの仕組みが
実に良く出来ており、程よく手がかかり家族全員が
楽しめるゲームだ。
本物のボーリングのようにスパットを狙いさえすれば
スコアもまとまりやすく、年齢に関係なく白熱した
ゲームが楽しめるのが特徴だ。残っているスコアシートを
見ると子供たちもずいぶんと高いスコアを出していた
(というか、負けていただろ!)
1971年は、日清食品からカップヌードルが発売され、
世界の食生活に革命が起きた。
また、non-noがこの年創刊、高野悦子の
「二十歳の原点」がベストセラーになった。

にほんブログ村 コレクションブログ 珍しいコレクションへ
にほんブログ村

八雲で小突きまくり!?の巻き

2008-10-13 | 釣り

八雲黒岩漁港

八雲黒岩のマガレイ釣りに行って来た。八雲はちょうど
一年ぶりとなる。昨年は爆釣だったので期待は大きい。
先月の富浜の釣りが厳しいものだっただけになおさらだった。
今回もパートナーは釣り師匠のKさん。Kさんも今回は
前回のリベンジと静かに燃えていた。
家を深夜1:00に出発、中山峠を通り、世界チャンピオン
になって一躍時の人になった内藤大助と我が故郷の豊浦に
下り、4:30に黒岩漁港に到着。5:30出港予定なので
1時間ほど早く着いたのだが、5時前にはほとんどの
メンバーが集合した。外はまだ真っ暗だ。



5時20分に出港、15分ほどで初めのポイントに到着。
いよいよ釣りのスタート。
船でのカレイ釣りは「小突き釣り」という釣り方が一般的だ。
片天秤に2本の針が付いている仕掛けに餌を付け海底に
オモリが着くまで降ろし、底に着いたらリールを巻いて
糸ふけ(ラインのたるみ)を取る。そして竿を小刻みに
上下させ、海底をおもりで15回ほどコンコンコンと小突く。
この時に海底の砂が巻き上がり、餌が動き、カレイを誘う。
こうやって小さく小突いた後、ゆっくりと10~20cmずつ
竿を止めながら上に引き上げる。大体はこの時にカレイが
飛びついてくる。とにかく丹念に小突いて誘うのが
船カレイの特徴だ。この誘い方と、その時のカレイにあった
仕掛けで釣果に大きく差が出る。意外と繊細な釣りなのだ。


最初のポイントに向かう途中、ようやく夜が明けてきた。
はるか向こうに駒ケ岳が見える。

今日は波こそそれほど高くなかったものの、強風で
潮の流れも速くコンディションは悪かった。船長の話では、
これほど悪い時はめったにないという。それでもマガレイの
活性は良く、最初のポイントで12、3枚が上がった。
サイズは20~25センチ中心だが、時折30センチほどの
良型も上がる。

 
Kさんが釣った50cmのイシモチ。この日、船で一番の大物となった。


前回イカ釣りをご一緒したTさんも45cmの良型イシモチをゲット。
Tさんも後半に調子を上げ、50枚ほど釣り上げた。

この日は最初から最後までペースが落ちることなく釣れ続け、
昼までに70枚のマガレイとイシガレイ2枚、スナガレイ5枚、
アブラコ2本と満足の釣果。Kさんも50センチのイシガレイを
筆頭に30センチ超の良型マガレイも数枚上げた。
カレイ釣りは、仕掛け作りの戦術とカレイとの駆け引きの技術、
そして運が左右する。大物の手応えもたまらない。釣りの魅力が
凝縮しているのがカレイ釣りだ。
帰りに豊浦の友人宅、弟宅にカレイを届け、札幌に向かった。



帰りも中山峠を通ったが今年は残暑が長かったせいか、
紅葉がいまひとつ。茶系の色が目立ち、赤系が足りないように
見えた。これからは街中の紅葉が楽しみだ。


大好きな山、美しい羊蹄山と喜茂別川。すでに冠雪していた。



今回のカレイ料理は「煮付け」と我が家で好評の
「唐揚げの甘酢あんかけ」

にほんブログ村 釣りブログ 北海道釣行記へにほんブログ村

キョロピ 星になる

2008-10-10 | ペット



「キョロピ」が昨日死んだ。

ここしばらく調子が良くなかったのでゲージをタオルで覆い、

ヒーターで暖めていたのだが、一昨日に容態が急変、

危篤状態に陥っていた。

最期は娘に看取られ、羽を力なくバタつかせ

天国へ飛び立ってしまった。

8年の短い生涯だった。

数年前にいちど気管支炎で体調をこわしたが回復、

ずいぶん元気になったのだが

この半年程は寿命もあったのか体力がずいぶんと落ちていた。

昨日はジャコビニ流星群の極大だった日、

キョロピは家族にたくさんの幸せの記憶を残して星になった。


ありがとう。キョロピ!


追記

先日、急逝した俳優の緒方拳さんがドラマ「風のガーデン」の
記者会見で『否応無く人って老いていくわけで、病になるわけで、
そして否応無く死が訪れるわけで・・」と語っていた。人だけではなく
生きとし生ける物すべて同じ ・・・・重たい言葉だ。





にほんブログ村 その他ペットブログへ
にほんブログ村

わが家の20世紀アーカイブス File -3「図解怪獣図鑑」

2008-10-09 | 20世紀アーカイブ


1967(昭和42年)発行、「図解怪獣図鑑」
秋田書店刊 大伴昌司著 350円
1966年に円谷プロ、円谷英二が初めて手がけた
特撮TV「ウルトラQ」、その後に続いた
「ウルトラマン」に登場した怪獣を中心に東映、
松竹、大映、日活、そして海外の怪獣映画の
怪獣を紹介している。
一見細かく解説しているようだが、今見ると、
何とも大雑把でいかにも子供だましなのだ。
でも、そこがまた楽しい。
この本は浩宮様(現在の皇太子殿下)が自分の
おこづかいで書店で最初に買われた本として
有名なのだそうだ。

「大伴昌司の世界」公式サイトによると
著者の大伴昌司は、昭和の高度成長期に
少年誌の巻頭グラビアの企画構成や怪獣図鑑、
放送脚本など、ポップカルチャーの分野において
先駆的な仕事をした天才プランナーだった
という事だ。分かりやすくいうと元祖オタクだ。
インターネットの普及や、オタクのメジャー化
などで2005年頃から大伴昌司を再評価する
動きが出て来たという。


 
大魔神の解説では、歩くときは100キロ以上の
スピード、歩く振動は松代地震の10倍、頭は
電子頭脳の10倍も利口、耳は地獄耳、とある。


「ウルトラQ」はその後のウルトラマンシリーズの
原点になった不滅のSFドラマだ。毎回、番組の初めと
終わりに石坂浩二のナレーションが不気味な映像と
共に入るのだが、これが恐ろしくて、家の奥にあった
暗いトイレに行けなかった。

シリーズの中で一番好きだった怪獣はコイン怪獣
カネゴン。金の亡者の小学生がコインを食べないと
生きて行けない怪獣になってしまう。何とも
ユニークで可愛らしい怪獣だ。

「ウルトラQ」は毎週日曜の7時からの30分番組で、
裏番組は手塚治虫のアニメ「W3ワンダースリー」
だったが、視聴率は「ウルトラQ」が30パーセントと
圧倒していたそうだ。
手塚治虫の息子の手塚眞が当時、夕食の席で
「W3」ではなく、「ウルトラQ」を見ようとして
母親の手塚夫人に「お父さんの漫画を見なさい」と
叱られたが、手塚が『子供の見たいものを見せて
上げなさい」と言ったエピソードがある。
自分の家も「ウルトラQ」ばかりで「W3」は
ほとんど見る事がなかった。
この番組を機に日本は怪獣ブームが始まった。


コイン怪獣「カネゴン」
新タイムスリップグリコ

にほんブログ村 コレクションブログ 珍しいコレクションへ
にほんブログ村

わが家の20世紀アーカイブスFile -2「クーガNo.7」他

2008-10-08 | 20世紀アーカイブ


写真は松下電器のヒット商品、クーガNo.7(RF-877)、
MW、FM、SWマルチバンドのBCLラジオだ。
クーガーシリーズは1973年に発売された。
第一号機のクーガ(RF-888)は音を徹底追及し、
16センチのダブルレンジスピーカーを採用している。
キャッチコピーの「吠えろクーガ」は
非常にインパクトがあった。

クーガNo.7はポップアップシステムの360度対応
ジャイロアンテナを採用、「狙えクーガ」という
キャッチコピーがついていた。
飛行機のコクピットを思わせるミリタリーな
デザインに惹かれ、妻が中学の頃、親父さんに
買ってもらったものだ。

同じ頃、自分は手のひらにすっぽりと収まる程の
トランジスタラジオで深夜放送に夢中になっていた。
クーガは垂涎モノだったが18,500円は
高嶺の花だった。当時、新聞配達をしていた
自分のアルバイト料は一ヶ月2,700円の
時代だった。

深夜放送は1970年ごろから1975年までが
最盛期だった。中でもオールナイトニッポン
(ニッポン放送)セイヤング(文化放送)
パック・イン・ミュージック(TBSラジオ)が
人気だった。セイヤングはみのもんた、落合恵子、
谷村新二が人気だったと記憶している。

北海道ローカルでもHBCラジオが「オールナイト
北海道ヤング26時」STVラジオが「アタックヤング」
という番組をやっていた。自分は「ヤング26時」の
バード山本のファンで、「○○中のバードハンター」
というラジオネームでイラスト入りのリクエスト
ハガキをせっせと送っていた。

ある時、近所の年上の兄ちゃんが、平凡パンチに
お前の名前が載ってるぞと教えてくれた。
何で中学生の自分の名前が平凡パンチに!と焦った。
その週刊誌はヌードがたくさんある大人の本だった
からだ。慌ててその本を見せてもらうと、深夜放送の
特集が組まれており、その中に企画であった
「全国深夜放送ミニコミ誌ベスト30」の中に
自分が番組に送ったものがあったのだ。
パーソナリティが出版社に送っておいたのだろう。
何とも嬉しいやら、恥ずかしいやら複雑な思いだった。

現在のように携帯やインターネット、TVゲームが
ない時代、深夜放送は、音楽を中心に、性教育、
恋愛・人生相談、受験生の悩みなど、当時の若者の
心をつかむコンテンツが満載で電波を通じた
若者の広場だった。インタラクティブ性は低いが
ラジオは今のMixiのような役割を果たしていた
とも言える。


360度フルカバーのジャイロアンテナ。各国の電波を
これでキャッチする。

 
グリコの「新タイムスリップグリコ」シリーズのクーガNo.7
天地35�程だが細かなところまで見事に再現されている。





こちらも松下電器のファッションラジオ
「パナペット」。
大阪万博で賑わっていた1970年に発売されたが、
写真のパナペットは1972年の冬季札幌オリンピック
記念モデル。
ダイアルのプレートに北海道の地図がデザインされ、
本体の真ん中の溝にはアルファベットで競技種目が
記載されている。チェーンにはオリンピックの
記念メダルも付いており、プレミアム感たっぷりだ。

この年は、オリンピックの他にも歴史的な事が
たくさんあった。
赤軍の浅間山荘事件、同じく赤軍のテルアビブ空港
乱射事件、沖縄の施政権返還、田中角栄の首相就任、
そして、50年ぶりの日中国交回復・・翌1973年、
第一次石油危機が勃発、高度成長時代が終焉、
「省エネ」時代を迎える事になる。

にほんブログ村 コレクションブログ 珍しいコレクションへにほんブログ村

わが家の20世紀アーカイブスFile -1 「コーワのケロちゃん」他

2008-10-06 | 20世紀アーカイブ


小さい頃、お使いで薬局に行く楽しみがあった。
子供が買い物に行くと必ずオマケが貰えたからだ。
当時のオマケは、ゴム風船や紙風船、吹き戻しや
プラスチックのコマなどで、中でも子供たちに
人気があったのは製薬会社のキャラクター人形だ。

写真はコーワのマスコット、ケロちゃんと
コロちゃんの人形と指人形。興和のホームページに
よると、ケロちゃんは1949(昭和24年)に
コーワの新聞広告に初登場、1958(昭和33年)に
指人形としてノベルティに使われるようになったようだ。
現在の物は1978(昭和53年)にモデルチェンジした。
コーワの薬で病気がケロりと良くなるという意味で
カエルがキャラクターになったという説がある。


現在のケロちゃんとコロちゃん



上の3体も製薬会社のマスコット。
左は日本レダリーのマスコット「レダリー坊や」
詳しいことは不明だが、背中にサンプル在中と
書いているので中に薬の試供品が入っていたようだ。
ネット販売で10,500円の値が付いていた。
真ん中はフジサワ薬品のマスコット。
これは妻の実家の庭から出土?したらしい。
フジサワ薬品は白戸三平のアニメ
「少年忍者 風のフジ丸」のスポンサーだった。
右はエスエス製薬の「ピョンちゃん」
昔は薬局の店頭にピョンちゃんや
サトちゃんの電動遊具を置いてあった。

当時の子供たちにとって薬局はオマケが貰えたり、
遊べる魅力的な場所だった。
今、薬局はドラッグストアという業態に侵食され、
さらに来春の改正薬事法では、登録販売者の
ライセンスを取得すると薬剤師がいなくても
風邪薬、胃腸薬などの大衆薬を販売できる
ようになり、コンビニやホームセンターでも
薬を扱うようになる。近所に必ずあった
品が良くて優しい白衣を着たおばさんのいる
薬局がまた少なくなってしまいそうだ。

にほんブログ村 コレクションブログ 珍しいコレクションへ
にほんブログ村