
今日の東京新聞1面に川崎の「東芝未来館」が意外な人気とあった。
個人的には、好きな会社である。
あの名車と云われるEF58を製造したメーカーであることに親しみを
持つのかも知れない。『何んだやはり鉄道絡みか』と云われても仕方ない。
1953(昭和28)年にEF58 60号機と61号機の2両が製造され、
お召列車牽引機に指定された。
EF58 61号機は日立が製造を担当、60号機は東芝が担当した。
そして61号機が、お召列車牽引の本務機になり、60号機は予備機に
なった。
その後、EF58 61号機は100回以上お召列車の牽引をし、結局
予備機の60号機の出番はなかったようである。
現在は、61号機はJR東日本が動態保存している。
60号機は、1973(昭和48)年にお召し指定を解除され一般機と
同じ扱いとなり、1983(昭和53)年に廃車、解体されたとある。
これは、一つの偶然であり、現在の日立と東芝がどうのこうのと云う事
ではない。
川崎の「東芝未来館」、東芝が作った世界初、日本初の製品が展示されて
いる。GW中は、混んでいるかも知れないが1度足を運んで見よう。
※EF58 60号機の写真はHP「日本の電気機関車のまとめ」より
個人的には、好きな会社である。
あの名車と云われるEF58を製造したメーカーであることに親しみを
持つのかも知れない。『何んだやはり鉄道絡みか』と云われても仕方ない。
1953(昭和28)年にEF58 60号機と61号機の2両が製造され、
お召列車牽引機に指定された。
EF58 61号機は日立が製造を担当、60号機は東芝が担当した。
そして61号機が、お召列車牽引の本務機になり、60号機は予備機に
なった。
その後、EF58 61号機は100回以上お召列車の牽引をし、結局
予備機の60号機の出番はなかったようである。
現在は、61号機はJR東日本が動態保存している。
60号機は、1973(昭和48)年にお召し指定を解除され一般機と
同じ扱いとなり、1983(昭和53)年に廃車、解体されたとある。
これは、一つの偶然であり、現在の日立と東芝がどうのこうのと云う事
ではない。
川崎の「東芝未来館」、東芝が作った世界初、日本初の製品が展示されて
いる。GW中は、混んでいるかも知れないが1度足を運んで見よう。
※EF58 60号機の写真はHP「日本の電気機関車のまとめ」より