気ままな生活 一枚の写真

一枚の写真からプログが始まればと思っています。

沼田ダム・幌新ダム

2008-09-11 00:26:26 | 写真(風景)

沼田町ほたるの里ACの周りには沼田ダム・幌新ダムがありました

幌新ダム

沼田ダム

この地域の最寄り駅は留萌本線恵比島駅ですが1971年(昭和46年)4月までは

恵比島駅から昭和までの炭鉱線      現在のJR線
幌新・新雨竜・太刀別駅・昭和の駅を持つ炭鉱線を有し3つの炭鉱があったのです
新雨竜駅には
浅野雨竜炭鉱(1930年3月開業 - 1968年11月20日閉山)
炭鉱は明治20年代に発見され沼田浅野地区には最盛期は数千人の人口を
有していたそうです

浅野地域地図

浅野風景
沼田ダムにより人工湖(ホロピリ湖)ができダムのした沈みました

昭和駅には
昭和炭鉱(1930年1月開業。1969年4月30日閉山)
戦後しばらくは炭鉱街への交通手段は留萌鉄道のみであり
(自動車が通行できる道路も無かった)、
最盛期には4000人ほどの集落が形成されていた

昭和地区地図

昭和地区風景
現在は無人の廃墟となっている。
埋蔵量は2億トンを超えるとされ、硫黄分が少ない良質な石炭、積出港の留萌港に近接するなどの好条件もあり、国内屈指の有力炭鉱とされていたそうです
詳しくは北海道の炭鉱跡のHPを
太刀別駅には
太刀別炭鉱 (1961年操業開始・1968年閉山)
昭和地区よりもさらに山奥、東側の町界付近で採炭し、
太刀別駅に隣接していたホッパまで索道で輸送していた

わずか7年の操業でした
昭和30年代のエネルギー革命が起きまして、
昭和43年に3鉱、ほぼ半年間でそろって閉山となっています。
現在は無人の廃墟となっている

幌新ダム・沼田ダムというのは、閉山後に計画されたかんがい用水のダムです。
この地区の歴史的変化は地図にも現れています
湖底に沈んだ炭鉱街のHPをごらんください
ちなみに前にUPした鉄道路線の変化は
炭鉱線を含み
羽幌線(はぼろせん)1987年3月30日に廃止--地図上(留萌-羽幌
路線距離(営業キロ):留萠 - 幌延 141.1km
深名線(しんめいせん)1995年(平成7年)9月4日に廃止--地図上(深川-雨煙別
区間(営業キロ):深川 - 幌加内 - 名寄 121.8km  
札沼線(さっしょうせん)
路線距離(営業キロ):桑園 - 新十津川 76.5km
桑園-新十津川-石狩沼田であったが新十津川 - 石狩沼田間
1972年(昭和47年)に廃止--地図上(石狩沼田-和
赤字路線廃止の波にもまれ現在に至っています


最新の画像もっと見る