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クラシックアラモード【ブログ】

冬が来たなら、春はそう遠くない

あなたの富があるところに、あなたの心がある

2024年08月11日 | 人生について

1849年、ピアニスト・作曲家のフレデリック・ショパンが亡くなりました。

 

ピアノによって、ショパンでしか創造出来ない「美」を表現し、

楽譜として残され、200年以上経った現在でも世界中で愛されています。

今までの古典派の音楽、発展しつつあったロマン派の音楽を完成させた人物。

ショパンが生まれていなかったら、

「音楽」の美の基準は今よりも低かっただろうと思います。

 

ぼくが初めて芸術に触れ感動したのは、やはりショパンの音楽でした。

 

ショパンのノクターン20番の初めの和音、そして

最後の分散和音を自分で弾いて、言葉で表せないような感動がこころに残りました。

その時は芸術の事も知らず、感動している事すら分かっていませんでした。

 

でも、その時の目には見えない感動が残り続けて、

芸術とは何だろうかと考えるきっかけになりました。

 

そのショパンの心臓は、故郷であるポーランドの教会に収められています。

そこにこんな言葉が刻まれています。

 

「あなたの富のあるところに、あなたの心がある。」

 

例えば、自分の富はお金だ、と答えた人がいるとします。

その人はお金の事を大事に思って、お金主体の考え方で生きています。

つまり、その人のこころは「お金」で出来ています。

 

しかし、死んだ後、あの世にお金は持っていけないのです。

確かにお金は大切ですが、損得勘定でしか物事を見れなくなります。

 

富が容姿の人は、容姿至上主義となり、人を見た目で判断し、

自分自身の容姿に必要以上に執着するようになります。

 

富が学歴の人は、やはり学歴で人を差別するような偏見で、

他人をみる事になります。

 

しかし、現世で富といわれるもの、(お金、容姿、学歴など)は

死んであの世に持っていけません。

目に見えるほとんどの物はあの世に持っていけないのです。

 

しかし、愛とか芸術的感性とかやさしさが富の人は、

死んでからも持っていけます。

何故なら、こころ、魂はあの世に行っても同じであるからです。

 

「お金には興味が無い。」

 

ショパンはそう言い、ピアノを通してその芸術性を遺憾なく発揮して、

富や名声や人気や才能に流されることなく、

真の美を追求して死ぬ直前まで曲を書き続けました。

 

この世ではお金をはじめ、物質は生きていくのに

必要不可欠ですが、目に見えるものだけを追い求めると

流されてしまい、何が正しいか分からなくなります。

 

目に見えるものが価値があるこの世の中にいて、

目には映らない、愛とか美とかやさしさが分かるような

人間になりたいと思います。

 

そのための音楽であり、文学であり、詩があり、絵があるのだと思います。

目に見えないところに、自分のこころを置きたいものですね。

 

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あなたといると人のこころが分かるのよ

2024年03月13日 | 人生について

ぼくが好きな人を二人あげるとしたら、やなせたかしさんとショパンです。

 

二人に共通しているのは、「詩人」という事です。

 

やなせさんは、絵本作家でもありますが、詩を書くし、

ショパンは「ピアノの詩人」と言われ、言葉なき詩を美しいメロディーで表現します。

 

ぼくの好きな人は芸術に関する人が多いのですが、

アンデルセン、夏目漱石、シェリー、ウィーダなど本業の傍ら、

詩を書く人がたくさんいます。

 

これはひとえに、詩というものが、作りやすく、相手に伝わりやすい

という手軽さによるものもあると思います。

 

そんな詩人の中でも、ぼくが好きな詩人は小曽根俊子さんです。

彼女の詩は、素直で、やさしくて、真実味があります。

 

彼女について書いた本「トッコはわたぼうしになった」では、

脳性麻痺の障害を持って生まれた小曽根俊子さんの半生を描いています。

 

 

小曽根俊子さんは手足が不自由で、言語障害があります。

理解のある両親の決断で、一般の小学校へ通います。

 

ある日、お母さんが小曽根さんを車椅子に乗せ、登校している際、

 

「あんな体で学校なんか行くことないのに。」

「うちの子は、五体満足でよかった。」

 

と心の無い言葉が聞こえてきたり、

 

「大変ね、可哀想に。」と言葉では言っても、

近寄ってきて、まるで珍しい動物を見るような目で

ジロジロ見る人などがいました。

 

そうかと思うと、本当に心配してくれて「偉いね。今日も頑張るんだよ。」

と声を掛けてくれる人もいます。

 

小曽根さんのお母さんは

 

「あなたを連れて歩いていると、

 人のこころというものが本当によく分かるのよ。」

 

と言いました。

 

学校の友人達は皆やさしく接してくれて成長していきますが、

中学生の頃、自我が目覚めると、

周りの心無い批判や目線が気になり、

自分自身の存在が嫌いになって、登校拒否になり、

自殺も考える危険な時期がありました。

 

部屋にこもって、詩を書く事が出来たので、

どうすることも出来ないやるせない思いを詩にしてはきだします。

 

「空の虹は消えるけど」(抜粋)

 

悲しみを数えてくらす人には

希望の光は見えないだろう

 

空の虹は消えるけど 

心の虹はいつまでも消えはしない

小さな愛と夢 今わたしにも見える

 

やさしいひとことが わずかでもいい

人にぬくもりを伝えられるなら

心をこめて呼びかけてみよう

さびしいあなたに

 

 

心無い人の心無い言葉に苦しみましたが、詩によって救われ、

次第に詩の素晴らしさが評価されるようになり、

新聞に掲載されたり、やなせたかしさんの雑誌「詩とメルヘン」でも

取り上げられるようになりました。

 

そんな中、小曽根俊子さんの詩を見て、

命が救われた方から手紙が届きました。

 

「私は自分の病気が一生治らないと知った時、死のうと思いました。

 これまでに3~4回自殺を図りましたが、家の人に見つかり失敗しました。

 私の気持ちを分かってくれる人は、この世の中にいないと思いました。

 でも、小曽根俊子さんの詩集の中には、わたしと同じ苦しみ、悩みがありました。

 そして、きっと私の周りにもたくさんあるはずの

 小さな喜びと、小さな幸福がありました。

 今まで悲しみに溺れていたから、美しいものに気が付かなかったんですね。

 ありがとう。俊子さん。もう自殺はしません。

 だからあなたも生きて下さい。」

 

 

みずからの運命に失望し、将来に絶望した小曽根さんは、

詩という芸術によって救われ、

その詩を見た、他の人も小曽根さんのこころの詩によって救われていきます。

そして、やなせたかしさん自身も辛い人生を歩まれた方であり、

やなせさんの雑誌によって、二人は出会い、二冊の詩集を出すことになります。

 

「うちの子は、五体満足でよかった。」と言った人はまさにエゴの象徴です。

 

三重苦の人で有名なヘレン・ケラーは次のような言葉を残しています。

 

「世の中には一切れのパンも食べられない人がいるのに、

 なぜ神に、今日も明日も十分に食べるパンを与えよ、と

 祈れるのでしょうか」

 

人は結局、人の事はどうでもよくて

自分の身の事だけを案じます。

ある程度仕方が無い反面、やはり自分の事だけでなくで、

人の事も気遣ってあげられるやさしい人を目指したいものです。

 

最後に小曽根俊子さんの詩を載せます。

 

「愛は藍色」

 

息をいっぱいすいこんで

愛という字を書きました

墨をいっぱいふくませた

筆を握って書きました

 

すべての音が消えました

すべての事を忘れました

 

ふるえてゆがんだひと文字は

精一杯のわたしです

今 あることのしるしです

 

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「ネイティブアメリカンの悟り」のような歌

2021年05月29日 | 人生について

アメリカの歌手ベックは、

様々なジャンルの音楽を生み出す遊び心のある人です。

 

オルタナティブロック、カントリー、ヒップホップ、ファンク、

エレクトロニクスな曲まで作り、年齢と共にその音楽も成熟していきます。

 

ぼく自身も2017年の武道館のコンサートを観に行きました。

 

 

ベックと言えば「ルーザー」やアルバム「オディレイ」が有名ですが、

ぼくの一番のお気に入りは「ゴールデンエイジ」です。

 

アルバム「シー チェンジ」に収録されており、

2002年の「ローリング・ストーン誌年間アルバム・ランキング」で

1位となりました。

 

曲全体に流れるゆるやかな時間と、

平和な響き、ネイティブアメリカンのようなメロディー、

その時間、その雰囲気により、

現代社会で疲れたこころを慰めてくれます。

 

「ゴールデンエイジ」

 

車のハンドルに手を置いて、

ゴールデンエイジを始めようよ

 

車の窓を下げて

月の光を肌で感じよう

 

砂漠の風は

あなたの頭痛を癒してくれる

 

世界中の重圧を

ぼくが解き放とう

 

最近は、何とか生きているよ

 

ぼくは何にもしないよ

 

 

 

アコースティックギターと、あたたかい響きの鉄琴のような音、

力まずに、自然な歌い方のベックの声、

きれいなバックコーラス、

PVの映像の後ろの美しい自然の風景。

 

一時でも、嫌な事や、将来の不安を忘れさせてくれます。

 

所々で響くトライアングルの音が、

とても素晴らしいです。

 

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愛は愛から生まれます

2021年05月26日 | 人生について

昨日、2021年5月24日の朝日新聞を見て、私は大変感動した。

記事には、大分市に住んでいる大呂(おおろ)家族について概ねこう書かれていた。

 

父、母、兄、双子の妹という5人家族。

その双子の妹の一人が100万人に1人の難病「先天性角化不全症」を抱えていて、

3歳で自ら血を作り出せなくなり、その後も様々な病気が合併症として現れ、

終末期医療として最後を穏やかに過ごすか、両親それぞれの片肺を移植するかという

決断を迫られた。

「その子の運命として、終末期医療を受け入れるべきではないか」という周囲の意見もあり、

移植で助かっても長く生きられないかもしれず、麻痺が残り、本人が辛い思いをするのではないか、と

家族で眠れない日々を過ごし、何度も何度も考えた。

 

”命の価値ってなんだろう…”

 

そんな時、ベッドに横になって、多くの管を通された状態の妹さんが、

呼吸をするだけで苦しいはずなのに、麻痺している小さな右手の指を動かそうと頑張っていた。

それを見た母親は

「この子は生きようとしている」

と思い、移植の決意をする。

 

特に素晴らしいのは大呂家の長男、大呂遼平君である。

彼は小学一年生の時、家族の中だけで彼だけが妹さんと血液の型が一致しているという理由で、

若干6歳か7歳で、骨髄移植を決意したのだ。

 

その当時をこう振り返る。

「こわくて泣きそうになりました。

 今では妹と仲良く公園に行ったり、ご飯を食べて元気に過ごしています。

 移植をしていなかったら、妹の命は繋がっていなかったかもしれません。」

 

そして、それだけにとどまらず、

小学生新聞でヘアドネーション(小児がんや先天性の脱毛症、不慮の事故などで頭髪を失った子どものために、寄付された髪の毛でウィッグを作り無償で提供する活動)の記事を読み、

「病気で困っている人に出来る事をしたい」

男児でありながら、小学4年生から二年間、髪を伸ばし続け、

小学6年生の時、髪を切って寄付をしたそう。

 

髪を伸ばし続けた2年間の間、女の子みたいと馬鹿にされ、変な目で見られたこともあったとの事。

彼は

「人と違う事は短所に見えるかもしれないけれど、長所にもなる。

 つらい思いをした人は、人に優しくれるんじゃないかな」と一言。

 

妹さんは指で胸を指しながら、

「こっち(右)はパパ、こっち(左)はママがいるよ」

と新聞記者にコメント。

妹さんの中には兄の骨髄と、両親の肺がある。

 

まさに家族が助け合い、支え合い、励まし合って生きている、

すてきな家族だな、と心が洗われるような気持ちになった。

新聞に掲載されていた家族写真は、皆やさしい笑顔を浮かべていた。

 

かのアンデルセンが自伝で、「私の人生は一編の美しい童話であった」とありますが、

それについてアンパンマンの作者やなせたかしさんは

「アンデルセンの人生が童話のようだったのではなく、

 アンデルセン自身が、童話のように人生を生きたから、童話のような人生になった」と語っていました。

 

大呂家は、選択によっては不幸な、悲劇の物語となってしまう可能性もあったかもしれませんが、

やなせさん流に言うと、

大呂家が美しい、童話のような、きれいな気持ちで、正しい行動、選択をしたから、

美しい童話のような人生となっているのではないか、と推測します。

 

いのちの価値とは何か?

自分は生きる価値があるのか?

 

この命題は多くの人が抱え、以前、重度の障がい者施設で大量殺人をした犯人は

重度の障がい者は生きる価値が無いというような暴言を主張していました。

 

私は、いのちとは、利害損得や生産性や、外見や才能や履歴書で測れるものでは無いと思います。

そういう人間が思っているよりも、尊くて、素晴らしくて、

大切な存在だと思います。

誰一人として、生きる価値が無い人は無いと信じます。

 

やなせたかしさんは次のような詩を残しています。

 

「もし

 この世に

 愛がなければ

 生きられない

 ほんの小さな

 花でさえも

 愛をたよりに

 生きているのに」

 

重度の障害を持った詩人、おぞねとしこさんの詩にこのような詩があります。

 

「星は夜空を飾ります

 海は生命を育てます

 夢は未来を築きます

 愛は愛から生まれます」

 

大呂家族を知って、改めてこう思います。

 

”愛は愛から生まれます”

 

詳しい情報、写真等を見たい方は、

大呂遼平と検索して頂ければ、色々と出てきます。

大呂家族、とても素敵な家族でした。ありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 


リバー・フェニックスのやさしさ

2021年02月02日 | 人生について

映画「スタンドバイミー」で有名な俳優リバー・フェニックス。

 

映画「ジョーカー」の主演ホアキン・フェニックスは実の弟であり、

リバー自身は23歳の若さでこの世を去りました。

 

 

リバーは子供のころから、やさしいこころを持っていました。

 

子供の時、両親とともに世界中を旅していた時の事を

こう答えています。

 

「キリスト教のパンフレットをたくさん配ったよ。

 ドラッグをやめさせるために、おもに若い人たちにね。

 妹とぼくのふたりで歌って、

 ぼくがギターを弾いた。マイクで喋ったりもしたよ…

 ”神様はあなたを愛してる”って言うんだ。

 そして、ぼくは本当にそれを信じてた。」

 

子役時代に、次第に名が売れ出した頃、

子役仲間とこんなやり取りをしていました。

 

リバー「君は将来有名になる?」

友達 「さあね、どっちでもいいよ(謙虚を装って言ったセリフ」

リバー「おれは有名になるよ。絶対にね。金持ちで有名に。」

友達 「どうして?有名になるってそんなにカッコいい事なの?」

リバー「家族のためさ」

 

 

リバーの両親はヒッピーで、危険な新興宗教にも所属しており、

私生活がだらしなく、働いていなかった為、貧困だった。

 

リバーは、家族の大黒柱の役割を担い、

映画に出て、天才子役としてお金を稼いだ。

次第に有名になっていくリバーとは反対に

両親はリバーと距離を置いた生活をするようになった。

 

リバーはただ家族のために、お金を稼ぐために

役者になったのだが、周りの大人たちはリバーの事を

ビジネスの目でしか見ず、次第に孤独になっていく。

 

禁酒、禁煙、ヴィーガンで肉も食べなかった。

周りの人を喜ばそうと頑張ったが、

ドラッグに頼ってしまい、若くしてこの世を去ってしまった。

 

親友キアヌ・リーブスとの共演作「マイプライベートアイダホ」では

悲劇の主人公を演じていたが、実生活のリバーと重なる点がある。

 

リバー・フェニックスはこの映画についてこう語った。

 

「ぼくは「マイプライベートアイダホ」の

 故郷と母親を探し求めるところに本当に強い共感を持っている。

 あれはすっごく感動的だった。」

 

子供の時に、ドラッグを止めさせるようパンフレットを配って、

道行く人に「神様はあなたを愛してる」と言ったやさしいリバー…

 

きれいな魂よ、永遠に!

 

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「父母未生以前の本来の面目」とは何か

2021年01月29日 | 人生について

夏目漱石は27歳の頃、神経衰弱となり厭世的な考えを持つようになります。

そして鎌倉の円覚寺で参禅し、釈宗演老師より禅問答を受けます。

その時の公案はこのような問いでした。

 

「父母未生以前の本来の面目とは何か」

 

これは「自分の両親が生まれる前の、本当の自分とは一体何なのか」という問いです。

 

 

禅問答は修行僧が悟りを開くために、師匠から出される問答の事で、

決まった答えは無く、その問いを考えているうちに、

気付きを得たり、考え方が改まったりする為のものです。

ちなみにこの問いに、夏目漱石は老師に自分の答えを伝えるも、

「もっと、ぎろりとした所を持ってこなければ駄目だ」と言われ一蹴されてしまいます。

 

父と母から自分が生まれてきた以上、

父と母が生まれる前は当然自分も生まれていません。

その頃の自分とは何者なのか。

そもそも今の自分は何者なのか。

自分は誰なのか。

 

勿論、父と母から生まれ、名前もあって戸籍もあって、

学校や会社に属していますが、

本来自分とは何者なのかという事は分かりません。

自分で心臓を動かしてもいないし、この世界の事も本当は分かっていません。

どこから生まれてきて、死んだらどこへ向かうのか。

 

メアリー・シェリーの書いた「フランケンシュタイン」では、

次のようなやりとりがありました。

 

フランケンシュタイン博士は生命を生み出そうとして、

怪物をこの世に誕生させましたが、怪物の醜さに恐怖し見捨ててしまうのです。

怪物は孤独となりますが、人間と仲良くなりたいと考え、

言語を学び、人に親切な行動を取ります。

しかし皆、見た目が醜い怪物を恐れ、迫害を加え逃げてしまいます。

こころは優しいのですが、外見が醜いため誰も近づこうとしないのです。

怪物は絶望しますが、ある時、盲目の老人と出会います。

盲目の人なら、人を見た目で判断しないので仲良くなれると思ったのです。

盲目の老人と話をしている時、ふと、老人が怪物に質問します。

 

「あなたは誰ですか?」

 

怪物には両親もいなければ、名前もありません。

何のために生まれて、何をして生きるのか、皆目見当もつきません。

 

 

自分もそうですが、

「自分とは何か」という問いがあって初めて自分自身の事について考えて、

考えて初めて「自分とは何か」答えられない事を知ります。

 

この問は決まった答えが無く難しいのですが、

ここでアンデルセンの童話「モミの木」の話を用いて

この問いを考えてみようと思います。

 

ある時、小さなモミの木が森の中に立っていました。

モミの木は周りの木々や動物や新鮮な空気、日の光などを全く気にせず、

ただ「大きくなりたい」とその事に必死でした。

太陽に「あなたの若さを楽しみなさい」と言われても、

ただ大きくなる事だけを願っていました。

やっと大きな木に成長したモミの木は切り倒され、

ある家庭内のクリスマスツリーとして家の中に移動します。

その時モミの木は、

「やっと大きくなれた。これから毎日クリスマスツリーとして

みんなから愛されるだろうか」と思います。

しかし次の日には、物置小屋に移動させられます。

その時モミの木は「こんな暗い所に移動させられるなんて」

と残念がります。

日が過ぎて、やっと外に出してもらえた時、

またクリスマスツリーとして輝けると思いましたが、

中庭に横にされました。

そして、自分自身がひどく枯れてしまった事に気が付きます。

周りのきれいな花々を見て、「こんな事なら物置小屋の方がいい」と言います。

そうこしている内に、モミの木は切り刻まれ、

薪の束にさせられ、最後にはお酒をつくる窯の下で燃えて消えてしまいます。

 

小さな時は、大きくなる事を望み、

クリスマスツリーとなってからは、もっと愛されるように望み、

物置小屋に入れられたら、クリスマスツリーの時が良かったと思い、

中庭に出されたら、物置小屋が良かったと思い、

切り刻まれ薪になってからは、小さな頃が良かったと思います。

 

つまり常に不平不満や欲がある為に、

いつも「今」を楽しめないのです。

 

太陽が「あなたの若さを楽しみなさい」という言葉は

後になってから気付く訳です。

 

さて、神経衰弱で厭世気分になった夏目漱石に対し、

「父母未生以前の本来の面目とは何か」という問いが出されましたが、

両親が生まれる前には、喜びも悲しみもありません。

男でも女でもなく、お金もなく、体もなく、意志想念もありません。

 

その「ゼロ」であった夏目漱石は、この世にめでたく生誕し、

人生を歩み、悲喜交々あって、現在に至るのです。

 

生まれる前の「ゼロ」の時には、この世に生まれたいと願い、

この世に生まれたら、あれが無いこれが欲しい、

あれが嫌だ、これが苦しいといっています。

まるでアンデルセンの「モミの木」のようです。

 

人間は過去、未来は分かりません。

分からない様になっています。

 

だからこそ、「モミの木」の話のようにならないように、

「今」を受け入れ、楽しむ事が大切なのではないか、と

ぼくは思いました。

 

ガスヴァンサント監督の「マイプライベートアイダホ」で、

何もかも上手くいかない悲劇の主人公は、結局幸福は掴めませんでした。

 

映画の最後はこう締めくくられています。

 

「Have a nice day!」

「良い一日を!」

 

 

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美しい一瞬はいつまでも続く

2021年01月15日 | 人生について

小沢健二さんはシンガーソングライターであり、

東大出身のインテリで、世界の小澤征爾を親戚に持ちます。

 

小沢健二さんが書いた名曲「さよならなんて云えないよ」の

歌詞に注目したいと思います。

 

「さよならなんて云えないよ」(歌詞抜粋)

 

青い空が輝く 太陽と海のあいだ

”オッケーよ”なんて強がりばかりの君をみているよ

サクソフォーンの響く教会通りの坂降りながら

 

美しさ Oh baby ポケットの中で魔法をかけて

心から Oh baby 優しさだけがあふれてくるね

くだらないことばっかみんな喋りあい

嫌になるほど続く教会通りの坂降りて行く

 

日なたで眠る猫が 背中丸めて並ぶよ

”オッケーよ”なんて強がりばかりをぼくも言いながら

本当は思ってる 心にいつか安らぐ時は来るか?と

 

左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる

僕は思う!この瞬間は続くと!いつまでも

 

 

この曲はマイケルジャクソンのようなイントロで始まりますが、

何といっても、人生を歌っているこの歌詞がいいです。

 

特にタモリさんもお気に入りな歌詞がこちら。

 

「左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる

 僕は思う!この瞬間は続くと!いつまでも」

 

この部分についてタモリさんは、次のような事を述べています。

 

「カーブを曲がって、光る海が見えてきて、

すごいきれいな風景だね、と普通の人は書くけれど

「この瞬間は永遠に続く」と書く事がすごい。」

 

 

ここからはぼくの解釈ですが、

例えば子供の頃の何でもない一日を

大人になっても覚えている事があります。

 

家の中で、家族と一緒に楽しく話した事とか、

旅行へ行って、楽しくて、その時の風景を覚えてる事があります。

もしくは、人生の大変な時に助けてもらった時や、

自分がいいなと感じた一瞬の場面などなど。

 

その時は一瞬で、過ぎてしまえば過去の思い出となります。

 

しかし、ふと、頭の中でその光景を思い返すと

頭の中でその時の感動が再現される訳です。

 

子供の頃の家族で楽しく食事した時などを思い返すと、

しみじみと、今でもその時に戻ったように、

その時の感動がよみがえってきます。

 

つまり、自分のこころに刻まれた美しい一瞬は、

記憶に刻まれている以上は、いつでも思い返す事が出来、

いつまでも続いている事になります。

 

ドイツの哲学者ショーペンハウアーは次の言葉を残しています。

 

「永遠は一瞬の中にある」

 

ショーペンハウアーも小沢健二さんのような考えを

持っていたのかも知れません。

 

「左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる

 僕は思う!この瞬間は続くと!いつまでも」

 

この歌詞を書いた小沢さんは、

光る海が見えた瞬間の、その美しい風景や、

風景を見れた喜びがこころに刻まれて

永遠に続いていくんだ!と思われたのかもしれません。

 

とてもロマン的で、子供のような純粋さが

とても人間らしいなと感じました。

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