地図のいろいろ

半世紀も地図作りに携わっていましたので、この辺で振り返って地図を見直してみようかな~・・・。

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木曽川中流域 

2008-08-30 23:48:11 | Weblog
木曽川は木曽三川(西から揖斐川、長良川、木曽川)の一つで、木曽川水系の本流。一級河川。
この本流は中津川市より可児市までの間は恵那峡、深沢峡、蘇水峡といった峡谷を成し、濃尾平野東部に出て美濃加茂市と可児市の境界で飛騨川と合流します。
飛騨川合流後の可児市から犬山市の犬山城付近まで再度渓谷を形成し、「日本ライン」と呼ばれています。木曽川中流域とも言われています。
この「日本ライン」は幼年期地形の典型と言われていますが、私には、川幅から言っても、山稜の等高線の丸みから言っても、また木曽川河口に近い濃尾平野への出口であることから見ても、老年期地形に見えるのですが。
伊勢湾から濃尾平野にかける地帯は、元来伊勢湾が入っており、隆起準平原であることから、浸食が始まったばかりの幼年期地形と見られているのでしょうか。
そして、この上流部の恵那峡、深沢峡、蘇水峡の地形はまさに壮年期の地形ですね。
この辺の見方を続いて調べてみましょう。いまいちハッキリしません。


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浸食輪廻

2008-08-29 14:48:33 | Weblog
帝国書院発行の「詳細高等地図」帳に「浸食によって出来た地形」と題して河川による浸食輪廻がわかりやすく載っていました。
左の原地形が河川の浸食によって浸食基準面まで平準化される行程です。
幼年期と老年期の地形が見分け難いようですが、幼年期の谷は浸食が始まったばかりで狭く深く刻み込まれ始めていますが、老年期のそれは、川、谷の幅が広く流れは緩やかです。
人間の一生と同じですね。
ミクロの世界からこの大地に降り立ち、健やかに成長した暁には、この大地で暴れ周り、そして力尽きておとなしくなり、やがて大地に還っていく。
しかし、よい悪いは別にして、人間様はいろんなものを残しています。文化遺産であり、風俗習慣であり、宗教であり・・・ダムなど作って自然の摂理を壊している。いいのかな~?
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幼年期 地形 油木

2008-08-26 11:29:25 | Weblog
地形輪廻のうちの幼年期を取り上げました。
老年期との違いが明確なので、判断の基準がハッキリしていいかと思ったからです。
河川の彫が急峻ですね。それと流れが直線状です。滝もあちこちに見られます。侵食が進むにつれ、両岸の地形が崩れ落ち低くなだらかになります。同時に、軟弱な地質部分が抉り取られ流れが蛇行してきます。そして逐次、準平原に近くなるわけです。
特に、東城川と帝釈川が成羽川に合流する地点がT字型になっていますが、極めて不自然な形です。だんだん、Y字形に浸食されてくるでしょう。
1:50,000「油木」の図副の北半分はほとんどこんな地形です。帝釈峡から成羽川に連なる地域、吉備高原は全体に幼年期の地形をなしています。
その急峻な谷川を活用してアチコチにダムが作られています。

一般的な流れは、原地形が侵食を受けて幼年期地形となり、壮年期地形、老年期地形を経て平坦な準平原となりますが、その変化の時間が人間生活と規模が違い百万年単位で、ちょっとついていけません。
このような幼年期の地形は、吉備高原のほか、木曽川中流域などにも見られます。

明日は、木曽川中流域を取り上げて見ましょう。
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準平原 大台ケ原

2008-08-25 17:38:42 | Weblog
準平原として注目されている大台ケ原を採り上げてみました。
標高1694.9m(日出ヶ岳)。深田久弥によって「日本百名山」の一つとされています。日本百景、日本の秘境100選にも選ばれています。三重県の最高峰の山です。

等高線がゆったりしていて、標高差100mの等高線を赤で着色してみたのが添付の地図です。広いところでは1000mで100mの標高差。
頂上には平坦な山がいくつかあり、それらをひとまとめにして大台ヶ原と言っています。
このように頂上が平坦で周囲を傾斜が急な崖で囲まれている地形を隆起準平原といいます。
また、降水量は年平均約4800ミリ、東京が1400ミリ前後なので、その3倍以上にも達する多雨地帯です。
頂上から東ノ川に向かって流れる川は、その上流で3本の川が十字峡谷状に交わっています。そのあたりで川は急流になって流れてれています。
日本最高の多雨地帯のこの場所が湿地帯に成っていないのが不思議です。
河川等による浸食も激しい地域です。

今から2000万年前に海底が隆起して陸地となり、長い時間侵食をうけて200万年に平坦な地形(準平原)になったそうですが・・・
この辺の天変地異はいまいちよく解りませんが・・・。

機会があったら是非訪れたい山ですが、それにしても、あまり観光地として騒がれないのが不思議です。


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老年期地形 友部丘陵

2008-08-23 05:33:12 | Weblog
老年期地形の例として友部丘陵が取り上げられます。
八溝山地の南端のこの地帯は河川浸食が進み老年期に入ったなだらかな地形です。とはいっても平坦部分は少なく、標高差は小さいが入り組んだ地形をなし,大規模な農園を作ることは難しそう。
そこで、ゴルフ場がたくさん作られています。
友部の駅に着くと、ゴルフ場の案内看板がたくさん立っています。10箇所以上連なっています。
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甲斐駒ケ岳 ルート断面図

2008-08-21 05:46:44 | Weblog
今日はこれから甲斐駒ケ岳に登ってきます。
一泊二日の登山で、宿泊は仙水小屋、雷雨にあわないことを祈っています。
標高2965.8m,山頂付近は御影石のガレ場の多いところだけに、久し振りの本格的登山です。仲間に登山のベテランもいますので大丈夫でしょうが、やや心配。
素晴らしい自然を堪能してきます。
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山地の地形 老年期

2008-08-20 12:25:54 | Weblog
火山活動で出来た新たな地形や海底の隆起で現れた、まだ侵食されていない地形、または、とことん浸食を経て行き着いた準平原を原地形といいますが,
ここから長年の浸食を受けた形を、その浸食の程度で、幼年期地形、壮年期地形、老年期地形そして準平原と言います。
この変化を地形輪廻と呼んでいます。
河川などの侵食により地形が変化して行くため、侵食輪廻とも言われています。


さて、今日は手始めに老年期地形を取り上げてみます。
例として掲載したのは北上高地内の1:50:000「外山」の右下部分です。
いかにも老年期を迎えたらしく、等高線が大きくスムースに湾曲していて、かつ隣接した等高線間隔が広く、傾斜がなだらかです。
1000~2000mで標高差100m、1/10~20m=0.1~0.2
河川も緩やかな流れで、川幅も広く谷底と谷壁(土手)の境が不明確、流れによる浸食が極めて弱い状況です。
大川の上流部分には湿地帯の記号さえ見受けられます。
植生も広葉樹が多く、川沿いには牧草地も広がっています。放牧地としても利用されているようです。
日本では早池峰山を含む北上高地や、阿武隈高地などが、この老年期の地形です。


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展望図(カシミールより)

2008-08-19 17:48:50 | Weblog
昨日下見に行った三ツ峠山からの富士山です。勿論当日は牛乳瓶の中。同行してくれた女性の顔さえ定かでないくらい。
過去3回登りましたが、うち2回はまったく同じ蚊帳の中・・・
そして、平成4年(1992)に小田原から三島まで旧東海道を一人歩きしたときのことを思い出しました。
箱根峠を過ぎ、三島へ急いでるときのことです。
現在の道は車に都合よく蛇行していますが、当時の道は真っ直ぐ突き抜けています。従って、地方自治体が整備してくれないと旧道は荒れ放題。その荒れ放題の道を笹を掻き分け掻き分け進んでいると,急に広々としたところに出ました。
前には雲ひとつかかってない富士の雄姿が裾野を広げていました。富士見平です。これほどすばらしい富士にはその後もお目にかかっていません。
ところが、その近くに芭蕉の詠んだ大きな句碑がたっていました。
なんと
「霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き」
あるべきところに富士がないとどんなものでしょうか・・・
三ツ峠も同じようなものでしょうか・・・納得!


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三ツ峠山ハイキング

2008-08-16 17:59:07 | Weblog
三ツ峠山ハイキングのルート断面図です。
久し振りのブログで,作業に戸惑いっています。
老人らしく、ゆっくり再開します。
明日は、9月のハイキングのリーダーを依頼されていますので、その下見に行ってきます。多分曇りで、肝心の富士山は見れないでしょうが、下見は出来るでしょう。
そのための、道路断面図を作ってみました。帰りが延々と続くなだらかな一本道ですが、雨が降らなければいいのですが・・・?

これから、またブログがんばりますので、声援よろしくお願いします。
ようやく、パソコンも回復したようですので・・・

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