地図のいろいろ

半世紀も地図作りに携わっていましたので、この辺で振り返って地図を見直してみようかな~・・・。

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浅間山(賽の河原)へ

2008-06-30 12:11:03 | Weblog
浅間山西南の賽の河原へハイキングしてきました。
天気予報はあまりよくなかったのですが、幸いに薄日のさす無難な天気、ガヤガヤ賑やかな山歩きになりました。

12名のうち、女性が6人ですから、盛り上がらないわけがありません。
しかも、まだまだ美しい往年の面影を残したご婦人連中ですからね~。

あまり容貌がハッキリしてはプライバシーの問題になりますので小さくぼかしましたが・・・

後方に見えるのが、黒斑山です。2年前に上りました。
昨年は、同じコースを前掛山に挑戦しましたが、霧が深くて途中で止めました。
近い内、前掛けに登って、浅間山の噴煙をこの目で確かめたいと思っています。


本日は、山登りと、飲みすぎで、この辺で休ませていただきます。
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ハザードマップ

2008-06-25 22:30:09 | Weblog
ハザードマップへ目が移りました。

土地条件図は、昭和34年の伊勢湾台風による洪水・高潮被害が地形と深く関係していたことがら、国土地理院で作成が開始されました。

現在は、ハザードマップ作成のための基礎情報として大規模な豪雨災害及び東南海・南海地震などの防災対策推進地域を中心に整備されています。

土地条件図は、1:25,000地形図の上に

①地形分類(山地、台地、低地など)
②地盤高線(1m間隔の等高線)
③主な防災関係機関
等を重ねて作られたものです。
活断層線も入れるべきでしょうが、不動産評価に多大な影響がでるでしょうね・・・

今日は、もう晩いので、追々よく眺めてみましょう。
とりあえず、湘南の七里ガ浜周辺の地図を掲載しました。


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(浅間)賽の河原ハイキングマップ

2008-06-23 12:11:16 | Weblog
6/28,29は、山の連中16,7人で浅間山の裏側(南西側)へハイキングに行きます。
丁度、前掛山と黒斑山の間の平坦地です。
宿は渋谷区の山の家で、宿泊料は無料、食事代のみ、2食で¥1,900-
超安くて、しかし綺麗な山の家です。

昨日は「2008.06.22浅間火山北麓の地質図」を採りあげましたが、この地図には前掛山の辺りが少し載ってるだけで、今回のハイキングルートは殆ど乗っていません。しかし、足元の石には注意を払ってハイキングしてきます。


浅間山(2,568m)は、日本でも有数な活火山です。
黒斑山と前掛山という外輪山が2重に連なり、中央に新しくできた釜山という中央火口丘があります。3重式火山です。 

この周辺の植物ですが、
この辺りは、溶岩や砂礫地で土壌は痩せているし、風雪も厳しいので、植物にとって良い環境ではありません。
しかし、このような厳しい環境に、うまく適応した植物がたくさん見られます。
これらの植物の多くは、背が低くカーペット状に広がっているのが特徴です。
 
この地区に咲く6月の花のリストを上げると、

ミネズオウ(5-7月)
イワカガミ(5-6月)
ツガザクラ(5-7月)
イワヒカゲ(6-7月)
コメバツガザクラ(5-7月)
アズマツリガネツツジ(5-6月)
コヨウラクツツジ(5-6月)
ネバリノギラン(6-8月)
イブキジャコウソウ(6-8月)
アズマギク(5-6月)
クガイソウ(6-8月)
ハクサンイチゲ(6-8月)
オカトラノオ(6-8月)
スズラン(5-6月)
キバナノヤマオダマキ(6-7月)
シモツケソウ(6-8月)
レンゲツツジ(6-7月)
コミヤマカタバミ(5-6月)
ギンリョウソウ(5-7月)
ツバメオモト(5-6月)
ベニバナイチヤクソウ(6-7月)
シキンカラマツ(6-7月)
クワガタソウ(5-7月)
ツマトリソウ(6-7月)
ミツバオウレン(6-7月)

などなど・・・
植物の名前が、カタカナになっているので、連想しようもありませんが、
現地で皆さんに教えてもらいましょう。
いずれにしても、花の宝庫のようです。
後は、地酒だけですな~


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浅間火山北麓の地質図

2008-06-22 20:26:10 | Weblog
浅間火山北麓の地質図

(浅間)賽の河原 ハイキングを 6/28~29(一泊二日)で予定しています。
この機会に、浅間山の噴火を調べてみました。

地図は1:25,000図で浅間火山北麓の地質図です。

火山は、古い火山灰の上に、新しい火山灰を重ねていきます。
その厚さが1m以上になると、その火山灰の存在を認めています。
そのための境界線を等厚線と言っています。
等高線でなく、等厚線です。

軽石や火山灰の厚さは火口から遠ざかるにつれて規則的に薄くなりますが、風向きにも支配されて、等厚線は火口から特定方向に長く伸びることもあります。
円に近い等厚線は、その噴火が長期間継続していろいろな方向に風が吹いた様相を示しています。

さて、地質図の色については,先に(2008.06.20)述べたように、
古い時代の地層は濃く,若い時代のものほど薄く着色することになっています。

浅間山も、幾たびも噴火を経てきております。
歴史に残っているだけを羅列すると、

①、天明3年
②、1108年
③、1万5800年前の噴火
④、2万4300年前の山体崩壊
が、揚げられます。

①、1783年(天明三年)の噴火 (鎌原 吾妻 鬼押出し)
赤色~黄色系統で表現した鬼押出し溶岩(Alf)、吾妻火砕流(Aig)、鎌原土石なだれ(Ada)、鎌原熱雲(Abt)、そして釜山スコリア丘(Acn)です。

鬼押出し溶岩と吾妻火砕流は山頂火口から流出したようです。
この2つの流れが火口の南側(長野県側)には流れ下らないで北側(群馬県側)にだけ流れ下ったのは、当時の山頂火口の縁が傾いていたからのようです。
山頂火口縁から北へ5.6kmまで流れ進んで停止しています。

②、1108年の噴火 (追分)
黄緑色で表現した追分火砕流(Big)が、山頂火口から四方に広がっています。
しかし西側は黒斑山が、東側は仏岩の山体が障壁になり、山麓まで火砕流が達したのは北と南の二方向だけだったようです。

③、1万5800年前の噴火(平原)
ピンク色で表現した平原火砕流(Hig)が火山中心から四方八方に流れ広がり、堆積物が谷を埋めて広い平坦面をつくっています。
火砕流は黒斑山や仏岩の山体の上も通過して、薄い堆積物をそこに残しています。
急崖では失われたが、平坦面には堆積物がいまでも残っています。
浅間山の北麓一帯は、平原火砕流の後に噴出したカラフル火山灰と嬬恋軽石に厚く覆われています。

④、2万4300年前の山体崩壊 (塚原)
黒斑山が突然崩壊して、塚原土石なだれ(Kda)が発生したようです。








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甲斐駒ヶ岳の地質図

2008-06-21 15:07:36 | Weblog
甲斐駒ヶ岳の地質図(1:50,000地質図「市野瀬」の一部)

○、オレンジ色:鳳凰型花崗岩

○、ピンク色:甲斐駒型花崗岩
甲斐駒ヶ岳をはじめ,地蔵岳,観音岳,薬師岳の三山を合わせた鳳凰三山が花崗岩の山です。
甲斐駒の花崗岩は、雪と錯覚するほど白い岩肌や砂礫の山で、「粗粒含角閃石黒雲母花崗岩」という長い名称がついています。通称「甲斐駒型花崗岩」です。

約1400万年前にマグマが冷えて固まったものです。
花崗岩(御影石のこと)は、お墓の石や,ビルなどの建材に使われている,白くて鉱物の粒が粗い岩石です。中には黒っぽい鉱物(黒雲母や角閃石)も混じっています。
マグマが冷えて固まったという点では,火山岩(溶岩流ガ固まったもの)も同じなのですが,花崗岩は,もっと地面の底の深いところ(5~10km)でゆっくり冷え固まったものなのです。
ゆっくり冷えるので結晶が大きく成長し,火山岩とはみかけが全く違ってしまいます。

○、茶色 北岳層(泥岩を主とする地層)
○、黄色 仙丈岳層(砂岩を主とする地層)
北岳や仙丈ケ岳の岩石は堆積岩といって,山や高原を造る岩石が川の流れに削られて,下流あるいは海にまで運ばれ,そこに溜って(堆積して)できた岩石です。
茶色(北岳層)と黄色(仙丈岳層)の間の太い黒線は断層を北沢峠断層といいます。
この断層は仙丈ケ岳から南にのびる尾根の途中の鞍部を次々に通っているそうです。

○、緑色:仙丈岳層中の緑色岩
○、白地に青の水玉: 崖錐堆積物

さて、8/21の登山ルートの、
①、仙水峠から駒津峰に登る急な坂道には、うっすらと赤い石が見られるそうです。
接触変成岩で,菫青石,紅柱石,ザクロ石などだそうです。

②、駒津峰と甲斐駒ヶ岳との間の鞍部付近から東には、花崗岩が見られるはずです。
花崗岩が仙水峠より西側には見られないはずですが、実際には北沢を遡って仙水峠へ向かう道沿いに,花崗岩の大きな円礫がみられるそうです。
この円礫は,駒津峰と甲斐駒ヶ岳との間を南南東に流れる谷(大武川上流の仙水谷)がかつては北沢に流れていた時に運搬されて来たものと考えられています。
この谷は,東側の大武川の浸食量が大きく,北沢ヘの流路を無理矢理変えられてしまったものと解釈されています。いわゆる、河川の争奪現象です。

注)
岩石には,溶岩のように溶けたマグマが冷え固まってできるものと,すでにあった岩石が空気中や水中での崩壊,風化などの作用で砂や泥のような粒の細かい堆積物になり,主として水の底に積ってできるものとがあります.

前者を火成岩,後者を堆積岩といいます.

火成岩はその中に含まれている放射性元素が時計の役割を果たし,ある温度より低くなるとストップウォッチがスタートを始めます.ストップウォッチの針を測定して,今から何千万年前にできた,というような言い方をします.

堆積岩の場合は,それが水の底に積った時に,一緒に水の中に住んでいた生物の遺骸があると,その岩石の堆積した時代が分かります.
恐竜の骨があったりすると,ジュラ紀とか白亜紀とかいう地質時代の岩石だということになります.

続けて、調べてみます。今日はこれまで・・・

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日本地質図 500万分の1図

2008-06-20 11:24:13 | Weblog
日本地質図 500万分の1図(第4版)

いろいろな地質資料から見やすく総括した地質総図だそうです。

私は、この美しい地図を見ても、全く理解できません。しかし、理解したい意欲を感じます。それほど、魅力的な地図です。
幸い、山にも登りますので、少しでもその辺の知識を持って登山したいですね。
そこで、その手始めに、先ず記号の内容を少しずつでも調べてみることにしました。

ところが、複雑なのと、国際的に統一されていない部分もあるようで、困惑していますが・・・

「地質凡例基準の標準情報化」の案内を見てみましょう。

「地質図は,地殻表面の岩石(表層を覆う土壌や草木以外の未固結の砕屑物も含む)を,その種類,または岩相(堆積相,変成相,変形相なども含む)と,時代とで区別し,それらの分布と構造,累重関係などを示した図です。」

つまり、地殻表面の岩石を、種類、岩相、生成の時代で区分し、
その、分布、重なり具合などを表した地図のようです。
単に、平面的な広がりだけでなく、立体的にも理解しなければならないようです。

「岩石の分布を表現する場合には,異なる岩石の境界を描き,それぞれの岩石を色と模様と記号の組み合わせで区別します。
また,境界面または線の姿勢(面の走向傾斜や線構造の走向とプランジなど)や性格(初生的な境界か,地殻の変形で形成された断層面かなど)を記号または記号と色で表現します。」

「原則として,色は岩石の時代を区別するために使い,
模様は岩石の種類を区別するために使うというのが国際的に共通した」凡例でしたようです。

「地質図の色については,1882年の万国地質学会議(IGC)で,次のように定められています.

1)古い時代の地層は濃く,若い時代のものほど薄く着色する.
2)時代が近接しているものについては,混同しない程度に似た色にする.
3)中生代及び第三紀の地層は光のスペクトルの原色(混ざらない色)にする.三畳紀層は藍色,ジュラ紀層は青色,白亜紀層は緑色,第三紀層は黄色とする.古生代の地層には混合色にする.
4)火成岩は濃い色とし,酸性岩には赤色,塩基性岩には紫または緑色を使う.

注) 
地球の歴史46億年
古生代:5.7億年~2.5億年
中生代:2.5億年~6500万年、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀の順で新しくなります。
第三紀:6500万年~170万年、古第三紀、新第三紀からなっています。

「地質調査所の50万分の1地質図幅でも,これに従い,次のようにして地層の時代を区別しています。

第四紀層___水色系統
第三紀層___黄色系統
白亜紀層___緑色系統
ジュラ紀層___青色系統
三畳紀層___濃い赤みの橙色
古生層___茶色系統 」

「地質調査所の100万分の1日本地質図では,岩相と時代とによって136もの地層・岩体を区別していて,似た色を区別するために記号と模様を併用するだけでは足りないために,原則から外れた色使いもしています。」

更に、1:50,000図となると、更に複雑になるようです。

今回は、500万分1図を見ながら、50万、100万分1図の凡例を垣間見るだけにとどめましょう。

魅力は感じたものの、先が思いやられます。

先ずは、地図を入手して、その凡例を調べていましょう。

幸いに、8月下旬には甲斐駒に登る予定ですので、カシミールでの登山ルート図、展望図、航空写真の立体視、それと今回の地質図を併せてみることにしましょう。
忙しくなってきましたよ。
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日中ガス田決着へ

2008-06-18 07:41:36 | Weblog
日中ガス田決着へ(日経)

共同開発へ、最終合意に達した様子です。

このガス田問題は2004年から議論されており、約4年を得てようやく契約にこぎつけたようです。
よく決着までこぎつけたもんです。お互い緊急を要する問題だけに、思惑が一致したのでしょう。めでたし、メデタシです。

北方領土や竹島問題は、緊急性がないだけに、お互い利権の掛け声だけで、進展していないようですが・・・。

「日中中間線をまたぐ両側の海域で共同開発するのが柱。中間線付近で中国が単独開発を進める白樺(中国名・春暁)には日本側が中国の開発会社に出資し、一部権益を確保できるようにする。」

「共同開発の対象になるのは翌檜(あすなろ、中国名・龍井)を含めた中間線をまたぐ海域や、白樺の2箇所など。・・・・共同開発の条件として、双方が受け取る利益は出資比率に応じて決めることで一致している。」

「東シナ海の排他的経済水域(EEZ)を巡っては、日本が日中両国から等距離にある日中中間線を境界に主張している。中国側はそれを認めず、大陸棚が終わる沖縄トラフまでを自国のEEZとする立場を崩していない。今回の合意はこうした境界線の確定問題は棚上げし、共同開発によって事態を収拾するものだ。」
とあります。

北方問題も、竹島問題も、そうした手法が取れるといいのですが。
争いばかりでは、お互いが損を見るだけですがね!


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日本の古地質構造図

2008-06-17 15:58:46 | Weblog
日本の古地質構造図

この地図は、日本の先新第三紀層(170万年前にできた地層、堆積岩や火成岩からできた比較的硬い地層)以前にできていた日本列島の地質構造を示した地図です。

それには、糸魚川~静岡を結ぶ、フオッサ・マグナ線も示されています。
このフォッサ・マグナ線によって東北日本と西南日本とが分かれています。

西南日本は東西の中央構造線で内帯と外帯とに分けられ、ともにほぼ東西に幾筋もの地質構造線が並列しています。その一つに仏像構造線(土佐市西部にある地名「仏像」から命名された断層)が並行して走っています。

東北日本では関東地方に西南日本外帯が南東に折れ曲がって伸びており、更に、上信越地方に西南日本内帯が南北に伸びています。

東北地方には棚倉構造線が南東から北西に延びています。

北海道では南北に幾筋もの帯が走っています。


以上が、日本全体の大きな構造線のあらすじです。
それら大筋の構造線にまつわるようにして、多くの断層線が走っています。
それらの全体を現したのが地質図です。

表土を除いた「基盤地質図」とも呼ばれています。
日本全国に亘って調査され作られています。

地質図は地球表部の地質状況を表現したもので、岩体を、種別、時代によって区別し、その分布や地質の構造(断層、褶曲など)を表しています。
また、沢山の地質構造を詳密に調べるのは不可能なので、その補完に

①、地質柱状図:その地域の地層の層序、岩質、含有化石を年代順に柱状的に示したもの。
②、地質断面図:その地域の構造的特徴を示す断面で切って、その地下における岩体の分布や相互関係を示しています。
ともに地質図の理解を助けるものです。

なお、このたびの地震や、いろいろな土木工事ごとに、その地層を調べ地質図を修正しているようです。大変な苦労と、それらデータの蓄積が地質図なのです。

また、このほかに、目的によって部分的に
・地表最上部の地質図、すなわち表層地質図や土壌地質図
・特定の有用好物を取り扱った、炭田地質図、油田地質図、鉱床地質図
・地表や地下の水の状況を示す水理地質図
・特別な地質現象を示す、火山地質図、地すべり地質図、、地熱・温泉地質図
・海底地質図、湖沼のそこを示す底質図
などが、必要に応じて作られています。

地図の世界は、無限ですね。


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昭和30年頃の新宿二丁目辺りの地図

2008-06-15 17:33:39 | Weblog
昭和30年頃の新宿二丁目辺りの地図です。

近く、本に纏めて出版するので、現状と比べてその変化を調べて廻りました。
勿論、一人ではなく、OB4人で賑やかに探訪しましたが・・・

と申しますのも、例の赤線,青線地区ですので、“すね”に傷を持つ連中の探訪ならではの、意味深な調査でした。それだけに、熱を帯びた真剣なものでした。

赤線地区は完全に高層ビル街に生まれ変わっていて、昔の面影はないように見えましたが、土地の老人を捕まえて、その辺の話を聞きましたら、ニヤニヤしながら、「表向きはね~、しかし、完全に無くなることは・・・」と言葉を濁していました。

ところが、花園神社(大鳥神社、)の近くの青線地区は、ゴールデン街と名前は変えていますが、以前の様相を残しているようでした。
近くの都電通りは青々とした木の茂る、静かな散歩道にはなっていましたが・・・

更に足を延ばして、新宿末広亭の中まで探訪してきました。おにぎりと、酎ハイの缶を抱えて、久し振りに、のびのび笑ってきました。

新宿の街も随分変わりましたが、街路はあまり変わらないので、地下にもぐらない限り、迷うことはないですね。
道路はなかなか変わらないようです。


(明日は久し振りに、山へ芝刈りに行きますので、明日の分を一日繰り上げて、本日ブログします。)
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東アジアは「地震の巣」

2008-06-15 12:19:52 | Weblog
東アジアは「地震の巣」だそうです。

中国・四川大地震に続いて、昨日は「岩手・宮城内陸地震」(M7.2)が発生しました。

内陸・直下型地震で震源地の深さは8Kmと浅く、長さ40Kmの断層が最大3.9mずれたそうです。

M:7.2、中心付近の震度:6強、加速度 最大1816ガル
これは、新潟県中越地震に迫る規模だそうです。

日経に東アジアの「過去30年間でM5 以上の地震が起きた地点(赤)」の分布図が掲載されていましたので取り上げました。

この地図では、日本は殆ど全地域、赤一色です。
世界のM6 級以上の地震数で日本がその20%を占めているそうです。

「日本は太平洋側のプレートが、日本海側のプレートに沈み込んでいる。列島の地下は東西や南北方向に力がかかり、絶えず歪がたまっている。耐え切れなくなった力は、95年の阪神大地震や今後30年以内に80%近い確立で発生するとされる東海地震などとして開放されるという。」

なんだか、地下深くでプレート(岩板)の歪みが連動して動き出してるような気がしてきました。

まさに地下の大なまずが目を覚まして動き始めた感じですが・・・


地震用語の解説が載っていましたので記録しておきます。

○、マグニチュード:地震の規模を示す指標でエネルギーの大きさ。M が+1でエネルギーは30倍の大きさになるそうです。

○、震 度:特定の地点のゆれを10段階で示します。(震度0~10)

○、加速度:建物などに、どれだけの力が加わったかを示す指標で、地震の瞬間的な揺れの強さを示します。通常、地球表面に向かって980ガルの加速度(980mm/sec・重力)が働いていますが、もし地震で逆方向、つまり上空に向かって980ガルの加速度が発生すると、無重力状態になり、ものが浮かんできます。建物の被害が大きくなるわけです。
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