地図のいろいろ

半世紀も地図作りに携わっていましたので、この辺で振り返って地図を見直してみようかな~・・・。

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海図・陸中国釜石港之図

2009-09-13 16:23:06 | Weblog
海図・陸中国釜石港之図

浮気っぽいのでしょうか、暫く海図をつまみ食いしてみようと思います。
知り合いに、水路部OBの人たちの顔が浮かんできて、書き辛いのですが・・・

わが国最初の本格的な海図と言われているのが、上の図の「陸中国釜石港之図」です。
地図にも「大日本海軍水路寮 第一号」とうたわれています。

永い鎖国の後、文明開化の明治になって、ようやく日本人の手のみで測量から製図、印刷まで成し遂げた最初の海図です。完成は明治5年(1872)と言われています。

明治4年4月、軍艦「春日丸」(1、015トン、74mの木造船)の艦長・海軍少佐・柳楢悦(やなぎ ならよし)氏が責任者として制作したもので、イギリスの測量船シルビア号とともに北海道各地を測量した帰りに釜石港に立ち寄り、日本人のみで測量し、翌年9月に海図を完成させたそうです。(銅版彫刻で、約32cm*22.5cmと小さな地図ですが)

この海図には、天体測量によって決定した経緯度と線縮尺が記載されされおり、1海里を図上1インチで表示しています。(縮尺 約1:73,000)
記号等表現方法は、イギリスやオランダの地図に倣っているようです。
水深は「尋」単位です。数字も「弐拾五」尋のような日本数字だそうです。この複製図では読み取れませんが。

現在発行されている1:50,000地形図と並べてみましたが、海岸線の形はほぼ問題なく測量されているようです。

この後、約135年の間に、埋立てや港湾整備や釜石製鉄の立ち上がりで、田舎の漁村が大きく変化した様子が読めます。

さて、その制作責任者の、柳楢悦(やなぎ ならよし)氏は、初代海軍水路部長になり、わが国の海洋測量の基礎を築いた人だそうです。








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