食事を終えてテレビのチャンネルを変えていると、『銀河鉄道999』が映った。放送されるのはひと月前位に知り、楽しみにしていた。そして、忘れてはいけないと先週末に録画予約しておいたのだが、「だから今は観なくても…」という気持ちがあったのも事実だ。だが、
観始めるとそんな気持ちはどこかに吹き飛んでしまい、どんどんとその世界に引き込まれていき、今もこうしてパソコンを横目に放送を観ている。
テレビアニメは途中で挫折してしまったように記憶している。子どもの頃の僕には、その世界は少し大人のもののように感じたからだろうか。映画版を観たのが劇場だったか、それともテレビで放映されてからだったか、今ではその記憶も曖昧だ。ただ、手元にある雑誌の特集号がその時の思いを断片的に残している。
途中、上川隆也さんのインタビューで、彼が話している言葉を聞きながら、共感する部分と少しずれた部分を感じた。彼は僕の兄と同世代で、その頃の年齢差は数字より大きい。それでも、共感できる部分のほうがはるかに多かった。
いくつもの出会いと別れを繰り返しながら成長していく鉄郎は、男の子が大人の男になっていくその道と重なる。あの頃、途中で挫折しなければ、またその物語をもっとよく理解することができたら、今の大人になりきれていない僕はいなかったかもしれない。
今回、改めてテレビ版を観ることで、あの時途中下車してしまったのかもしれない大人への旅を再開することができるかもしれない。いや、今進んでいる道も、かなり遠回りだが確実に前へと向かっている。そう思いたい。だから、立ち止まらずに進もう。
観始めるとそんな気持ちはどこかに吹き飛んでしまい、どんどんとその世界に引き込まれていき、今もこうしてパソコンを横目に放送を観ている。
テレビアニメは途中で挫折してしまったように記憶している。子どもの頃の僕には、その世界は少し大人のもののように感じたからだろうか。映画版を観たのが劇場だったか、それともテレビで放映されてからだったか、今ではその記憶も曖昧だ。ただ、手元にある雑誌の特集号がその時の思いを断片的に残している。
途中、上川隆也さんのインタビューで、彼が話している言葉を聞きながら、共感する部分と少しずれた部分を感じた。彼は僕の兄と同世代で、その頃の年齢差は数字より大きい。それでも、共感できる部分のほうがはるかに多かった。
いくつもの出会いと別れを繰り返しながら成長していく鉄郎は、男の子が大人の男になっていくその道と重なる。あの頃、途中で挫折しなければ、またその物語をもっとよく理解することができたら、今の大人になりきれていない僕はいなかったかもしれない。
今回、改めてテレビ版を観ることで、あの時途中下車してしまったのかもしれない大人への旅を再開することができるかもしれない。いや、今進んでいる道も、かなり遠回りだが確実に前へと向かっている。そう思いたい。だから、立ち止まらずに進もう。