小型車市場の拡大に伴ない急遽開発が進められ、1957年に発売された初代のトヨペット コロナです。
ライバルのダットサン 1000はこちらをご覧ください。→Datsun 1000 1957-
2代目のコロナはこちらをご覧ください。→Toyopet Corona 1960-
Toyopet Corona Aichi Toyota Automobile Museum 1992年撮影
Toyopet Corona Aichi Toyota Automobile Museum 1995年撮影
Toyopet Corona Tokyo 2013年撮影 <2013年5月画像追加>
<参考データ>
FR/L4,1L/Wheelbase 2,400mm,Length 3,912mm,Width 1,470mm,Height 1,518mm
ライバルのダットサン 1000はこちらをご覧ください。→Datsun 1000 1957-
2代目のコロナはこちらをご覧ください。→Toyopet Corona 1960-
Toyopet Corona Aichi Toyota Automobile Museum 1992年撮影
Toyopet Corona Aichi Toyota Automobile Museum 1995年撮影
Toyopet Corona Tokyo 2013年撮影 <2013年5月画像追加>
<参考データ>
FR/L4,1L/Wheelbase 2,400mm,Length 3,912mm,Width 1,470mm,Height 1,518mm
このコロナが登場した時、トヨペット・マスターの小型版が登場したのかと子供ながらに思ったものです。
其れまでの国産車の塗色は「黒」が殆どで、たまに濃紺やくすんだグレーを見掛ける程度でした。
このコロナには、バナーに紹介されている固体の様な「淡色」のブルーや少し濃い目のアイヴォリーが、メーカー標準色としてカタログに掲載されていました。
このコロナが登場してから1年経った頃だったでしょうか、室内の「ドアハンドル」が実に斬新なデザインに変わったんです。
12~13cmの円形ハンドルの一部が円弧と一体となって突出していて、そこに親指が掛かる様にデザインされていました。即ち、この円形ドアハンドルを回転させてドアを開ける方式が取られたんです。
中心にはゴムの淡色のパッドがはめ込まれ、円弧の部分にはクロームメッキが施されていました。
このコロナのエクステリアは、旧態前としていましたが、次期コロナ登場を踏まえた試金石だったのではないでしょうか。
このコロナが登場した1957年に、父はやはり1957年型トヨペット・クラウンを購入しました。ボディーカラーは、当時としては珍しい淡色ブルーでした。父が購入した1956年型トヨペット・クラウンは当時はお決まりの「黒」でしたが、その時に淡色ブルーはカタログに掲載されていなかったと思います。
因みに、このコロナのフロント・ウィンドーがそうである様に、トヨペット・クラウンのフロント・ウィンドーも1957年型から“スプリット”式を排して“一枚一体”式ウィンドーに変更されました。
いつもながら当時を彷彿とさせるリアルなお話をありがとうございます。
このコロナのドアはマスターからの流用のようなので、まさに小型版に見えたのでしょうね。
因みにクラウンのフロント ウインドウは1955年12月に追加設定されたDxで1枚ものになったようです。
コロナのドアはマスターの流用でしたか。
あの当時から、パーツやコンポーネンツを流用していたんですね。
1枚ものフロントウィンドウが、1955年12月に追加設定されていたのを知りませんでした。
すると56年型だったと思っていた父のクラウンは55年型だったんですね。
この当時「東京モーターショウ」は未だ日比谷公園で開催されていましたね。車種は決して多くは在りませんでしたが、自動車後進国だった日本メーカーは新車開発に意欲的でした。現在の自動車メーカーには、ああいった意欲が見受けられないのが残念です。