海軍大将コルシンカの航海日誌

ロシアの作曲家リムスキー=コルサコフについてあれこれ

《ホメロスより》その1~オデュッセウスの遭難

2021年12月13日 | カンタータ

今や「ナウシカ」といえば風の谷の少女のほうがすっかり定着していますが、元々は古代ギリシャの詩人ホメロスによる一大叙事詩「オデュッセイア」に登場する王女の名前です。ここではアニメの主人公との区別のため、オデュッセイアのヒロインは「ナウシカア」と表記することにします。ちなみにロシア語だと「ナヴシカーヤ」と発音するようですね。

さて、もうずいぶん昔のことですが、私もアニメーション映画「風の谷のナウシカ」を観て魂を抜かれてしまった一人で、当時自転車で隣市の映画館に通うこと数回。ずっと後になってから、リムスキー=コルサコフがオデュッセイアの一節を題材にして歌劇《ナウシカア》の構想を持っていたことを知り、さらにこの未完の歌劇の遺児ともいうべき《ホメロスより》を聴くことができたのは、はるかウクライナの業者さんからメロディアの25センチレコードを入手してからのことでした。

プレリュード・カンタータ《ホメロスより》(作品60)は、この歌劇の前奏曲として、オデュッセウスがナウシカアに出会うまでの出来事をいわば「交響的絵画」として描いたもの。
すなわち、故郷イタケめざす海路の途中、海神ポセイドンの怒りに触れたオデュッセウスが、荒れ狂う海の中で遭難し、海の女神レウコテエの助けを借りながら、這々の体でようやくナウシカアの住むスケリエ島に漂着するという話を音楽化したものです。

この部分の要約は、《ホメロスより》の楽譜の冒頭にプログラムとして掲げられています(見出し画像参照)。
和訳はネット等でも見当たらないようなので、ここで訳出しておきましょう。

運命を海にゆだねたオデュッセウスは、十七日間というもの、順風を受けながら筏のかじを操り航海を続けた。
十八日目になって突然、大地をも揺るがす海神ポセイドンは、三叉の矛で海を湧き立たせ、嵐を巻き起こし、逆風を呼び集めた。
突如として黒雲が海と空を覆いつくし、上天からは闇が下ってきた。

オーケストラ
東風エウロス、南からは南風ノトス、それに西風ゼピュロス、晴朗の上天から生まれた力強き北風ボレアスら風神たちはみな深い波を揺り動かした。
オデュッセウスは怯え、膝や心臓は打ち震えた。
「なんたる災いだ!天界はとうとう私に苦しみを与えることを決定されたのだ!」
そのような中で、カドモスの娘レウコテエがオデュッセウスを目にとめた。
女神に列せられ、海原にあって不死の身となった彼女は、頭のヴェールを取り去り、それをオデュッセウスに差し出した。
すぐさま彼はこの霊力のこもったヴェールを胸に巻き、波間の中へ飛び込んでいった。
二日間、彼は荒れ狂う波間に弄ばれた。
そして彼は何度も死を目前にした。
しかし、三日目になって巻毛の輝く女神エオスが現れると、嵐はたちまちにして勢いを失い、海面には輝きが戻ってきた。

声楽
ばら色の指をした暁の女神エオスが暗闇からお姿をあらわしになられました。
美丈夫ティトノスの眠る床からいち早くお立ちになられて。
女神は祝福された神々と死者のために天空で光り輝く。

(ホメロスによる)


「オデュッセイア」の物語は、ありがたいことに岩波文庫から上下2冊で日本語訳が出ています。
上記の訳(適当です)も本書を参考にしました。

ホメロス オデュッセイア(上)
松平千秋 訳(岩波文庫)


リムスキー=コルサコフの《ホメロスより》に相当する部分は上巻の「第五歌」の後半 になります。
こちらの方も読めば、この音楽作品の描写力のすばらしさがより理解できるのではないかと思いますよ。