第114話. 人類への信頼を深める方向で

2018-06-24 00:10:23 | 文化論
湖畔人です。

実力のある役者、上手い役者はどんな役者か評価をする際に、どうもうまい役者とは、人間の持つ愚かさ、醜さ、負の側面をどれだけ表現できるか、そう言った視点で評価がなされているケースが多いように見受けられます。これは役者に限らず、小説、音楽、映画、芸術全般にそう言った見方の傾向があるように見えます。まあ、そうした見方も、ある程度は判らないでもないですし、人は複雑なものを好む傾向がありますし、真に迫った物、エグイものを好む方々も多いように見受けられます。たた、その描かれる悪が、反面教師として、真似てはいけない姿として、描かれるのであればそれは良いとは思うのですが、そうでは無くて、こうした人間の悪を描くことで、それらを観た人々が、如何に人間が愚かであって、本来滅ぶべき悪しき存在である、等の、人類に対するネガティブな印象を持つ人々が増える結果になるのであれば、それはそれでやはり問題であって、それは、芸術に限らず、我々の日常の行為においても、そうした人間不信を招くような行為は控えられるべき、と思うのです。特に、無差別に人を殺傷するような方々は、自分自身やこの世界に絶望してああした事件を起こすと聞きますし、イジメや親に虐待を受けた方々だって、人間や社会への不信を募らせている事でしょう。ですから、人類や社会に対する不信を増幅する方向での芸術表現や、人間不信を招くような我々の行動も控えられるべき、と思うのです。
これまで学んで来た様々な世界観、教えによれば、この世界は、そして我々人類は、どうも例外なく全て神の子であり、神の一部であり、神と言う巨木の葉の一枚一枚であり、霊的な存在でもあって、何度もこの世に生まれては、様々な経験や知見を重ね、より神仏に近い存在に近づかんとしている存在である、というような世界観を教えて頂いています。もしその世界観が真実であるとするならば、本来この世界は神の子達が住まう世界、素晴らしい世界、信用できる世界であって、上記のような、人間や社会への不信を募らせる方々が多い状況は神の目から見たらあってはならない状況なのだと思うのです。
しかし、実際には、そうした神の子としての自覚、霊的存在としての自覚を持った方々は少数であって、その結果、かなりネガティブなイメージを人類や社会に対し持っている方の方が多いと言うのが実際のように見えます。我々皆が神の子達であるならば、こうした状況はあってはならない状況でして、本来のあるべき状態に近づけねばなりませんよね。神様だって不本意に思っている事でしょう。
ただ、成り行きに任せていては、現在のように、世界や人類に対しネガティブなイメージを持つ方の多い現状を変える事は難しいでしょう。この状況を変えるには、まず、多くの人がこの世界を信頼に足る良い世界にしようと、積極的に関与する必要があります。まずは思想として、考え方として、全ての人類が例外なく、神の子達であり、神の一部であり、霊的存在であり、転生をし、経験と知見を重ね神近き存在へと成長することを期待されている尊い存在である、と言った認識を、多くの方々に共有いただき、その上で、多くの方々に、日々そうした考えに基づいて、その考えに沿った正しい行動を積み重ねて頂き、この世界が、正直で親切で明るく世話好きな素晴らしい人々の集う信頼に足る世界である、と、そうした認識を多くの人達に持ってもらえるようにする必要があります。我々の行為を見て、人間不信に陥る人がいてはいけないと言う事です。ですから、正直である必要があり、親切で思いやりが必要であり、言動に一貫性も必要だと言う事になります。
芸術の世界においても、出来るだけ、そうした正直で親切でおせっかいな人々が作り出す思いやりと信用の溢れた明るい世界をもっともっと描いて頂きたいと思うのです。複雑で屈折した難しい人間達の織り成す世界よりも、もっと単純な善人が作り出す温かい世界をもっともっと見てみたい、と、そう思う今日この頃です。

湖畔人

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