第88話. 人事で意思表示

2018-03-24 23:32:09 | ★政治 外交 歴史
湖畔人です。

トランプ大統領が米朝首脳会談を承諾した事で、半島の非核化に妥協が生まれる懸念が若干生じておりましたが、ここ最近の二件の閣僚の交代人事によりトランプ氏の非核化への変わらぬ覚悟が見えて参りましたね。これは朗報です。穏健派のティラーソン国務長官を解任し、強硬派のポンペオ中央情報局(CIA)長官を後任として指名されたのに続いて、マクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を解任し、後任に元国連大使のジョン・ボルトン氏が指名されています。新任の御二方とも北に対し強硬的姿勢を持つ方々であり、非核化が見込めないと判断された場合には軍事行動を支持するであろう方々です。この人事異動は、トランプ政権の非核化への覚悟を明確に示すものとなり、北に対しても、小手先の約束では米政権は決して納得をしないし、査察の受け入れを含め検証可能な非核化の約束で無ければ米国は必ず軍事行動を起こし、北の体制を終焉させる、と言う明確かつ強烈なメッセージを示すものに成っております。これ程意図が明確な人事異動を見たことが無いです。北も腹を括らざるを得ません。

さて、在韓米軍は核戦争を想定した大規模退避訓練を始めたようです。
日本はどうでしょう。日本政府は多分相変わらず無策であり、何の準備もしていないのではないでしょか。在韓邦人の退避への手立て、日本に核攻撃があった場合のシェルターの準備、国民への有事に向けた対応への指南、その啓蒙活動、殆ど何もできていません。そんな事はお構いないしで毎日森友森友と騒ぐだけです。与党も野党も必要ありません。今必要なのは有事に対応できる政治家、国民を守れる政治家、即ち9条を変え、核搭載の原潜の保持を可能に出来る政治家です。
日本も人事異動が要ります。こちらもトランプさんにお願いしたい位です。

湖畔人

第87話. タゲリシーズンの終わりと春の訪れ

2018-03-18 15:14:25 | 花鳥風月
湖畔人です。

今月10日に7~8羽のタゲリの群れを見かけて以来、もう我が湖畔エリアではタゲリを見掛けなくなりました。一ヵ月前位は、何故か畦道にポツンと佇むタゲリを複数個所で見られましたが、3週間位前からは、段々と帰郷の準備か5~10羽の塊になっているグループを幾つか見掛けるように成り、でも今月10日にはもうそうしたグループもたったの1グループのみと成り(我が湖畔では)、11日以降は1羽も見ておりません。もうタゲリ達は大陸に旅立ったようです。たったの1羽もいません。本当に残念です。心から・・・。タゲリの旅立ちは冬の終焉のサイン、春が来たという印です。確かに日も長くなり、梅も咲き、春らしくはなっては来ましたが、私はタゲリロスに今後暫く苦しむ事になります。それは花粉症よりツライ喪失感です。本当に残念です。その心の穴を埋められる鳥達は残念ながら今の所おりません。雉はたまに見掛けますし、出会えればそれはラッキー感は高いですが、そうそう会えませんし、中々代わりが見つからないのです。小さい頃は猛禽類に一番ときめいたものですが、物心をつくと段々肉食と言う事だけで、何か今一つ、尊敬が出来ないと言うか、余り有難みに欠けるのです。猛禽類としては、今はチョウゲンボウ、ノスリ、鳶、たまにチュウヒとミサゴを見ます。その中でも最も大きいは実は鳶です。ミサゴと鳶はほぼ同じサイズですがミサゴの方が胴体が少しスマートで、鳶の方が羽を含め全てが大きく、ド迫力です。鳶はネーミングが何か庶民的で威圧感に欠けますが、でも現物はかなり大きく野性味のある大きな鳥でして、湖畔の生態系の頂点に君臨しています。まあ、でも鳶君達ではこのタゲリロスから来る心の穴は埋められないのです。白鳥も見掛けますし、それこそ鳶より巨大で威容ですが、何か見付けても心が動かないんですよね。何だかなーと言った感じです。

湖畔人

第86話. 五輪後日談

2018-03-14 23:28:36 | スポーツが与えてくれる力
湖畔人です。

冬季オリンピックが終わり、パラリンピックがもう始まりましたが、オリンピックの後に、様々な後日談が色々と聞こえて来ましたね。色々と考えさせられたので、ちょっと触れてみたいと思います。怪我、過去の挫折、スポンサーの問題等です。

まず、怪我ですが、フィギュアの羽生選手はどうもギリギリの状態でオリンピックに臨まれていたようですね。痛み止めを飲んで、怪我を完治させる事を脇に置いてでも金を獲る事に全てを掛けて決死の覚悟で臨んだ大会だったようです。条件が限られる中、その手持ちの札を最大限の効果が出るよう組み立てて戦略的に臨んだ大会だったようですね。ジャンプが飛べるようになったのも大会の二週間前、競合への心理対策として練習時の情報露出も戦略的に抑制し、演技のメニューも体への負担を最小限にしつつ出来るだけ高得点が狙えるものに変えたようです。非常に計算されたギリギリの選択と戦略と精神力により勝ち得た勝利だったようですね。知性と勇気と決断力、そして応援してくれた人達への恩を動機とした、愛の思いを根底に置いた戦いであったようです。これは、最大限の人為と天の応援をも引きだす絶妙且つ最強のバランスであって、最強の準備をされた印象です。演技中のミスに対してもとっさの判断で挽回をしましたし、機転も、負けん気も、凄まじいものを見せてくれました。若いのに本当にスゴイです。ただの連覇ではないですね。持てる材料を絶妙に組合せ僅かなチャンスに賭け、己を信じて挑んだギリギリの戦い、桶狭間のようなギリギリの戦いだったようです。彼は今、五輪を終え、治療に集中していますね。稀勢の里のように怪我が長引かないことを祈るばかりです。本当に見事な戦いぶりでした。本当にお疲れ様でしたね。

怪我と言えば、ノルディック複合の渡部暁斗選手も、助骨を折ったまま五輪に臨んだようですね。本当にどうかしています。それでノーマルヒルで銀を獲ったのですから本当に大したものです。また、彼は、怪我について他人に言うつもりはなかったと言っているようですが、どうもその理由が、15年ぶりに地元白馬村でW杯が開催された事を彼はとても嬉しく思っていて、自分がその大会で怪我をした事が情報として広まってしまうと、喜ばしい出来事であったはずの地元開催のW杯に悪いイメージが付いてしまって、関係者に迷惑をかけるのではないかと危惧をしたようなのです。どうもそれが彼が怪我を黙っていた理由のようです。地元を庇う為に自分のケガを隠すなんて何か男気がありすぎて本当に困ってしまいますよね。骨の一、二本位くれてやる位の覚悟で彼は五輪に臨んだようです。ホント大した奴です。彼は、その後、ラージヒルでも団体でもメダルを逃し、複合日本チームの抱える課題を走力不足と結論付けたようです。多分その通りなのでしょう。ただ、そうは言っても、五輪後の今月10日に行われたオスロのW杯での優勝した姿を見てしまうと、怪我さえなければ、もっと万全な状態で五輪に臨んでいたなら、もっと上(金)を狙えたのではないのか?と、素人は直ぐにそんな想像をしてしまうのですが、いずれにせよ勿体ないような、残念なような気が致します。が、でもきっと、次の五輪では、個人としてもチームとしても今回見出した走力不足と言う課題を見事に乗り越えて、克服をし、数段レベルアップした姿を我々に見せてくれるはず、と確信をしています。彼らの躍進を、次の冬の五輪の最大の楽しみとしたいと思っています。乞うご期待ですね!もう今から楽しみです。

次に挫折についてですが、実は、今大会で活躍した多くの選手が実は過去挫折をし、それを乗り越えて勝利を掴んでいたことが後になって判ってきましたね。銅を獲った日本女子カーリングチームの主要メンバーも心に傷を負った過去を持つ方々の集まりであった事が後から判明しましたね。そもそもあのチームは、引退する前に再度カーリングが好きだという事を実感してみたい、日本のチームが抱える課題、コミュニケーションの問題、お互いに本音を柔らかく語り合えるような、そうした忌憚なき意見が言えるようなチームを作り上げてみたい、また、そうした課題にじっくり取り組める練習環境、競技環境を作ってみたい、そしてそれを地元北見で是非実現してみたい、と、そう言う本橋麻里さんの強い願望からこのチームはスタートをしており、このチーム自体が、ある意味、主流からの離脱、地方から出直しと言う、“挫折”からの再起を果たさんと出来上がって来たチームだったようなのです。また、彼女の元に集った主力メンバーも、皆一度は深い挫折を経験しており、所属チームから戦力外通告を受け失意に沈んでいた吉田知那美選手もそうだし、同じくソチ五輪に選ばれず失意に沈んでいた藤澤選手も、二人とも、失意と迷いの中、もがき苦しんでいる所を、本橋選手に声を掛けて頂き、この風通しの良いチームへの合流を果たしたようなのです。決して皆、順風満帆にメダルを手にした訳でもなく、それぞれが、一度は深い挫折と、主流からの離脱を経験した後に、再チャレンジをする中で、勝ち取った銅メダルであって、このメダルは多くの教訓と軽くない輝きを纏ったものとなっていますね。明るく朗らかで自然体の今の彼女達からは想像もつきませんが、彼女達は、失意と絶望の淵から這い上がって来たチャレンジャーであって、彼女達の存在自体が、諦めない事の重要さ、何度でも立ち上がり、再チャレンジする事の重要さを我々に教えてくれる象徴的な存在に成りつつあるように見えます。しかも日本カーリング界初の五輪のメダル獲得です。本当に立派な偉業ですね。

挫折と言えば、スピードスケートの小平選手も、高木美帆選手も二人とも挫折と迷いから抜け出してきた方々です。高木選手はソチでは代表にも選ばれず、深い挫折を味わい、小平選手もソチにおいては世界との差をまざまざと見せ付けられ、二人ともこのままでは行けない、変わらねばならない、と深く、強く決意する所から今回の五輪までの長い4年の旅路を始めたようです。二人ともまず、スケートに全て捧げる覚悟を決めた所から始めています。そして、必ず己の納得のいく姿になってみせるぞ、必ず成功を手にして見せる、と心を定め、肚を決めた所からこの4年を始めたようなのです。そして、二人とも科学的な解析を行う名コーチを持つ幸運に恵まれ、二人ともその名コーチが課す厳しい練習メニューをこなす能力と理解力と自己管理能力を持ち合わせ、その中で大きな成長を手にして来たようですね。高木選手に至っては、ヨハンデビットコーチに“全ての練習に意味を持たせ、全ての練習に答えを得ようと取り組んでおり、高いプロ意識の持ち主で、彼女程の選手は世界を見渡しても他にいない”とまで言わしめています。一方、小平選手の方は、結城コーチが、彼女の動きを画像解析し、その解析結果から、カーブを滑る際に、彼女の腰骨が傾いている点が氷を蹴る力を弱める要因になっている、と言う仮定をし、その課題の克服の為に、左右の骨盤を別々に鍛えると言う特殊で不思議な練習方法を編み出し、その練習法の意義を小平選手が理解をし、正しいと信じ、粛々と練習メニューをこなし、その鍛錬の結果、骨盤の傾きを矯正する事に成功をし、タイムの短縮に成功をしています。その練習法は、一本歯の下駄を履いて練習をしてみたり、それはまるで王貞治が荒川コーチの指導の元、一本足打法を生み出した際の真剣を使った不思議な練習の如くであって、一般人には到底理解不能な世界ではありますが、五輪での金メダル獲得と言う事実が、結城コーチの見立ての正しさと練習法の正しさに説得力と凄味を与えてくれています。何れにせよ、高木選手も小平選手も4年前の挫折から全てを始めており、そこからの再起を、スケートに人生の全てを捧げる、という深い決意から始めており、二人ともそれぞれ名コーチの元、コーチの要求する厳しく且つ特殊な訓練をストイックに、そして高い意識を伴ってこなし続け、そして大きな変貌を遂げて、今、五輪で金メダルを獲得し、世界の頂きに立っているのです。それは、挫折の最中にあった4年前の彼女達には、到底想像も付かなかったような境遇の変化であって、その事実は、我々に、自分自身を信じる事の大切さ、そして明確な意図を伴った努力が必ず成果をもたらす事、またそれを信じる事の重要さを教えてくれています。高木選手は五輪後も快進撃を続けており、先日行われたオランダでのスピードスケートの世界選手権で、アジア初の総合優勝も果たしており、ますます勢い付いているようですね。勢いが止まりません。
一方、小平選手は、どうも五輪の少し前に大学の同窓で親友ともいえる存在を失しなっていたようですね。同じ五輪を目指すスケーターだったようですが、友人の突然の死を受けて、小平選手の動揺は計り知れないものがあったと想像しますが、彼女はそうした精神的苦痛、精神的困難の中で戦っていたようなのです。色々なものを抱えての勝利、本当にスゴイとしか言いようがありませんね。自分が滑り大会記録を出し盛り上がる会場に対し、次に滑る韓国のライバルに気付かい、観客に静かにするよう促してみたり、銀に終わり母国の期待を裏切り自分を責める韓国のスケーターを労り励ます姿も世界で称賛されていますが、本当に人としても立派な、本当に見事なアスリートだと思います。まずは、しっかり休んで疲れを取っていただきたいですね。

後は、後日談として気になったのは、選手たちの日々の仕事を得る事の難しさ、スポンサー探しの難しさですね。確かに、一般企業が将来どうなるか判らない選手に対し、仕事とお金を与えて育てる、と言うのはそう簡単な事ではなく、営利団体である企業が、直接利益に結び付くか判らないアスリートの育成を請け負うのは難しい判断だったと思います。自分がその立場なら、と考えると中々厳しいものがあります。小平選手も、大学を出た後も、結城コーチの指導を受け、競技を継続したいので長野に留まりたいと希望をし、地元で就職先を見付けようとしたが、かなり大変だったようです。そうした中、将来が見えない小平選手を雇い、遠征費など多くの負担を請け負ってきた相沢病院の決断には驚かされます。相沢理事長は「頑張ろうとしている若者を地元が支えるのは当然」と思ったと、小平選手を預かると決めた理由を述べています。本当に凄い方です。2009年からですから、約8年間の経済的負担は小さなものではなかったと思いますが、であるにも拘らず、相沢理事長は「幸せな瞬間に立ち合わせてくれた小平さんに感謝したい」と感謝をしているのです。相沢理事長なくして今の小平選手は無かったはずで、感謝するのは小平選手の方であろうに、本当に徳がある人というのはこの世の中にいるものなのですね。活躍を見てからスポンサー役を請け負うなら、まだ出来ると思いますが、まだ原石の状態のアスリートを請け負うのは、中々難しい判断だと思うし、簡単ではないと思います。ですから、こうした目的にはもっと国の支援があっても良い気がします。アスリートはこれだけ多くの感動と教訓を我々国民に与えてくれるのですから、文科省はもっと予算を引いてくるべきですよね。彼らは生きた教科書です。財務省は文書書き換え問題等で前ほど偉ぶれないはずですので、アスリートへの国民的人気をバックにして予算配分を変えさせるべきです。こうしたアスリート育成と言う尊い目的ならば、血税の使い道として国民も納得するはずです。是非、検討いただきたいですね。

また、余談として、パシュートで高木美帆選手チームメートだった佐藤綾乃選手ですが、彼女もとても魅力がある存在だなと思いました。彼女は練習の後に反省ノートを付けおり、自分の抱える課題を見出し、それら課題と向き合い克服しようとしているシーンがテレビで紹介されておりました。彼女も高い意識を持って競技と向き合っているようです。それは菊池選手も同様であって、彼女も大変高い意識を持って自らの課題と向き合っています。高木姉妹は目立ちますが、あのパシュートチームの快挙はやはりチームメート全員の意識の高さが成功の主要因に成っているのだなと、改めて思わされました。

何れにせよ、今回の冬の五輪は学びと感動の多い大会でしたね。色々と考えさせられましたし、励みにもなりました。

次の東京も北京も楽しみですね。もう待ち遠しいです。

湖畔人

第85話. そうは言っても日々すべき事は同じ-心の鍛錬&人間関係の改善

2018-03-05 00:16:15 | ★カジュアルスピリチャリズム(カジスピ),多分あっていると思われる事,人生観
湖畔人です。

前話では、そろそろ北の非核化にまた注視が要ると指摘しましたが、そうは言っても我々一般人が出来る事には限りがありますので、出来る事と言えば、北の非核化に向けて声を上げる事位ですね。日本政府に対し、決して北の非核化に関し妥協をすべきで無い事、韓国は北との対話や融和政策を優先する余りに、非核化に対し妥協をしたり、先延ばしをしてしまう懸念がある為、もしそうした迷いや妥協が韓国政府の態度に見受けられるような場合には、“非核化の先延ばしや、妥協は決して許さない!”と、厳しい態度で臨むべき、と、指摘をし続けるべきですね。それをネットでもどこでもやり続けて行くべきです。我々一般人に出来る事と言えばせいぜいその位ではありますが、丁寧にやって行くしかありません。

北の緊張が高まろうが何をしようが、我々のすべきは、我々がこの世に生を受けた理由であるところの、心の鍛錬、転生を通じて霊性を高め、より神近き存在となる事。より愛深き、より多くの人々を受け入れ、肯定出来る器となる事なんだと思うのです。それを丁寧にやって行くしかありませんよね。簡単に言えば、課題の抱えている人間関係の改善、問題の解消が、我々の抱えている大きな課題の一つだと思うのです。第83話でも指摘しましたが、人の縁と言うものはとても狭い中にあるように見えます。自分が今出会っている人達は多分皆とても縁が深い人達で、その会っている人達の中で、もし葛藤がある方が現れたなら、その人との和解や理解こそが、今世の我々が生まれて来た理由の一つなんだと思うのです。ですから、もしそうした心の葛藤を抱えるような対象に出会ったならば、『おお、来たな、我が課題よ、我が成長の糧よ、我が心を成長へと導く貴人よ。ヨウコソ我が人生に!』と思うべきなのかもしれませんよね。

最近、私の尊崇するところの宗教指導者の率いる機関の発行する小冊子に、数十年に及ぶ家族内の葛藤を宗教的真理との出会いや、宗教的研修を通して葛藤を克服して行った経験談が載っていました。そこでは、23歳で嫁ぎ、それから約40年以上に渡って同居してきた姑と葛藤の記録が描かれており、その後如何に宗教と出会いを果たし、その宗教的な開眼によって、如何にその葛藤を乗り越えて行ったのか、その間の過程が描かれておりました。その方は、嫁に来て、子を持つと言う新しいストレスフルな環境下の中、姑は鬱となってしまい、その姑からは冷たい態度を取られ続け、それから数十年間に渡り、姑は理解できぬ人と心に蓋をし、課題を棚上げにし、時ばかりが過ぎ行く中、旦那の事業まで行き詰まり始め、心身共に疲労困憊する中で、宗教的教えに触れ、嫁いでから26年目の2003年に、宗教施設での研修を受けた所、その研修の中で、姑と生まれる前に、あの世において、お互いが嫁、姑の関係になる事を約束をして来たビジョンを見てしまい、それを通して、実は、本人が姑ととても深い縁があり、転生の中、共に影響し合い成長し合って来た魂グループの一員であって、愛しき成長のパートナーであり、ソウルメートのような存在である事を知り、これまで無意識に姑に冷たく当たってきた数々の過去の場面を思い出しては、それらを反省し、その日以来、毎朝毎晩の祈りの中で姑に感謝をする事を習慣付けた所、翌日から姑の態度に変化が出始め、日々の生活の中で段々とお互いへの感謝を口に出せるようにまで変化し、いつの間にか姑の鬱もなくなり、今となっては実の親子のように心を開き合い、愛し、信じ合える関係にまでなった、と言うお話が載っておりました。

さっそく私も試そうと思いまして、私の職場にもウマが合わない同僚はいますので、その方をターゲットにして、同じ感謝業を始めて見ました。今の所、大分良い感触でして、随分心を開いて貰っている印象です。今後も、決して三日坊主にはせず、継続的に感謝瞑想を継続して行きたいと思っています。そして心から繋がってみたい、課題を克服して、心から認め合い、信じ合えるようになってみたいな、と、そう願っています。今後が楽しみです。

湖畔人