青春

新しい事への挑戦、知らない事へのやまぬ探究心、
人生への歓喜と興味が無くならない限り青春だ!

イタリア旅行(7)第6日フィレンツェ~ナポリ、ポンペイ

2008-05-30 14:58:52 | 旅行記

   5月10日(土)晴れ フィレンツェ~ナポリ、ポンペイ ナポリ泊。

Cimg1223  5時30分:起床。7時30分:ホテル出発フィレンツェ駅へ。今日はイタリアの新幹線ユーロスターでナポリへ移動する日だ。イタリアの駅は、キップを買わないでホームまで入ることができる。だから駅の構内でもスリには気をつけないといけない。そのまま、乗車することも可能だ。検札で無賃乗車が発見されると3倍の料金を請求されるという。

Cimg1224_2 8時52分:ナポリに向けてユーロスター出発。ユーロスターの車内は薄いグリーン系で統一されていて、広い感じがする。座席は4人掛け2列で、座席の真ん中にテーブルがあり、折りたたみで半分になるが、固定されているため窓際の人の離席が難しい。窓は大きく眺めは良い。しかし、トイレは評判が悪かった。

Cimg1228 10時30分:ローマ着。ここで隣の席の感じの悪いイタリア娘?と中国人の男が降りる。両方とも空きビンをテーブルの上に残して立ち去った。更に隣の座席の2人連れのイタリアおばさんは、最初から最後まで、大きな声でシャベリまくり、周りの人が迷惑しているのを気にしない。躾の悪さが目に余る4人だった。ローマで替わりに乗ってきた人は、大人しく品の良い夫婦。オーストリア人でアイスランド・ダンスの公演にいくところだという。

Cimg1231 ローマからは先頭が入れ替わり、逆方向へ走る。20分の停車だったが、音も無く滑り出た。いつ発車するのか心配でホームに立てなかった。

12時12分:ナポリ到着。バスに乗り込みポンペイへ向かう。ナポリの町の第1印象は「汚い!」。埃で全体が汚れているように見えるし、ゴミが道路脇に堆く置かれている。臭いが漂っているようだ。ナポリはゴミの埋立地が満杯で大問題になっている。ドイツの会社が処理を請け負うらしいが、これでは当分残るだろう。観光客もこれでは来たくない。激減で老舗レストランが閉店したと聞く。

Cimg1278

Dscf2227 13時00分:ポンペイ到着。昼食は、ボンゴレ+シーフードフライ+ババ(ババアではありません。甘いカステラ様なものです)。

14時00分~:現地のガイドさんの案内で入場。広いので1時間30分の見学Cimg1242_2 Cimg1248 では、ほんの1部しか見れない。それでも79年のヴェスビオス火山の噴火で埋まったという古代都市の悠久の歴史を感じることができた。綺麗に整備された街並み、飛び石の横断歩道、轍の跡が残る石畳の道路、野外劇場とその音Cimg1269響効果のための仕掛け、Cimg1287パンを焼くためのカマドは今Cimg1255_2 でも使えそうだ。

フレスコ画で描かれた2000年前の壁画が今も残っている。娼婦の館にはもっとリアリティな壁画があったがお見せできない。道路はほぼ真っ直ぐだが、娼婦街の道路はカーブしている(何故?)。古代人の都市計画の凄さをCimg1300 Cimg1298 感じる。多種の甕とか瓶、重さを計る石で作った分銅が多種紀元前から用意されていたという。古代人の頭の良さと実行力に感心してしまった。まだまだ、見たい公衆浴場とかパン工場、競技場などがあり、もう一度これたら来たい古代の遺跡だった。

15時50分:バスでナポリへ向けて出発。16時00分:途中でカメオの専門店に立ち寄り。誰も買う人が居なかった。17時00分:ホテルへ到着。一息入れる。

Cimg1321Cimg1324 Cimg1323 18時00分:ナポリ市内観光へバスで出かける。ナポリも歴史のある都市だが、治安が悪く、バスから見学。ただ一度だけ、卵城の見える海岸で下車した。卵城の後ろはソレント、右に目を移すとサンタルチア港。高級住宅が丘の上まで続いている。

Cimg1330 レストランに向かう途中で道路が異常に込んでいる。ホテルの前に人だかりがしている。騒動か?と思ったら、ACミランのイレブンが止まっていて、出かけるのを待っているとのこと。陽気なイタリア人らしい。夕食はピザ・マルゲリータ+サラダ+カプリーヌ(チョコレート・ケーキ)と白ワイン。マルゲリータは、ウンベルト1世の王妃の名前。彼女のために考案したピザらしく、モチモチした大きなパイにトマトソースとモッツアレラチーズを乗せたシンプルなものだが、美味しい!!縁は残しても良いですよと言われたが殆ど食べてしまった。

22時:爆睡。


イタリア旅行(6)第5日ピサ、シエナ

2008-05-28 21:26:48 | 旅行記

5月9日(金)晴れ ピサ、シエナ観光 フィレンツェ泊。

Cimg1220 イタリアで4番目に長い川アルノ川沿いに建っているホテル・コロンブスは、3つのベッドが用意されていた。他の人の部屋は2つで、イタリアでは3人部屋も通常のようだ。久しぶりにバスタブに浸かった。

6時15分:起床。朝食は質素。ジュース、パン、ハム、チーズ、リンゴ。やはり野菜は無い(ー_ー)!!

Dscf2183 7時45分:ピサに向けて出発。ピサは、奇跡の広場まで観光バスは入れないので、バス駐車場からは市営バスへ乗り換え。10時:奇跡の広場に到着。ここにはアルノ川の河口に位置し、ピサの斜塔、大聖堂ドゥオモ、円形の洗礼堂が並んでいる。現地の元気なガイド、ユル・ブリンナー風のロナウド?さんが待っていて、達者な日本語で説明を始める。斜塔は、工事の途中で地盤沈下があり、傾斜を軸をずらしながら完成させ、その後4.5mの傾斜を4.1mまで修復して内部見学できるようになったということだ。

Dscf2155 10時30分:斜塔への入場が許可され、40名づつ20分の制限時間を貰い294段の石段を上る。頂上まで上って降りてくるまで20分、モクモクと登る。石段の真ん中がすり減っているのは、これまで登った数知れない人の跡。上がるにつれて、身体が左に左に傾く。

150段ぐらい上がった処で、係員の指示に従い一回り。再び上へ上っていくDscf2150 と、釣鐘が4方に吊るされた展望台へ到着。これで到着かと見渡すと、外へ一Dscf2151 旦出て更に上があるみたいだ。狭い一人しか上り下りできない階段を上ると頂上へでた。素晴らしい!!!360度ぐるりと見渡せる。北には白い山々が見える??アルプス??ではなく白い大理石を切り出している山だそうだ。手すりが危なっかしく、スカスカで腰が引ける。西北東南と撮影して下りに掛る。

Dscf2180 降りようとすると係員が止める。良く見ると係員が片側通行の上と下に居て、トランシーバで連絡を取っている。まだ下から上がってくる人がいるようだ。上がってきた3名と入れ替わりに降りる。

10時50分:下に降りる。降りるまで誰にも会わなかったので、40名の制限を守っているのだろう。それからのフリータイムは定番のポーズで斜塔を撮影(画像を縦にできないのでゴメンなさい)。

Dscf218711時30分~12時15分:斜塔の近くで昼食。ラザニアと七面鳥の?料理とフルーツ・サラダ 。

12時30分:市バスの発着場に着くと、んん???市バスが1台もいない。ストライキらしい。イタリアは突然のストが良くあるようだ。代わりにチュウチュウトレインというおもちゃのようなバスに乗り込む。添乗員さんの機転の速さは抜群だ。

Dscf2201 12時45分:シエナに向けて出発。添乗員さんが、シエナの歴史・沿革を道中で説明するのを聞きながら(ロムルスに殺されたイカロスの双子の息子が逃れてオオカミに育てられここに街を作った?)、いつの間にかウトウトしているうちにシエナの街へ。シエナの街は崖の上に構築されていて、ゲートがあり通行税を支払う。14時50分:バス駐車場で降り、城壁に沿って歩いて市内へ向かう。

15時25分:市内の入口のセント・ドミンゴ教会の傍でトイレ休憩。ここのトイレは有料Dscf2198。0.5ユーロのコインを入れる自動改札。入口に係員が居て、チャントお釣りを用意している。ここで現地の ガイドさんと合流し市内へ。この街は人口4万人。そのうち2万人が現・元銀行員、残りの2万人が将来の銀行員という銀行の街だ。元宮殿も銀行になっているし、あちこちに銀行が見られる。これで商売になっているのだろうか?

Dscf2197 シエナの街並みは、細い路地とレンガ造りのビルが特徴だ。中世には、皇帝派の都市として栄え、13~14世紀には多くの公共の建物や聖堂が建設されたということだから、市民の住んでるこんな建物もその頃のものか?歴史の深さを感じる。

Dscf2204Dscf2218  ドォオモは修復中で外からのみ。イタリア一美しいと言われるカンポ広場は、9つに分けられていて、シアナの9つの地区に対応している。この広場で1年に1回、競馬?が行われ9つの地区の代表が競うということで、シアナの中心となっている。今日はのんびりとした雰囲気が漂っている。

Dscf221416時05分~40分:フリータイム。カンポ広場の「歓喜の泉」は綺麗に澄んだ水と彫像が印象に残った。彫像がレプリカなのは残念だが、それでも雰囲気は感じられる。ハトが蛇口から上手に水を飲んでいた。

17時10分:シエナ出発。帰り道は退屈だが、添乗員Sさんの名解説に耳を傾ける。今回は、トスカーナ地方のワインの名前、DOCGラベルの見分け方は白=緑色ラベル、赤=ピンク色ラベル、価格はいろいろあるが市民が飲むのは6ユーロぐらいが平均、それでも美味しいワインは結構ある・・・・等々。聞きながらウトウトしていたら指定店に到着18時15分。トイレ休憩とお買いもの(ここは革製品の専門店だった)。

19時30分:フィレンツェのレストランで夕食。野菜スープ+ポーク料理(ジャガイモのカレー粉まぶしとホウレン草のソテーを添えて)+フルーツサラダ。飲み物は白ワインを飲んだが味はもうひとつ(ー_ー)!!

22時:就寝。今日の疲れとこれまでの疲れで爆睡(-_-)zzz


イタリア旅行(5)第4日ヴェネチア~フィレンチェ

2008-05-26 17:59:34 | 旅行記

   5月8日(木)晴れ リド島~ヴェネチア~フィレンチェ フィレンチェ観光、フィレンチェ泊。

Dscf2058 5時30分:起床。今日は、ヴァザーリの回廊見学の予約時間には絶対間に合わせないと拙いので、早立ちとなった。素早く着かえて6時10分にバゲDscf2061_2ージダウン。外を見ると少し明るい。日の出が撮影できるかもしれない!と急いでホテルのプライベート・ビーチへ向かう。もう10分早ければ・・・・・と後悔したが海岸まで走って撮影する。 ビーチは、映画「ベニスに死す」の最後の場面で使われたと言われ人影も無く静かだ。主人公が最後に横たえた海辺のデッキチェアは無く、多数のバンガロウがシーズンを待っていた。

6時45分:朝食。これまでのホテルに比べ種類が多く果物もある。一晩泊まるだけでは勿体ないホテルと思ったのは自分だけだったのだろうか?

Dscf2072 7時35分:リド島を出発し、バスの発着場のローマ広場まで船で移動。

8時10分:ローマ広場着。トイレ休憩。トイレ使用料1ユーロ。この辺から無料のトイレが少なく、有料のトイレが多くなる。トイレは0.5~1ユーロ。

Dscf2083

11時50分:フィレンツェ到着。早めの昼食で中華料理。丸テーブルではなく普通のテーブルなのでお皿、料理、調味料のやりとりに戸惑う。いつもの中華とは味が違う。

Dscf2091_2   13時10分:現地の日本人ガイドのFさん(名前を忘れました)が、颯爽と現れ古館キャスター調の口調で流暢に説明が始まる。ミケランジェロが「天国の門」と絶賛した、サン・ジョバンニ洗礼堂の青銅の門扉に彫られたギベルティの絵をDscf2093見て、ドォオモの中へ。

Dscf2100  3色の大理石で作られており、Dscf2096 そのクーポラの天井に描かれているフレスコ画は、「最後の審判」をテーマにしたもので、素晴らしい。次のウフィツィ美術館の予約時刻が迫っているので、急いで出る。

Dscf2111_2 14時:今日の一番期待の高いウフィッツィ美術館へ入場だ。100段の階段を歩いて3階まで登る。期待が高まる。そこは小部屋に分かれていて、有名なルネッサンス絵画がズラリ。ジョットの「王座の聖母子」の目線と膨らみ、ボッティチェリの先生の先生であるフィリッポ・リッピの「聖母子と二天使」、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」「春」に見られるサークルと永遠性、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」の透視画法と「東方三博士の礼拝」未完成の絵の中に自画像を描いた理由、ミケランジェロがただ一つ描いた「聖家族」、ラファエロの「自画像」「ヒワの聖母」の中のメデDscf2112ィチ家の力の表現・・・・名解説が続く。これぞ名画を堪能!!

館内は全て撮影禁止。 廊下の途中で外の撮影だけ許される。窓からヴェッキオ橋が見える。右に見える茶色の屋根は、これから入場するヴァサーリの回廊だ。回廊はヴェッキオ橋の2階を通って、対岸のピッティ宮殿まで続いている(^。^)y-.。o○

ミケランジェロの「聖家族」の部屋のすぐ横に、厚い鉄の扉がある。ここがヴァザーリの回廊の入口だ。この前で休憩をとり、時間になるのを待つ。時間になると2名の警備員が来て扉を開け、全員が中に入るとガチャンと扉をしめ、我々の前と後ろに立つ。重々しい(ー_ー)!!昔、この回廊の爆破事件があり、それ以降警備が厳重になったという。階段をおり、その爆破された絵画の解説をしようとしたとき、「人数が足りない!」と警備員が叫ぶ。一瞬緊張が走ったが、勘違いと判り一安心。

回廊には、メディチ家の歴代の肖像画はもちろん、有名な画家の自画像で壁が埋め尽くされている。レンブラント、ドラクロア、シャガール等々・・・・。画家も売るだけでなく、ここに掲げられるのDscf2116が名誉だったとDscf2117いう。廊下は狭いので持ち物が限定され、バックを後ろに背負うことは禁止、前に抱え、なるべく中央寄りを歩くことを、途中何度も注意を受けた。絵画にカバーも何も掛っていないので当然のことではあるが。

回廊の途中で外の撮影が許可された。Dscf2122

16時30分:外へ。今度は回廊を見上げながらヴェッキオ橋を渡り、シDscf2128ニョーリア広場へ。ここで18時30分までフリータイム。フィレンツェでは名刺入れを購入したかったので、革製品の店を探す。路地を行ったり来たりして、ようやく気に入りのものを見つけた。その途中でイノシシの像が。鼻を触ると幸福になるとかで、子供の集団が代Dscf2142わる代わるDscf2139撫ぜていた。

19時45分:フィレンチェが一望できるミケランジェロ広場へ。そしてその近くのレストランで夕食。ラビオリとトスカーナ風ステーキと硬いケーキにリキュールを添えて。硬いケーキは本当に硬い。リキュールに浸けて食べる。

20時45分:ホテル・コロンブス到着。 

 


イタリア旅行(4)第3日ミラノ~ベローナ~ベニス

2008-05-25 11:59:44 | 旅行記

5月7日(水)晴れ ミラノからベローナへ移動しベニス観光、リド島泊。

7時30分:ホテル出発。高速道路からベローナへ。9時27分:高速を降りドライブインでトイレ休憩。ここのトイレは無料だ。ここは入口と出口のゲートが一方通行になっていて、商品の数も豊富。ミラノで買えなかったイタリア産の「ボルシチーニ」を購入。

Dscf1865 9時50分:出発。すぐにベローナの市街に到着。市街の入口にはヌォーバ門(?)がバスから眺められる。この門は比較的新しい(1540年?建設)がこの町は紀元4世紀頃から古代ローマの市の一つであり、古い歴史を持つ。

Dscf1874 アディジェ川沿いには、茶色の歴史を感じさせる街並みが悠々と広がっている。鐘楼や教会の尖塔が、あちこちに見られそれを中心として栄えた街といった感じだ。

Dscf1871 すぐに現地の日本語の達者なガイドさんが現れ説明を始める。この街は古くから、皇帝派と教皇派に分かれて権力争いがあり、その跡が至る所に残っている。城壁のM字型は「皇帝派、14世紀、室町時代、ゴシック」と何回も口にするので覚えてしまった。このM字型は、あちこちの建物に見られた。

Dscf1919この街は、ロミオとジュリエットの街として有名で、ジュリエットの家は観光スポット Dscf1923になっていて、観光客が引きも切らない。その家の前に立つジュリエットの銅像は、撮影ポイントだ。右の胸を触ると幸せになれるということで、右胸が磨いたように白くなっている。このシェークスピアの戯曲は、キャピュレット家とカプレーティ家の争いを元に書かれたようで、これも皇帝派と教皇派の争いの一端ということだ。

Dscf1895 10時40分~20分のフリータイム。Dscf1906 Dscf1912 まず、ランベルティの塔に上りベローナの市街を眺める。この塔からは360度、ベローナの街が眺望できる。くすんだ茶色の街並みが歴史を感じさせる。こんな古い建物がしっかり残っていて、今も使いながら歴史を引き継いで行こうという意思が感じられる。

Dscf1926 11時:エルベ広場を楽しみ、アレーナを見ながらレストランへ。アレーナは、規模はローマのコロッセオより小さいが、保存状態が良く、現在でも2万2千人を収容したオペラが開かれるという。1世紀に建築されたものと聞いて驚いてしまった。

11時30分~12時30分:昼食はニョッキと鳥のローストとフルーツだ。ニョッキはジャガイモの粉を練ったパスタで意外と口に合う。

12時30分:ベローナ出発ベニスへ。ベニス(ヴェネチア)は元々干潟であったところDscf1935に杭を打ち島を作って街にしているので、お金が掛っている。ベニスの街に入る長い橋を渡るため通行税が必要となっている。14時15分チェックインし、フォンテ・リベルタ橋を渡り島へ上陸。バス、車の駐車場へ。街の中は車は一切走れない。歩くか舟しか交通手段は無い。14時35分:駐車場近くの渡船場から船で街中へ。

Dscf1942 15時15分:船着場から歩いてドォカーレ宮殿へ。Dscf1945 1309年~1442年に建てられたベネチア共和国の政庁だった。中はベネチア派画家の絵画が多く飾られ、数多くの部屋があった。議会場、政治犯の審判の間、2階大評議室の間は、52mx26mの大広間で2300人収容できるという。天井はつり天井で、そこには、トレントレットの「天国」が、天井一杯に描かれている。すごい!撮影禁止なので残念。

Dscf1943 Dscf1960 次はサン・マルコ大聖堂。中は撮影禁止なので外観だけ披露します。11~15世紀にかけて建てられたもので、東方的なアーチや丸屋根をしていて、壁面は金箔のモザイクで描かれている。当時の威勢が偲ばれる。中も工芸品が一杯で一見の価値がある。

Dscf1967 16時:お決まりのヴェネチアンガラスの工芸品の店Dscf1977Dscf1973でガラス工芸職人の技と商品の鑑賞をして、17時までフリータイム。我々はガラス工芸品はあまり興味が無いので、鐘楼に上る。鐘楼からの展望は素晴らしい。ヴェネチアがぐるりと見渡せて、それも周りが海に囲まれているので、建物と海のコントラストがはっきりしていて、これがヴェネチアだと思わせる。

Dscf1979

東南西北と撮影して満喫する。下に見える建物の獅子に羽根の生えた紋章は、ヴェネチアの紋章ということだ。 Dscf1984   

鐘楼を降りるとリアルト橋へ向かう。細い曲がりくねった路地Dscf1992 Dscf2003 の両側には、金銀細工やブランドの販売店がずらり。それを横目に見ながらリアルト橋へ。ちょっと見には変わり映えしない橋だが、この橋の上の両側に金銀細工の店がズラリと並び、賑やかだ。

Dscf1996 橋の上からヴェネチアらしい風景を1枚撮って待ち合わせのサンマルコ広場Dscf2008 に急ぐ。歩いてゴンドラ乗り場へ。6人乗りのゴンドラで運河めぐりだ。

Dscf2012 ため息橋は、ドォカーレ宮殿と牢獄を結ぶ橋。宮殿で犯罪者の審判を下されたものはこのため息橋を渡って牢獄へ繋がれたという。Dscf2023

ゴンドラの船頭さんは、いかにもイタリア人風の若者。お客には愛想が無く、同僚とおしゃべりばかり。サンタルチアのサービスもなく、終わりには眠くなってしまった。それだけのんびりできたことだけど・・・。

Dscf2027  18時:ゴンドラを降りると船を乗り換え、リド島のホテル・デバンへ。このDscf2033_2ホテルは映画の舞台にもなったという五つ星ホテル。洗面台も2つ、その照明も豪華だ。

Dscf2031 夕食はイカスミ・パスタと魚料理とフルーツ・サラダ。イカスミで口が黒くなるかと思ったがならなかった。飲み物は白ワイン。ピノ・ビアンコだったと思うが口当たりが良く飲みやすいワインだった。グラスワインだったが、テーブルまでお嬢さんがボトルを持って来て注いでくれる。ラベルを上にして銘柄が分かるようにして、作法どおりだ。さすが歴史のある高級ホテルだ。ヴェネチアの料金は、他の都市の2倍が相場だそうだ。グラスワインは6ユーロ、水は4ユーロだったと記憶している。


イタリア旅行(3)第2日目ミラノ観光

2008-05-20 22:10:03 | 旅行記

5.6(火)晴れ 午前中フリータイム、午後ミラノ観光、ミラノ2連泊。

Cimg1112 6時10分起床。時差の関係か眠い(-_-)zzz今日は午前中半日のフリータイム、急いで朝食バイキングへ。ホテルは立派だが朝食はいたって質素である。メニューが少ない(ー_ー)!!

7時30分:オプショナルツアーの「コモ湖観光」に出かけるメンバーを見送って我々は8時15分1階に集合。オプショナルツアーには現地のガイドさんが付いた関係で、Sさんは我々をドゥオモまで案内してくれるという。

Cimg1115 ホテルから歩いて地下鉄ミラノ中央駅に向かう。5分足らずの距離でホテルからの道も分かり易い。地下鉄はどこまで行っても1ユーロ。切符売り場で切符を求め改札口へ。今日は平日だから混雑とスリに気を付けるようにとSさんの注意が飛ぶ。結構綺麗な地下鉄で3駅目がドゥオモ駅だ。駅の案内が無いので何番目かを数えておかなければならない。8時30分到着。

Cimg1213 地下鉄から外へ出るとドゥオモが目に飛び込んでくる。すごい!ガイドブックでは見ていたが、実際にその場所に立つとその大きさと彫刻の数に圧倒される。こんな建物が何百年も前に建てられたというのが信じられない(*^。^*)ドゥオモの屋上へ上る人だけ裏に回り、エレベータの改札口が開く9時まで待つことにする。

Cimg1141_2

9時になっても中々開かない。鍵をガチャガチャやってようやく改札口が開く。一人7Cimg1116ユーロを払って奥のエレベータに入るとブスとした50歳ぐらいのエレベータマンが無表情に待っている。エレベータを降りて右に行くか左に行くか迷っていると、その彼が無表情に腕を振ってあっちに行けと合図する。イタリア 人は無愛想な人が多いのだろうか?その指示の通りに進むと階段があり、上へ上へと登れるようになっている。更に進むと屋根の上にでる。ここの景観は素晴らしい。彫像の多さとその一つ一つが個性を持ってできている。ドォオモの最先端に金色のマリアが輝いているのが真近に見える。

Cimg1148ドォオモの帽子の縁まで上がれるようになっており、ここからはミラノの市街が全貌できる。遠くアルプスの山々が見えるときがあるというが、今日は霞がかかっていて見えない。 いつまで見ても飽きが来ないが、フリータイムは11時40分にホテル集合になっているため下に降りる。

Cimg1151 9時40分:ドォオモ広場からビットリア・エマニエル2世ガッレリアへ。朝が早いせいか人通りも少ない。Cimg1156 アーケドの足元にも天井にも画が描かれていて上を見て、下を見てと忙しい。中央の交差点には牛の絵が。この牛のあそこ?に踵を置いて3回転すると幸せになれるという。早速お願いを・・・。

ガッレリアを抜けるとスカラ座広場でレオナルド・ダ・ビンチの像が迎えてくれる。Cimg1161

今回はスカラ座は見学する時間が無いのでCimg1194パス、一緒に行くという富山から来たYさん夫婦と これを左に見てブレラ美術館を目指す。この美術館は、組み込まれているツアーは無いがガイドブックを見ると結構有名な画家の絵を展示しているらしい。

Cimg1165ブレラ通りを北上するが美術館らしいものが見当たらない。芸術家らしき人がぞろぞろ入る建物をYさんが見つけ、ここか???アーチ型の門をくぐると大きな6つの彫像が 囲む広場と更に奥に続く通路とCimg1166上に上がる階段。暗い通路を進むと汚い小部屋が続き、1室で受付の行列ができている。ここが入口か?行列の最後尾に並んでいると後ろから髭面の若者がNoNoと声を掛けてくる。どうも違うらしい?1階はアカデミーで美術館は2階と言っているようだ。この行列はゼミの受付の行列のようだ。

大理石の立派だが少し汚れた階段を上がると、目立たない隅の方に入口がある。本の売り場のようだ。本当に美術館????ウロウロしていると店員が店の奥を指さす。半信半疑になりながら奥のドアを開けると立派なカウンタ。やっと辿りつけた(^。^)y-.。o○

Cimg1168 美術館の中は回廊になっていて幾つもの部屋に分かれている。そこには絵画が一杯掲げられていて、写真撮影も自由だ。さすがフラッシュは焚かないように気を付けて記念のために撮影する。絵が多すぎて誰の絵か判Cimg1171らない。ガイドブックにはラッファエロとかモジリアーニなどの絵があると聞いていたが、モジリアーニの絵はその特徴から見つけれたが、それ以外は良く分からないままだった。宗教画が多く、その絵の背景が分からなければ絵の意味も分からない。ガイドさんがやっぱり必要だ。余りにも近くまで行って見ることができるので、本物だろうか?と疑問も湧く。この美術館の1階は大学ゼミの教室群、2階は美術館になっており、身近に美術品が見られる環境にあり、また、小中学生の見学も多く来ていたので、本物だと思われる。それにしても、子供の頃から巨匠の作品を身近に見られる環境は羨ましい。長い歴史が感じられる。

11時00分:美術館を出てホテルへ向かう。ブレラ通りを北に上って大きな通りの交差点を右に行けば、ミラノ中央駅の大きな通りに出会うハズ。地図を頼りに歩いて行くが大きな通りにぶつからない???更に進んで行っても見つからない??角の店先で2,3名が話しているので恐る恐る聞いてみる。スクージー!地図を出してホテル・イビス??これだけで親切に教えてくれた。イタリア人は親切!それによるとこの角からは左の方向に行けば中央駅の通りにぶつかるという。自分の感覚と反対方向だ。後で反省すると真っ直ぐ北へ進んでいたハズだが、通りが西にカーブしていたこと、大きい通りと思っていたのが、細い道だったことが感覚を狂わせたようだ。

11時30分:ホテル到着。バスで昼食のレストランへCimg1172_2ツとアイスクリームだ。イタリアは食後のデザートに甘いものを食べるのが習慣か??旅行中毎日食べたような気がする。飲み物はビール生小3ユーロ。グラスワインも3ユーロ。水も買わなければならない2ユーロ。

Cimg1178 食事の後は現地のガイドさんの案内でミラノ市内観光。ガイドさんは日本人(すみません。名前は忘れた)ともう一人イタリア娘。イタリア娘は何もしなかったが、ガイドの資格を持っていないとイタリアではガイドできない法律があるという。日本語を話せないガイドさんの場合はこんな形になるという。Cimg1179

バスで移動してスフォルツェスコ城へ。この城はヴィスコンティ家のもので、その設計にはダ・ヴィンチやブラマンテも携わったという。大きなつり橋の城門を過ぎると中庭。現在は博物館を併設して絵画などの鑑賞ができるようになっている。

Cimg1184 次はサンタマリヤ・デレ・グラッツェ教会へ。ここの隣に立つドミニコ会修道院にある有名な「最後の?餐」を鑑賞することになっているが、25名の人数制限があり第1陣6名がCimg1187先に鑑賞するため立ち寄る。教会の左側の建物がそれである。我々はその間、教会すぐ前の文房具やさんへ。ここのマスターは日本語が達者で感じが良い。文房具を手作りしていて、感じの良い封筒とメモ帳を購入した。学校の指定店ということで市価の20%ぐらい安いということだ。ここでトイレを借りることもできる。

Cimg1214  6名の鑑賞を待って午前中行ったスカラ座広場へ。ガッレリアを通Cimg1201ってドォオモの中へ。ドォオモはミラノのエンブレムであり、135本の尖塔と2245体の彫刻が施されたイタリア最大のゴシCimg1206ック建築。完成するまで約500年を要したというのも頷ける。内部も豪華で約2万人収容できるという広さは圧巻だ。特に大理石の柱の太さにCimg1209 は圧倒される。床も大理石で、所々にヴィスコンティ家の黄色い太陽Cimg1208の紋章が 描かれている。

164枚のステンドグラスも綺麗で14世紀末の芸術性の高さとヴィスコンティ家の財力を感じさせる。

16時15分から17時までフリータイム。ドォオモ広場のデパートでボルチーニを探すがイタリア産は無いのであきらめ。

Cimg1217 17時30分:再びサンタマリア・デレ・グラッチェ教会へ。この教会は1463年に建てられた教会で、教会内部は彫刻が施された柱とアーチで構成され、荘厳な雰囲気である。

「最後の晩餐」は撮影禁止。部屋へ入るにも25名全員が前室に入るとドアが閉まり、缶詰の状態で次のドアが開くという厳重な管理をしている。ドミニコ会修道院の元食堂の壁に描かれており、元の通路の跡が残っている。このためキリストの足は描かれていない。レオナルド・ダ・ヴィンチが残した壁画は、テンペラ画で描かれていて、完成から20年後ぐらいから損傷が目立ち始め、修復が何回もされ、当初の姿が失われる結果になったが、現代技術で修復して新しい発見もあったと聞く。それにしてもダ・ヴィンチがこの絵に残した謎の数々は、想像を駆り立てる。映画の「ダ・ヴィンチ・コード」を思い出す。描いたコップはベネチアングラス、洋服・髪型は15世紀末のもの、首にカメオを吊るしていること。キリストの口は当初は開いていたが、修復で閉じられたこと。西日が当たっていること。他の聖徒は同じ高さなのに、ユダの頭は低く日が当っていなくて暗いこと。ペテロがナイフを握ってユダは銀貨30枚の袋を握っていること。ヨハネは女性のように見えること。…等々 もう1回見たい気がする。

夕食はレストランでミラノ風リゾットと魚のフリッターとアイスクリーム。飲み物は白ワイン3ユーロ。

21時:1日目で結構歩き回ったので疲れたせいか爆睡。