南ドイツのバイエルン州で2番目に人口が多いニュルンベルクからローカル線で南に20分程行くとロートという町があり、そこからタクシーで西に10km走ってアーベンベルクに着く。アーベンベルクには鉄道が行っていないのである。
アーベンベルク城塞はこの小さな町の高台にそびえ立つ。高台の頂上はほぼ円形の城壁に囲まれていて、その内側に中庭を取り巻くように数棟の建物がある。
考古学的発掘によると、11世紀にアーダルベルト伯爵II世が建てさせた城塞は木造であったらしい。12世紀にはラポト伯爵によって堂々とした石造りの城塞に建てかえられた。そして13世紀から18世紀にかけて何度か所有者が替わり、増築や改装や城壁の拡張が施されたが、腐朽は不可避な状態になっていった。さらに19世紀から20世紀の初頭にかけては、2、3の、中には33mもある塔が新築されたりしたが、城塞の倒壊は避けられなかった。1980年代末期にアーベンベルク町が郡や県と一緒に目的連合を立ち上げて、アーベンベルク城塞を記念建造物として維持し文化的に活気づける活動を始めた。その営業構想は博物館とレストラン業の開設であった。同時に始められた広範囲にわたる再開発工事と更なる改築及び仕上げの工事を2001年に終えて、クロェッペル博物館の開業に至ったのである。現在は博物館及びレストランと22の客室を持つホテルであり、数々の催しも開かれている。例えば、推理小説・ディナー、メルへン・ディナー、世界旅行・ディナー、ドラキュラー・ディナー、流行歌フェスティバル・ディナーといったディナーシリーズの他に、冬の期間には毎日曜日の午後にアフタヌーン・ティー・タイムを設けている。
城塞の全景 1 & 2
正面 ・ 入り口
城門をくぐって中に入ると本館にレストランとホテルのフロントがあり、小柄な明るいおばさんがいて、宿帳にサインをすると部屋の鍵をくれ、部屋への行き方を教えてくれる。大部分の部屋は本館にあるのだが、私の部屋は広場を挟んで本館の向かいにそびえる塔にある。この塔は1884年に、当時城の所有者であったショット夫妻が中世風に建てさせた。ショット氏は国際的に有名な、ワーグナーを得意とするテノールのオペラ歌手であったらしい。塔なのでエレベーターはもちろんないし階段は狭い。
入り口を内側から見る ・ 城壁と望楼
望楼と博物館 とホテルの一部 ・ 私の部屋がある塔
部屋はダブルルームのシングルユースで、塔にある部屋にしては広く、小さい窓が沢山あって明るい。床は人の足音が良く聞こえる板張りで、寝返りを打つたびにギシギシ音を立てるベッドなどの家具が粗末なのは、ここがシュロス(宮殿や城館)ではなくてブルク(城塞や山城)であるからで、要するに戦争が頻繁に起こった時代の城なので、防御に適している代わりに質素な造りなのだ。驚いたことにガスマスクが2つ置いてあって、使用方法を示す冊子もある。塔は煙突みたいなので、火事の時に火と煙のまわりが早いのだろうか。ミネラルウォーターの小瓶を用意しているが、冷蔵庫がないのはやはり何かと不便である。バスタブを置くスペースを取れない狭いバスルームだが、小さな窓と換気扇があるのはいい。バスローヴも固形石鹸も筆記用具も無いのに、スリッパがありインターネットが無料なのは何だかちぐはぐな感じがする。
私の部屋 1 & 2
甲冑の挨拶を受けてレストランに行くと、客は私一人だ。ネクタイ背広姿で慇懃な態度の中年ウェイターがマン・ツー・マンで給仕をしてくれる。明るくてよく気がつくおじさんである。何よりも、仕事を楽しんでいるような印象を与えてくれる。気持ちがいい。白と黒でまとめた部屋で、天井がアーチ型になっている。テーブル上にモダンな活花を置き、ポップスの曲を流し、現代風な雰囲気を出している。
レストラン入り口に立つ甲冑
レストラン ・ 私のテーブル
着席してすぐに出て来るのはパンで、海塩、オリーヴオイル、又はバジル(ハーブの一種)クリームをつけて食べるようだ。
アルコール無しの飲み物をアペリティフに頼んだが、どうも酔っ払ったような気がする。
「これは本当にノン・アルコールですか。」
「はい、この飲み物は „OOOO” といって、アルコールは入っていません。」
しかし私の体は言う、
「ウソやウソや、絶対アルコール入っとるで。」
私としては自分の体を信ずるべきであろう。
突き出しに、パンナ・コッタとトマトアイスクリームとバジルゼリーがほんの少量ずつ供された。それぞれの味の特長が出ていて皆旨い。
5品のメニューがあるのでそれにした。
1: 燻製にした鴨の胸肉と紫キャベツであるが、2つの食材を細切れにして混ぜてある。ミキサーに入れたのかもしれない。味がちょうど良い具合に混ざり合っていて、今まで味わったことのない味だ。グッと来る強い美味である。ねっとりした食感も良い。ただ、私は少し控えめな味の方が好きである。生クリームとノヂシャ(サラダ葉の一種)が添えてある。
2: 熱々の皿に、熱∼いロブスターのスープである。新鮮な、殆ど生のホタテを真中に落としている。旨いが、またしても私には味が強烈すぎる。
3: 次の料理は粘板岩で出た。軽い塩味の豚の腹壁である。美味しいが、脂肪層が半分以上あり、その部分は残した。特に、パリパリに焼いて煎餅みたいな皮が旨い。たぶん塩水で茹でた後、皮の部分を下にしてカリッとなるまで焼いたのであろう。エンドウ豆のクリームとポテトチップが3枚添えられていて、豚肉で出汁をとったソースがかかる。エンドウ豆クリームの味が強すぎるのが残念だ。
4: 牛のフィレに、揚げルッコラとトマトジャムと黒色リゾット添え。肉はメディウムに焼いていて、私の好みに辛うじてパスする焼き具合である。ここでも濃すぎるライスの味が気になった。ルッコラを揚げているのは良くないと思う。サラダ菜の良いところを全く無くしてしまっている。
ところで、メインディッシュを食べているときに気分が悪くなった。フランス産の強い赤ワイン200mlを頼んでいて半分飲んだところだった。普通ならこのくらいで気分が悪くなったりしない。やはりアペリティフのアルコールか。肩肘ついて頭を抱え込んだところにウェイターのおじさんが来た。
「美味しくないのですか。」
「いえ、そうではなくて気分が悪いのです。多分飲みすぎたのでしょう。すみませんが、この料理の残りと次のデザートを包んでくれませんか。後から部屋で食べますから。」
「それはお気の毒に。よろこんでお包みします。」
彼が厨房に行っている間に吐き気を覚え、洗面所がすぐに見つからなかったので外に出て入り口の植え込みに吐いた。少し新鮮な空気を吸って席に帰るとおじさんが待っている。アルミホイルを被せた皿を指して、
「こっちに料理の残りを、こっちにデザートを包みました。アイスクリームは入れていません。明日の朝、食器はそのままにしておいて下さい。係りの者が片付けますから。」
ナイフ・フォーク・スプーンとナプキン、そして飲みかけの水の瓶も添えてある。
完璧な配慮である。
フラフラしながら中庭を横切り、階段を上って部屋に入るとまた吐き気がする。バスルームでひとしきり吐いた後ベッドで数時間ウトウトすると、酔いが醒めてきた。
食欲は無いが興味があるので、デザートを食べる。
5: ヤギの乳で作った焼きチーズクリーム(表面をバーナーで焼いている。)だ。旨かった。本来あるべきティラミスのアイスクリームがあったらもっと良かった。
朝食はレストランの一部の小部屋で摂るようになっている。モダンな三角や四角の食器を使っている。どこかのホテルでも見たことがあるが、下から上に流れる砂時計は目を引く。材質は知らないが、中の液体よりも比重の小さい „砂“ なのだろう。
珍しくビュッフェではなく、快活でテキパキした女性が個別にサーヴィスしてくれる。スモークサーモンを始めとする魚料理数種、ハム類数種、チーズ数種、ジャム数種、パンに菓子パン、ヨーグルト、トマトとキュウリの生野菜、そしてジュースとフルーツサラダ、、、、すなわち個人用ビュッフェがテーブルに所狭しと並ぶ。
そして紅茶と注文した卵料理を持って来てくれる。こういう朝食は無駄が多いと思うが、どうせ使い回しをするだろうからそうでもないのかもしれない。お茶が美味しいし、朝食には珍しく、グルメ海塩を置いている。ただ、広いゆったりした部屋だと気分がいいのに、、、、、残念である。
2日目の夕食はまた私一人だ。週末は客でいっぱいだが平日はいつも非常に静かだ、とのこと。確かに、寒い冬の平日は旅行には向いていないだろう。
昨晩のウェイターのおじさんが気分はどうかと聞いてくれる。
「ありがとう、大丈夫です。今晩は注意して、ワインは無しで少しだけ食べます。」
アペリティフももちろん無しである。キッチンからの挨拶はアスピック料理(ハムとチーズをゼラチン質でかためている。)で、市販の物でなく手作りなのが良くわかる。皿上に点滴しているバルサミコをつけると美味しさが倍増した。
前菜にノヂシャ・サラダの、サッと炒めたマッシュルームと鹿肉のハム添え、を注文した。赤玉ねぎとパプリカの細切れが少し混ざる。螺旋形を描く白と黒のバルサミコをからめて食べると大変に美味だ。鹿肉のハムは豚のそれに比べて塩味が少なく、甘味さえ感じる。
メインは、ホタルジャコ(スズキ目の淡水魚)をサーモンで巻いてローズマリーをのせて蒸してあるのを、バジル(ハーブの一種)のクリームソースで食べさせる。それに、少し炒めて鍋の蓋を閉めたまま蒸し煮にしたウイキョウと、サフラン・生姜・ライスが付く。ライスの上に半乾燥のミニトマトがのっている。魚の品質が良いし、見た目もなかなか趣がある。全体的に、味の輪郭がはっきりしている感じがする(味がどぎつい)が、まぁ、許容範囲であろう。
エスプレッソで締めくくった。
ここのレストランの料理は、アイデア良し、見た目良し、量良し、食材良し、さらに味もいいが、その味がかなり強烈すぎる。惜しい。
フォルクスワーゲンの本社があるヴォルフスブルクという町のホテルに入っている、ミシュランの三ツ星を持つアクヴァという名のレストランの料理もそうであった。美味しいのだが、私と妻には直接的なきつい味。むろん、老年に近づきつつある日本人夫婦の舌にそうであって、ドイツ人には大変に美味しいのだろうが、、、、。
アーベンベルク城塞は建造物としては面白いが、食事が私にはイマイチである。周りの環境も、ゆっくりのんびり過ごすには町が近すぎて不向きであると思う。将来、塔の綺麗な写真を見て楽しむかもしれないが、泊りにはもう来ないだろう。悪酔いの悪夢を思い出すから?
〔2012年2月〕〔2022年1月 加筆・修正〕