私は地球で楽しく遊ぶために生きている

心はいつも鳥のように大空を飛び 空に吹く風のようにどこまでも自由に

さそり座の愛~占い刑事の推理~第3章~

2012-09-30 23:36:16 | ミステリー恋愛小説
 占い刑事登場

「今回の事件の被害者を占うと、クールな自由主義者ですね」
麻生圭吾が元気過ぎる声が車内に響く。
藤木はうんざりした表情で麻生の方に顔を向けた。
「また、占いか?」
「占いを馬鹿にしないでくださいよ。この前の事件だって、
僕の占いで参考になったって言ってくれたじゃないですか」
「確かにそういう時もあったけど、それはあくまでも参考になっただけだよ」
「参考だけでも聞いてくださいよ」麻生圭吾は一年目の新人刑事である。
元気でポジティブでユーモアにあふれた青年だが、固執すぎる趣味がある。それは占いだ。
麻生の占いは、生年月日、星座、数占い、四柱推命、宿曜術、などを調べて総合的に判断するものらしい。時々、おやっと驚くほど犯人の性格を分析する時があるので馬鹿にできない。
今回の事件もさっそく占いで調べはじめている。
高級住宅街の自宅でひとりの男性が死んだ。発見したのは実家から帰宅した妻だが、
玄関の鍵を開けたが、内チェーンがかかっていて開けられない為に
鍵専門業者を呼び部屋に入ったら夫が死んでいた。
上司から大まかな事件の内容を聞いた時、「自殺じゃないですか?」言うと
上司の中井は腕組みをしながら首をひねる。
「俺もそう思っている。とりあえず現場にすぐいって状況を報告してくれ」
一緒に同行するのが麻生だと知って藤木は苦笑した。また麻生の占い推理が始まる。
とりあえずは、自殺か他殺か両面で捜査をしているという。
藤木と麻生は妻に話を聞くために現場に向かった。
藤木は上司からの報告を麻生に伝える。
「男が死んだのは、深夜1時から2時頃、玄関のドアは鍵もチェーンも内側から閉まっている。
当日、妻は友人と伊豆へ旅行中だ。宿泊した旅館と友達に確認済みだ。」
玄関の前に車を止める。表札に視線を移す坂崎孝雄の文字の横に雪子という名前を見る。
藤木は玄関のチャイムを鳴らした。「はい」静かな声がインターホン越しに聞こえた。
「大田警察署の者ですが、お聞きしたことがありますのでよろしいでしょうか?」
ドアを開ける音がした。藤木は背広のポケットから警察手帳を取り出した。
その瞬間、女性の驚いた声がする。藤木は女性を凝視する。
お互い見つめあったまま数秒間、
「豊さん?」「雪子なの?」麻生は訳が分からない様子で二人を交互に見ている。
「君の御主人だったのか」それには答えず雪子は独り言のように言った。
「刑事になったのね」藤木は軽く頷いた。
雪子の瞳が幾分潤んでいるように見えた。
雪子は二人を応接室へ案内した。藤木の心は動揺していた。
ニ十年前に、愛した女が目の前にいる。初めて愛した女がいる。
声が震えているのがわかる。何とか気持ちを冷静に保つ。
「当日の状況をお聞かせください」雪子は、理路整然と話し始めた。
「あの日は、友人と伊豆へ1泊旅行をしました。
旅館内で夕食した後、その後最上階のバーに行き飲みました。
部屋に戻ったのは、確か夜中の12時過ぎでしょうか。
泥酔して、そのまま朝まで熟睡してしまいました。
翌日は友人と東京駅で別れ、帰宅したのは夕方5時頃だったと思います。」
「そして帰宅したら、御主人が死んでいたといたのですね」「はい」
「御主人は誰かに恨まれていたということはないですか?」
「さあ、会社のことや、交際している友人のことはあまり話さない人でしたので、わかりません」
「ちょっと部屋を見せていただいてよろしいですか?」「どうぞ」
部屋に入る。部屋の中は整理整頓されている。
「何か無くなったものはありますか?」
「さあ、わかりません。部屋に入ることは禁じられていましたから、
何がどこにあるのかもわかないのです」藤木は、雪子の言葉を吸いとるように聞いた。
その懐かしく愛しい声と表情はニ十年過ぎた今も変わらなかった。
「奥さんは、寝室を一緒にされているのですか?」麻生がストレートに質問した。
「いえ、別の部屋です」「差し支えなければその部屋も見せていただいてよろしいですか」
麻生の人の懐に入る図々しさは刑事向きだな、藤木は思った
雪子の部屋は白と茶色の統一されたシンプルなインテリアになっていた。
鮮やかな緑色の観葉植物が、化粧台やベッドの横に置いてある。観葉植物が好きだったな。
ふっと昔を思い出す。雪子を見ると、無表情で空を見ている。
哀愁漂うこの表情に何度も胸を焦がした日々を思い出す。
彼女は幸せだったのだろうか?
麻生が窓を開ける。
「いやー、東京の住宅事情を物語る設計ですね。藤木刑事この窓から向い側の生活丸見えですよ」
「麻生、調子に乗りすぎてるぞ」藤木がたしなめる。
一通りの質問をして藤木は言った。「今日はこれで失礼します。
またお邪魔する時があるかと思いますので、その時は御協力よろしくお願いします」
藤木は頭をさげた。雪子の瞳が何か言いたげだった。
心を残したまま藤木は玄関のドアを開け外に出た。
「あの夫婦の相性最悪と出た」「また、占いか。君の独断のデータだろう。いつの間に調べたんだ。」
「さっき、藤木刑事が話している時、テーブルに置いてあった保険証を見て
生年月日で調べたら興味深い結果が出ましたよ。
被害者の坂崎孝雄は19××年2月5日生まれ、星座は水瓶座、水瓶座は自由主義、
平和主義深い関係が苦手、恋愛にもクールです。束縛されるのも嫌いな星座です。
一方奥さんは19××11月7日の蠍座、惚れたらとことんのめり込むタイプです。
深い絆を求めます。いつも一緒にいたいと思い、強く相手を独占しようとします。
束縛されるが嫌いな自由主義の水瓶座が何故、深い魂を求める蠍座と結婚したのか不思議だな。
この星座同士水と油の最悪の関係なのに」
「男と女の間は理屈では割り切れないものだよ」
麻生は藤木の言葉を無視して尚も、喋り続ける。
「金星星座は男女の好みのタイプがわかります、二人は太陽星座と変わらず蠍座と水瓶座、
すべてを照合しても相性が悪いはずなのに」
「相性を調べてから恋愛するわけじゃないだろう」
「勿論そうですけど、この星座だとお互いに惹かれないと思うんだけど」
殺人事件の捜査は、もっと緻密で、地味な作業の繰り返しだ。
しかし時に麻生の占いは行き詰った時には気休めになる。
自称占い刑事は、明るくて破天荒な性格だ。藤木は底抜けの明るさに何度も救われてきた。
無邪気でストレートな言動にも羨望している。
初日に挨拶した時、開口一番麻生は言った。
「僕と藤木さんの相性はかなり良いです。僕は蟹座、藤木さんは蠍座ですから」
それが初対面の挨拶だった。僕は苦笑した。
何故か肩の力がすっと抜けていくような気がした。
 「藤木さんは蠍座でしたっけ?」「そうだけど、11月10日の蠍座、執念深い蠍座さ」
「蠍座同士はまさに運命の相手と感じるほど濃厚な愛が生まれるんですよ。
体と体の一体感も求めるまさに魂の恋愛」
そう、濃厚過ぎる愛の日々だった。学校が終わると、
二人だけの秘密の場所で毎日のように会いそして愛し合った。
性の深い歓びを知ったのも雪子だった。
雪子の体は僕の皮膚に吸いつくように絡み歓びの極みへと導いた。
あれから何人かの女性とセックスもした。幾度か恋愛もした。
しかし、雪子以上に愛せる女も性の歓びも味わうことはできなかった。
雪子以上に体の相性の合う女に出会えない。惚れることができない。
それは、独身でいることに充分な理由だった。あの時何故親の反対に負けたのか。
あの時何故子供を守り切れなかったのか。
後悔はいつまでも、じりじりと藤木の心にくすぶっている。
車に乗り込み麻生がエンジンをかけていると、
こちらに歩いて来る中年男がいる。50代後半だろうか。
雰囲気からして日雇い労働者風だ。
「刑事さん。隣の事件調べているのかい?」酒も飲んでいる。
藤木が無視していると黙っていると、中年男が勝手に語り始める。
「あの日不思議な影をみたんだよ」
「影?」麻生が反応する。
「そうだよ、影だよ。夜中に窓を開けたら、2階の奥の部屋が何か動いているような影が見えた」
「何時頃ですか?」「う~ん、夜中の1時頃だったかな」
「失礼ですが、あなたはどこに住んでいるのですか?」
「俺は隣のアパートだよ。この事件は何かある。事件の匂いがする」
「そうですか。何かありましたらご協力お願いします」
決まり文句を言い、素早く車を走らせた。
「信用できない。あまり関わりたくない人種だな」
すると、麻生が真顔になり言った。
「2階の奥の部屋って、奥さんの部屋の向かい側ですよね?
確か1メートルと離れていない部屋」
「それがどうしたの?」
「何かひっかかるんですよ・・・」
藤木の心に説明できない重苦しい感情が芽生えていた。

続く・・・

さそり座の愛~占い刑事の推理~第2章~

2012-09-29 02:18:53 | ミステリー恋愛小説

出会い

秋も深まり、銀杏の葉も色づいてきた頃、夜風にあたろうと雪子は窓を開けた。
あっ、お互いに驚き次に照れ笑いをする。男と視線が合った。
向かい側の住人を初めて窓越しで挨拶をする。
「どうも・・」ニ十歳くらいだろうか。唇に笑みを浮かべているが瞳は鋭い。
男は、慣れない様子でシャツを干している。
「いつも夜に干しているの?」「ええ、」
「そう、ここは、日が射さないから洗濯物が乾かないよね」黙って頷く。
雪子は向かいの若い男と話すことに気が安らいだ。その感情が不思議だったか理由がわからない。
その日から、朝起きた時、寝る前にカーテンを閉める時必ず男の存在を確認していた。
手を伸ばせば男の手と繋ぐことのできる距離は雪子の孤独を充分に救ってくれた。
少しずつ窓越しに話すようになって、 日常的な会話をするようになっていた。
名前は田代雄太、ニ十歳だという。あどけない顔に似合わない鋭い瞳が気になったが、
雄太と話す時間は、いつしか雪子のささやかな楽しみとなっていた。
雄太は、昼過ぎにアパートを出て、深夜の一時頃に帰ってくる。
時々、女性と一緒に帰って来る時もあるが、その時は大概言い争う声が聞こえてくる。

ある日の夜、買物の帰宅途中、後ろから声をかけられた。
「もしかして隣の・・・」覗き込む男の顔を見て雪子の表情がほころぶ。田代雄太だった。
「あら、雄太君、お仕事は?」「今日は休みです」「デートの帰り?」
「もう、別れました」乾いた口調で言う。
しばらく並んで歩く。「あのベンチで休んでいきませんか?」
通り道にある小さな公園のベンチを指差した。
雪子は無言で頷いた。
ベンチに座ると雄太は両手を空に向けて言った。
「不思議だなあ。どうして雪子さんといると、ありのままの自分でいられるんだろう。
こんな気持ちになったの生まれて初めてだ」
「ほんと、私もこんな短期間に気軽に話せる若者と出会えて幸せだわ」
二人はお互いの顔を見て笑った。
久しぶりの安らいだ笑顔だと雪子は思った。
「でも、若い人は恋をしてドキドキする時間の方が楽しいでしょう?」
「いや、僕は恋愛できないですよ。男と女の愛なんて所詮、錯覚。幻ですから」
大人びた覚めた言葉が返ってきた。
「そうね、恋愛なんて所詮錯覚からの始まりだね。そのことに初めから気づいていたら
こんなに世の中に男と女の悲劇など起こらないのに・・・」
「雪子さんは今幸せじゃないの?」
「幸せ?幸せそうに見える?夫との生活は死んでいるようなものなのに」
雪子はこれまで、誰にも語ることのなかった孝雄の目に見えない冷酷な仕打ちを吐露した。
「夫が私にした侮蔑と裏切りは少しずつ蓄積して、固まり胸の中に
大きな固い岩となって存在してしまったの。
その大きくて固い岩は声に出せずに耐えた苦しみの固まりになってしまった。
その岩を壊さないと私は、もう一歩も歩き出せない。」
今まで黙って聞いていた雄太が呟いた
「その岩を壊してあげたい。僕に何かできることある?」「えっ」
「僕にできることある?」
「私の味方になってくれるの?」
雄太は無言で頷いた。

それは、ずっと心の奥底に秘めていた計画、孤独の中で静かに遂行の日を待っていたある計画、
そうあの日、自分の部屋と雄太の部屋の距離が1メートル程の近さであることの幸運を知った瞬間、
夫殺しの完全犯罪は雄太の一言で決心が固まった。

続く・・・




さそり座の愛  ~占い刑事の推理~ 第1章

2012-09-27 12:27:55 | ミステリー恋愛小説
不毛

その光景を見たのは、夏が終わろうとする8月の日曜日の深夜のことだった。
結婚当初からそれぞれの自分の部屋で就寝することになった雪子と夫の孝雄。
心のすきま風は結婚前から吹いていた。
夕食後はそれぞれの自分の部屋で好きなテレビを見たり、読書をして過ごす。
それが雪子と夫孝雄の日常生活となっている。
今夜も、雪子は自分の部屋に入り化粧台に向かった。
向いのアパートの方から言い争う声が聞こえてきた。雪子はカーテンをそっと開けた。
隣のアパートと雪子の部屋向き合っていて1メートルくらいしか離れていない。
東京では隣同士が50センチしか間隔がない建物もあると聞いて地方育ちの雪子は驚いた。
向かい側のアパート「太陽荘」は、1LDK程の部屋が8室ある。
1階に4室、2階に4室、2階の奥の部屋が丁度雪子の部屋と向かい合わせの設計になっている。
男の激しい声が聞こえた。
「だからもうこういう関係はやめようと言ってるんだ」
「嫌よ!絶対別れない。今まで、あなたのためにつくしてきた私の気持ちを考えてくれないの?
私はいつもいつだってあなたの為だけを考えて生きてきたのよ!」
「だからそれが僕は嫌なんだよ。僕が何かしてくれてと頼んだことあるか?
勝手にお前がしているだけだろう」
女は激しく泣き男は頭を抱えている情景を、雪子はカーテンの隙間から覗き見していた。
羨ましい・・・心底思った。
結婚して10年こんな激しい喧嘩夫と一度もしたことがない。
雪子は、流されるまま坂崎孝雄と結婚した。
一流大学出のIT企業に勤める前途有望な青年、両親は既に他界、
妹はアメリカで結婚していて、殆ど日本に帰国しない。
「こんな条件のいい人はいない」両親の喜びと、強引さは尋常ではなかった。
雪子は、すぐに見合いをさせられた。それは雪子の意志に関係なく運ばれた。
どういういう理由か知らないが、坂崎は雪子を気に入り、婚約、結婚と
雪子の意思とは別に、他人事のように進んで行った。

両親が、雪子の結婚に奔走した理由は高校時代にさかのぼる。
雪子は高校1年の時に東京から転校してきた藤木豊と雪子は恋に落ちた。豊の父は警察官だった。
S県のどかな交番に東京から転勤してきた藤木豊との出会いは、
運命的といっていいほどの激しいものだった。
魂のそこから求め合うような熱情で二人は逢瀬を重ね、心身ともに愛し合う日々が続いた。
そして1年後雪子は妊娠してしまった。
妊娠したことを告げると豊は喜びすぐに高校を中退して子供を育てようと言った。
逃げずに真摯に二人の愛を大切する豊の誠実さと愛の深さに雪子は涙し、
このまま高校を辞めて子供を産もうとひそかに決心していた。
幼稚な愛だったのかもしれない。しかし二人は真剣だった。
そして、妊娠6ヶ月が過ぎたある夜二人は駅で待ち合わせをしていた。
豊の先輩が東京でひとり暮らしをしている。その部屋の1室を貸してくれることになっていた。
二人は愛という熱情だけで無防備な行動に出た。
しかし、無残にもその計画は、決行する前に砕け散った。
駅には、豊の父と雪子の母、高校の担任と、保健の教師が待ち構えていた。
体育の授業を休むようになった雪子を保健の教師は怪訝に感じ観察していたのだ。
そしてひそかに雪子の母に様子を伝えていた。
豊の父も息子の言動に挙動不審さを感じていた。二人は待ち構えていた大人達によって、連れ戻された。
二人の関係は、町の噂の格好の餌食となった。
豊は、すぐに転校続きをして東京の高校へと転校して行った。
父親もまた、転勤届を出し、S町を後にした。
まるで捨てるように去った豊と豊の親を、雪子はただ茫然と見ている以外になす術がなかった。
そしてお腹の子供は7か月目になっていた。中絶はできない月になっていた。
雪子もまた、S町を離れ大分の母方の実家で生活が始まった。
そして3か月後、朦朧とする意識の中で雪子は赤ん坊泣き声を聞いた。
しかし意識が戻った時に聞いたのは実家の祖母の哀しい台詞だった。
「死産だった。可哀そうだけどこれが、赤ん坊の運命なんだ」
雪子は17歳で絶望を知った。
この2年の間で雪子は一生分の情熱を放熱してしまったと感じていた。
雪子に残ったものは、絶望と、悲哀と、無機質な感情だけだった。
感情というものを失ったのはあの日からだと確信する。
未来の人生に期待するものがなにもなかった。
だから孝雄の求婚にも求められるままに結婚できた。
結婚して数年過ぎたころ、孝雄がなぜ結婚しようと思ったかわかるか?と聞いてきた。
「君は、見合いの席で子供はいなくてもいい、と言っただろう?
今まで見合いをしてそういったのは君だけだった。他の女達は、子供が欲しいと必ず言う。
僕は子供が大嫌いだ。」                  
ただ、子供を望まない孝雄の結婚生活設計に都合がよかっただけなのだ。
それもまた雪子にとってはどうでもいいことだった。
人生を終えたような女にはお似合いの男だろう。
雪子はすべてに冷めていた。だから孝雄の吝嗇さや、個人主義な行動も気にしなかった。
孝雄の給与額を雪子は知らない。雪子にくれるのは食事代だけだった。
1週間に2万円、雪子はそのお金で食事代と生活用品を賄っていた。
洋服や化粧品を買いたいと言った時孝雄は当然の口調で言った。
「自分で働いて買えば?」
孝雄は、自分の趣味と交際費には自由にお金を使う。独身のように謳歌したいのであれば、
何故結婚という形を選んだのだろう?
孝雄の言い分はこうだ。「だって40歳過ぎて結婚をしていなかったら世間的に、
どこか欠陥があるか、変人と思われるだろう。」
妙に世間体を気にする男だ。孝雄は世間体の為だけに結婚をしたのだ。誰でもよかったのだ。
しかし、孝雄の本音を聞いたからと言って雪子の中で失望もなく期待もなく、
むしろ結婚して、子供を産み、育てるというプロセスを通ることもない生活に安堵さえした。
雪子への人格否定は新婚から始まっていた。
「僕以外に君と結婚する相手いたの?」
「容姿も料理も残念な女だね」
微笑むように穏やかに表情で言う。
忘れもしない、親戚の用事でどうしても一緒に出かけなければならなかった時があった。
その帰り、駅で同僚と偶然会った。突然小さくしかしはっきりと孝雄はいった。
「離れろ!」意味がわからず孝雄を見上げると同時に孝雄は一歩前に足を踏み出していた。
そして偶然に会った同僚と立ち話をした後、一人で足早に去って行った。
置いてきぼりにされた雪子は訳がわからず孝雄を追いかけたが見失った。
自宅に帰ると既に孝雄は帰っていた。
「どうして先に帰ったの?」
孝雄の行動を問い詰めると孝雄はいつものように穏やかな表情で言った。
「決まっているじゃないか。君を見られたくないからだよ。
あいつは会社で一番のライバルなんだ。君を紹介することは僕の恥をさらすようなものさ」
握った拳が震えていた。憎しみは徐々に重なり体内は、憎悪が支配していた。
これまでの、孝雄の女としての全否定は確実に雪子の人格を破壊していった。
殺してやりたい。この男をいつか殺そう。自分を取り戻すために。
自分自身を生きていくために殺さなければ
私は生きていけない・・・

続く・・・