私は地球で楽しく遊ぶために生きている

心はいつも鳥のように大空を飛び 空に吹く風のようにどこまでも自由に

さそり座の愛  ~占い刑事の推理~ 第1章

2012-09-27 12:27:55 | ミステリー恋愛小説
不毛

その光景を見たのは、夏が終わろうとする8月の日曜日の深夜のことだった。
結婚当初からそれぞれの自分の部屋で就寝することになった雪子と夫の孝雄。
心のすきま風は結婚前から吹いていた。
夕食後はそれぞれの自分の部屋で好きなテレビを見たり、読書をして過ごす。
それが雪子と夫孝雄の日常生活となっている。
今夜も、雪子は自分の部屋に入り化粧台に向かった。
向いのアパートの方から言い争う声が聞こえてきた。雪子はカーテンをそっと開けた。
隣のアパートと雪子の部屋向き合っていて1メートルくらいしか離れていない。
東京では隣同士が50センチしか間隔がない建物もあると聞いて地方育ちの雪子は驚いた。
向かい側のアパート「太陽荘」は、1LDK程の部屋が8室ある。
1階に4室、2階に4室、2階の奥の部屋が丁度雪子の部屋と向かい合わせの設計になっている。
男の激しい声が聞こえた。
「だからもうこういう関係はやめようと言ってるんだ」
「嫌よ!絶対別れない。今まで、あなたのためにつくしてきた私の気持ちを考えてくれないの?
私はいつもいつだってあなたの為だけを考えて生きてきたのよ!」
「だからそれが僕は嫌なんだよ。僕が何かしてくれてと頼んだことあるか?
勝手にお前がしているだけだろう」
女は激しく泣き男は頭を抱えている情景を、雪子はカーテンの隙間から覗き見していた。
羨ましい・・・心底思った。
結婚して10年こんな激しい喧嘩夫と一度もしたことがない。
雪子は、流されるまま坂崎孝雄と結婚した。
一流大学出のIT企業に勤める前途有望な青年、両親は既に他界、
妹はアメリカで結婚していて、殆ど日本に帰国しない。
「こんな条件のいい人はいない」両親の喜びと、強引さは尋常ではなかった。
雪子は、すぐに見合いをさせられた。それは雪子の意志に関係なく運ばれた。
どういういう理由か知らないが、坂崎は雪子を気に入り、婚約、結婚と
雪子の意思とは別に、他人事のように進んで行った。

両親が、雪子の結婚に奔走した理由は高校時代にさかのぼる。
雪子は高校1年の時に東京から転校してきた藤木豊と雪子は恋に落ちた。豊の父は警察官だった。
S県のどかな交番に東京から転勤してきた藤木豊との出会いは、
運命的といっていいほどの激しいものだった。
魂のそこから求め合うような熱情で二人は逢瀬を重ね、心身ともに愛し合う日々が続いた。
そして1年後雪子は妊娠してしまった。
妊娠したことを告げると豊は喜びすぐに高校を中退して子供を育てようと言った。
逃げずに真摯に二人の愛を大切する豊の誠実さと愛の深さに雪子は涙し、
このまま高校を辞めて子供を産もうとひそかに決心していた。
幼稚な愛だったのかもしれない。しかし二人は真剣だった。
そして、妊娠6ヶ月が過ぎたある夜二人は駅で待ち合わせをしていた。
豊の先輩が東京でひとり暮らしをしている。その部屋の1室を貸してくれることになっていた。
二人は愛という熱情だけで無防備な行動に出た。
しかし、無残にもその計画は、決行する前に砕け散った。
駅には、豊の父と雪子の母、高校の担任と、保健の教師が待ち構えていた。
体育の授業を休むようになった雪子を保健の教師は怪訝に感じ観察していたのだ。
そしてひそかに雪子の母に様子を伝えていた。
豊の父も息子の言動に挙動不審さを感じていた。二人は待ち構えていた大人達によって、連れ戻された。
二人の関係は、町の噂の格好の餌食となった。
豊は、すぐに転校続きをして東京の高校へと転校して行った。
父親もまた、転勤届を出し、S町を後にした。
まるで捨てるように去った豊と豊の親を、雪子はただ茫然と見ている以外になす術がなかった。
そしてお腹の子供は7か月目になっていた。中絶はできない月になっていた。
雪子もまた、S町を離れ大分の母方の実家で生活が始まった。
そして3か月後、朦朧とする意識の中で雪子は赤ん坊泣き声を聞いた。
しかし意識が戻った時に聞いたのは実家の祖母の哀しい台詞だった。
「死産だった。可哀そうだけどこれが、赤ん坊の運命なんだ」
雪子は17歳で絶望を知った。
この2年の間で雪子は一生分の情熱を放熱してしまったと感じていた。
雪子に残ったものは、絶望と、悲哀と、無機質な感情だけだった。
感情というものを失ったのはあの日からだと確信する。
未来の人生に期待するものがなにもなかった。
だから孝雄の求婚にも求められるままに結婚できた。
結婚して数年過ぎたころ、孝雄がなぜ結婚しようと思ったかわかるか?と聞いてきた。
「君は、見合いの席で子供はいなくてもいい、と言っただろう?
今まで見合いをしてそういったのは君だけだった。他の女達は、子供が欲しいと必ず言う。
僕は子供が大嫌いだ。」                  
ただ、子供を望まない孝雄の結婚生活設計に都合がよかっただけなのだ。
それもまた雪子にとってはどうでもいいことだった。
人生を終えたような女にはお似合いの男だろう。
雪子はすべてに冷めていた。だから孝雄の吝嗇さや、個人主義な行動も気にしなかった。
孝雄の給与額を雪子は知らない。雪子にくれるのは食事代だけだった。
1週間に2万円、雪子はそのお金で食事代と生活用品を賄っていた。
洋服や化粧品を買いたいと言った時孝雄は当然の口調で言った。
「自分で働いて買えば?」
孝雄は、自分の趣味と交際費には自由にお金を使う。独身のように謳歌したいのであれば、
何故結婚という形を選んだのだろう?
孝雄の言い分はこうだ。「だって40歳過ぎて結婚をしていなかったら世間的に、
どこか欠陥があるか、変人と思われるだろう。」
妙に世間体を気にする男だ。孝雄は世間体の為だけに結婚をしたのだ。誰でもよかったのだ。
しかし、孝雄の本音を聞いたからと言って雪子の中で失望もなく期待もなく、
むしろ結婚して、子供を産み、育てるというプロセスを通ることもない生活に安堵さえした。
雪子への人格否定は新婚から始まっていた。
「僕以外に君と結婚する相手いたの?」
「容姿も料理も残念な女だね」
微笑むように穏やかに表情で言う。
忘れもしない、親戚の用事でどうしても一緒に出かけなければならなかった時があった。
その帰り、駅で同僚と偶然会った。突然小さくしかしはっきりと孝雄はいった。
「離れろ!」意味がわからず孝雄を見上げると同時に孝雄は一歩前に足を踏み出していた。
そして偶然に会った同僚と立ち話をした後、一人で足早に去って行った。
置いてきぼりにされた雪子は訳がわからず孝雄を追いかけたが見失った。
自宅に帰ると既に孝雄は帰っていた。
「どうして先に帰ったの?」
孝雄の行動を問い詰めると孝雄はいつものように穏やかな表情で言った。
「決まっているじゃないか。君を見られたくないからだよ。
あいつは会社で一番のライバルなんだ。君を紹介することは僕の恥をさらすようなものさ」
握った拳が震えていた。憎しみは徐々に重なり体内は、憎悪が支配していた。
これまでの、孝雄の女としての全否定は確実に雪子の人格を破壊していった。
殺してやりたい。この男をいつか殺そう。自分を取り戻すために。
自分自身を生きていくために殺さなければ
私は生きていけない・・・

続く・・・


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