私は地球で楽しく遊ぶために生きている

心はいつも鳥のように大空を飛び 空に吹く風のようにどこまでも自由に

それぞれの秘密  矢田優奈の章 1

2014-02-13 09:41:03 | 小説
ドアから居心地の良い風を感じた。
その風の正体が美波の存在であるとは明確だ。優奈はいつも思う。
今日まで生きてきて美波以上に優しく思いやりのある人間を知らない。
彼女の純粋な博愛精神を尊敬している。そして美波が友人であることを誇りに思う。
時々美波に厳しい言葉を投げるのは、彼女の深い愛情を誰かが傷つけるのではないかという危惧を漠然と抱いているからだ。
目の前に座った美波は疲れ切った表情をしている。
ウェイターにアイスコーヒーを注文した後溜息をついた。
「どうしたの?珍しく沈んでいるじゃない」
「うん、今日は自己嫌悪の日」
真子が口の中にピザを頬張りながら皿のピザを美波の前に差し出した。
「そういう時は食べるのが一番よ。美味しいものを食べていれば嫌なことなど忘れるよ」
「始まったよ。単純真子の解決方法」
遠慮のない言葉が飛び交う。唯一の心和む時間だ。
そして何よりも大切な存在の友人達。
大学のサークルで出会い、卒業後は4人だけが自然に残った。
それぞれ個性が違うから楽しく過ごせるのだろう。
「相変わらず男達との蜜月の日々を過ごしているの?」
一流企業に勤める超真面目な峰田京子が冷静な表情で言う。
品行方正、正直、真面目に生きることをモットーとして
生活している京子が何故このグループの中にいるのか不思議だ。
「ええ、男と楽しい時間を過ごすのは最高だわ」
「私は食べている時間が最高。食べ物が世界になくなったら死んでもいい」
食べることを生き甲斐とする坂上真子が口を尖らせて言う。
体重80キロ近い真子。痩せれば可愛い女になるのにと優奈はいつも思う。
「ほんとにこの仲間が一番いいわ」
唯一無二の仲間たち。
いつまでも友人関係を続けていきたいと思う。
しかし、優奈には友人に言えない秘密がある。
もう一つの優奈の顔。それはキャバクラ嬢。誰も知らない秘密だ。
昼はOL、夜は新宿のキャバレーでホステス生活。
好奇心でホステス業を始めたが意外と自分に向いている職業だと発見した。
優奈は今まで男に惚れないことがない。それはホステスをしていくうえで
必要なのだ。客に惚れすぎて店を巻き込んで恋愛問題を起こすホステスも
いる。キャバレーには様々なお客が来店する。
これまで様々な男たちと出会ってきた。
様々なタイプの男と相手ができる訳は男に惚れないからだと優奈は思う。
優奈にぞっこんのY氏は
「ねえいつ外でデートしてくれるの?」としつこく迫る。
妻子あるY氏のにやけた表情はただの雄だ。
1回くらいいいかと誘いにのったのが間違いだった。
セックスに餓えていたのか、それとも相当のセックス好きなのか、
行為を終えると、すぐにもう一度しようと言い、結局一晩で
3回もセックスをした。
翌日は体がふらふらになりながら出勤した。
入社祝いに上司と来店したS男はチェリーボーイだと告白した。
「お姉さんと初めての女になっちゃおうかな」と誘うと
飛び掛からんばかりの勢いで頷いた。
その夜、ラブホテルでいざ行為を始めようとすると、
S男の硬くなった男性自身が優奈の股のあたりでうろうろとしている。
「どこに入れるの?」
鼻の頭に汗を掻きながら何度も太ももの間に押し付けてくる、そのまま射精して終了。
運動の後のように疲労困憊した。
結局S男はまだチェリーボーイのままだ。
ひとつだけ律していること、それはお金をもらって寝ないことだ。
優奈は恋愛という感情を知らない。
愛されなかった人間は愛に怯えるという。幼年時代のトラウマが優奈を
頑な人間にしていた。
優奈は向かいに側に座っている京子に視線を移した。
京子がこの秘密を知ったら軽蔑するだろう。
優奈は静かに友人の話に耳を傾けている京子を見つめた。

続く・・・


それぞれの秘密   中里美波の章 1 

2014-02-03 01:18:55 | 小説
 人は、挫折と再生を繰り返し人は自分の道の灯りを模索しながらいきていく。
生きていかなければならない。
これは恋、友情、社会に悩み傷つき暗中模索をしながら懸命に生きた
4人の女性の物語である。

中里美波の章 

真実の優しさは伝わると信じていた。優しさには優しさが返ってくると信じていた。
頬から流れ落ちる涙はさっきの出来事の悔しさ、空しさだ。
美波は人生のテーマとして挑んできた自分の生き方を根本から覆された気分にいいようのない空しさを感じていた。
別れたばかりの金本信行の言葉が鮮明に蘇ってくる。
「自己満足だけのボランティアはもうやめてくれないか」
予期せぬ言葉は人を絶句させるのに充分だ。
「君にとってここに来ることは趣味のひとつかもしれないが子供達にとっては生活の唯一の楽しみなんだ」
「どうしてあなたにそんなことを言われなくてはいけないの?私が何か悪いことをした?」
「悪いことをしたか・・・その時点で傷つけていることさえわからないんだね」
「はっきり言ってよ。単純な私にはあなたが何を言おうとしているのかわからないわ」
「じゃ言うけど今日、直人に何をした?」
直人は一番なついてくる子供だ。
「直人?別に普通に遊んで食事しただけだよ」
「遊んでいる時に直人が何か見せなかったのか?」
美波は直人の言動を思い出していた。お昼の食事の準備をしている時のことだった。
直人が台所に来てエプロンの裾を引っ張る。
「どうしたの?」「おねえちゃん、これ見て」
直人は手に持っているのは汚れた小さなうさぎのぬいぐるみを差し出した。
それはすで原型をとどめていなくて耳も片方がちぎれている。
「汚いよ直人、うさぎのぬいぐるみが欲しいなら買ってきてあげるから捨てなさい。
黴菌がいっぱいうさぎさんは身体によくないわ」
ぬいぐるみを取り上げようとした途端に、直人は素早い動作でその場から走って行った。
美波はその状況を気に止めていなかった。
「あのぬいぐるみは直人が最後に母親にもらったものだ。直人にとって宝物だ。
君はそれを簡単に捨てようとしたね」
そうだったのか。だから直人は走って去ったのか。
「小さな言動が子供達を傷つけている。いつかわかってくれるだろうと思っていたけど
所詮、明日のパンのことも心配しない環境で生きている人間には絶対にわかってもらえない」
美波は何も言い返すことができなかった。
ボランティアとは、そこまでの気配りと想像力、深い理解力を求められるのかと感じ呆然としていた。
「気まぐれと、自己満足のボランティアは子供達を傷つけ、期待させるだけだ」
「気まぐれですって?あなたはずっとそういう目で私を見ていたの」
「いつもではないが、そう思った時はある。だけど何も言わなかった。
何故なら非難したら君が来なくなるかもしれない。そしたら子供たちが悲しむ。
君は子供達にとっては数少ない優しい訪問者だから」揶揄を込めたその言葉を聞きながら心が萎えていく。

金本信行、この男と出会った時を忘れない。彼の周りには独特な空気が流れていた。
金本は俗世間に相容れないなにかを体内に宿していた。
深い瞳の奥から哀しみとも憐みとも説明できないものが見えた。
苦手な視線だ。多分今まで生きてきた中で一番苦手な視線だ。
人間の奥の本質を凝視している、怖いほどに澄んだ瞳の色。
その瞳と絡み合った時もしかしたらこの人は長く生きられないかもしれないと直感的に感じた。
S区の養護施設のボランティアを始めてから1年が過ぎた。
私が今までしてきたことは結局自己満足に過ぎなかったのか?
月に2回子供達に買っていくお菓子や玩具、群がる子供達の歓喜する
表情、その笑顔が見れるだけで幸せになれた。
それぞれの事情で親と暮らせない孤独な子供達の笑顔を一瞬でも幸せな時間を
与えられていることに幸せも感じていた。
しかしそれさえも金本は否定しているのだ。
友人の優奈が、児童養護施設のボランティアをしたいと言ったとき、
「やめときなよ。何不自由なく大学まで親の庇護のもとで生きてきた私達にはわからない世界よ。
禁漁区かもしれない」
「大袈裟なこと言わないで。私は恵まれない子供達にひとときでも幸せと思える時間を与えてあげたいだけなの」
「甘いね。それが美徳と言われるのは普通の世界に生きている人よ。
余暇にボランティアする人間を嫌悪する人だっているのよ」
結局優奈の言うとおりになってしまった。
自分のボランティア精神は金本にとってはちっぽけな感傷に過ぎないのかもしれない。
美波は深い溜息をひとつすると、レストラン「ブルーバード」ドアを開いた。
手を振る優奈が視線に入った。隣で京子と真子も軽く手を上げる。
数カ月に一度食事会をする大学時代の3人の親友の顔を見た途端緊張していた心が緩んだ。

続く・・・