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学び直し  

2022-12-23 05:07:37 | 文化

>【池上彰】「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」と後悔する社会人のための「学び直し」のコツ   ダイヤモンド社書籍編集局 - 昨日 6:00  

>経済や経営、政治といった世の中のしくみのことは、わかっているようでわかっていない。   

>けれど、大人になって「知らない」「わからない」とは言いにくいし、今からでも基本から学び直したいけど、どうすればいいかわからない――。   

>そんな思いの受け皿としてロングセラーになっているのが『経済のこと、会社のこと、政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』シリーズだ。   

>『経済のことよくわからないまま社会人になった人へ』『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』『政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』の著者であり、今さら恥ずかしくて聞けないニュースのことを、わかりやすく解説することで定評のあるジャーナリストの池上彰さんに、いかにして社会人が学び直しをすればいいのかを伺った。   

>(取材・構成/柳沢敬法、ダイヤモンド社・和田史子、撮影/加藤昌人、ヘアメイク/市嶋あかね)   

>人は「よくわからないこと」に不安を感じる    

>――学び直しについて伺う前に、そもそも、私たちはなぜ世の中の基本的なことを知るべきなのでしょうか?    

>知らないままでいることのデメリットとは何でしょうか?   

>池上彰(以下、池上) まず言えるのは、人は「よく知らないこと」や「未知のもの」に対して不安や恐怖を感じやすいということです。   

>.「何となくよくわからないから不安」ということがあるのです。   

> 2011年の東日本大震災に伴う原発事故の際、テレビの報道番組はどこも専門家による専門用語や数値を並べた難解な話ばかり。   

>ほとんどの視聴者は、よくわからなかったと思います。   

> 今、原発はどうなっているのか。   

>安全なのか危険なのか。   

>危険だとしたらどのくらい危険なのか。   

>私たちは何に気をつけ、どう行動すればいいのか。   

>知りたいことがさっぱりわからない。   

>結果、視聴者の不安は解消できないどころか増大してしまったわけです。   

>――たしかに、あのとき私たちは専門家の話を聞いて安心するどころか、情報を得てもよくわからないと、もっと不安になりました。   

>池上 そこで私がある番組で、基本も基本、「放射能と放射性物質、それに放射線、どう違う?」とか「シーベルトって何?」ということから解説しました。   

>すると「言葉の意味がわかって少し不安が和らいだ」といった声が数多く届いたのです。

 

我が国のジャーナリストで読者に分かりやすい解説をする人がいなかったのですね。   

 

>――「わかる」ということが不安を払拭してくれるのですね。   

>池上 正しい知識があれば現状を正しく理解し把握できます。   

>さらに先々に起こり得る事態を推測し、次に取るべき行動を選択することもできるのです。   

> コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻など、今はとくに先が見通せない不確実で不安定な時代と言われています。   

>世の中の基本的なしくみや成り立ちについて正しく知ることは、そうした時代を生きていく上で、自分自身を支える確かな土台を築くことでもあるのです。    

>社会人は「置かれた場所」で勉強しよう   

>――世の中のことを“よくわからないまま社会人になった人”に共通するのは、「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」という後悔です。   

 

そうですね。後悔先に立たずですね。   

 

>池上 私も同じです。   

>私が大学生の頃は学生運動が激しくて、ストライキで授業がないこともしょっちゅう。   

>だから、十分な勉強ができないまま社会に出てしまったという思いはずっと持っていました。   

>その反省もあって、社会に出てからも仕事の合間を見て勉強してきました。   

> 例えば、NHKの記者として警察担当だったときは、刑法や刑事訴訟法から法医学などを学びました。   

>気象庁担当になったら気象学や地震学、火山学の本を片っ端から読みあさり、文部省担当時は教育基本法から文部行政の構造や教育委員会の変遷などを勉強する。   

>そうやって、仕事をする中で必要な知識を一から学び続けてきたのです。   

 

臨機応変に勉強するのですね。   

 

>――ある意味、今の自分の関心事から学び直しをしたということですね。

>池上 そうです。   

>社会人になっても“自分が置かれた場所”で学び続けることが大事なんですね。   

> 世の中の基本的なしくみについての知識は、社会に出る前より、むしろ「社会に出た後」に不可欠なものでしょう。   

>これまで学んでこなかったのなら、今から勉強すればいいだけです。   

>これだけはお伝えしたいのですが、勉強というのは、何歳になっても、いつからでも、どこででもできます。   

 

我々には生涯教育が必要ですね。    

 

>問題なのは「よく知らないのに知ってるつもり」の大人     

>――「世の中の基本をよく知らない社会人」と聞くと、自分のことを言われたみたいでドキッとしてしまいます。   

 

 '私は、私が何も知らないということを知っている'。 (ソクラテス)     [無知の知] 'I know that I know nothing'.  

 

>同じように感じる人、きっと多いはずです。   

>池上 大勢いるでしょうね(笑)。   

>「世の中の基本を知らない大人がこんなにいるのか」と私が強く認識したきっかけは、NHKで担当していた『週刊こどもニュース』です。   

> この番組、1週間に起こったニュースや出来事を、こどもたちに向けてわかりやすく解説するというもの。   

>タイトルは『こどもニュース』ですが、実際には大人の視聴者が圧倒的に多かったんです。   

>こどもにもわかるような解説が、実は大人に受けていた。   

>そのことを知り、「なんだ、大人もみんな世の中のことをよくわかってないんだ」と痛感したんです。   

 

そうですね。大人の皆さんはそれぞれ自分勝手な解釈をしているのでしょうね。    

賢い人は「純粋によく観察する」が、そうでない人は「自分の期待したもの」しか見ようとしない。   

 

>――そうなると、もはや『おとなニュース』ですよね。   

>池上 番組に寄せられる声も、当然大人からのものが多くなります。   

>それを聞いてさらに感じたのが「よく知らない」だけでなく、間違った知識や古い情報を持ったまま「知ってるつもり」になっている人の多さだったのです。   

> あるとき番組で日本の年金制度について「若い人たちが納めた保険料が高齢者の年金なんですよ」と説明したんです。するとご高齢の視聴者から抗議の電話が殺到して。「ウソを言うな。自分がずっと納めてきた保険料を私はもらってるんだ!」と。    

> たしかに昔はそうでしたが、先ほど説明したような形に、途中から制度が変わったんです。   

>でも抗議した人はそれを知らないんですね。   

>で、知らないまま「自分は正しい。番組が間違ってる!」と抗議してくるんです。   

>――昔はそうだったけど今は変わったことを知らずに、「今もそうだ」と思い込んでいる人が少なくないんですね。

>池上 そうなんです。   

>知識というのは手に入れたから終わりではありません。    

>知識や情報は「生物(なまもの)」ですから、常にアップデートしていくことが大切です。   

 

そうですね。知識や情報は日進月歩ですね。   

 

> だから、「学生時代にしっかり学んできた」と自信がある大人こそ、「今も本当にそうだろうか?」と疑いながら、確認の学び直しをする必要があります。   

> ほかにも、日銀の金融緩和について「政策金利を下げました」と説明をしたら、「なんで『公定歩合で決めてる』と言わないんだ。   

>間違った説明をするな」という抗議が来たこともあります。    

> これも、たしかに私が学生の頃は「日銀が公定歩合の上げ下げで金利をコントロールする」と習いました。   

>でも今は日銀が国債を買い上げることで、銀行同士がお金の貸し借りを行う「コール市場」というマーケットでの金利が決まっています。   

>すでに公定歩合という仕組みすら存在していなくなっています。   

>つまり「知っているつもり」でも知識をアップデートしていない、というわけです。   

> こうした経験から、「それならば、大人のために政治や経済について基礎の基礎から説明する本を作ろう」と思って書いたのが、この『よくわからないまま社会人になった人へ』シリーズなんです。   

>「かつての常識」が「非常識」になる時代だからこそ   

>――となると、『よくわからないまま社会人になった人へ』シリーズは、就活生や会社に入社したての若い社会人だけでなく、ベテラン社会人にとっての“学び直し”にも役立ちますね。   

>池上 繰り返しますが、時代の移り変わりとともに、世の中のしくみや構造も常に変化していくもの。   

>しかも今は「不確実性の時代」と言われるほど、その変化が激しい時代です。   

> 先ほどの国民年金制度や公定歩合の話ではありませんが、ベテランや年配の人たちの「あの頃の常識」や「これまでの知識」が、今やこれから先は必ずしも通用しないということが十分に起こり得ます。   

>ですから、世の中の変化に合わせて、自分の持っている知識も常にアップデートしていく必要があるんです。   

>そう考えると「学び直し」に終わりはないのかもしれませんね。   

 

そうですね。生涯教育に終わりはありませんね。    

 

>――まずは世の中の制度やしくみ、成り立ちなど基本を知り、その上で時代にあわせてアップデートしていくということですね。   

>池上 はい。   

>その基本を知るというステップで、『よく知らないまま社会人になった人へ』シリーズを活用してほしいですね。   

>このシリーズは「経済」「会社」「政治」の3分野で構成されている点がポイントです。   

>経済のことを知れば、経済活動をしている「会社」のことが知りたくなる。   

>経済や会社のことを知れば、そこには「政治」が大きく影響しているんだと考えるようになります。   

> 経済も会社も政治も、単独で存在しているのではなく、すべてがつながって関係しあいながら動いているもの。   

>ですから「経済」「会社」「政治」の3分野を理解すると、世の中のことを点ではなく「線」や「面」で捉えられるようになります。   

>「知識」を総合的に身につけ、アップデートしてていくことで、「教養がある社会人」になれるのです。   

>【次回に続く】   

>池上彰(いけがみ・あきら)   

>1950年、長野県生まれ。   

>慶應義塾大学経済学部を卒業後、73年にNHK入局、報道記者やキャスターを歴任する。   

>94年から11年間にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役を務め、わかりやすい解説が話題になる。   

>2005年、NHK退職以降、フリージャーナリストとしてテレビ、新聞、雑誌、書籍、YouTubeなど幅広いメディアで活躍。   

>20164月から、名城大学教授、東京工業大学特命教授を務め、現在も11の大学で教鞭を執る。   

>近著に『知らないと恥をかく世界の大問題13 現代史の大転換点』(角川新書)、『池上彰の世界の見方 東欧・旧ソ連の国々 ロシアに服属するか、敵となるか』(小学館)、『独裁者プーチンはなぜ暴挙に走ったか 徹底解説:ウクライナ戦争の深層』(文藝春秋)、『経済のことよくわからないまま社会人になった人へ』『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』『政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』(すべてダイヤモンド社)などがある。   

 

わが国は資源小国である。天然資源は不足しているが、人口は一億以上ある。決して小国ではない。この人口の頭脳を活用すれば、わが国は衰退途上国から脱することができる。

我が国には人手不足はあるが、頭脳不足の話はない。日本人は思考を停止しているが、それが当たり前のことになっていて頭脳不足とは考えられていない。

わが国は、無哲学・能天気の国である。だから、国民は歌詠みになる。バラバラな単語ばかりの歌詞には意味がない。だから議論がない。ただ、気分・雰囲気を伝えることにより満足している。 

日本語は写生画の言葉である。現実 (事実) は見ればわかる。Seeing is believing. 現実の正解は一つしかない。問答無用である。だから、日本語はご唱和の内容になる。

非現実 (考え) の内容は見ることができない。だが文になる。だからその内容は理解できる。文にならないものは考えではない。

矛盾を含まない文は、全て正しい考えを表している。考えは、一人一人違っているから、正解は無数にある。考えの優劣を競い合う議論も可能になる。

 

 <日本はなぜ敗れるのか・敗因21か条> を著した山本七平の指摘する事例からも、大和民族自滅の過程は見て取れます。その一例を以下に掲げます。

私が戦った相手、アメリカ軍は、常に方法を変えてきた。あの手がだめならこれ、この手がだめならあれ、と。 、、、、、あれが日本軍なら、五十万をおくってだめなら百万を送り、百万を送ってだめなら二百万をおくる。そして極限まで来て自滅するとき「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言うのであろう。 、、、、、 これらの言葉の中には「あらゆる方法を探求し、可能な方法論のすべてを試みた」という意味はない。ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるために払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化しているということだけであろう。(引用終り)

 

体系のない日本人の発想は哲学には成らずして、空想・妄想になる。これを白昼夢というのかな。おかげさまでわが国は、漫画アニメの大国になりました。  

体系的な考えは哲学になる。各人に哲学は必要である。 Everyone needs a philosophy.  

日本人には自己の考え (非現実) がない。だから、わが国のインテリは受け売り専門の人になる。思考を停止している人は、つかみどころのない人間になる。     

つかみどころのない人間の批判は愚痴・わがままとなり、議論は単なる言い争いに終始する。’和を以て貴しとなす’ の教えと事なかれ主義の圧力により人類の進歩は期待できない。   

 

イザヤ・ベンダサンは、自著<ユダヤ人と日本人>の中で、我が国の評論家に関して下の段落のように述べています。

評論家といわれる人びとが、日本ほど多い国は、まずあるまい。本職評論家はもとより、大学教授から落語家まで (失礼! 落語家から大学教授までかも知れない) 、いわゆる評論的活動をしている人びとの総数を考えれば、まさに「浜の真砂」である。もちろん英米にも評論家はいる。しかし英語圏という、実に広大で多種多様の文化を包含するさまざまな読者層を対象としていることを考えるとき、日本語圏のみを対象として、これだけ多くの人が、一本のペンで二本の箸を動かすどころか、高級車まで動かしていることは、やはり非常に特異な現象であって、日本を考える場合、見逃しえない一面である。 (引用終り)

 

大学などの高等教育機関で論文作りに励めば学士・修士・博士などの称号が得られる。博士は普通 '哲学博士' (Doctor of Philosophy: Ph. D.) と呼ばれる。

私は日本のインテリから ‘哲学とは何ですか’ と何度も聞かれた。外国人からは、このような質問を受けたことはない。日本人は大学で、自己の哲学を作ることを学んでこなかった。だから彼らは退屈男・退屈女となって大学在学中の4年間を遊んで暮らさなければならなかった。       

政治に関する考えは政治哲学になる。宗教に関する考えは宗教哲学になる。科学に関する考えは科学哲学になる。人生に関する考えは人生哲学になる。などなど。  

我が国の政治家には政治哲学がなく、わが国の宗教家には宗教哲学がない。わが国の科学者には科学哲学がなく、わが国の著述家には人生哲学がない。などなど。   

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’  (あるアメリカの国務長官)    

 

TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニー氏は、自著 <人は城、人は石垣> の中で、我が国の作家について次の様な感想を述べています。

孤立は日本式スタイルを誇る詩人、随筆家はいうに及ばず、小説家において最も顕著である。これは外国人にとっては判断をはばかられる主観的な領域である。しかし文学界で最も尊重される文章が意味を省略し、あいまいさに富み、漢字をうまく使って読ませ、文法分析家を意気揚々と悩ます一種の「気分の流れ」であることは一般に真実である (私の思考パターンは取り返しのつかぬほど西洋的なので、私は自分がスラスラ読めるような日本語の散文は深刻なまでに文学的優雅さに欠けているにちがいない、という大ざっぱなルールをとっている)(引用終り)  

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で、言葉 (ロゴス) について以下のように語っています。

、、、、、 母親が子供に「チャント・オッシャイ」という場合、明晰かつ透明 (英語ならクリヤー) に言えということでなく、発声・挙止・態度が模範通りであれ、ということである。だが、クリアーということは、原則的にいえば、その人間が頭脳の中に組み立てている言葉のことで、発声や態度、挙止とは全く関係ないのである。プラトンの対話篇から、例として『クリトン』をあげてみよう。この対話は、明日の死刑執行を前にして、夜明けに、獄中のソクラテスをクリトンがたずねて、脱獄をすすめるところからはじまる。もちろんソクラテスは寝ている。だがどう読んでみても、ソクラテスが起き上がって、威儀を正して、法の遵守を説いて、クリトンに反論したとは思えない。ソクラテスは、おそらく最後まで寝っころがったままで話しているのだ。従って、この場合、純粋に、ソクラテスの言った言葉 (ロゴス) だけが問題なので、彼の態度や語調は全く問題にされないのである。日本では、「その言い方は何だ」「その態度は何だ」と、すぐそれが問題にされるが、言っている言葉 (ロゴス) そのものは言い方や態度に関係がない。従がって厳然たる口調と断固たる態度で言おうと寝ころがって言おうと言葉は同じだなどとは、だれも考えない。従って純然たる会話や演説の訓練はなく、その際の態度と語調と挙止だけの訓練となるから、強く訴えようとすれば「十字架委員長の金切声」という形にならざるをえない。(引用終り)     

 

日下公人氏は、<よく考えてみると、日本の未来はこうなります。> の中で、日本人に関するW.チャーチルの感想を以下のごとく紹介しています。

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。

 それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、今まで以上の要求をしろと言う。無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人が全く別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことを言うとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない」と言って突っかかってくる。

 英国はその後マレー半島沖で戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人は外交を知らない。(引用終り)     

 

宮本政於の著書〈お役所の掟〉には、官僚絶対主義のことが出ている。以下は、著者(宮)と厚生省幹部(幹)との会話である。

宮「憲法に三権分立がうたわれているのは、権力が集中すると幣害がおきるから、との認識に基づいているのでしょう。今の日本のように、官僚組織にこれだけ権力が集中すると幣害もでてきますよね」、幹「ただ、日本はこれまで現状の組織でうまく機能してきたのだ。それによく考えてみろ。いまの政治家たちに法律を作ることをまかせられると思うのか。そんなことをしたら日本がつぶれる」、「日本の立法組織にそれほど造詣(ぞうけい)が深くないのですが、私も認めざるをえません」、「そうだろう。『やくざ』とたいしてかわらないのもいるぞ」、「私もテレビ中継を見て、これが日本を代表する国会議員か、と驚いたことがなん度かあります。とくに、アメリカとか英国とは違い、知性という部分から評価しようとすると、程遠い人たちが多いですね。でも中には優秀な人がいるんですがね」、「政治は数だから。いくら優秀なのがひとりふたりいてもしようがない。ある程度の政治家たちしかいないとなれば、役人が日本をしょって立つ以外ないのだ」(引用終り)    

 

 

 

 

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